「交換恩返し」林譲治

(PDFバージョン:koukannonngaesi_hayasijyouji
「夜分失礼します、与兵さまのお宅ですか」
「はい、与兵ですけど。あなたは? あんたみたいな美人の若い娘さんに知り合いいないけど」
「私は浦島太郎さんに助けていただいた亀でございます」
「俺は浦島じゃなくて与兵だって知ってるよね?」
「存じてます。与兵さんは、鶴を助けたことは?」
「あぁ、五年くらい前に罠にかかっていたのを助けたかな。それがどうした?」
「その鶴の恩返しで私がやってまいりました」
「はぁ、俺が助けた鶴の恩返しに、どうして浦島太郎に助けられた亀が来るの?」
「そうですよね、システムがわかりにくいと思いますが、ほら、ミステリーとかで交換殺人ってあるじゃないですか。犯人二人が殺す相手を交換するやつ。あんな感じで、恩返しする相手を交換してるんです」
「交換恩返しってこと? でも、殺人じゃなくて恩返しに交換する必要ってあるの?」
「そんなことより、竜宮城へ案内しますよ。いいところですよ」
「いやいや、ちゃんと理由を説明しろよ」
「理由ですか、いいですけど、怒らないと約束していただけます?」
「あぁ、約束するよ」
「なら、説明します。
 龍宮城は乙姫様の、乙姫様による、乙姫様のための帝国なんです。龍神様のご令嬢ですから、龍宮を維持するためだけに周囲に城下町があるくらいなんです。
 それで、私がその龍宮の公務で海岸を歩いておりますと、ねぇちゃん遊ばないかとかいう若い連中が来るわけですよ」
「亀じゃなくて、人の格好をしていたのか?」
「陸上を移動するには便利なんです。でも、正体は亀ですから集団で襲われたら多勢に無勢、もうだめかと思ったら、現れたのが浦島太郎さんなんです。身の危険を顧みずに飛び込んで私を救ってくれたんです。もう、私、ハートをわしづかみにされてしまいましたわ。しかもすごいイケメンなの。たまたま罠にかかった鶴を助けたあなたとは違うわけ、そのアグレッシブさが」
「だったら、浦島太郎のところに行けばいいじゃないか!」
「ですから、そう簡単にはいかないんです。私、公務中に被害にあったので、龍宮当局の構成員の被害ということで、恩返しは龍宮という組織を代表して行おうということになったんです。
 でも、龍宮もぶっちゃけお役所なんで、鶴の方は部外者なんで話早かったんですけど、私の対応をどうするとか、恩返しは公務か? とか稟議書とか会議とかで時間がかかりまして……」
「それに五年かかったのかい!」
「ですから、複雑なんです、色々と!
 先ほども言ったように、浦島太郎って顔も心意気もイケメンなの。でね、それを龍宮に連れて行くと、龍宮代表として乙姫様が会わなきゃならないわけ。深窓の令嬢どころか、深海の令嬢なのよ、乙姫様は。龍神様以外は男性を見たことがない乙姫様が浦島太郎みたいなイケメンにあったら、免疫がないから、もう一目惚れするにきまってるわけ」
「龍宮って、女性しかいないの?」
「当たり前でしょ! 龍神様の愛娘よ! あなた龍神様を怒らせたらどうなるかわかるの? 地球の海洋生態系が崩壊するのよ! 地球を護るためにも、乙姫様を浦島太郎には会わせられない。でも、規則ですから、恩返しはしないとならない。なので、昔から鶴亀というでしょ、その辺のネットワークで調べたら、あなたが鶴を助けたってことがわかって、それで交換恩返しになったの」
「あのう……僕の解釈が間違っていなかったら何だけど、僕はイケメンじゃないわけ?」
「龍宮は個人情報の管理にうるさいので、それにはお答えできません。それに私じゃ不満?」
