「人材派遣」田丸雅智


(PDFバージョン:jinnzaihakenn_tamarumasatomo
「社長、来客です」
「例の人物か。あの会社からの推薦とあれば、会わないわけにはいかないからなぁ」
 私は、やれやれと腰をあげる。
 最近は訪問者が多くて対応に困ってしまう。どこで聞きつけてくるのか、業績が伸びはじめてから急に訪問するやつが多くなった。はじめのころは、誰も相手にしてくれなかったというのに。世の中、現金なものだ。
「これはこれは。お初にお目にかかります」
 応接室に入ると、男が立ちあがった。温和な表情を浮かべているが、目は笑っていない。抜け目のなさそうな印象の男だった。
「どうも。それで、何のご用件でしょう」
「私、こういうことをしている者でして」
 名刺を斜め読みすると、派遣事務所と書かれてあった。
「人手なら、十分足りていますよ」
 私は少々がっかりした。ありきたりの客か。優良企業からの紹介だと思って、少しは期待していたのに。
「いえ、派遣といっても、よくあるやつとは少々趣が異なっておりまして。働き手を派遣するわけではないのです。私どもの派遣するのは、仕事をサボり、嫌味で、周りの士気をさげ、斜に構えているような、すぐに陰口の対象となるような人物です」
「すみません、いまなんと?」
「わざと陰口をたたかれるよう特別に訓練された人材を派遣いたします、と、そう申しているのです」
 この人は正気なのだろうかと思った。
「ちょっと意味がよく理解できないのですが……」
 場合によっては、推薦者に文句を持ち込まなければならないだろう。こちらも、おかしなやつの相手をしているほど暇じゃないんだ。
「いま申し上げた以上の意味はございません」
「申し訳ありませんが、お引き取り願えませんか。仕事は、山ほどあるんです」
 そういって、立ちあがりかけた。
「まあまあ、聞くだけ聞いてください。これには、理由があるのです」
「なんです、人が悪いな。それならそうと、もったいぶらずに早くいってくださいよ」
 私はふたたび腰をおろす。
「御社には、陰口をたたかれる人物が必要だと思い、こうして伺ったのです。ところであなたは、そういう人間のことをどう思いますか」
「どうって……そりゃあ、いい気分にはなりませんよ。できれば、一緒に仕事はしたくない。軽蔑するでしょうね。それこそ、陰で悪く言ってしまうことも、あるかもしれない。もっともまあ、それが本当に救いようのない輩なら、という前提があっての話ですがね。自分と合わなかったり変わった性格だったりというだけで軽蔑するなんて、もってのほかですから」
「じつに結構なお心構えです。しかし今あなたは、陰口をいうかもしれない、と、そうおっしゃいましたね。その、陰口なのです。人は本来、陰口をいうことで心のバランスを保つ生き物でしてね」
 男は、自説を展開しはじめた。
「陰口は、文句や噂話という言葉と置き換えていただいても結構です。たとえば、考えなしにすぐに人を罵倒するやつ、自分勝手なやつ、嫌味なやつ、悪意をもったやつ。そういう者たちは、いつの世だって陰口の対象となってきました。
 人は、心のもやもやを取り除く対象を本能的にほしがっているのです。たとえば、ご自宅のご近所を思い浮かべてみてください。おかしな人というのは、ひとりは必ずいるものでしょう。人は、そういう人物を陰口の種、文句の種、噂話の種にすることで、知らず知らずのうちに気分を晴らして生きているのです。
 本当におかしな人物を槍玉にあげているうちは、まだましです。一番いけないのが、言われもないのに傷つけられる人がでてくることです。いじめなど、その最たる例ですよ。人々は本能にしたがって陰口をたたきたいのに、そのはけ口が見つからない。そういうときに、何の罪もない善良な人物に矛先が向き、犠牲がうまれるのです。それは憎むべき行為ですが、もともとが本能に根ざしたものだから、理屈で押さえつけようとしても限界がある。
 これまで人間は、そういった自分たちの本能にうすうす気がつきながらも、見て見ぬふりをしてきました。なかには真剣に考えてきた人たちもいるでしょうが、彼らは、道徳を訴えつづければ、どうにかなると思ってきた節がある。それは現実逃避というもので、努力うんぬんで解決できる問題ではないのです。生理的な問題を努力で解決しようとして、なんになりますか。
 そこで、私どもは発想の転換をいたしました。どうしても避けては通れないのならば、その負の感情をうまく処理する仕組みがあればよいのではないか。そう考えたわけです。下水道のようなものを想像すると、分かりやすいでしょう。
 そうして立ち上げたのが、この派遣事務所というわけなのです。私どもは、陰で悪口をいわれるような人物を意図的に組織のなかに混入させてそのはけ口をつくり、組織の安定化に貢献しているのです。ひとりそういうのがいると、組織というのは妙に団結するもので、結果として御社の業績も飛躍的に向上することでしょう。またそうすることで、罪なき犠牲をすこしでも減らすことにも役立ちます」
