「チュティマの蝶」伊野隆之

(PDFバージョン:chuthimanochou_inotakayuki
 チュティマ=ウィッタラパヤットは、バンコクのリバーサイドにあるホテルの中庭にいた。植え込みの中に目立たないように置かれた椅子に座り、手にしたタブレットの七インチの画面を見つめている。
 画面の中に映っている着飾った人々とは対照的に、彼女は黒い髪を後ろで縛り、地味なスーツに身を包んでいる。ここで、彼女自身は目立つ必要がない。目立つべきは、新郎と新婦であり、彼女が作り出した蝶だった。
 ホテルは結婚披露の会場だった。早朝から始まった伝統的な結婚式はすでに終わっており、これから四百人を越える招待客を迎えた大規模な結婚披露パーティーが始まる。その合間に、ホテルの中庭にある小さなチャペルで行われているのは、新郎新婦の希望で付け足されたキリスト教式の式だった。
 彼女が手にした七インチの画面には、白とシルバーを基調にしたタキシードの姿の新郎と、純白のウエディングドレスに身を包んだ新婦が映っていた。ちょうど結婚指輪を交換するところで、チュティマには想像もつかない値段のものだろう。
 すべてがスケジュールどおりに進んでいた。この調子であれば、結婚披露パーティの料理が冷めてしまうこともない。あと十分もすれば新郎新婦と式への列席者がチャペルから出てくる。チャペルからパーティ会場への移動はせいぜい三分ほど。
 新郎は新興財閥の御曹司で、自らも投資ファンドを率いていた。新婦は女優で、新郎のファンドが出資した映画が初の主演作。列席者には親族の他に政治家や財界人、映画関係者や有名な俳優もいて注目度は十分だった。
 撮影チームは四チーム入っていた。主要なネットワークと動画配信サービスのクルーで、それぞれが複数のカメラを持ち込んでいる。絵になるシーンを撮影しようとカメラアングルの確認に余念がない。
 ここまではすべてが順調だった。バンコクの空は快晴で、雲一つない。完璧な気象条件は、文句なしに望ましいものだったが、あまりの完璧さに、チュティマは少し複雑な気分になる。まるでお金さえあれば、気象も思い通りにできるかのように思えるからだ。
 タブレットの中で結婚証明書に新郎がサインをする。あれと同じサインを出資契約書にしてもらうのが、彼女の今日の目的だった。生産工場のあてはあるし、とりあえずの販路もある。必要なのは追加の機械設備を手配するのに必要な前払い金と、さらなる販路拡大のためのPRで、今日の結婚式は、そのための格好の舞台だった。
 特別な演出の準備状況はチュティマ自身が確認した。設置を終えた昨日の夜に一度、今朝になってもう一度。中庭の木々に二百本の導電性テープが目立たないように貼り付けられ、チュティマのすぐ近くに置かれた電源装置に、濃い緑色の電線で繋がれている。一本のテープには百個のナノエンジニアリングで作られた蝶がマウントされ、起動シグナルを待っている。シグナルは蝶をテープに留めている分子フックを開くためのものだ。
 チャペルの扉が開き、ぞろぞろと列席者が出てくる。有名人も多いが、チュティマには関心がない。重要なのはタイミング。まだ早い。彼女は緊張した面もちで人の流れを見据えている。タブレットに表示した起動アイコンを押すのは、新郎と新婦がチャペルを出る直前だ。
 扉を出る人の流れが途切れたその一瞬、チュティマはついにタブレットの隅に表示された蝶の形のアイコンに触れる。微弱な電流が電線を流れ、導電性のテープに伝わる。蝶のをテープに留めていた分子フックが次々に外れ、連動して蝶の羽根が左右に開く。
 中庭に降り注ぐ陽光が蝶の羽根の受光面に密に植え込まれた分子モーターを動かし、回転するスパイラルコイルが蝶をゆっくりと浮上させる。
 チャペルを出た新郎と新婦が、出迎える列席者の背後に見るのは、空に向かって舞い上がる二万の白い蝶だ。
 その光景に息をのむ新婦。なにが起こるか知っていたはずの新郎ですら、驚いた表情を見せていた。二人の様子を見て振り向いた結婚式の列席者も、その光景を目にする。さらにカメラクルーも、カメラの先の視聴者も。
 映像は繰り返して再生されるだろう。無数の白い蝶が天に向かって舞い上がる光景は、予想以上に美しく荘厳で、なにが起こるかを正確に知っていたチュティマ自身ですら感動させられる。
 二万の蝶は、彼女が計画したとおりに中庭をゆったりと舞い、晴れ渡った空に向かって昇っていく。
 新郎新婦、式への列席者のみならず、ホテルの従業員すら蝶を見ていた。分刻みのスケジュールに遅れが生じ、前菜のスープの温度がわずかに下がったとしても、誰も気にしない。突然目にした予想外の光景に、誰もが目を奪われていたからだ。

