「林譲治超ショートショート集 2」林譲治

(PDFバージョン:chouss02_hayasijyouji
『猫の恩返し』

 与ひょうどんは罠にかかった猫を助けてあげました。
 その夜から、猫が与ひょうどんの家に住みつくようになりました。
 猫が言いました。
「お前の家に住んでやるからありがたく思え」
 こうして猫は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

『鶴の恩返し』

 罠にかかった鶴を助けた与ひょうどんの家に、若い娘に化けた鶴が尋ねてきました。「この一両小判をメルカリで二両で売れば大儲けです」。その辺の理屈がわからない与ひょうどんがやってみたら、たちまち大儲け。でも、荒稼ぎが過ぎて当局に逮捕されましたが、娘は何しろ鶴なので、そのまま外国に高飛びしましたとさ。めでたしめでたし。

『瘤取り爺さん』

 最近、体調の思わしくないお爺さんは、それでも真面目なので山に柴刈りに出かけました。でも、体調が悪いので日没までに村に戻れず、山奧で一夜を明かすことになりました。
 すると深夜、山奧なのに不自然な音が。周囲もそこだけは昼のように明るいではありませんか。そこでは全長一メートルほどでグレイの皮膚をした瞳のない目の「鬼」たちが何かしています。
 お爺さんは驚いて動けません。すると鬼たちはお爺さんを光る屋敷の中に招き入れたではありませんか。寝台に横になったお爺さんに鬼たちは身体検査を始め、そして鬼の族長がいいました。
「君の肝臓には悪性腫瘍があるから除去しよう」
「腫瘍ってなんですか?」
「君にわかるように言えば瘤だ」
 こうして肝臓の瘤を鬼たちにとってもらった正直爺さんは見違えるように元気になって山を下りました。
 その話を聞いた、隣の意地悪爺さんも同じように、深夜山に行きました。するとやはり鬼たちがいます。意地悪爺さんも光る屋敷に招かれました。
「君は不摂生がたたっているだけで、きわめて健康体だ。サンプルにはうってつけだ」
 そう言うと鬼は意地悪爺さんの胎内に金属片を埋め込みました。
 それいらい意地悪爺さんも別人のようになって、村人と仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

『白雪姫』

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「それは白雪姫です。お后さまは、世界では二番だ」
「どうして白雪姫が一番なの?」
「お后さまの娘なれば」
「はぁ? あの娘は王の連れ子よ」
「って事になってるがね……お后さま、18年前のクリスマス、どこで何をしました?」
「18年前のクリスマスって……えっ、ちょっと、あの男の……でも、赤ん坊は……」
「始末したはず、と信じていたんでしょうが、残念、白雪姫はお后さまの血を分けた娘、あなたに始末を命じられた男は、白雪姫にのど笛噛みきられて返り討ち。しばらくは山で兎なんかを喰いながら生きていた。それが色々あって、人間の家に引き取られ、王様の養女となったんですよ」
「あの子はそれを?」
「お后さまが実母とはまだ知りません。でも、魔女の血の運命には逆らえない。遅かれ早かれ気がつくでしょう。
 ただでさえ母娘は折り合いが悪いのに、このことが知れたら白雪姫はどう出るか」
「殺す、いまのうちに殺す」
「まぁ、それが賢明な判断ですね、お后さま」
「鏡よ、お前、楽しそうだな」
「ただ浮き世を映すだけのこの身なればこそ、お歴々の生身の姿くらいしか楽しめるものはございませんから」

『故人情報』

 ――深夜の心霊スポット

「お客さん、どちらまで?」
「大日の社員寮まで」
「若い娘さんが、こんな時間に、大日までねぇ……ちょっとカメラの方見てもらえます。いやね、最近物騒で」
「こうですか」
「ありがとうございます。ほんとすいませんね。たまに怒る人がいるんですね……あぁ、お客さん駄目だわ」
「何がです?」
「お客さん、15年前にこの先のトンネルで、恋人と喧嘩して歩いているところをトラックに轢かれて亡くなったでしょ。大槻朋子さんですよね?」
「えっ、なんで知ってるの?」
「やっぱりね。こっちも商売なんでね。地縛霊とか乗せられないんですわ。大日まで行きました、お客さんは消えましたでは、商売にならんのですよ」
「でも、なんで名前まで分かるの」
「いやね、お客さんが亡くなってから、いろいろ進歩して、俺もよくわかんないけどディープラーニングとかビッグデータとかで、地縛霊とかも割り出せるんだわ。顔認証で。
 それにね、お客さん、この辺じゃ結構有名よ」
「私が?」
「インスタ映えする美人地縛霊ってことで、けっこう写真上がってるんだわ。もうちょっと見ただけでも、ご実家の住所までわかりますよ、高槻でしょ?」
「そうですけど、そんなことまでわかるの、怖っ!」

