「黒星僧院にて」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:annkokusouinnniteshoukai_okawadaakira
 朱鷺田祐介の新作「黒星僧院にて」をお届けする。この作品は、二つの『エクリプス・フェイズ』ゲーム・シナリオとリンクするものとして書かれている。
 まずは「Role&Roll」Vol.151に掲載されている「タイタンのゲーム・プレイヤーたち」(著:岡和田晃、監修:朱鷺田祐介、待兼音二郎)。その名の通り、タイタン連邦が舞台であるこのシナリオは、チェスボクシングが重要なモチーフとなっている。同時に、ドイツのボードゲームをモチーフにした新しいスポーツが開発されていると、公式設定(未訳サプリメント『Rimward』)に記述されているのだ。その流れで、オリジナルのユニークのスポーツが、この小説には色々と出て来る。
 続いて、「Role&Roll」Vol.152に掲載されている入門シナリオ「滅びの星に声の網」(著:朱鷺田祐介、監修:岡和田晃、待兼音二郎)、今号の「SF Prologue Wave」が公開される頃には、全国の書店・ゲームショップに並んでいると思うが、こちらは太陽系外惑星のニルヴァーナ、モラヴェクが舞台。黒星僧院も登場する。そもそも黒星僧院も、公式設定(未訳サプリメント『Gatecrashing』)に掲載なのだが、あわせて読めば、背景への理解が増すだろう。

 朱鷺田祐介は、待兼音二郎・岡和田晃とともに、二〇一七年四月二二日、二三日の「はるこん2017」で「新世紀のポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』を遊ぼう!」を開催した。企画内ではゲスト・オブ・オナーであるケン・リュウとのトーク・セッションも実現した。岡和田晃によるレポートが、今月後半に発売予定の「ナイトランド・クォータリー」Vol.09に掲載される。(岡和田晃)


(PDFバージョン:annkokusouinnnite_tokitayuusuke
 曼荼羅の中心でパルサーが脈動していた。
 電波星とも言う。自重で崩壊し、爆縮する中性子星へと向かう過程で、もはや脈動する電磁パルスを発するだけの暗黒の恒星だ。
「PSR B1976 +10 A」
 脳内でミューズが補足する。
「このパルサーにはPSR B1976 +10Aという番号がついています」と、黒い袈裟をまとった合成義体(シンセモーフ)の僧侶が無重力で浮かんだまま、座禅の姿勢で微笑む。背後の透過スクリーンにはパルサーが映っている。「ワームホール・ゲートを抜け、辿り着いた無数の太陽系外惑星の中で唯一、地球からの距離と方角が解明されている。宇宙の灯台と言ってもいい。だから、我々はこのニルヴァーナに僧院を築き、死せる暗黒星の影に一体化する思想の中で瞑想することを選んだのだ」
 ニルヴァーナはこのパルサーを巡る惑星軌道に置かれたクラスター型のハビタットだ/クラスター:相互接続モジュールで構成される微重力ハビタット/簡単に言えば、無重力だから出来る雑多に接続されたモジュールの集合体に過ぎない。
 パルサーが放つ強力な電磁波パルスのおかげで、この星系に属する二つの惑星はいかなるトランスヒューマンにとっても、よい住環境とは言えない/対策をしなければ生体義体(バイオモーフ)は1分以内で死亡。機械の体を持つ合成義体(シンセモーフ)でも数ヶ月で悪影響が出る/が、パルサーを間近に観測したい天文学者にとっては宝の山のような場所だ。
 ニルヴァーナはゲートと宇宙観測所を中心にして出来た宇宙の片隅の小さな街で、ここにあるネオ仏教寺院「黒星僧院」/KUROHOSHI MONASTORY/はパルサーの脈動に世界の理を見出した仏教徒たちが瞑想の場所として建築したものだ。
 僧侶と対する位置に浮かぶのは、若いコーカソイドの女性だ。金髪碧眼。意志の強そうな瞳は宇宙の冒険者の誰もが持つもの。いつでも宇宙服(ヴァック・スーツ)に変わるスマートスキンの上に、各種ツールを入れるポケットが多数ついたジャケットを羽織っている。広めの袖の奥に隠された隠蔽ホルスターにはシャードピストル。貫通力の高い破片噴射型の兵器だが、ハビタットの壁を抜くほどの威力はないため、宇宙の旅人が愛用する凶悪な武器。
「リディア・シーゲル」とたしなめるような僧侶の声。
 パルサーの脈動を十全に受け止めるために、僧侶は五感を強化し、多数のセンサーを装備している。通常視覚に加えて、赤外線、レーダー、ライダー(可視光レーダー)、ミリ波、エコロケーション(超音波知覚)、磁気感覚。それらをフル稼働した状態の僧侶にとって、袖の内側に設置した隠しホルスターなど、隠蔽の役にも立たない。それに、パルサーの脈動を浴びる荒行のため、ハビタットの外で放射線を滝のように浴びるべく装甲を強化したこの機械外殻(ロボティック・シェル)をまとった僧侶は歩く戦車にも近い。シャードピストルがどれほど効くかは不明だ。
「あなたのような仕事をする人は、孫子を読むべきです」
 僧侶は微笑む。
「あなたをこのニルヴァーナに導いたのは、孫子の兵法だと、ミスター・ヘイズ?
 いえ、元タイタン連邦チェス・ボクシング統一チャンピオン、羽生グレイシー一歩」
 土星の衛星タイタンに築かれたタイタン連邦では、さまざまなユニークなスポーツが行われていた。チェス・ボクシングはその代表的なもので、チェスとボクシングを交互に行うという奇妙なものだ。もともとは、エンキ・ビラルという漫画家が描いたSF漫画に登場したものだったが、知性と肉体の極限を目指すということで、実際に行われるようになった。

