「セカンドディスク」山口優

(PDFバージョン:sekanndodhisuku_yamagutiyuu
 研究室の後輩の絵琉(える)は、わたしの知る中でも一風変わった雰囲気を持っている。顔はかわいいのだが、何を考えているのか、よく分からない。
 だから、わたしは正直、絵琉がわたしの相談を真剣に取り合ってくれるとは思っていなかった。
「寝坊、ですか?」
「そうなの。いろいろ悩み事が多くて、寝付けないのよ。それで起きれないの」
 そのときわたしがつきあっていた裕太という男が、誰かと浮気をしている証拠を、わたしはいくつか掴んでいた。そのことを考えると、なかなか眠れない。
「目覚まし時計を三個ほどセットしてるんだけどね、全部とめて、また二度寝しちゃうの」
 わたしは言って、肩をすくめた。
「そんなときは逆転の発想ですよ。いくら早起きしようとしても、寝付けないんじゃ仕方ないです。ちょっと教授のお手伝いでやってる研究があるんですけどね……」
 言いながら、絵琉は一枚のCDをわたしにくれた。
「眠れないとき、流してみてください。きっとすぐに眠れますよ」
 その夜、そのCDをかけてみた。美しい音楽が流れ出した……と思ったところで意識が途絶えた。翌朝、わたしはCDプレイヤーの横で突っ伏していた。
「効き過ぎよ」
 わたしはCDを絵琉に突っ返しながら、言った。
「じゃあ次はこっちで」
 絵琉はその答えを半ば予期していたように、二枚目のCDを渡してきた。
「今度は効き目が緩いはずです」
 絵琉は言った。
 二枚目のCDの効き目は確かに緩かったが、身体から先にだるくなり、最後に意識がもうろうとしてきたので、まるで金縛りに遭っているようで不愉快だった。
「意識から先に眠くなるようにはできないの?」
「個人差があるんですよ。同じ音楽でも、人によって効果が違うんです。じゃあ今度はこれで。たぶん、先輩にとっては一番快適な眠りになるはずです」
 絵琉は微笑んで言い、三枚目のCDをくれた。
 三枚目のCDは最高だった。わたしはくよくよと悩むことなく、いつも快適に睡眠に入ることができるようになった。目覚まし時計無しでも毎日ぱっちりと目が覚め、これ以上はないほど、きちんとした生活を送れるようになった。たぶん、そのことと因果関係は全く無いだろうが、わたしがきちんとした生活を送るようになってほどなく、どうやら裕太は浮気をやめたようだ。
「全部、あなたのおかげよ。ありがとう、絵琉」
 わたしは、絵琉にそう話しかけた。絵琉は、首を振った。
「わたしは、わたしにできることをするだけですよ。お役に立てて、良かったです」
「謙遜しない。あなた、すごいわ」
 わたしはそう後輩を褒め称え、それから家路についた。わたしたちの大学は田舎にあるので、わたしを含め、多くの学生は自動車で通学している。
 快調に夜道を走らせていると、不意に携帯電話が鳴った。スピーカホンにして、出る。
「こんばんは、先輩」
 絵琉だった。
「どうしたの?」
 わたしは尋ねる。
「ひとつだけ、お伝えしてないことがあって。裕太先輩を、返してください」
「え……」
 絵琉だったのか。裕太の浮気相手は。
 急に、ハンドルを握る両手が、金縛りにあったように動かなくなる。意識ははっきりしているのに。
 そのとき、わたしは気付いた。絵琉の声の背後で、二枚目のCDの音楽が流れていることに。

山口優プロフィール


山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』