「マイ・デリバラー(42)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer42_yamagutiyuu
 おお、わたしの魂よ、だからおまえはおまえの苦悩をそのようにほとばしらせるよりは、むしろ微笑していたいと思うのだ。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」

 自衛軍軌道質量装備「タケミカヅチ」のI体投射システムは、それ自体が巨大なレールガンである。レールガンの作動原理はごく単純で、2本のレールと弾体の間を流れる電流と、これらの電流により形成される磁場により生じるローレンツ力によって弾体を加速するものである。充分に長いレールを用いれば投射の初速は非常に速くできるはずだが、その為に大電力を流せばジュール熱により弾体がプラズマ化してしまうという課題もある。
 我々の世代の最新のレールガンでは、弾体を高温超伝導体とすることでジュール熱の発生を回避している。AI技術、中でも大規模な深層学習により効率化された材料探索技術は、かなりの高温――といっても摂氏〇度付近だが――での有機高温超伝導物質を発見することを可能にし、この結果、レールガンは大気を通じた温度伝播のない真空中ではとりわけ有用な装備となっている。この技術を前提としたレールガンの基本構成としては、弾体、レール、そして、温度上昇を招く太陽光を受けないための遮蔽筒となる。逆に言えばそれだけである。元込め式の投射システムの場合――I体投射システムもそうなっているが――レールガンの付け根には弾体を込めるための一定の装備が必要になるが、それを切り離せば、レールガンの向きは比較的自由に操作できる。それを制限していたのは、誤って基地自体を撃ってしまわないためのソフトウェア的な制約だけであり、物理的な制約はそれほど多くなく、一時間程度の船外作業で撤去してしまえる。
 一時間――ちょうど、ラリラが到着してから、我々がアメノトリフネに突入した時間差と一致する。ラリラはラリラ・ネットワークのラリラを多数揃えていたし、それは非常に優秀な作業人員にもなり得る。
 ――という、そこまでの思考を、私はリルリによってR6A66ポイントの端に押しつけられ、ぎゅっと抱きしめられた状態で想起した。
 そして、轟音。私の目の前が真っ白になり、私は思わず目を閉じた。
 轟音は即座に止む。
 ラリラがしたことは単純だ。I体投射システムという巨大なレールガンをひっくり返し、アメノトリフネ自身に向けて撃ったのだ。
 それは、「アメノトリフネ側はI体投射システムの投射可能範囲から外れているから安全だろう」という見込みの元に、I体投射システムを避ける形で逆側に強制接舷し、アメノトリフネを突っ切る形でI体投射システムを目指していた我々の部隊の意表を突き、完全に葬り去る為の一撃だった。
(そうか……ロリロがここにいたのも、あくまでカモフラージュ……ラリラが普通の手段で基地を防衛してくるという我々の思い込みを強化させ、別の可能性を考えることを封じるための一手……)
 ――(こちら小鳥遊! 佐々木三尉、逸見三尉、応答願います。こちら小鳥遊准尉! 応答願います。佐々木さん! 逸見さん!)
 小鳥遊圭妃の必死の呼びかけが聞こえる。
 ――(こちら、R・リルリ。小鳥遊准尉、私は正常稼働中です。また美見里恵衣氏も無事です。しかし、佐々木三尉、逸見三尉の状況は不明。つまり、私の探査範囲では佐々木三尉の部隊及び逸見三尉の乗るシャトルは現在確認できないということです)
 リルリは言葉を続ける。
 ――(准尉、あなたの警告は非常に的確でした。おかげで私と恵衣様は無事です。しかし、佐々木三尉の部隊はA66ルートを撤退中でした。ルートは非常に狭く、警告を受けた際にちょうど環状坑道がなければ退避できません。また、A66ルートの延長線上にあり、マニピュレータで自身を把持させていたシャトルが、即座に移動できたかどうかも分かりません。確率としては、お二人及び麾下の部隊・シャトルが生存している可能性は低いと考えます)
 リルリの冷静すぎる声とともに指摘された事実に、通信の向こうで小鳥遊准尉は衝撃を受けているようだった。
 ――(そちらにラリラの部隊がいるのですよね。状況はどうですか)
 ――(こちらも退避中です、Rリルリ。I体投射システムの次の目標は我々の部隊です。なんとか逃げ切りたいですが……)
 私の顔面は蒼白になった。
(そうだ……投射システムはレールガンだ。予備弾は大量にあるのに、一発で終わるわけがない)
 我々の部隊を全滅させるために、宇宙基地アメノトリフネ自身を穴だらけにしたとしても、ラリラは一向に気にしないだろう。彼女がアメノトリフネに期待していることはただひとつ。次の会合時間に――もはや三〇分を切っている――会合宙域にR体が来た時にI体が投射できればそれでいい。それ以上の機能は何もなくても構わない。
 ――(小鳥遊准尉。基地の反応炉(リアクター)付近、または、I体投射システムと反応炉を繋ぐ電力供給線付近に逃げてください)
 リルリはそう指示した。
 ――(いかにラリラが乱暴でも、そこだけは破壊できません。そのはずです。可能であればそこで反応炉システムそのもの、または電力供給線の破壊を試みてください。我々は……I体投射システムそのものに向かいます。そこにラリラがいるはずですから)
 ――(……R・リルリ……大丈夫なの……?)
 心配そうな小鳥遊准尉の声。
 ――(こんな状況でも、ロボットである私を心配してくださるんですね。もしかして准尉もDKですか?)
 リルリはそう言った。小鳥遊准尉の部隊が順調に反応炉を目指していることを確認しつつ。
 ――(昔からDKという言葉がよく分からなかった。人間と人間でないモノを区別し、一方的に人間でないものは大切にしなくてもよいと思い込む……それはおかしな考え方だと私は思ってきた。我が国では元来、全ての存在に魂は宿ると考えてきた。生きるためにやむを得ず動植物の命を奪ったときも、我々は失われた命に手を合わせてきた……同胞たる人間の死者に対するのと同じようにね。世間一般に流布している『常識』から見ればおかしな考え方かもしれないけど、それが小鳥遊圭妃という人間の考え方よ。覚えておいてね。そして、ありがとう……我が部隊は反応炉に到着したわ)
 小鳥遊准尉は言葉を続ける。
 ――(R・リルリ。武運長久を。これは武運つまり戦闘におけるラッキーが長く続くことを祈るということで、あなたの命が長く続くことを祈るという意味でもあるわ)
 リルリは微笑んだ。
 ――(ありがとうございます。通信終了)
 直後、彼女はATBのブレードを投射した。突撃してきたロリロはそれをぎりぎりで避ける。
 レールガンによって破壊された基地の構造材の大量の瓦礫と粉塵が徐々に晴れてきており、我々がまだ戦闘中であったミス=ロリロからの攻撃が、漸く再開されたのであった。
 ――(お姉様。あなたはここで倒します)
 既に大気の存在しないR3A66ポイントで、リルリは通信を通じそう宣言した。

山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』