(PDFバージョン:innveijyonn_yamagutiyuu)
わたしは奇妙な男性を目の前にしていた。スーツにネクタイという、至って平凡なサラリーマン風の服装。顔は整っている、といってもよいが、特徴がなさすぎて、どう表現すればいいのかよく分からない。
だが、言っていることは平凡では全くなかった。
「侵略、させていただけませんか」
「はあ?」
「この惑星を侵略したいのです」
「知りませんよ。勧誘ならほかを当たってください」
やっぱり変な宗教だったか。今どき、街中でナンパをするようなバイタリティのある男性なんていないと思っていたのだ。そう分かっていてもほいほい喫茶店までついて来たわたしは、もしかして相当寂しかったのかもしれない。
侵略、という耳慣れない語句に、喫茶店の周囲の客の注意が一斉にこちらに向いたように感じた。
「勧誘? たしかにそうかもしれません。侵略というのは、全く、壮大な勧誘行為ですね。僕はそう思います」
「あなた、馬鹿じゃないですか?」
わたしはついに言った。宗教にしても、こんな馬鹿な勧誘の仕方があるものか。
「もっと言ってください」
男性は言った。
「はあ?」
「もっと罵ってください、と言ったんです。物理的にぶったたいていただてもいいですよ」
「出ましょう」
わたしはさっさと勘定を払い、そのマゾヒストの腕を掴んでビルの路地裏に連れて行った。
「――で、あなたは何がしたいんです? ぶったたかれるのがお望みならそういうご専門のお店にいけばよろしいでしょう」
「いや、これは僕一人の問題じゃないんです。僕たちの種族の問題ですよ。僕たち、宇宙人なんです。僕たちは侵略に来たんですから」
「侵略と、マゾヒズムに何の関係が……」
「ああ、あなたは全く分かってない。進化の可能性ですよ。あなたたちだって、太陽からの紫外線とか、宇宙からの隕石がなければここまで進化できなかったでしょう。僕たちの種族は、刺激の少なすぎる星に生まれたんです。だから、僕たちがもっと強く賢くなるように進化するためには、他の種族の攻撃的な意志がどうしても必要なんですよ。だからこうして、他の星を侵略して回って、攻撃的な意志を搾取しようとしているのです」
「攻撃的な意志を搾取、ですか」
「つまり、ぶったたいたり、罵ったり、もっとひどいことをしていただきたい、と要求して回っているのです。これまでに、我々は実に一〇八もの異なる知的生命体の種族の住む惑星を侵略してきました。この惑星の全土でも、僕の仲間達が既に同じ事を開始しています」
「はあ……」
わたしは呆れてものも言えなかった。この妄想に満ちたマゾヒストは、こんなストーリーを創作してまで、ぶったたかれたいのか。
「宇宙人? じゃあ、その、人間っぽい姿はなんなんです?」
「これは仮の姿です。電波情報を偵察した限りでは、こういう、特徴のない、ちょっとハンサムな男が、よくあなたのような女性にぶったたかれているのがこの星の日常のようでしたから」
「じゃあ」
わたしは言って、コンクリートの隙間から生えている、雑草を指差した。
「あれにでも姿を変えたらいかがです? 毎日、人間に踏まれますよ」
「おお」
男性はわたしの手を握り、目を輝かせた。
「そのような画期的な方法があったとは! ありがとうございます! これでこの惑星は侵略できたも同然だ! 早速仲間に伝えなければ!」
彼はそう叫び、そして走り去っていった。
その日以来、街中の、特に人通りが多い場所に、雑草がなんとなく増えたような気がしたが、多分気のせいだろう。
山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』