「キュイジニエの旅」藤田莉+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:kyuijinienotabishoukai_okawadaakira
 「赤との混色」(葉月雨音+岡和田晃)に続く〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第二弾は、「キュイジニエの旅」です。
 これは、幻想世界ユルセルームを舞台にしたロールプレイングゲーム『ローズ・トゥ・ロード』(門倉直人、二〇一〇年版、エンターブレイン、通称Wローズ)を用いたワークショップ(ゲームセッション)に基づいて書かれた小説です。
ただし、オリジナル・デザイナーの許可を得て、岡和田晃が作成した簡易版『ローズ・トゥ・ロード』を、実際の講義では使用しています。
『ローズ・トゥ・ロード』については、拙著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』(アトリエサード、二〇一七)および「図書新聞」二〇一七年一〇月二八日号に掲載された門倉直人氏との対談「文学としてのゲーム研究」をあわせてご参照ください。
「キュイジニエの旅」は、『ローズ・トゥ・ロード』を用いたワークショップのリプレイ小説として書かれたもので、グルメ本からとったと思しきネタを、ファンタジーにうまく融合させている意外性を評価しました。
また、文章力は高く、採録にあたっても最低限しか手を入れずに済みました。
なお、簡易ルールを以下に明記しておきます(プレイにあたっては、『ローズ・トゥ・ロード』のルールブックおよび各種シートが必要です。ここには本小説を理解するために必要な、最低限の情報のみ記してございます)。(岡和田晃)

■ワークショップ用『ローズトゥ・ロード』(二〇一〇年版)簡易ルール Ver2.0

(デザイン:岡和田晃)

 『ローズ・トゥ・ロード』では、プレイヤー演じるキャラクターは中世ヨーロッパ風の幻想世界ユルセルームに生きる「魔法使い(逍遥舞人アムンマルバンダ)」になります。門倉直人「ホシホタルの夜祭り」や「グンドの物語」のような世界です。アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』に登場する魔法使いのイメージによく似ています。
 逍遥舞人アムンマルバンダは、混沌の呪縛で不安に揺れる地を「自らの旅を通じて安堵」させていく、特殊な魔法使いです。「混沌から言葉や旋律などの「意味」を分かち、それにより詩歌や舞踊や物語などを生み出して、世界に「より見えやすい風景」を与え、鎮めていく……。そんな魔法を使う旅人と言い換えることもできるでしょう」(門倉直人)
 いわゆる一般的に連想されるRPGとは異なり、レベル・ダメージ・ヒットポイント・マジックポイント等の数値的な要素はありません。参加者相互の勝ち負けもありません。協力して物語を紡ぐのが目的です。
 ワークショップでは、二人一組でペアになり、一人が魔法使いに、もう一人が語り部を演じます。魔法使いはキャラクターを作り、語り部はマップとシナリオを作って実際のゲームを主導します。
 特殊なのは、魔法使いが使用するキャラクターシートに埋めるステータスや、冒険マップ&シナリオ背景シートに埋める「風景言葉」を、原則的に「言葉決め」によって抽出することです。
 この「言葉決め」は、ルールブックに載っている表、ないし手持ちの本の好きな箇所を指さし、ランダムに言葉を抜き出すことで得られますが、二つの言葉をくっつけて造語することで、思いもよらない言葉を生み出すこともできます。
 また、ワークショップで用いた冒険マップシートの舞台になる村は、「混沌の呪縛」に侵されています。村は一三箇所の「場所」によって構成されています。そのうち三つの「場所」に、「混沌の呪縛」による悪影響が具体的に入り込んでいるのです。それがどのようなものかも、また「言葉決め」で決定されるのです。
 「混沌の呪縛」によって三箇所に生じた具体的な影響や原因、真相もすべて、想像力を働かせてユーザーが作成します。そして、混沌の呪縛を生み出した真相を解決するには、「魔法風景」を放たねばなりません。「魔法風景」は、逍遥舞人アムンマルバンダが旅の過程で獲得していきます(後述)。
 魔法使いと語り部は対立する立場にはなく、協力して物語を紡いでいきます。ワークショップ内で「混沌の呪縛」をすべて解き放つことができれば、魔法使いと語り部は「勝利」したことになります。逆に、時間内に「混沌の呪縛」のすべてを開放して真相を解き明かせなければ、魔法使いも語り部も「敗北」します。敗北したら混沌が広がり、ユルセルーム世界は滅亡します(!)。
 語り部が許可すれば、冒険マップシート内の好きな場所へ行くことができます(マップの外には出られません)。マップの具体的な箇所で何が起こるのかを想像し、語り合って互いにコミュニケーションを進めてください。
なお、あらゆる最終的な決定権は、語り部にあります。
 魔法使いは、自分のステータスにあるいずれかの風景言葉と、語り部が設定した「混沌の呪縛」の効果を、想像力と話術で一致させることができた場合、魔法を発動させて、汚染された場所を「透色(すきいろ)」に変えることができます。一致できたかどうかは、語り部が決定します。なお、魔法使いはそれ以外の能力は、普通の人間と変わりません。
透色になった「混沌の呪縛」は、「魔法風景」として魔法使いのうちに取り込まれます。(なお、取り込んだ「魔法風景」は、クエスト目的を解決するために、語り部が許可すればいつでも解き放つことができます(効果は語り部が決定します))

