(PDFバージョン:rasennkaidann_tamarumasatomo)
学校から帰ると、鉄工所から賑やかな声が聞こえてきた。
どこかのえらい人たちが視察というやつに来ているのかなと思ってのぞくと、白いツナギを着たたくさんの人たちで作業場はいっぱいになっていた。
アルバイトの人でも雇ったのかなと考えながら作業場に足を踏み入れた瞬間、ぼくは横から出てきた人と、あやうくぶつかりそうになった。
「ごめんなさい」
とっさにあやまってそちらに目をやって、驚いた。
いつの間に設置したのか、鉄工所の中には十メートルくらいのらせん階段がそびえ立っていた。そしてそこから、あいだを空けて順々にたくましい身体をした男の人たちが降りてきていたのだった。
その人たちは、らせん階段から降りてくると順に並んで作業台に置かれた何かの部品を流れ作業で組み立てていた。流れ作業といっても、不思議なことに流れているのは部品のほうじゃなくて人のほうだったのだけど。
ぼくがぶつかりそうになった男の人も、ごめんよと言いながら前の人につづいて列に並ぶと作業に取りかかりはじめた。
「じいちゃん」
ぼくは、作業場の隅っこで機械をいじっているじいちゃんを見つけると声をかけた。
「おお、帰ったか」
じいちゃんは手を止めて立ち上がり、油まみれのタオルで汗を拭った。顔に油が黒くつく。
「なんでこんなに人がいるの?」
そう聞くと、じいちゃんはすぐにぼくに聞き返してきた。
「どうしてじゃと思う?」
そして、子供のような顔になってうれしそうに笑った。
「アルバイトの人でも雇ったの? それにしちゃあたくさん雇ったんだねぇ」
「こいつらはな、雇ったわけじゃあないんじゃよ。顔をよく見比べてみぃ」
顔に何が書いてあるというんだろうと疑問に思いながらそれに従ったぼくは、次の瞬間、思わず大きな声をあげてしまっていた。
「じいちゃん!」
恐ろしさがこみあげてきて、じいちゃんに背中を寄せてツナギをぎゅっと握りしめた。
その男の人たちは、どういうことか全員がまったく同じ顔をしていたのだった。
「大変だ! みんな同じ顔だよ!」
すると、じいちゃんは笑い声をあげて言った。
「そう、みんな同じじゃ」
その反応に、ぼくは何となくピンとくるものがあった。
「もしかして、この人たちはじいちゃんの発明なの……?」
「ほぉよ」
いつものじいちゃんの口癖を聞いて、ぼくは急に心が落ち着いてきた。お化けじゃなくてよかったと、心の底からほっとした。
でも、じいちゃんはこの人たちのいったい何を発明したと言うんだろう。まさか、人造人間を作ってしまったとでも言うんだろうか……。
「さすがにわしでも、それは無理じゃよ」
と、じいちゃんは苦笑した。
「じゃが、それに近いといえば、近い」
「もったいぶってないで、教えてよ」
「ちょっと難しい話になるが、それでも構わんのなら教えてやろう」
ぼくがうなずくと、じいちゃんは言った。
「これにはな、電磁気学の知識が必要になる」
「デンジキガク?」
「電気と磁気の学問のことじゃ。磁気というのは磁石のことだと思えばいい。おまえもいつか理科の授業で習うことになるじゃろう」
「ふぅん」
「その電磁気学のなかに出てくる現象のひとつに、電磁誘導というものがあっての。これを理解すれば、いま起こっておることも分かるようになる」
難しい言葉の連続に、ぼくは早くも音をあげそうになっていた。
「よく分かんないよ」
「それじゃあ仕方がないのお。いつか理解ができるようになったら、また話してやるとするかな」
にやにやしているじいちゃんを見て、ぼくはなんだか悔しくなった。
「説明がへたくそなんだよ」
「まあ、そういうことにしといてやろう」
ぼくはじいちゃんから目を反らして、ぼそっとつぶやいた。
「で、デンジなんとかっていうのは何なのさ」
聞く気になったか、と笑いながらじいちゃんはつづけた。
「なるべく分かりやすく説明してやるから、がんばって聞くことじゃ。そうじゃの、まずはこの話からかの。そのへんにも転がっておるが、針金みたいなものを渦巻状にびっしり巻いたようなものを、おまえも見たことがあるじゃろ」
「コイルのこと?」
「よお知っとるな、そうだ、そのコイルのことじゃ。コイルに電気を流すと、おもしろいことが起こるんじゃよ」
「おもしろいことって?」
「まあ、そうせかさずに聞くことじゃ。ええかの、ちょっと想像しにくいかもしれんがな、コイルに電気を流してやると、コイルの中に目には見えない磁場というものが発生するんじゃ」
「ジバ?」
「ほら、棒磁石の周りに砂鉄をまくと、何にもないのに模様が現れるじゃろ? 大雑把に言うと、あれのことじゃよ」
「じゃあ、電気で磁石ができちゃうってこと?」
「さすがはわしの孫。のみこみが早い。そういうことじゃ。おもしろい現象じゃろう?