 四月にはソンクラーンと呼ばれるタイのお正月がある。本来なら一年のうち最も暑い時で、誰もが故郷へと帰る時期だった。交通機関は込み合うし、浮かれた気分で交通事故も増える。そんな時期だった。けれど、今年のソンクラーンはおかしい。各地で雨が降り続き、降雨による災害も起きていた。
 大学でナノエンジニアリングを学んでいたチュティマは、開通したばかりの高速鉄道から路線バスに乗り継いで、北タイの故郷の村に向かっていた。距離はさほど遠くないのに、道路状態は悪く、バスの進行はうんざりするほど遅かった。
 バス停の位置も以前あった場所ではなく、村まで二キロほどの距離に設けられた仮設のバス停だった。村の中のバス停は、土砂崩れによって使えなくなっていたのだ。
 バスを降りたチュティマは、雨上がりの道を歩いていた。村に入ると道は冠水しており、泥水の中を歩く羽目になった。村へと続く道路はところどころで路肩が崩れており、兵士を乗せた軍用車が立ち往生していた。ぬかるんだ道を、強い日差しと猛烈な湿気に悩まされながらたどり着いたのは、彼女が学んだ学校のあった場所だ。
 川沿いにあった学校は濁流に押し流されていた。上流から流されてきた流木やゴミが、校舎を支えていた柱に引っかかり、小山のようになっている。
 水田の稲は泥にまみれ、水死した家畜が腐臭を放ち始めていた。行方不明者の捜索が始まっており、髪を短く刈り上げた若い兵士たちが、スコップを持って右往左往していた。
 学校の位置から川沿いに下ったところにあった彼女が育った家は、泥に埋まっていて、家があった痕跡は残っていない。
 誰もが疲れた顔をしていた。
 今年のソンクラーンは雨が多かった。何日も続いた雨で川の水位は高く、放水の判断が遅れた。警戒が呼びかけられることもなく、老朽化したダムが崩壊したのは深夜を回った頃。寝静まっていた村は一気に押し流され、生存者は見つかっていない。彼女を育ててくれた祖父母も、彼女に強く進学を勧めてくれた先生も、奨学金の獲得のためにバンコクに行き、いろいろと働きかけをしてくれた村長さんも、全員が行方不明者のリストに含まれている。
 チュティマは泥の海となった故郷に立ち尽くす。村を離れたときの誓いは果たせなくなってしまったのだ。育ててくれた祖父母だけではない。奨学金だけでは足りなかったバンコクでの学生生活を、村の人々はなにかと支えてくれた。県レベルでも百年に一度の天才とも言われたチュティマは、村を貧困の闇から救う希望の光だった。だから村人は、貧しい暮らしの中でも彼女を支援することにした。チュティマは故郷の人々に大きな借りがある。その借りはもう返せない。
 恩返しをすべき人々はもういない。そんな喪失感が、大きな虚をチュティマの心に作り出す。その虚で渦巻くのは、なぜこんなことが起きたのかという思いだ。
 ダムの施工上の問題や老朽化、管理の杜撰さを指摘する声は、降雨の異常さがはっきりするにつれ、下火になった。一時間当たりの降雨量は、観測史上最大級。そんな雨が夜通し続いた。テレビでは気象学者が声を揃えて地球の温暖化が原因だという。チュティマも次第に確信を深めていく。地球温暖化が気候の変化の根本的な原因であり、温暖化こそが、彼女の故郷を奪った元凶だった。
 大学に戻ったチュティマが、よほど憔悴して見えたのだろう。指導教官は提携関係のある米国の工科大学への短期留学を勧めた。提携先の教授も彼女の業績を高く評価しており、受け入れはすんなりと決まった。
 カリフォルニアにある留学先にはアジアからの留学生が多かった。チュティマが出会った林明幹も、中国本土からの留学生だった。チュティマと同じナノエンジニアリングを学んでいた彼は、両親こそ健在だったものの、育ててくれた祖父母を集中豪雨による土砂崩れで失っている。温暖化に関心を持っているのも同じだった。
 林明幹はチュティマに語った。全地球レベルでの温暖化への取り組みは、らちのあかない国際交渉と、膨大なテキストによって築かれた挫折の歴史であると。
 気候変動枠組み条約。
 京都議定書。
 パリ協定。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書。
 果たされなかった約束は、多くの犠牲者を生む災害を防ぎようがない。時間をかけて書き上げられた国際的な合意文書も、実施が伴わなければただの紙屑だ。
 林明幹は言う。国際合意は役に立たない。僕たちが行動し、僕たち自信の手で世界を変えるべきだと。林の語るアイデアは具体的で、チュティマには自分なら実現できるかもしれないと思えるようなものだった。