「いや、不満とかじゃないですけど……鶴はどうなったの?」
「この五年の間に色々あったわよ。
 おつうちゃんも、あっ、おつうちゃんが鶴の名前ね。そのおつうちゃんも浦島太郎に一目惚れ。その夜のうちに鶴の千羽織を織ったんだって。売れば1000両にはなる高級布地。で、浦島太郎はどうしたか!」
「ありがたく受け取ったんじゃないの?」
「ブーッ! そこがあんたと浦島太郎様の違い。浦島太郎はね、その1000両はお前が苦労して働いて得た金だ。だからその1000両は、お前が自分のために使えばいい。俺は漁師という仕事に誇りがある。二人の食い扶持くらい、俺が働いて稼ぐ、ですってよ!
 もう、おつうちゃんも鶴のくせにハート鷲掴みよ。だいたい一回、千羽織織ったらミッションコンプリートなのに、恋女房を五年やってるのよ。
 稼いだ1000両も、鶴がお金持っててもしかたがないから、地元にに、これは浦島太郎がお世話になってる地元の方々への恩返しとか言って、学校とか病院を建設するから、地元でも株上がりまくり。もともと顔も心もイケメンだから、人望も集まって、いまじゃ船を何隻も扱う御大尽よ。私にちょっかいだして浦島太郎に返り討ちにあった連中もね、最初は逆恨みしていたけど、自分らと格が違うってわかって、すっかり心酔しちゃって、いまじゃ親衛隊になってる」
「……なんか、聞かないほうが良かったかな」
「まぁまぁ落ち込まないの。じゃぁ、竜宮城に行きましょう」
「行きましょうって、どうやって」
「外に出てご覧」
「わぁ、なんだこの巨大な御釜!」
「虚舟、龍宮の高度な科学の産物よ。浦島様とちがってあなた泳げないでしょ。だからこれで龍宮に行くの。球形してるから深海でも潰れない。じゃぁ、出発!」
「……空飛んでない?」
「海まで転がってもいけないでしょ。龍宮の科学力よ! ほら、もう海上だ。それじゃ潜航します!」
「あぁ、本当に海中だ。しかし、龍宮に行ったらどうなるの?」
「乙姫様が、あなたにありがとうと言ってくれる。あとは私たちが接待」
「接待?」
「竜宮城は乙姫様のための帝国。乙姫様を楽しませるために、歌舞音曲の専属チームが幾つもあるわ。だから城下町が必要なの。私もディープシーダンシングチーム月組に属してるわ」
「君みたいのがたくさんいるのか?」
「そうね、月組だけで、本科生、練習生合わせて4000人位かな。そんなチームが20ほどある」
「あのね、ダンシングチームのメンバーが、どうして公務で地上にいたわけ?」
「いいじゃないの、そんなこと」
「いやいや、気になるよ。恩返しと思って教えてよ」
「ええとね、城下町を含めて龍宮帝国に男はいない。龍神様の教育方針なの。だけど、男なしだと城下町や龍宮は維持できないわけ。クローンにしても血が濃くなるのは望ましくないから、適当に外部から種を取り込まなきゃならないの。その種になりそうなのを探してた。
 そういう用途だと、イケメンのほうが後々揉める。健康が取り柄くらいのやつが一番いいの」
「もしかして……」
「はい着きました、龍宮城にようこそ!」

 享和3年、常陸の国に虚舟が現れたという。虚舟は御釜のような形状をした不思議な船であった。中には異人のような美女が大きな玉手箱を持っていた。漁民が船で虚舟に近づくと、女は漁師たちにその玉手箱を渡したという。浜に戻った漁師たちがその大きな玉手箱を開けると、中にはすべての精気を吸い取られたような枯れ枝のような男が入っていた。男はその夜のうちに息を引き取ったが、与兵という名前であること以外、何もわからなかったと言う。

林譲治プロフィール


林譲治既刊
『戦艦大和VS深海邪神零戦隊』