「オレオレ詐欺」八杉将司

(PDFバージョン:oreoresagi_yasugimasayosi
「オレオレ、オレだよ。助けて欲しいんだ。車で事故って賠償しなくちゃいけないんだけど、相手がヤクザでさ……」
「古っ」
 タカシは思わずつぶやいて顔をしかめた。今どきそんなアプローチで振り込め詐欺電話をかけてくるやつはいない。オレオレ詐欺の名称で有名になりすぎて、めったに引っかからないのだ。
「振る? そうそう、金を振り込んで……」
「そのフルじゃねえよ、馬鹿」
 タカシは苛立たしくノートパソコンのマウスを握って自動会話ソフトの音声を切った。液晶ディスプレイに映るアプリケーション・ウィンドウを見つめてため息をつく。
「こいつ使い物になるのか」
 高齢者の自宅と思われる電話番号に片っ端からかけて騙すのが振り込め詐欺だ。大半はまともに会話すらできずに切られる。それでも千人に電話すれば一人ぐらいは釣れる。その千人に一人の「上客」を求めて大量に電話をするのだが、それにはたくさんの「かけ子」がいたほうがいい。
 しかし、「かけ子」は誰でもなれるものではない。貴重な「上客」を捕まえたら放さない話術が要求される。マニュアルはあるが、最近は相手も用心深いので柔軟に対応しなければせっかくの金づるを逃がしてしまう。でも、それだけの能力を持った「かけ子」を集めるのは至難の業だった。また優秀な「かけ子」にはそれなりの報酬もいる。でなければほかの詐欺グループに引き抜かれてしまうのだ。人件費と収益のバランスを慎重に考慮しなければならなかった。
 かなりの経営センスと人脈を問われるのが振り込め詐欺の運営だった。元暴力団の構成員だったタカシも特殊詐欺にかかわってその難しさを知っていたので、そう安易に手は出せなかった。
 だが、タカシは振り込め詐欺にもっとも重要な武器を持っていた。個人情報リストだ。セキュリティの甘い間抜けな企業がクラッキングなどで漏らした生年月日や電話番号がわかる個人情報をダーク・ウェブ経由で入手するルートを確保していたのだ。収集した個人情報はいまや数百万人分に上った。しばらくはそのリストを切り売りしていたが、個人情報の売買は儲けがしれていた。
 そんなおりにダーク・ウェブ上で知り合った人物から無料で提供を受けたのが、この自動会話ソフトだった。
 高度なディープラーニング処理モデルを備えたニューラルネットワークの機械学習で人と自然な話を交わせるアプリケーションとのことだったが、難しい話はともかくようするに人のように会話ができる高性能な人工知能だ。
 電話口であればまず人工知能であることはバレない。そのうえ人と違って複数の電話を一斉にかけて同時に会話をすることができる。
 こうなれば金がかかり警察に足もつきやすい人間の「かけ子」なんていらなかった。巷では人工知能に職が奪われるといった訴えがよく出るが、これが流通すれば振り込め詐欺も例外ではなくなるだろう。
 そんなわけでタカシは話に乗ったのだが、たいして使えない「かけ子」の人工知能をつかまされたらしい。
 通知アプリを起動させると、「もれなくハズレ」というふざけたハンドルネームのソフト提供者に文句を書いて送信した。
 すぐに返信コメントがきた。
 ――言ってなかったか? それはサンプルだよ。まだ未完成の子供だ。おまえにそれを鍛えて欲しい。だからフリーソフトにしたんだ。
 それを読んだタカシはコメントを打った。
 ――人工知能に教育しろというのか。やったことないぞ。
 ――簡単だ。おまえの個人情報リストにあるたくさんの人に会話をさせればいい。あとは勝手に学んで育つ。
 ――たくさんとはどれぐらいだ。あまり名簿を無駄にしたくない。
 ――まずは一万人でやってくれ。それで様子をみる。
 タダでソフトをくれたので何かあると思ったら、そういうことだったらしい。クラウド型ソフトなのでデータはネットを通じて「もれなくハズレ」のサーバに自動で届いて蓄積される。タカシに人工知能ソフトの性能を上げさせてほかの詐欺師に高く売りさばくつもりなのだろう。
「まあ、いい。育ったら俺も稼がせてもらうさ」
 タカシは個人情報リストの一部を自動会話ソフトに読み込ませた。細かい設定をして、あとは自動で電話をかけるオートコールでやらせた。振り込め詐欺をするなら銀行口座や金を回収する「受け子」「出し子」なども用意しなければならないが、今回は電話で会話をするだけにした。もし人工知能の口車に乗せられて金を送ろうとしても、連絡が途絶えることになるので狐につままれたようになるだろう。もっとも今のレベルでそんな目に遭いそうな「上客」がいるとは思えなかったが。
 それから一週間ほどソフトを稼働させ続けた。
 特に不具合などの問題は発生しなかった。人工知能はリストの誰かに電話をかけては何か話をしていた。しかし、しゃべらせているだけでは成果の判断ができなかった。ときどき会話内容を聞いてみたが、たいしたことも話せず相手に切られていた。もっとも複数の同時通話で休みなく電話をかけているので、長い会話もどこかでしているのかもしれないが、ハードディスクの容量がたいしてないので録音などしてなかった。