じゃがな、もっとおもしろいのはここからじゃ。
電気で磁石ができてしまうと言うたがな、その逆も成立するのが電磁気学のおもしろさなんじゃよ。つまりはだ。今度はコイルに磁石を近づけてやるじゃろ? するとじゃ。逆にコイルに電気が流れはじめるんじゃよ。磁石をつかって電気がつくれてしまうというわけじゃな」
「電気で磁石ができて、磁石で電気ができる……」
「それが電磁誘導と呼ばれる現象じゃ。発電機というのは、この原理でできておってな。わしらが使っておる電気というのは、大きなコイルと大きな磁石をつかって生みだされておるんじゃあな」
磁石で遊ぶことはよくあるけど、まさか磁石で電気ができてしまうなんてちっとも知らなかったから、ぼくの心は驚きでいっぱいだった。
「ははは、そりゃ知らなくて当然じゃよ。今のは簡単に言うたがな、本当はもっと難しいんじゃから。まあ、そっちのほうはいずれゆっくり学べばええ。ともかくじゃ、この電磁誘導という現象。わしはこれに目をつけたというわけじゃ。
どういうことかと言うとじゃな。ある日、らせん階段を目にしたときに、ひらめいたんじゃ。らせん階段で、コイルと同じようなことができやせんかとな」
「同じようなこと? たしかに形は似てるけど……」
ぼくはじいちゃんの言いたいことが分からずに、もやもやした気分になる。
「その似ているなと思う感覚こそが物事を考える上ではとっても大切なことなんじゃ。
わしはな、コイルで電磁誘導が起こるように、らせん階段でも似たような現象が起こっているんじゃないかと考えた。要するに、人間がらせん階段を昇り降りするときに、磁場のようなものが発生しておるんじゃなかろうかと思ったわけじゃ。ヒトの身体には、微弱な電気が流れておる。それが、特殊な磁場を生んでおるんじゃないかと想像力を広げたんじゃ」
じいちゃんの想像力には、とてもじゃないけどついていけないよとぼくは思った。
「直感だけを頼りに、わしはいろんな測定機器をつかって入念にらせん階段を調査することにした。すると思った通り、ヒトがらせん階段を昇り降りするときには微弱ながらも特殊な磁場が発生しておることが分かったんじゃ。まるで電気がコイルを流れて磁場を生みだすようにな。自分の直感の正しさが証明されたとき、わしは叫び声をあげたいほど興奮したわい。
それ以降、わしはいろんならせん階段をサンプリングしてデータを集めていった。ヒトが通るときにできる磁場を丹念に記録していって、磁場の特性を見極めた。そのデータをもとに作った装置が、ここにあるらせん階段というわけじゃ」
ぼくは分かったような分からないような気持ちで、その巨大な階段をあらためて見上げた。そのあいだにも、同じ顔をした男の人がどんどん階段から出てきている。
「さて、大事なのはここからじゃ」
と、じいちゃんが言った。
「さっき言うたことを覚えておるかの? コイルの場合、電気を流せば磁場ができて、磁場をつくれば電気が流れる。そう言うたな。それならじゃ。らせん階段に人が通ると磁場ができる。じゃあ逆に、磁場をつくればらせん階段に何が現れるかということじゃ」
「あっ!」
ぼくは頭にぱっと思い浮かんだことが自分でも信じられず、そう叫んでから先は何も言うことができなかった。
「察したようじゃな。そう、らせん階段に磁場をつくってやることで、なんと人が生まれるんじゃよ」
ぼくは、あまりの衝撃に黙って話を聞くことしかできなかった。
証拠はこの光景で十分じゃろとじいちゃんは言った。
「理論を導き出すのはそう難しくはなかったが、実装が難しくてな。
