(PDFバージョン:shousetukaha_hayamisinnji)
「このままだと、遠くない将来、寝たきりになるよ」
友人に言われたのが十数年前。そして五十を少し過ぎたいま、その予言はみごとに的中しました。そんな私の半生記、と言ったらあまりにオーバーですが、「健康」について書いて欲しい、というお話もあったので、何がどうしてどうなったのか、ご参考になれば、と思って記します。
もともと幼い頃から体を動かすのがおっくうで、部屋代わりの押し入れに蛍光灯を持ち込んで、本を読みふけっているガキでした。両親が忙しく、放っておいてくれたのをいいことに、外へもろくに出ないで読書三昧。それはそれで、小説家という職業に就くのにはいい土壌になった、とは思います。しかし、いまの私の健康状態から見れば、どうしてもっと外で遊ばなかったのか、としみじみ思います。
それでも小学生の半ばぐらいまでは、見るに見かねた父親が、早朝に家から連れ出して散歩に出かけたり、バドミントンを教えてくれたりしました。バドミントンはけっこう長続きして、十代の私には、授業以外で唯一、運動と言えるものでした。クラスの子と市営体育館に、練習に通ったものです。ですが、受験勉強をやっているうちに、もともと体を動かすことが苦手なので、自然にやらなくなっていました。それから先は座業に専念して、運動はまるっきり忘れてしまいました。
若い内は、それでも体力が残っていたから、あまり問題はなかったんです。四十を過ぎた頃、友人が信州の山の中にログハウスを持っていて、夏の盛り、遊びに行きました。木の香を嗅ぎながらごろごろしてばかりの私に、友人は呆れ果て、「少しは体を動かしなさいよ」、と散歩につきあってくれました。しかし、すでにその頃、私の体は衰えており(仕事上の大トラブルでパニック障害に近い状態になっていたのも、関係があるとは思いますが……)、他の人なら散歩にすらならない、五分十分の山道が歩けない。二、三分歩いただけで息が切れて、座りこんでしまいます。友人も、しまいには匙を投げました。「将来、寝たきりになるよ」、と言って。
それが、いま、現実になったわけです。
運動不足による体の衰えは、小説家にとって重要なふたつのものを、私から奪っていきました。ひとつは、直立できる筋力。その辺に立っていると、二分ほどで足の筋肉がぷるぷる震えだし、何かにつかまらないと倒れてしまいます。これがなぜ重要かというと、まず取材に行けない。次に業界のパーティーに出られない。出れば出たで、座りっぱなしになってしまいます。某団体の親睦会で、同業の親友が編集者の方を紹介してくれたのにもかかわらず、私は壁ぎわの椅子に張りついたまま、という失礼な真似をしでかしたことがあり、申しわけなさで一杯でしたが、当人は肉体的に限界だったんです。担当編集者の方に取材の日程を組んでもらったのに、途中で音を上げてタクシーに乗って、目的地をパスしてしまったこともありました。この辛さ、自責の念は、健康な人には分からないんじゃないでしょうか。
もうひとつの重要なものとは、執筆している間、座っていられる姿勢の保持です。私は洋式の机は使えなくて、座机で仕事をしているので、何時間正座していられるか、が死活問題なのですが、足腰がすぐに疲れてしまって、一時間書いては三十分横になる、といった体たらく。自覚したときには、すでに小説家としての危機にあったわけです。
そうなってからでは遅い、とお思いでしょうが、たまたま同業の友人でアキレス腱を切ってリハビリをした人がいて、その人のお話ではきっちりストレッチをやればたとえ週一回でも充分な筋肉がつく、いやむしろ早見さんのように運動をしていない人には、週一ぐらいでちょうどいいだろう、と言われました。ただし、ちゃんとした先生についてやるのでなければ、むしろ有害な場合もある、やり過ぎもだめ、とも。
こちらはとにかく焦っているので、近くの外科のリハビリ施設に連絡して、私の体力回復に手を貸してもらえないか、ときいたのですが、返事は簡単なもので、「病名のついていない状態で、リハビリを受けることはできない。一般のジムなどを探しなさい」、というものでした。まあ確かに、怠慢は病気ではないので、治せ、と言うほうが無理ですわなあ。