「なるほど」
 理にはかなっているような気はした。が、すんなり受け入れるには抵抗があった。
「実例を示したほうが、説得力があるでしょうね。内密に願いたいのですがね、ここだけの話、私どものお得意さまには政府の上層部の方もいらっしゃるのです。依頼を受け、私どもは議員としての人材をひそかに政府に派遣しているのです」
「政府なんかに派遣して、どうするんですか」
 私は首をかしげた。
「さっき申し上げました、組織の活性化のためですよ。ほら、国会中継を見ていると、足の引っ張り合いがしたいだけで、呆れたやつだなぁと思う人物がいるでしょう。あれは、私どもが派遣した人材なのです。そうすることで、陰口がその人間に集まるようになり、組織に団結力が生まれてくるのです。
 もっともまあ、これは少し前までの話ですがね。最近では上層部の方から依頼があり、政府の活性化ということから趣旨を変え、違う目的のために派遣を行うようになりまして」
「といいますと」
「上層部をのぞいて、政府それ自体をおかしなやつの集まりにしてしまおうという試みです」
「そんなことをしてなんになるのです」
「国の活性化ですよ。この試みで、世の人々は日々の不平不満を政府への悪口をいうことで発散することができるようになりました。あまり意識をしていないでしょうが、少し考えてみてください。日常のなかで、政府に対する文句がどれだけを占めているでしょうか。そういうはけ口があることで、日常の不満もこの程度でおさまっているというわけなのです」
「ははあ、どうりで政府筋には変な人ばかり集まっているわけだ。いくらなんでも、おかしいと思っていたんですよ」
「それから、国の上層部の依頼で、世間という実体なきものをつくりだしたのも私どもです。これも、人々の本能のはけ口をつくるためです。人々は、世間を嘆き世間の悪口をたたくことで心のバランスを保っている。世間がなければ、毎日の生活はもっと不満にみちあふれたものになっているでしょう。そういうことですよ」
「なるほど、だんだん分かってきましたよ。では、マスコミもそうなんですね。わざと非常識なことをして、人々の負の感情のはけ口になるように努めているというわけだ。恐れ入ったよ」
「いえ、あれは偶然の産物です。ああいうことをされると、私どもも商売あがったりなので、少しは自制してほしいものですよ。
 さて、どうでしょう、私どもの取り組みについて少しは理解いただけましたでしょうか。
 実例はこれにとどまりません。身近なところですと、あの会社が良い例です」
 男は、紹介主である社長の名前を挙げた。
「私どものサービスを受けるようになってから、あの調子です」
「たしかに、あの会社が伸びはじめたのも、ここ何年かでのことだ。裏ではそういうことが行われていたのか……」
「いかがでしょう、ご興味のほどは」
 私はうなった。たしかに、男のいうことは的を射ているような気がする。しかし、やはり、なんとなく腑に落ちないものがあった。
 私は、自分の会社の社員たちの顔を思い浮かべながら答えた。
「せっかくですが、うちは誠実な社員がそろっている会社です。将来的なことは分かりませんが、いまのところは必要なさそうですよ。それに、社の利益もおかげさまで伸びつづけている。いまのまま、しばらくはやってみますよ。
 しかし、妙な世の中になったものですね。あなたのような商売が流行るとは」
「いえいえ、健全な世の中が作られつつあるものと、私どもはそう考えておりますよ。
 それから、差し出がましくも一言だけ申し添えておきますが、誠実な社員ばかりがそろっている。あなたは、そうおっしゃいましたね。社長として、そう考えたいお気持ちはよく分かりますがね、実際のところはどうでしょうか。特に、御社のように、大きな会社の場合はどうでしょう。全員の性格をつぶさに把握することなど、不可能な話です。
 それに、人が裏で何を考えているのかなんて、けっきょくのところ他人には分かりっこないものです。全員が常に誠実だなんて、ありえません。仮にそう見えたとしても、なかには無理をしている人もいるでしょうし、そういう人は、いずれ限界がきます。負の感情のはけ口を探して、もがき苦しむ。やがては、組織によからぬ影響をもたらすことでしょう。そのことを、くれぐれもお忘れなきよう。
 では、本日おうかがいしました本題に入りますが」
「なんですって」
 私は耳を疑った。
「実は、去年の新入社員のなかに、我が社から派遣した人物を混ぜていたのです。本日は、その無料サービス期間が終了しましたので、こうしてやってきたわけでして。効果の程はいかがでしたでしょうか。
 さて、いかがいたしましょう。派遣を中止しましょうか。それとも継続しましょうか。このまま利用される場合には、来月からこちらの料金が発生してしまうのですが」

田丸雅智プロフィール


田丸雅智既刊
『物語のルミナリエ
異形コレクション〈48〉』