(PDFバージョン:kyuijinienotabi_fujitarei

●プロローグ

 今、この世界では三つの災厄が起こっている。
牧草地での喪失の日々。魔女住まう森での呪詛と悪疫。乾き知らずの湿地での果てしない砂。これら三つの災厄を解決するのが、これからの物語の内容である。
 その者は、虫食いの牧草地にいた。この地で起きている、喪失の日々を解決するためである。名は、キュイジニエ。一部の人々には、即席の(インスタント)キュイジニエとして知られている旅人である。髪はぼさぼさで、前髪で両目が隠れている。食べ物に対しての関心が強く、他のことについてはあまり興味を示さない青年だ。
 彼はこの世界の絶品を食べ歩く旅をしていた。その旅の中で訪れたコルメスという交易の町で、三つの災厄についての話を耳にする。災厄によって世界中の食材が危機にさらされていることを知った彼は、食材を守るために災厄へと立ち向かうことを決意した。そうして彼は、きらきらと輝く脂ののった牛肉が絶品として知られる、虫食いの牧草地で起こっている災厄、喪失の日々の解決に向かったのである。

●一つ目の災厄

 虫食いの牧草地は一ヵ所を除いて荒れ果てていた。今を生きる我々の知る単位で言えば、五十ヘクタールを超える牧草地の被害は虫食いどころではなく、牧草はほぼ全滅。付近の民家や家畜小屋までもが喰い尽くされていた。キュイジニエは被害のなかった一ヵ所を目指して歩いていたがその途中、凶暴化した虫たちと遭遇する。
 虫たちはキュイジニエに襲い掛かかるが、彼はそれを振り切るようにして逃げた。虫たちから逃げ切った彼は、この地で何が起きたのか話を聞くためにこの地に住む人を探した。何件か民家を巡り、老夫婦を見つけた。老夫婦によると、住民の多くは無事だった数少ない家畜とともに隣村に避難したそうだ。
 老夫婦の話は次の通りである……。
 空に黒い太陽が現れてから、虫たちによる食害が酷くなった。ただ、民家や家畜には被害はなかった。あの日までは。その日の明け方、家畜の世話をしていた老人は小さな魔女が牧草地に何か置いていくのを見た。
 老人はそれがなんなのかを見に行くが、魔法によって人間は近づけないようになっていた。それから虫たちが凶暴化し、人や家畜、家にまで被害が及ぶようになった。
 気休めにしかならないと思うが持っていきなさいと、老夫婦から貰った虫よけをつけて、キュイジニエは再び牧草の残っている場所を目指した。虫よけの効果なのか、襲われることなく辿り着くことができた。
 そこは、老夫婦の話の通り魔法によって普通の人間は通れないようになっていた。彼は難無く通り抜けた。実は、キュイジニエは魔法使いなのである。魔法による結界を通り抜けた彼が目にしたものは、芳醇な香りを放つ黄金の果実だった。果実には、虫たちを弱体化する魔法がかけられていた。彼は魔法がかけられているものを見分けることができた。空腹になるほどその力は高まり、魔法を詳しく分析することができる。
 さらに詳しく調べると、中心部に《反転》の魔法が組み込まれていることがわかった。虫たちを弱体化させるはずのものが《反転》によって凶暴化させてしまう結果になっていたのだ。
 彼は《即席》の魔法を果実にかけた。《即席》はキュイジニエだけが使える。作り出した熱湯をかけることで、食べられるものならどんなものでも三分後に料理に変えてしまうという呪文である。
キュイジニエがこの魔法を使えるようになったのは、十五年前、彼がまだ小さな子どもだった頃だった。
 彼の住んでいた村で災厄が起こり、村は壊滅。生き残った者は彼だけだった。このときも空には黒い太陽が昇っていた。村の壊滅によってまともな食糧はなく、彼は餓死寸前だった。食料を求め歩き続けた彼はついに道端に倒れこんでしまう。
 倒れこんでからしばらく経つと、彼は自分の掌から熱湯が出ていることに気づいた。その熱湯が道端に生えていた雑草にかかると、みるみるその雑草は栄養がたくさんありそうな温野菜へと変化した。
――これが、キュイジニエが《即席》の魔法を使えるようになったきっかけである。
 三分後、果実は《即席》の魔法により、あたり一面に甘い香りを放つジャムになった。ジャムとなり《反転》の魔法は解かれた。それと同時に魔法による結界も崩れた。甘い香りに誘われて虫たちがジャムを喰いにきた。ジャムを食べた虫たちは本来かかっていた弱体化の魔法により、凶暴性を失い弱っていった。これにて、喪失の日々は解決。