「チェスは素晴らしい競技だが」とヘイズは微笑んだ。「二百年ほど前に、完全解析されてしまい、ミューズを装備し、精神を強化し、メッシュと常時接続したトランスヒューマンにとって、手慰み以上のものではなくなってしまった。私の先祖は日本の将棋に向かった。将棋は駒が再利用できるぶん、幅が広く、完全解析に至るのに、半世紀ほど余分の時間がかかった」
 ヘイズの父方の祖先は将棋を愛するアイスランド人で、地球を離れる際、本来の名前を捨て、伝説の将棋の名人の名前にあやかった。
「タイタンで、チェス・ボクシングが流行った理由は簡単だ。もはや殴り合って、疲れ果てたような状況でもなければ、チェスの勝負に意味がなくなってしまったからだ。
 おかげで、私のような人間が目立つ機会を得た」
 母方の祖先に、ブラジルの格闘家の一族がいたらしく、ヘイズはボードゲームと格闘技の双方が得意な血筋に生まれ、タイタンのチェス・ボクシングで活躍することになった。
「だが、まだ足りなかった」
 チェス・ボクシングのタイタン統一チャンピオンになったヘイズは5年間、無敗を誇り、つまらないと言って、当時、タイタンで流行し始めた。ハイブリット・バトル・スポーツに取り組んだ。
 最初は、ドイツ・スタイルのボードゲームと格闘技を組み合わせたものだった。
「最初に挑戦したのは、ムエタイ・カタンだ。
 キング・オブ・ボードゲームと呼ばれた『カタンの開拓者たち』を遊びながら、ムエタイで戦うという競技だ。ダイス(サイコロ)はいいねえ。乱数がある。
 そして、4人のマルチ・プレイヤー・ゲームだから、トップ争いが熾烈だ」
 ヘイズはしごく楽しそうだった。
「7の目が出ると、そのプレイヤーが盗賊に変身して襲いかかってくるんだ。タイタンの低重力で、ムエタイ式かかと落としを決めるのはなかなか楽しい話だったよ」
 地球が滅びて十年、エッセンと一緒に吹き飛んでしまったコスモス社/カタンの発売元/も、こんな未来に、こんな馬鹿な形で遊ばれているとは思っていなかったはずだ。
「だがね、トランスヒューマンは進化し過ぎた。
 物理演算ソフトと完璧な肉体コントロールが出来るならば、本来、ランダムであるべきダイスすらコントロール可能になった。1ゾロ」
 ヘイズの言葉とともに、強化現実(AR)で、彼に手の中からサイコロが二つ投じられる。完璧な縦回転とバランス、投擲曲線の結果、二つとも1の目を上にして止まる。本来三十六分の一の出目をいつでも出せるようになったヘイズにとって、ダイスすら面白くない。
「プログラムでの乱数発生は?」
 アナログが駄目なら、デジタルだろう。
「ハッキング競争が発生してね」とヘイズは笑う。乱数の発生を司るプログラム、あるいはそれが走るコンピュータへのハッキングが発生したのだ。まだ、ハックされないぶん、リアルなダイスを振るほうがマシだ。「あと、ダイスを振る方が楽しいのさ」
「ゲーマーの本能ですか?」
「まあ、手触りというべきか。
 理性は別のことを言ってもいる。
 ダイスで勝ち負けが決まるようでは駄目だと。
 だが、思考能力が向上した結果、あらゆるゲームが解析されてしまった。プレイするトランスヒューマンの思考すら解析できる。
 しかたなく、メタゲームを繰り返した」
 メタゲームは、ゲームの勝敗を支配するスキームを解析し、そこから生まれた最適解のプレイングにカウンターを当てるようなプレイングだ。多数派を食い殺すことに特化し、歪なプレイング。
「結局、あなたは気の狂ったような組み合わせばかり試してみた」

