(PDFバージョン:yuusuresu_yamagutiyuu)
「やれやれ、なんとか発明が完成した」
私はつい口に出して言う。それはこれまでの苦労を振り返る感慨でもなければ達成感のゆえでもなく、単にひと仕事終えたことを確認するための独り言にすぎない。確かに苦労はしたが感慨は感じないし、達成感もない。私自身はそれほど価値ある発明だと思っていないからだ。
だが、私の依頼主にとっては大変な価値があるものらしい。
白衣を脱いで身体をほぐしていると、研究所の呼び鈴が鳴った。
「こんばんは」
そう言ってやってきたのは、依頼主の絵歩(エフ)だ。
「実はさっきできたところですよ、あなたの依頼の発明」
そう教えてやると、絵歩は満面に喜色を浮かべた。
何がそんなに嬉しいのだろう? 確かに開発には苦労したが、本当に、何の価値もない発明なのだ。
言おうとしたことと反対のことを言ってしまう、クスリ。
脳の言語野に作用して、真逆のことを言わせる。小さな錠剤と大きな錠剤があり、小さな方は一時間、大きな方は一日の効き目がある。
大小の錠剤のビンを渡してやると、絵歩は押し頂くようにそれを手に取った。
「試しに飲んでみても?」
「いいですよ、もちろん」
絵歩は小さい方の錠剤を飲む。水なしでいつでも飲めるのもこの発明の特徴だ。
「本当に全く感謝していないの。こんなクスリ、私の役にはちっとも立たないから、依頼して本当に失敗だったわ」
「それはそれは……。ところで何でこんなクスリが必要だったのです?」
まっすぐな感謝の言葉に戸惑いながらも、私は純粋な好奇心から尋ねてみる。絵歩は頷いた。
「私、つきあってる彼氏がいないの。私って、物事をはっきり言うタイプの性格でしょ? 彼氏の言うことも、全然素直に聞けないのよね。それなのに、彼氏は私にぞっこんで私のいいように振り回されてるから、少しは素直になって、彼氏を安心させなきゃ、って思って。ほら、私、彼氏のこと大嫌いだし」
「なーるほど」
私は納得がいった。依頼されたときに知り合ってから数週間だが、絵歩がそんな事情を抱えていたとは。こんなおかしな作用をもつクスリにも、そういう使い道があったのか。そう思って、私は絵歩にクスリを渡して依頼料を受け取ったのだ――何の疑問も抱かぬまま。
そう、一ヵ月後、とある新聞記事を読むまでは。
『新裁判法施行、ポリグラフテストの結果、正式に裁判で効力を持つように ―最初の事例は連続宝石窃盗犯―』
記事には、逮捕された宝石窃盗反の顔写真も掲載されていた。
「え……っ!」
私は思わず新聞を取り落とす。
そこに掲載されていたのは、絵歩の顔だったのだ。
ポリグラフテストは、嘘を吐いたときの人のストレスを読み取って本当のことを言っているかどうかを判定する。
私のクスリを使えば、本当のことを言っているつもりで、口から出てくるのは真逆のことだ。
ストレスは全くかからない。
山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』