 最初の試作片はチュティマと林明幹が暮らすロサンゼルス郊外のアパートで作られた。厚さ数ミクロンの薄くて軽いナイロンのメッシュに光で駆動するナノサイズの分子モーターを組み込む。in situで分子モーター上にスパイラルコイルを成長させる手法は、チュティマが独自に開発した手法だった。
 暗室で合成した試験片に当てたLEDランプの光がコイルを高速回転させ、メッシュを抜ける下向きの空気の流れを作り出す。
 最初の一インチ角の試作品は、光を当てるとテーブルの上でわずかに浮き上がり、テーブルの傾きによって滑るように横に流れた。
 分子モーターの密度を高めた次の試作品は、テーブルの上でまっすぐに浮上し、光源のLEDに張り付いた。
 屋外での実験は、風にあおられてうまく行かなかった。けれど、二人は心配していない。チュティマ自身が開発したマイクロアクチュエーターがあったし、林明幹が制御アルゴリズムの開発を進めており、制御チップへの実装の目処も立っていた。
 資金調達が課題だった。公的資金はあてにできないし、事業計画がなくては銀行の融資が得られるはずもない。突然、篤志家が現れることも期待できないし、チュティマ自身にはお金がない。中国本土で工場を営んでいる林明幹の両親も、すぐに利益を生まないようなことにお金を出せるほど余裕はなかった。
 ビジネスプランを思いついたのは帰国の二ヶ月前、ハリウッド女優の結婚式を見ていたときだった。画面の向こうで、真っ白なバラの花びらが新郎新婦の周囲を舞う様子は、彼女にビジネスの展望を示す。
 蝶の形にしたのは制御系を組み込むためで、長さ一センチの胴体に光源の位置を関知するセンサーと、林明幹が開発した姿勢制御チップを組み込んだ。羽根の形が蝶のようになったのは、大気中での安定と、制御のしやすさを追求した結果だった。
 二枚の羽根と、細い円筒形の胴体でできた試作品の蝶は、羽根の差し渡しが五センチほど。屋内では優雅に飛び、屋外に出したとたんに、カリフォルニアの空に向かって飛んでいった。
 光が当たったとたんに飛び立ってしまうという問題は、チュティマが作った分子フックで解決した。羽根を閉じた状態で導電性テープに分子フックで固定し、外れると同時に羽根が開くようなメカニズムを採用した。この段階で、チュティマの蝶は完成形になった。
 短期留学を終え、タイに帰国したチュティマは、タブレットに納めた映像と、学生向けのクラウドファンディングで作ったデモンストレーション用の千体の蝶で営業を始める。
 室内イベントであれば、回収が可能だ。けれど、本命は、屋外の大規模イベント。チュティマの蝶は、空に届かなければ意味がない。ショッピングモールの開店イベントで注目を集めたチュティマは、さらなる資金を求め、狙いを定めた投資ファンドの門を叩く。ファンドを率いる新郎に、結婚披露での蝶の利用を提案したのもチュティマだった。
 バンコクのホテルの中庭で放たれた二万の蝶は、大きく螺旋を描きながら、熱帯の空へと上っていく。

 思った以上の広告効果で、チュティマの蝶には引き合いが集まっていた。林明幹が実家の工場の一角に作った作業所はすぐに手狭になり、自動化工場の建設が始まっていた。
 タイで火がついた需要は、華人ネットワークを通じて東南アジア全域に広がり、香港を起点に中国本土にも広がっていった。ブームは程なく太平洋を越えてハリウッドにたどり着く。映画の撮影にも採用され、マーケットは急拡大していった。
 チュティマの蝶は、多くの屋外イベントで使われるようになっていた。色彩も純白だけではなくなっていた。中国共産党の地方幹部が中央の党幹部を迎えるために準備したのは百万の深紅の蝶だった。一度のイベントに使われる蝶の数も大きく増え、NFLのスーパーボールの開会式では、フィールドいっぱいに数千万の蝶で描かれた星条旗と自由の女神が空に舞った。
 環境中にゴミをばらまくとの批判もあったが、チュティマはいつも丁寧に説明する。蝶は、すべてが生分解性の素材でできており、レジ袋の二十分の一の厚さしかない蝶の羽根は、地面や海面に落ちたとたんに分解プロセスが始まり、自然に還ると。
 空に放たれた蝶は、風に吹かれ、雨に打たれて地に落ちる。地面に落ちた蝶はバクテリアによる分解で羽根を失い、残った胴体も土に還る。けれどその割合は、人々が思うよりも遙かに低い。
 蝶を放つのは、いつも快晴の空の下。その条件では、蝶は成層圏の近くまで上昇し続けるはずだ。十分な高さまで上昇した蝶は、夜の間も空を漂い続け、日の出とともに高みへと帰っていく。蝶は紫外線に強く、オゾンでも劣化しない。成層圏の最下部には、無数の蝶たちが漂う層ができるだろう。
 小さな蝶一つの投影面積は、およそ二十平方センチだった。チュティマがビジネスを始めてから五年、世界中で放たれた蝶は五千億になる。それでも彼女の蝶が作る影は、最大でも千平方キロメートルにすぎない。
 ただ、これは始まりなのだ。世界中でライセンス生産が始まり、五年後には空に放たれる蝶の総数が、累計で十兆を越えるという予測もある。
 今は、チュティマと林明幹しか知らない。地球の温度変化が、IPCCの予測する温度変化からずれ始めるとき、彼女たちの蝶が作る影は、その重要な要因の一つになっているはずだった。

伊野隆之プロフィール


伊野隆之既刊
『蒼い月の眠り猫』