 アーマー・バトルとシヴィライゼーション/武器を持った戦闘と、文明の発展を再現するシミュレーション・ゲーム/文明が発展して、「鉄器」を開発した国は、鉄剣を持って攻めてくる。

 ジェンガとカバディ/木片を積み上げるバランス・ゲームは本来、息を止めるように遊ぶべきものなのに、声を出し続ける奇妙なスポーツと組み合わせる/残念ながら、低重力でのバランス・ゲームはスリルが足りなかった。

 フルマラソンとディプロマシー/乱数を完全に排除した外交謀略ゲームの古典的名作を進めながら、タイタンを走って一周する/各国の交渉が重要なゲームなので、無線通信が必須で、傍受合戦・ジャミング・ハッキング・ソーシャルハッキングが加速し、結局、Wi-Fiをカットして音声やお肌のふれあい会話、手紙などになっていく/今はなき、ヨーロッパの地政学上、イタリアの弱さを痛感/フィクションの限界。

「そうして、あなたはオズマ計画に与することを決めたと?」
 リディアの言葉に、ヘイズは微笑みつつ、座禅を解く。
「ゲームは楽しかった。格闘技も楽しかった」とヘイズ。「だが、メタゲームに飽きてきて、正面から戦える好敵手もいなくなれば、寂しいだけだ。
 お前たち、ファイアウォールは、どこまで、私を楽しませてくれる?」
 ファイアウォール/それは超人類社会(トランスヒューマニティ)を脅かす絶滅の危機(Xリスク)と戦う秘密組織/惑星連盟の闇を司る秘密機関「オズマ計画」にとって、危険な存在
 リディア・シーゲルはそのエージェントであるセンティネルのひとりであった。
 ヘイズは、無重力の中、足を伸ばし、床に片足をつける。磁力システムで接地圧を形成し、床を歩くように立つ。重力のない場所なのに、ヘイズはまるで大地に根付いたかのように、グレイシー柔道の構えを取る。両足裏の磁気システムの瞬間的なオンオフで、ヘイズは重力のある場所のごとく、床/壁面を歩き、走り、もしかしたら、跳ね回ることすら可能に違いない。機械外殻(ロボティック・シェル)の各所にバーニア・ノズルが仕込まれている可能性は高い。
(戦闘シミュレーション開始)
 リディアの脳内でミューズ(支援AI)が戦闘の展開予想をする。同時に、ヘイズの戦闘スタイルを記録したタイタン連邦の映像アーカイブがリンクされる。タイタンの低重力/地球の6分の1/でも活用できるように発展した、グレイシー柔術は、もはや宇宙サイボーグ用白兵戦技術/誰かが機甲格闘術(パンツァー・クンスト)と呼んだ/出典は地球壊滅とともに不明になった/に進化している。
 ヘイズのあの手に絡め取られたら、抜け出すことは決して出来ない。固い壁面に叩きつけられ、骨を折るか、頭蓋骨を割られる。受け身を取れば、マウンティングされて、拳の連打だ。工業レベルの装甲外骨格で殴られるのは、砲弾に当たるようなものだ。ヘイズはどこを殴れば、生体を無力化できるか、完全に熟知している。
 先手を取って、シャードピストルを打ち込みたいが、隠蔽ホルスターから銃が手のひらに飛び出し、相手を狙うまでのわずか2秒が、長すぎる。