●二つ目の災厄

 虫食いの牧草地の復興を願いながら、キュイジニエは次の災厄、魔女住まう森での呪詛と悪疫の解決に向かう。魔女住まう森の葡萄酒は魅惑的な香りで絶品だ。
 キュイジニエが魔女住まう森に着くと、薬の入った壺を持っている小さな魔女と出会った。彼女の名前はストゥウピッド。彼は彼女にこの地で何が起こっているのかを尋ねた。話は家の中でと言って、ストゥウピッドはキュイジニエを家に迎え入れた。家に入るとベッドの上で横になっている魔女がいた。母親だ。帰ったことを伝えると、彼を椅子に案内して、それから話を始めた。
 ストゥウピッドの話は次の通りである……。
 黒い太陽が空に現れてから、私以外のこの地に住む魔女たちが謎の病にかかってしまった。魔女たちの間で代々受け継がれてきた魔法薬の書を参考に治癒の薬を作り、みなに飲ませたが症状は回復せず、どんどん悪化していった。
 話の後、キュイジニエはストゥウピッドに、虫食いの牧草地に弱体化の魔法をかけた黄金の果実を置いて行ったのは君かと尋ねた。彼女は虫食いの牧草地で起こっていた喪失の日々を解決するために、魔法をかけた果実を置いて行ったと答えた。
 虫食いの牧草地で育てられた牛が母の好物で、病で弱っている母に食べさせて元気になってほしいという気持ちで行った。喪失の日々が解決したら牛肉を買いに行くんだと笑顔で言った。彼女は果実に《反転》の魔法がかかっていることに気づいていなかった。彼はこれ以上の追及をやめ、彼女を見つめた。そうして彼女自身に《反転》の魔法がかけられているのだと理解した。
 ストゥウピッドは十五年前、空に黒い太陽が昇り世界各地で災厄が起こっているときに生まれた。黒い太陽は十三ヶ月のあいだ光り続けて、突如、原因もわからずに消えた。そして現在、再び黒い太陽が現れたのと同時に《反転》の能力が目覚めた。そのため彼女は自分が《反転》の魔法をかけてしまっていることに気づいていない。この地で起きている災厄、呪詛と悪疫の正体は、ストゥウピッドの《反転》による呪詛と、黒い太陽の影響による謎の病悪疫である。
 キュイジニエはストゥウピッドに《反転》の魔法がかかっていることを伝え、この力を封印しようと提案した。彼女は魔法薬の書の通りに薬を作っても魔女たちの症状がよくならず、むしろ悪化して言ったのは私のせいだったのではないかと自分を責めた。彼はそんな彼女をなだめた。
 しばらくして落ち着きを取り戻した彼女は、《反転》を封印することを決意する。キュイジニエはポケットから魔法石を取り出し、彼女に全ての魔力をこの魔法石に注ぎ込むようにいった。彼女は魔法石を両手で握り締め、胸に押し付けながら魔力を注ぎ込み始めた。キュイジニエは魔力が暴走しないようサポートをした。魔力を全て注ぎ込んだストゥウピッドは倒れた。これで《反転》の力は魔法石に封印された。魔力を全て放出したため、彼女はしばらくの間魔法を使えないが、いずれまた使えるようになるだろう。
 ストゥウピッドが目を覚ました後、キュイジニエは彼女とともに悪疫に対抗する薬を魔法薬の書を参考にして作った。魔法の使えなくなった彼女の代わりに、キュイジニエの《即席》によって薬草や魔女の秘薬などを混ぜ合わせ、水あめのような舌触りの薬を作った。これを二人で魔女たちに食べさせ回復を待った。次第に魔女たちは回復していった。
 これにて、呪詛と悪疫は解決。ストゥウピッドと彼女の母と、虫食いの牧草地で育てられた牛を一緒に食べる約束をし、次なる災厄を目指す。最後の災厄は、独特の風味が癖になる珍味の苔の取れる、乾き知らずの湿地で起こっている、果てしない砂だ。

