(PDFバージョン:daihenn_tatiharatouya)
大学なんてくそったるい。一般教養だって? フザケンナ。そんなもんサークルやバイトの方が身につく。親は大学を出ないとダメだっていうが、大学を出たところで大した職につけるとも思えない。一流大学いやせめて二流ならまだ話は違うんだろうけどな。こんな底辺校じゃあ意味なんかない。先輩の話によると、問い合わせを出しても資料すら来ないらしい。くそったれ。
しかもさ、ムカつく教師がいるんだよな。あの語学のババア。「欠席回数が5回になったら自動的に単位はなくなります」だと。毎回毎回小テストしやがって、中学生かっつーの。テストを受けないと出席にならないし、かといって授業開始直後のテストだけ提出して教室を抜け出すわけにもいかない。授業の途中と終わりに、わざわざ名前を呼んで出欠確認しやがる。クソだるい。フザケンナよ。おれたちは、てめえみたいに老い先短いババアと違って、やることがたくさんあるんだ。タバコ吸ったり酒飲んだりダチと遊んだり……たまにナンパに成功したり。
今日も不満タラタラ椅子に座っていたら、右端のポニーテールのちょっと可愛い……渡辺なんとかっていう女子が、テストを提出した後、すうっと扉から出て行くじゃねえか。おいおい、だったら最初からサボった方が得だぜ、後2回、名前を呼ばれるんだ。
そう思って教科書に落書きしたりスマホをいじったりしていると……授業開始後45分ぴったり、始まった。ババアが70人の名前を淡々と呼び始める。
「ウィース」
仕方なく返事する。
渡辺なんとかさんの名前が呼ばれた。ほら、な。
ところが、だ。
「はい」
とても爽やかな声が響いた。
まじ?
それも彼女がさっきまで座っていた席からだ。
誰もいない。
だけどババアは頷いて出席簿に丸をつけた。
どういうことだ?
眠気なんて吹っ飛んだ。他の奴らが代返したわけじゃない。確かに渡辺なんとかの声だった。
録音?
だけどあの席からってことは? わけわかんねえ。
授業終わり前の点呼でも渡辺なんとかの声が、誰も座っていない席から聞こえ、ババアもそちらを見て頷いている。
どういうことだ?
翌日、渡辺なんとかさんを見つけたので、素晴らしい代返について教えてくれよ、とアイスクリームとチョコを差し出した。
小悪魔のような表情で、彼女が笑った。
「内緒よ。あの席は代返をしてくれるの。サークルの先輩から聞いたんだけど、あの席にしばらく座って、それから出ていったら代返してくれるし、教授にはその学生が座っているかのように見えるんだって」
そりゃすげえ。でもどんな仕組みなんだ?
「さあ。噂では。出席日数が足りなくて自殺した学生が、かわいそうな学生たちのために代返してくれてるって話だけど。私も今回初めて試してみたんだ」
すごいでしょ、と彼女は目を大きく見開いた。
「でもね、一つだけ気をつけないとダメなんだって」
なんだ? 屁をこくな、とか?
「馬鹿ねえ、代返は4年間で3回まで、あの大教室のあの席のみ」
どうして、たった3回なんだろう?
「多分……みんなに平等にってことじゃないの?」
また笑った渡辺なんとかさんがあまりに可愛いので、その場でデートに誘ったが、あっけなく断られてしまった。まあいい。面白い話を聞いた。
四年間でたった3回、あの教室の時のみ。
おれはいろいろ考えた。
結局1回目と2回目はあのババアの授業で、そのあとにコンパがあるとかライブがあるとか、まあそんな理由だった。3回目は欠席回数5回でリーチだった時、バイト先の店長からピンチヒッターを頼まれて、財政難だったおれは貴重なラスト1回を使ったのだった。
で、今、ここにいる。
大教室の代返してくれる席だ。
「太田くん」
「ウィース」
返事をして、おれは黙って目を閉じた。
3回なんて噂だ。4回くらい大丈夫だろう。そう思った。
どういう理由だったか忘れた。
座って、少しして席を立った。
おれの名前が呼ばれ、誰かが代返した。
そして、おれはここに戻ってきていた。
椅子に座り続けている。
ババアの授業も、もう5年くらい続けて聞いている。おかげで落第すれすれだった中国語もバッチリだ。スラスラ暗唱だってできる。
だけどおれにできるのは一つだけ。
誰かの代返をする。
あーチクショウ。誰か、おれみたいなやつが早く4回目の代返を依頼してこないだろうか。
そうでないと、おれはずっとここにいることになる。
理由なんてわからない。
世の中なんて、所詮不条理なのだ。
立原透耶既刊
『冥界武侠譚 其の二
立原透耶著作集 4』