『堂本印象と小津安二郎 ――「堂本印象と門下の精鋭たち展」(ふくやま美術館)評』関 竜司

(PDFバージョン:doumotoinnshou_sekiryuuji
 2018年2月25日、筆者はふくやま美術館(広島県福山市)で開かれていた「堂本印象と門下の精鋭たち展」を訪れた。堂本印象の最高傑作「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」(1929)を見るためだ。
 堂本の画業を理解するうえで重要なのは、やはり戦前と戦後の落差だろう。
 戦前の堂本の絵は、写実的なリアリズムに裏打ちされた優美で繊細な線を特徴としている。あえて大胆に言ってしまえば、四条円山派(円山応挙)のリアリズムを大正ロマン的な叙情性(竹久夢二)によって昇華させたところに堂本はいる。
 選ばれる題材も東洋的なものだ。「木花咲耶姫」は日本神話から題材をとったものだし、「維摩」(1923)は「維摩の一黙、雷の如し」(『維摩経』)の瞬間をえがいたものだ。維摩の枯れ木のように節くれだった手が、その境地に至るまでの苦難を物語っている。
 小さなものへの愛情をえがいたものも多い。「春」(1927)や「實」(1930)には愛らしい子どもが描かれているし、「兎春野に遊ぶ」(1938)の目の赤い小さな子兎もかわいらしい。戦前、七歳までの子どもは神のものであるという発想があった。その意味でこれらの絵は神のみもとにある生命を描いたものと言える。
 どっしりとした量感を保ちながら、豊かな生命力を感じさせる堂本の世界は、(堂本本人が敬虔な仏教徒であったように)本質的に仏教的な慈悲の世界だ。
 しかしこうしたリアリズムが敗戦とともに瓦解する。時代は機械的なもの、即物的なもの、大衆的なものを求めるようになる。それにともない堂本のえがく題材や技法も変化する。今回の展覧会で筆者が気づいたのは、小津安二郎との類似性・相似性だ。
 一般に小津は美しい日本を写した映画監督として知られる。実際、小津の映画には五重塔、咲き誇る山桜、複雑に入り組んだ日本家屋など日本的情緒を感じさせるものが、繰り返し登場する。しかし一方でそれと同じくらい西洋的な事物も現れる。戦後の復興を象徴する東京のビル群、会社のロゴを灯すネオンサイン、食の豊かさを表すケーキ。メディア論者の浜野保樹は小津を「あるべき近未来を描いたSF作家だった」と評しているが、まさにその通りで日本的・東洋的リアリズムが西洋的・大衆的リアリズムへ変質する様を描いたのが小津だった。そしてその歩みを堂本もたどっている。
「或る家族」(1949)に描かれた和服を着た女性と洋服をきた女性との対比は、小津の「宗方姉妹」(1950)の節子と満里子を思わせる。
「八時間」(1951)という作品のキャプションには、「タイプライターや電話といった道具が、慌ただしく機械的な音を響かせ、現代人の忙しい生活を表わす」と書かれていたが、これは「東京物語」(1953)のけたたましい麻雀のシーンや引き戸の音を思い出させる。
「メトロ」(1953)の抱擁をかわす男女は「小早川家の秋」(1961)の百合子に代表される即物的な愛の表現だし、「欲望」(1955)に出てくる宝くじ売り場は「小早川家」のギャンブル場と対比できる。
 この時代、桑原武夫の「第二芸術論」が文壇を賑わせた。俳句とは現代の生の形式を包摂できない第二芸術であり、そんなものは教科書の中から放逐すべきだと桑原は言った。そうした議論がまことしやかに行われていたのが、堂本や小津の生きていた時代だった。堂本の即物的、大衆的なものへの傾倒は、堂本自身が選んだ変化というよりも日本社会が堂本にえらばせた選択だった。「自然がもはやいかなる喜びももたらさない時代になった」(ミラン・クンデラ)ことを、堂本は鋭く見抜いている。
 しかし戦前、戦後を通して変わらないのは、堂本が「生命とは何か」「生とは何か」というテーマを追い続けていることだ。
 戦前の代表作「木花咲耶姫」はまさに花という美しい生命を開かせる神を描いたものだし、戦後の代表作「受胎告知」(1954)も神からさずかった新しい命を受け入れる聖母の姿を、力強い骨太な線で表現している。「ロゴスの不滅」(1968)や「聖歌」(1969)はロジカルなものの背後にある生き生きとしたイマジネーションを、「羂索不空」(1965)や「善導大師」(1975)は仏や菩薩の生命そのものを描き出している。
 本展覧会には呼ばれていなかったが晩年の堂本は、象形文字である「漢字」の生命力を解放する作品を多数描いている。西芳寺(苔寺)の襖絵はその代表作だ。ここで堂本が表現しているのは『空間の詩学』のバシュラールや白川静の漢字論と同じものだ。
 戦後のキュビズム、新造形主義(モンドリアン)、アンフォルメルといった様式の変化をへることで、堂本は西洋と東洋が接合する地点、西洋と東洋の生命が融合する地点を探り当てた。
 堂本印象の画業を今一度、見直さなければならない。木花咲耶姫の可憐な姿をみながらそう思った。

(2018・2・28)

(参考資料)
  浜野保樹『小津安二郎』(岩波新書)
  桑原武夫『第二芸術』(講談社学術文庫)

関竜司プロフィール


関竜司 参加作品
『しずおかの文化新書9
しずおかSF 異次元への扉
~SF作品に見る魅惑の静岡県~』