しかし、高額なジムに通えるほどの金はない。自分に手の届く範囲で、なんとかならないか、となおも探していると、市営のレッスンスタジオがあって、ストレッチだけを行なうプログラムもあるとのこと。しかも、驚くほど格安でした。これは、いくらパニック障害に近い私でも、行くべきかどうかぐらいは分かります。さっそく手続きをとって、週に二十分のストレッチレッスンが始まりました。
たかがストレッチぐらい家でもできる、と思うなかれ。長年の私の習慣から見て、自宅でストレッチをしても、一、二分で諦めてしまいます(いや、いばっている場合じゃないですが)。スタジオに通えば、安いと言ってもそれなりのレッスン料と交通費を払っているから、やらねば、という気持ちにもなりますし、どうやら見たところ、飽きたり過度に疲れたりしないプログラムの組み立てをしているようで、二十分、へとへとではありますが、なんとかこなすことができます。また、先生が具合を見てくれて、「肩胛骨を締めて」とか「これはきつい体勢なので、無理にやらないように」などと、逐一指導してくれます。「前より股関節が開くようになりましたね」などというありがたいお言葉ももらえて、励みになる、といったほめて育てる方法は、運動が苦手な人間には向いている、と言ったら傲慢でしょうか。とにかく、私向きのトレーニングだったわけです。
こうして、ストレッチを始めてわずか一ヶ月半のある日、自宅のリビングで、着替えで裸になった私を見たかみさんが、「腹がへこんで来た!」と、本当に驚いた顔で言いまして。うちのかみさんはこういうとき、へんな虫でも見るような顔をしてため息をつくことしかしない性格なので、どうやら本当に、腹が引っこんだようなのです。
さあ、そうなるとやる気も一段と出て、ストレッチに加えて、足の筋肉の衰えがある、と判断した先生が、「エアロバイクを漕ぐといいですよ」、と言って下さったのですが、うちには無用の長物と化していたエアロバイクがあるので、それを毎日漕ぐようにしました。なんでもっと早くやらなかったのか、と言われると一言もありませんが、メーターの消費カロリーにばかり目が行っていて、この程度やっても……と馬鹿にしていたんですね。馬鹿は私なのに。
結果、いま三ヶ月にして脂肪はやや減ったものの、まだ立っていられる時間は短く、外もまだ歩けないんですが、続ければ効用があることが分かったからには、続けていきたいもんです。いや、続けます。
しかし、やはりつくづく思うのは、まだ若いうち、遅くとも四十までは、体を動かすことも仕事だ、という考えを、頭に叩きこんでいれば、もう少しなんとかなったんじゃないか、ということです。私は変な所でへそ曲がりなもので、周囲の人の言うことを聞けなかったんですね。そのつけは、それでもまだ、払えるようです。年齢なりに、ですが。
せめて二時間のパーティーで立っていられて、徒歩二、三十分ぐらいは平気で歩けるように……って、普通の人なら誰でもできることですが、金で買えるなら安いものだ、としみじみ思います。若いときの苦労は、金を払っても買え、っていうことばの意味が、いまの私には分かります。
そして、もうひとつ分かったのは、健康の保持にも楽な道も抜け道もない、というごく当たり前のことです。過去にはサプリメントを飲んだり、怪しげな健康法を試してみたり、にも少々首を突っ込んでみましたが、結局続きませんし、適切な運動をする以外に利く方法なんかありません。レッスンの先生のおことばを借りれば、「セルライトがどうとか、脂肪をもみ出すとか言うけど、ただの運動不足!」なんです。
つまらない結論だ、と思われるかもしれませんが、人生の真実のほとんどは、たいして面白くない話だと心得たほうがいい、と私は思います。お医者さんが風邪を引かないのは、引かないように予防しているから、と同じように。
そういうものです。
早見慎司<旧名:早見裕司>既刊(アンソロジー・共著)
『古書ミステリー倶楽部』