(PDFバージョン:taenarusirabe_tatiharatouya)
きつくきつく食いしばった歯の隙間からぴう、という音が漏れた。
それは男が探して探して探し求めて、それでも得られなかった、美しい音を奏でていた。
これこそが至上の音楽。
その音を魂に刻み込むため、男は女を、子供を、年寄りを、美しいものを、醜いものを、一つ一つ丁寧に、その首を締めていった。
細くて折れそうで、けれどもしなやかで弾力性のある首と、隙間のない整った歯の組み合わせが最も素晴らしかった。
男のゴツゴツした首からは良い音楽はこぼれない。
美しい音、世界中で最も素晴らしい音。
けれども、この世のものとも思えぬ妙なる調べを耳にしたのは、男の首に縄がかかった瞬間だった。絞首台から落ちながら、男は最初で最後の、至高の音楽を自ら発し、自らの耳で聞いた。
立原透耶(監修)
『三体』