「これは私の話ではない」矢崎存美(画・みぞれ)

(PDFバージョン:korehawatasinohanasidehanai_yazakiarimi
 これは私の話ではなく、知り合いのA子さんの話です。

 A子さんは先日、旦那さんと一緒にディズニーリゾートへ遊びに行きました。
 昼間は自腹でディズニーランド、夜はディスニーシーというスケジュールです。ただ、シーの方はクレカ会社主催のパーティ(という名の無料招待)で、三時間しか遊べません。帰りの電車のことを考えると、三時間目一杯遊ぶのも無理なので、
「タワー・オブ・テラーにだけは乗ろう」
 ということを決めておきました。
 思えば、これが間違いの元だった。
 しかし、それにまだ気づいていないA子さんは、ディズニーランドでスター・ツアーズに二回も乗ったりして脳天気に遊んでいました。
 だいたいA子さんは、スター・ツアーズでギリギリな人なのです。ギリギリというのはつまり、「酔う」ということです。ちなみにスペースマウンテンはダメです。知ってますか? スペースマウンテンの出口のそばには、給水器つきの休憩所があるのを。A子さんはそれを知っているくらい、乗り物酔いしやすい人なのです。
 あとから、
「じゃあ、タワー・オブ・テラーなんか乗るなよ」
 と言われたA子さんですが、その時は一緒に行った旦那さんも含めてフリーフォールみたいなものだと思っていたのです。

 そうこうしているうちに夜になり、ディスニーシーに入場したA子さんと旦那さん。途中おみやげ屋さんをひやかしたりしながら、タワー・オブ・テラーの列に並びました。ディスニーシーっていうくらいだから、真ん中に大きな海(池?)があるのですが、そこで「これからショーをやりますよー」というアナウンスが聞こえました。
 そっちに行けばよかった、とあとから思ってもとにかく遅い。
 並んでいるうちになんとなくいやな予感がするA子さん。当たり前です。フリーフォールみたいなものと言ったって、フリーフォール自体にも乗ったことないんだから。
 そして、乗って当然後悔をするA子さん。途中で一瞬外(夜景)が見える時があるのですが、もうなんにも憶えていない。
 タワー・オブ・テラーというアトラクションは、「フリーフォールみたいなもの」という説明でだいたい合ってはいるのですが、実際はガーッと上昇して、急激に落ちて、また上昇して──を何度もくり返すという乗り物だったのです。知ってたら絶対に乗らないシロモノだったのです!
 あとでWikipedia見たら、「落下回数を一回多くした」とか書いてあって、ほんとにもう、一回多いからって全然わかんないけど、ふざけんなって感じでした。
 乗っている間にどうにかならなかっただけでもほめてあげたい。
 終わってヨロヨロと降りるA子さん。通常のスピードで歩けないほどの衰弱ぶりで、一気に老け込みます。出口までの間にあったベンチで休んでいると、キャストの人が通りがかりますが、「大丈夫ですか?」って言ってくれないのね……。
 しばらくしてようやく歩けるようになったA子さんですが、スター・ツアーズのようにすぐに復活できそうにはない。夢の国でしてはいけない顔のまま、移動をしますが、もう乗り物には乗れそうにないし、とにかく暗いし、人は少ないしで、もう帰りたい。
 旦那さんには悪いけど、本当に帰るしかなくなり、人通りが割と多いところを歩いていたのですが、もうこうなると立ってても座っていてもダメ。一番いいのは横になることなので、A子さんは背もたれのないベンチにフラフラと引き寄せられます。
 それがまたそこら辺で唯一灯りの近くのベンチだったもんで、彼女が死にそうな顔で横たわっている姿は、通りがかりの人たちにジロジロ見られるはめになります。
 旦那さんは、
「せめて植え込み側に顔を向けていれば」
 と恥ずかしがっていましたが、A子さんに寝返りを打つ余裕はありません。

 しかししばらくして、A子さんはむくりと起き上がり、トイレに向かいました。
「こりゃもう出さないと帰れないな」
 ということで。
 細かいことは省略しますが、吐き気貧血腹痛と戦いながらも、ノロウィルスと勘違いされないよう配慮するくらいの気力はあったA子さん。しかもいろんな意味で出し慣れているので、そこそこの時間でトイレから脱出できることになりました。
 しかし、そこから出口までが長かったよ、ママン……。ディズニーランドならまだしも、ディズニーシーはまだ二回目だったので、どこにいるかさっぱりわからない。しかも、歩くスピードは相変わらずゾンビ並み。出口に着いても、今度はモノレールに乗って、それを降りてもイクスピアリの中歩いて──舞浜駅がはるか遠くに感じました……。
 あ、A子さんがね。
 ようやく復活したのは、最寄り駅に着く頃だったそうです。
 ただより高いものはないってほんとねーって感じです。今度は自腹で行き直します。もうタワー・オブ・テラーは乗らないけどねっ! A子さんがねっ!

矢崎存美プロフィール
みぞれプロフィール


矢崎存美既刊
『キルリアン・ブルー』