らせん階段を設置して、特殊な磁場を生みだす装置をつけたはいいが、むらなく安定的にヒトを生みだすのが困難をきわめた。わしは試行錯誤のすえに、整流器やコンデンサという装置を応用したものを組み合わせて、なんとか安定化に成功したんじゃ」
装置の名前はぜんぜん頭に入ってこなかったけど、ぼくはじいちゃんのすごさに圧倒されていた。
「それからな、ただらせん階段を用意しただけではまだこの装置は未完成なんじゃ。電気のことを想像してみれば分かるが、生み出した人間をさらに外へと取りだすためには人が通れるように回路を設置してやる必要があった。このマットがそうじゃよ」
言われて見ると、床にはらせん階段の出口から継ぎ目なくマットが敷かれていて、鉄工所のなかを道のように走っていた。それは途中から宙に持ちあがっていて、最終的にらせん階段の入口へとつながっている。まさにぼくの知ってる電気の回路みたいだった。
「じゃあ、このヒトたちはこのマットの上しか歩けないってこと?」
「ほぉよ。そこからはずれては行動できん。電気と一緒じゃあな。そしてこいつらは、仕事をこなすと消えていく」
「消えちゃうの!?」
「仕事をせんと、ただ回路を回っておるだけなら消えはせんが、仕事をすればその分のエネルギーがなくなっていってしまうからの。ほれ、ここにおるこいつらも作業台の向こうのほうでは姿が薄くなっておるじゃろ。ああやって最後には消えてしまうというわけじゃ。
だが悲しむことはない。こいつら自体は生身の人間というわけじゃあないし、この装置さえあればいくらでも同じやつを生みだすことができるんじゃからの。もちろん装置を動かすためのエネルギーは必要じゃが、人件費よりもコストはずっと安いから、二十四時間、いつでも低コストで質のいい労働力を自由自在に確保することができるんじゃよ」
頭脳メイセキとはこのことだなあとぼんやり思った。
と、ぼくは回路の中におかしな場所があることに気がついた。
「あそこに男のヒトがたくさん集まってるのはなんでなの?」
「ああ、あれは蓄電池みたいなもんじゃ。生みだしたはいいが、やるべき仕事がないやつらを無駄に放置しておくのも、もったいないからの。余ったもんを貯めておけるような装置を作ったんじゃよ」
「ふぅん。それじゃあ、このダイヤルはなんのためのものなの?」
ぼくは、ジバを生みだすおおもとの装置についてある大きなダイヤルを見つけて言った。そこには、たくさんの数字が細かく書いてあった。
「これはな、出てくる人間の種類を変えることができるダイヤルじゃよ」
「どういう意味?」
「人間はな、個体によってそれぞれ微妙にちがう固有の電流を体内にもっておってな。じゃから、同じようにらせん階段を通っても、人によってつくられる磁場の種類がちがってくるんじゃよ。つまりは、装置で磁場を細かく調整してやることで、あらゆる人間をらせん階段から生みだすことができるというわけじゃ。
この装置では過去のサンプリングデータに基づいて、いろんな人間を生みだせるようになっておる。鉄工所の仕事には力持ちのやつが打ってつけじゃろ? だからダイヤルを合わせて、いまそういうやつらがここにたくさん生まれておるというわけじゃ」
「じゃあ、ぼくの友達なんかも生み出せるの?」
「データがあれば可能じゃよ」
じいちゃんは簡単に言ったけど、すぐには信じられない思いだった。
ふと、ダイヤルに気になるところがあったので聞いてみた。
「この黄色いシールが貼ってあるのはなにかの印なの?」
そこには三角形の中にびっくりマークが書かれた、注意マークのようなシールが貼ってあった。
「いや、それは危険なんじゃよ……」