『鏡よ鏡』

「鏡よ鏡」
「はい、何でしょうか……あっ、今日は王様で。お后様は?」
「その事だ。后に殺人の容疑がかけられている。そなた魔法の鏡なら、后の無実を証明して欲しい」
「はぁ、まぁ、私も多少は魔法も使えますし、できるかぎりのことはいたしますが……そもそも、どういう事件なのでしょうか?」
「検察側の主張では、后が白雪姫の美しさに嫉妬し、森を散歩中に猟師に殺させようとして失敗、そこで后自らが毒リンゴを与えたというのだ」
「姫様は亡くなられたのですか?」
「いや、無事だ。だから告発されている」
「鏡の私が口を挟むのも何ですが、我が国は三権分立とか司法の独立なんかない、王制じゃないですか。検察には王様が圧力を加えれば、何とでもなるのでは?」
「我が国ならそうかも知れん。告発しているのは隣国の検察だ」
「燐国?」
「毒殺されかけた姫を蘇生させたのが隣国の王子だ。しかも、犯行自体が国境を越えた隣国内で行われたらしい。だから司法権はあちらにある。儂の力ではどうにもならんのだ」
「なるほど。検察に訴えたのは、姫様ですか?」
「まさか。白雪姫に刑事訴訟の知識なんかあるか。隣国の王子が、なんかスイッチが入ったらしくな、勝手に継母に苛められる美少女を救ったヒーローの自分みたいなストーリーを組んじゃったんだな。隣国だから儂も彼については満更知らないでもないが、馬鹿じゃないんだが、ちょっと、その辺があれなんだな」
「なるほど。犯人のDNAとかは?」
「そんな話は500年後にしろ」
「ですよね……検察はどんな証人を?」
「まず、后に暗殺を頼まれたという猟師がいる。ただ証人としては疑わしい。どうやって仕事を請け負ったとか、報酬はどうしたとか、報告はどうしたかとか、証言が二転三転している。后ぐらいの年配の女性に頼まれたのは確からしいが、記憶が曖昧だ。検察もこの証人はあまり重視していない」
「なるほど。他は?」
「隣国の王子がいるが、蘇生したときの状況だけだ。七人の小人は、犯罪の第一発見者だが、犯行そのものは目撃していない。毒リンゴ云々は、白雪姫の証言だけだ。姫にリンゴを渡した女性が、先の猟師に依頼した女に似ている。ただ姫は、それが后だとは言っていない」
「なら検察の告訴は不当では?」
「ところが別人であるとも姫は証言していない。女の子なんだから、あんまり断定口調で話してはいけないと躾けてきたが、ここにきてそれが后に不利な証言となっている」
「お后様のアリバイは?」
「執務室で書類の決裁を一人でしていた。だからアリバイとしては弱い」
「王様、我が国の書類決裁は、お后様が? 一人で?」
「儂がいると気が散るんだと……いいじゃないかそんなこと、后がやった方が案件処理早いんだし、行政も回ってるんだからさ。お前だって色々相談されただろう」
「あぁ、来年の平均気温の予想とか、穀物生産の収穫予測とか、人口増加率、失業率、物価上昇傾向とか、お后様の命令で色々計算しましたが……変だなぁと思っておりましたが、なるほど、そう言うことでしたか」
「ともかく、アリバイは向こうの検察を納得させられない。后は魔女だからな、何とでもなるだろうと言われると反論はできん」
「なるほど、何となく話は見えてきました。王様、まず白雪姫が森を散歩することを知っているのは?」
「庶民が立ち入ることができない森だからな。貴族か、それに準じる富豪だな。社交界に出入りできるような階層だ」
「だとすると猟師に暗殺を依頼するというのは、白雪姫の行動パターンは把握しているが、王国の内情にはそれほど精通していない人物となりますね。猟師は普通なら白雪姫の散歩コースには立ち入れないのですから」
「そうなるな。仮にそうだとして、どうなる?」
「白雪姫の行動パターンは魔法で把握できます。しかし、立ち入り禁止の森については、王国の人間でなければわかりません」
「しかし、それでは検察は納得せんだろう」
「もちろんです。白雪姫はリンゴが好物ですね。それを知ってるのは?」
「森と同じだ。社交界に出入りできる人間」
「か、白雪姫の個人情報を魔法で知ることができる人物だ」
「やはり后の仕業と言いたいのか?」
「いえ、とんでもない。王様、思い出していただきたいのですが、白雪姫様が食するリンゴは新鮮な高級品ばかりです。この季節にそんなものが簡単に手に入りましょうか?」
「魔法じゃないのか?」
「いえ、王様。下々なら魔法のリンゴでも騙せましょうが、白雪姫様ほどの味覚が肥えた方には、そんなものは通用しません。毒リンゴのリンゴは外国より取り寄せた、新鮮な高級品。これが決定的な物証になるでしょう」
「まぁ、他に物証はないからな」
「王様、この事件は公になってるのでしょうか?」
「まさか、一つ間違えれば隣国との外交問題にもなりかねん。と言うか、そうしないように隣国の王室と努力している最中だ。本件を知っているのも、隣国の検察でも五人といない」
「王様、ここで状況を整理してしましょう。白雪姫が亡くなったら、お后様が疑われ処刑される。となれば王室の血を引くのは王子様お一人ですね?」
「おいおい、王子の仕業というのか。あれはまだ17だし、魔法など使えないぞ」
「存じております。王様、手前に策がございます。白雪姫様とお后様がお隠れになったとの触れを出して下さい。そうすれば真犯人が向こうから現れます」

       数日後

「鏡よ鏡、でかした! 真犯人を捕まえたぞ! これで后の疑いも晴れた!」
「それは重畳至極に存じます」
「そなたの読み通りだ。白雪姫も后も亡くなったから、鎮魂のための舞踏会を開くと布告を出したら、馬鹿め、現れおった。いや、さすがは魔法の鏡」
「邪魔者を排除して、王子様と結婚し、王国を乗っ取る。教科書通りでございますよ。それで犯人一味は罪を認めましたか?」
「まったく陰謀を企む連中の浅ましさよ。主犯の父親は、貿易商の立場を利用してリンゴを手配したことを認めたが、それが犯罪に使われる事など知りませんでしたの一点張り。主犯格の女二人も、私が魔法使いに騙された被害者です、私がシンデレラに騙された被害者です、と罪のなすり合いだ。まったく醜いものだよ」

林譲治プロフィール


林譲治既刊
『帝国海軍イージス戦隊(1)
鉄壁の超速射砲、炸裂!』