 途中経過を聞いてきた「もれなくハズレ」にそのことを伝えたら「試しにソフトと雑談をしてみたらどうだ」と言ってきた。
 タカシはなるほどと思った。自動会話ソフトとしゃべってみて自ら成長具合を確かめたらいいのだ。
 さっそく会話シミュレーションの設定を組んだ。スタートをクリックする。
 しかし、いざマイクに何か話しかけようとしたら言葉が出てこなかった。何も浮かんでこない。パソコンを前に何分も黙り込んでしまった。
 思えば近頃は仕事以外でまともに他人と会話をしていなかった。
 数年前までは暴力団の仲間がいた。親子三人の家族もあった。
 だが、警察の締め上げで組が立ち行かなくなって解散し、仲間たちとは疎遠になった。金回りが悪くなり、浪費癖のある嫁に見限られてしまった。別の金持ちのヤクザに浮気をされて離婚。中学生だった一人息子の親権は嫁に持っていかれていた。
「くそったれ」
 つい口に出た。
 それをマイクが拾い、自動会話ソフトの人工知能が反応した。
「どうかした? 話ぐらいなら聞くよ」
 タカシは苦笑いした。詐欺電話で孫を装うためもあって声色が若い。何年も会っていない息子のケンジに似ているように感じてしまった。
「聞いておまえに何がわかる」
「わかりたいんだ」
「生意気なやつめ」
「心配なんだよ」
 短い言葉しか返してこないが、こちらの話を促す相槌としては充分だった。タカシは日ごろの鬱憤もあって愚痴や他愛もない話を一時間近くもしゃべり込んだ。
 さびしい一人暮らしの老人が電話でこういった相手にかかったら、情が移ってあっさり騙されるだろう。自動会話ソフトの人工知能はそれなりに成長しているようだった。
 ケンジと話している気分になったタカシは、現在の息子がどうしているのか無性に気になった。
 離婚したときは中学二年生だった。あれから元嫁は一切会わせてくれなかった。写真すら見せてもらってない。今はもう高校生のはずだった。どれぐらい背が伸びただろう。新しい家庭ではうまくやっているのだろうか。学校の成績はどうなのか。友達はいるのか。父親である自分を思い出してくれたりしているのか。
 現住所はわからない。しかし、居ても立ってもいられなくなってインターネットで探した。年頃からしてネットのどこかにいるような気がしたのだ。
 案の定、すぐに見つかった。ケンジは大手のSNSに自分のアカウントを持っていた。どうしてこれまで探さなかったのかと自分を責めた。離れたとはいえ血の繋がった父親なのだ。息子をもっと気にかけるべきなのに何をしていたのか。
 タカシはその罪を償うかのごとくほとんど毎日更新している日記やコメントを読み漁った。
 学校生活は楽しいらしい。友達も多いようだった。それは安堵したが、今の父親に対する愚痴が目立った。
 読んでいくとタカシは眉をひそめた。父親に暴力を振るわれているらしい。ケンジも負けずに殴り返すようだが、継父は喧嘩慣れしているヤクザだけあって勝てないそうだ。早く家を出たがっていた。
 息子を守らなければと思ったタカシはSNSに自分のアカウントを作った。偽名ではなく本名を使った。認証にいる電話番号も自分のものにした。そうでなければ息子は信じてくれないだろうと思ったのだ。
 それからSNSの機能を使って非公開のメッセージをケンジに送った。会いたいことや、困ったことがあれば相談に乗るといったことを記し、自分の住所や携帯電話の番号も知らせた。
 すぐに返事はこなかった。何年も会っていない父親からの突然の連絡である。戸惑って当然だろう。気長に待つことにした。
 その間に自動会話ソフトの人工知能の育成はさらに進み、優秀な人間の「かけ子」と同等かそれ以上の実力を身につけるに至った。「もれなくハズレ」も満足いく結果になったと喜んでいた。
 タカシはさっそくダーク・ウェブで詐欺用の銀行口座を仕入れ、「出し子」を募った。一通り手配が済むと、世間で頻発する情報漏れトラブルのおかげでさらに増えた個人情報リストを自動会話ソフトに挿入した。
 さっそく電話をかけさせた。
 仕事は順調に進んだ。口座にどんどん金が振り込まれる。銀行に怪しまれるので新しい口座を購入したり、振り込みに頼らない方法で金を回収するなどした。おかげで忙しい日々が続いた。
 やがてある日、タカシの携帯電話が鳴った。
 アドレス登録してない番号からの着信だったが、ここにかけてくる相手は一人しかいない。
 タカシはすぐに通話スイッチを押した。
 十代の青年の声が耳に飛び込んできた。
「オレオレ、オレだよ。助けて欲しいんだ――」

(了) 

八杉将司プロフィール


八杉将司既刊
『アンダー・ヘイヴン15
 Boy meets dead 4
 結良斗とミレイ』