 リディアの中で、戦闘を支援する技能プログラムが、ニューラケム(化学的生体加速システム)で神経伝達速度を向上させる。
 だが、それでも、シミュレーションはリディアの勝利の可能性は二割以下と言う。
「無駄だ」
 ヘイズの突き出した指の先端が輝き始める。
 指の先端にプラズマトーチが仕込まれている。
 触れれば肉を焼き、骨まで焦がす。あの指を腹に叩き込まれるのは想像したくない。
 ミューズが想定される痛みのレベル、機能低下の可能性を提示するが、リディアはそれをカットした。
「あなたの得意分野で戦う気はないわ」
 リディアは肩をすくめる。
 同時に、ヘイズの機械外殻が動きを止めた。
「あなたも生身を捨てなければ、戦って上げたのに」

「……ハッキング完了…」
 虚空に女性らしきホログラムが浮かぶ。
 彼女はメアリー・I。Iは情報体(インフォライフ)のI。知性化され、自由意志と性格を与えられた汎用人工知性(AGI)プログラム。リディアのチームのハッカーである。
 機械外殻(ロボット・シェル)は、外的な環境に強いが、サイバーブレインを持つため、ハッキングの可能性を否定しきれない。いや、ヘイズは戦闘要員としては、十分に堅固な防衛策を講じていたが、メアリーのようなメッシュ生まれのAIにとってはおもちゃ箱と変わらない。
「必要な情報を得たら、記憶を改竄しておいてね」
 精神(エゴ)をデジタル化するということは、編集・改竄・加工が可能になるということだ。
「それで、オズマ計画は何をしようとしているの?」
「モラヴェックに注目しています。
 滅亡した異星人の遺跡」
「それはパパに報告しないとね」

〈大破壊後(AF)〉10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体(モーフ)を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 だが、それはトランスヒューマンを完全に救った訳ではなかった。
 滅亡の危機に瀕した超人類社会(トランスヒューマニティ)の未来をめぐり、惑星連盟の秘密機関「オズマ計画」と、自由意志主義のボランティアで形成された秘密組織であり、人類の護り手「ファイアウォール」が宇宙をまたにかけて暗闘を展開していたのである。

 ニルヴァーナ外郭部、惑星連合刑務所でもあるデータストレージ内仮想空間。

 1:ヘイズはファイアウォールのエージェント・チームに捕縛され、モラヴェック・ミッションの情報をリーク。(予定通り)
 2:モラヴェック文明の遺産技術争奪戦開始。しばらくの間、彼らの視線はあの滅びた星に向かうだろう。
 3:囚人番号LS221。改変開始……



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朱鷺田祐介プロフィール


朱鷺田祐介翻訳作品
『エクリプス・フェイズ』