(PDFバージョン:humanity_yamagutiyuu)
「それでしたら、あちらの部署での手続きになります。あちらへどうぞ」
私は丁寧にそう言い、手を別の部署に指し示した。
「ちょっと待ってください。あっちでそう言われて、ここに来たんですよ。たらい回しですか?」
カウンターで私に向かい合う男性は、明らかにいらだっている。だが私としては、私の仕事に徹するしかない。
「あちらでお願いいたします」
「ですから、この手続きはここで、と言われたんですよ!」
「この手続きはあちらになります」
「どうなってるんですか?!」
「規則ですので」
「どうなってるんですか、と聞いてるんです」
「規則ですので」
相手の男性はうんざりしたような顔をした。
「あなたの代わりにロボットがそこにいたほうがマシですね」
そんな捨て台詞とともに、相手の男性は立ち去っていった。
私は何の感情もなく、凝った肩をとんとん、と叩く。いちいち相手の感情に付き合っていたら疲れるだけだ。こうやって追い払うのが一番。規則は規則だし。
「次の方、どうぞ」
そう言おうとしたら、別の手が私の肩を叩いた。
「課長――」
課長が、残念そうな表情を作って、私を手招きし、奥の会議室へ誘う。
「リストラクチャリング、という言葉の実際の意味を知っているかね?」
おかしな問いかけから始まった。
「……再構築、ですか?」
「抜本的に構造を見直すということだ。残念ながら、我が課の構造は時代に即していない。市民からのクレームが毎日山のように来る。人件費も高い。そこで」
課長は大きくため息をついたが、その続きを言うのを躊躇わなかった。
「課長である私と、一部の有能な課員を除き、別の部署に異動してもらうことになった」
「……はい」
会議室に呼ばれたときから、覚悟はしていた。
一ヵ月後、私はカウンターの反対側にいた。
別の部署に異動させられたが、その仕事は肉体労働で、全く私に合わず、ついに辞職することを決意した。それで、元の職場――就職支援課――に来たのだ。今度はそのサービスを受ける側として。
カウンターの向こうに座っていたのは、完璧な顔の作りの美少女。確実にロボットだ。
なんでロボットなんかに――と思ったが、人件費が高いと言っていた課長の言葉がその答えだろう。だがこんな機械に、人間らしい受け答えなどできるはずがない。
私は全く期待せず、不機嫌な表情のまま、書類を差し出した。
ロボットはじっと私の提出した書類を見ている。
「あの」
待ちかねて、私は声をかけた。ロボットの少女は、ゆっくりと顔を上げる。
「大変でしたね……」
最初に言われた言葉に、びっくりした。少女は眉根を寄せて、悲しそうな顔をしている。
「はあ」
どうせ擬似的に作られた感情だ、人間に似せて表情を作っているだけだ、と思っても、少女の態度に私の感情が揺さぶられているのは確かだった。
「安心してください。私はあなたの味方です。きっと探します。いいお仕事を。それまでずっと付き合います」
「それは……ありがとう」
「はい」
少女はにっこり笑った。
一時間近くかけて、少女はいろいろな部署に私を連れ回し、情報を集め、最終的に、私が就職してもいいかな、と思う職業を三つも探してきた。
「何かあったら、何でもご相談くださいね」
最後に、ロボットの少女は名刺を渡してくれた。
印刷された少女の名前と連絡先、そこに手書きで、「応援してます!」という文字が書き添えられている。
私はとぼとぼと家路についていた。
親身になってくれて、嬉しかった――。
素直にそう思ってしまう自分に、敗北感を覚えていた。
考えてみれば、相手の感情に付き合って疲れるのは、人間だからだ。
ロボットなら、人間の感情は真似できるし、しかも人間と違って、疲れを知らない。
じゃあ人間がロボットより優れたところって何だ……?
私はあのロボットが見つけてくれた職におそらく就けるだろう。
だが今度も、すぐにロボットに奪われそうな気がした。
山口優既刊
『アンノウン・アルヴ
―禁断の妖精たち―』