「危険って?」
「いや、まあ、あれじゃな……危ないということじゃよ」
じいちゃんらしくなく急に歯切れが悪くなったから、これは何かあるにちがいないと、ぼくは瞬間的に悟った。すると途端にいたずら心が湧きあがって、なんとか秘密をあばいてやろうとすぐさま頭を使って考えはじめた。
そうしてぼくは、瞬時に作戦を考えついた。
事務所のほうに大げさに耳をかたむけてこう言ったのだった。
「あれ、じいちゃん。ばあちゃんが呼んでるよ」
もちろんそれは、じいちゃんを出し抜くためのうそ。
「ほぉか? 聞こえんがの」
じいちゃんは眉をひそめながらも耳に手を当てて確認した。
もうひと押しだと、ぼくは演技に熱を入れた。
「やっぱり呼んでるよ。ほら、また聞こえた」
「ほぉかの……」
「なんだか怒ってるみたいだよ? 早く行ったほうがいいよ!」
「そりゃ大変じゃ」
じいちゃんは首をかしげながらも慌てて事務所のほうへと駆けて行った。
しめしめと、さっそくぼくはダイヤルに手をかけた。
それをゆっくり回していくと、目の前で奇妙なことが起こりはじめた。
階段からどんどん出てきていた男の人たちが、映像が切り替わるみたいに次々に変化していく。
装置はブーンと音をあげ、ぼくと同じくらいの少年やお腹のでっぷり出た男の人、すらりとしたきれいな女の人が現れては切り替わっていく。
それは見ていてとっても不思議な光景だった。
危険シールのところではいったい誰が出てくるんだろうと、ワクワクしながらそこにダイヤルを合わせた、その瞬間のことだった。ぼくは驚きで、あっと声をあげた。
「ばあちゃん!?」
よりにもよって、たくさんのばあちゃんたちがぞろぞろとらせん階段を降りてきたものだからキモをつぶした。
たくさんのばあちゃんたちに、ぼくはすぐに見つかった。
そしてどうやら、ばあちゃんたちはすぐさま状況を理解したようで、
「これ! 一人で機械をさわっちゃだめだと何回言ったら分かるの!」
声をそろえていっせいにそう言った。
ぼくはぞっとして、動けなくなってしまった。道理でじいちゃんが危険シールを貼っていたわけだ……。
「さわってないよ」
ぼくはどうにかそう言うので精一杯だった。
「うそおっしゃい!」
すぐにばれて、ばあちゃんたちがぼくを捕まえようと迫ってくる。
「ごめんなさいって!」
つかまったら終わりだと、ぼくは慌てて逃げ出した。
「待ちなさいっ!」
ばあちゃんたちは、逃げるぼくを追いかけてくる。絶体絶命の大ピンチだ……。
そのとき、ぼくはとっさにひらめいた。
このばあちゃんたちは装置で生まれたものなんだから、マットの道から外にでれば追いかけて来られないはずだ!
ぼくは、マットの上から飛びのいて少し走ると、振り返って言った。
「へへへ、ここまでは来られないだろ」
それから、べろべろべーとからかった。
たくさんのばあちゃんたちは、予想通りマットのところで足止めされてこっちを悔しそうににらんでいる。これでもう、ぼくの勝ちだ。あとはゆっくり装置のところに戻って、さっさとばあちゃんを消してしまおう。
そう思ったときだった。
予想もしていなかったことが起こったから、ぼくは大慌てで走りだした。
なんと、どういうわけかばあちゃんたちの一人が床のマットから足を踏み出したのだった。そして、回路から外れたはずなのに消えることなくそのまま追いかけてくる。
ぼくはパニックに陥った。
話がちがうじゃないか! なんでついて来られるんだよ!
追いかけてくるばあちゃんから必死で逃げながら、ぼくは大声をあげた。
「じいちゃん大変だ! ばあちゃんが漏電してる!」
田丸雅智既刊
『夢巻』