●三つ目の災厄

 そこは砂漠となっていた。どこまでも続く果てしない砂。
 キュイジニエは地図を見つめて本当にここが乾き知らずの湿地なのか何度も確かめた。一年中雨が降り続き湿気の絶えることのなかったこの地が干からび、ひび割れている。空には黒い太陽が昇り、強い日差しが射している。大地と黒い太陽の距離が近づいてきていることに彼が気づいたとき、こちらに向かって歩いてくる一つの影があった。その影は、私の邪魔をしているのはお前だなと言いながら彼に近づく。
 影の正体は黒いローブを着用し、右手に禍々しい壺を持った魔術師だった。魔術師はキュイジニエと向かい合うと、禍々しい壺の栓を抜き、呪文を唱え始めた。すると、赤黒い影が魔術師を被い尽くし、その身体を魔神へと変えた。
――私の名前はファミーヌ。全てを消滅させるという私の崇高なる目的を阻んでいるのはお前だな。この私が直々にお前を滅ぼしてやる。感謝せよ。
 そう魔神は言うと、《飢え》の魔法を発動しキュイジニエに襲い掛かる。《飢え》は全てのものの生命力を奪う、非常に強力な魔法だ。キュイジニエは防御魔法で身を守ろうとするが、魔神の《飢え》の魔法の方が強く防御魔法は崩れていく。防御魔法が完全に打ち破られ、《飢え》が彼の身体に直接襲い掛かったとき、彼のポケットに入っていた魔法石が眩い光を放ちながら砕け散った。
 魔法石が砕け散ったことにより、封印されていた《反転》の魔法が解き放たれ、膨大な魔力がキュイジニエを包み込んだ。膨大な魔力量で放たれた《反転》によって、キュイジニエは魂の故郷である北部辺境リラーと繋がり真の姿となった。真の姿となったキュイジニエは、冷気により髪の毛が逆立ち隠れていた両目があらわになった。その目は凍てつく瞳で、その瞳で見られたものは凍り付いたようになってしまう力を放っている。
 真の姿となったキュイジニエは《瞬間冷却》の魔法を放ち、魔神の《飢え》を無力化しつつ、あたり一面を氷の世界へと変えた。氷は黒い太陽の熱により溶け水となり、干からびた大地に潤いをもたらした。
 氷により身動きの取れない魔神に、キュイジニエは全魔力を使って封印魔法《真空凍結乾燥》を放ち、魔人を封印する。全魔力を解き放ったキュイジニエは元の旅人の姿に戻った。魔神が封印されると同時に、黒い太陽も消滅した。黒い太陽の消滅と氷によってできた水により、砂漠化していた乾き知らずの湿地は、少しずつ元に戻っていった。これにて、果てしない砂の災厄は解決。キュイジニエは全ての災厄を解決した。

●エピローグ

 月日が経ち、災厄によって被害を受けた地は復興した。キュイジニエは魔女住まう森にあるストゥウピッドの家にいた。彼女との約束を果たすために。虫食いの牧草地で育てられた牛の、きらきらと輝く脂ののった牛肉。魔女住まう森で作られている、魅惑的な香りの葡萄酒。乾き知らずの湿地で取れる、独特な風味が癖になる苔。
 これら絶品の食材をキュイジニエは《即席》の魔法を使って調理する。《即席》の魔法で作ったステーキを、キュイジニエとストゥウピッド、そして彼女の母親の三人で食べる。その味はもう、語らなくてもわかるだろう。

藤田莉プロフィール
岡和田晃プロフィール