「一行ショートショートとは?」高井信

(PDFバージョン:ichigyouSStoha_takaisinn
 一行ショートショートについて何か書いてくれ――と要請されました。
 思い切りの手抜きですが、まずは拙著『ショートショートの世界』集英社新書(05)から、短いショートショートを紹介した部分を(加筆&修正の上)抜粋させていただきます。

      *          *          *

 横田順彌『SF事典』廣済堂ブックス(77)には〈史上最短のSF〉という項目があって、そこで紹介されているのは――

 時間は終わった。昨日で。(ロジャー・ディーリー作)

 短いですが、深みがありますよね。(『SF事典』はのちに大改訂されて角川文庫から『SF大辞典』として出ていますが、残念ながら〈史上最短のSF〉の項目は消えています。なお、同作品は「奇想天外」1977年4月号(13号)に掲載の安田均「続続・SF入門講座 SFその世界」でも紹介)
 同じような深みを感じるのは、アウグスト・モンテロッソ「恐竜」です。

  恐竜
  目を覚ましたとき、恐竜はまだそこにいた。

『全集 その他の物語』書肆山田(08)に収録。また、『黒い羊 他』書肆山田(06)の「訳者あとがき」には全文引用されています。後者には「これはモンテロッソが書いた世界一、短い短篇である」と書かれていて、これには異論を唱えたくなりますが、傑作であることは間違いないでしょう。

 野内良三・稲垣直樹『フランス・ジョーク集』旺文社文庫(87)に収録されている「幽霊話」は――

  一番短い幽霊話。
  ――きのうの夜、わたしは親友とその未亡人が一緒に歩いているのを見かけた……

 石川喬司『SF・ミステリおもろ大百科』早川書房(77)(のちに『夢探偵 SF&ミステリー百科』講談社文庫(81)として再刊)でも、短い物語が紹介されています。

 世界で一番短い物語。《人類最後の男が机に向かって遺書を書いていた。すると、ドアにノックの音が……》

 これらよりも、さらに短い作品もあります。アイザック・アシモフ他編の2冊の海外ショートショート・アンソロジー『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展』講談社(81、83)に収録されているドゥエイン・アッカースン「宇宙の果ての標識」、E・マイクル・ブレイク「テレパスのためのSF」、エドワード・ウェレン「もしイブが妊娠しなかったなら」といった作品です。「宇宙の果ての標識」と「テレパスのためのSF」は本文一行、「もしイブが妊娠しなかったなら」に至っては、本文なしです。どういうことか、おわかりになりますよね。
 短さのみに着目するならば――
 タイトルと本文を合わせて最も短い小説は、川又千秋編著『三百字小説』嶋中書店(04)に収録されている「?」でしょう。タイトル「?」で、本文は「!」だけです。

 筒井康隆『欠陥大百科』河出書房新社(70)の〈一問一答〉の項にも、短い怪談、推理小説、SFなどが紹介されています。先ほど「幽霊話」を紹介しましたが、“世界でいちばん短い怪談”は――

 A「幽霊なんて、いるものか」
 B「そうかね。ひひひひひひ」
 そういってBは、どろんと消えた。

“世界でいちばん短い一問一答”は――

 A「や」
 B「や」

 だそうであります。
 ついでに書いておきましょう。以前、拙ブログの読者から短いSM小説が寄せられました(出典不明)。

 マゾ「いじめてください」
 サド「いやだ」

 これはよくできていますね。出典不明というのが残念です。

 さて、本題の一行ショートショートですが……。
 ともあれ、一行ショートショートって何? という話から始めなければなりません。
「ショートショート」なのですから、大前提として小説であることが挙げられます。ただのスケッチ、あるいはアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』風のものは、たとえ短くても一行ショートショートとは別の世界の産物と見るべきでしょう。
 ぱっと読んで、「ん?」と首を傾げる。ちょっとした時間差があって、「あっ」と膝を叩く。――そんな作品が理想と思います。極論すれば、オチだけの作品なんですから。
 きっちりと規定しておかなければならないのは「一行」の定義です。私は「通常の文庫本の1行に収まる文字数(おおむね40字以下)で、句点1回」と考えています。言わずもがなですが、感嘆符(!)や疑問符(?)といった記号類も句点と同様に扱うべきでしょう。また通常なら句点を使うところを読点で代用しているのも不可と思います。(冒頭で紹介したロジャー・ディーリーの作品は、字数こそ少ないものの、句点は2回使用。こういった作品をどう扱うか、いささか悩ましくはありますが)
「句点1回であれば、長さは問わない」という考え方もあるようですが、これには私は否定的です。文章技術によっては、かなり長いものも書けてしまいますからね。実際、2行くらいなら許容できますが、ただ単に句点がないというだけで5行も10行も続く文を「一行」と見なせるでしょうか。私の感覚では、「一行」ではなくて「一文」です。
 飯田茂実『一行物語集 世界は蜜でみたされる』水声社(98)、リン・ディン「一文物語集」(『血液と石鹸』早川書房・BOOK PLANET(08)に収録)に収められているのは、文字数は関係なく、句点1回だけという制約で書かれた作品です。前者には333編、後者には23編。1行に収まっている作品もないことはありませんが、極めて少なく、やはりこれらは「一行」というより「一文」とするほうが納得できます。リン・ディンの作品を「一文物語集」とした訳者(柴田元幸)もそう考えたのかもしれません。
 とはいえ、1行が文字数が決まっているわけではなく、数百字の一行ショートショートを絶対に不可と考えるものではありません。あくまでも私の希望として――
 できることなら、40字以内ですっきりと。短さを追求していただきたいものです。

 最後に。
 私が6年ほど前に書いた作品をご紹介しましょう。このときは「40字以内」だけを意識して書きましたので、句点を2回使用したものもあります。お手本ではなく、サンプルとして読んでいただければ幸いです。

  日記
  今日は私の命日です。

  健忘症
  おっ。いい考えが浮かんだ……んだっけな?

  透明人間の悩み
  私、いつも誰かに見られているような気がするんです。

  身の上話
  私の母は、私が生まれる三年前に他界しました。

  残った
  中国の詩人・白居易こそ、史上最強の相撲取りである。

  特異体質
  掌から毛が生えた。引っ張ったら、禿げた。

  マゾの吸血鬼(1)
  趣味はひなたぼっこです。

  マゾの吸血鬼(2)
  ギョーザ、大好き!

  マゾの吸血鬼(3)
  実はクリスチャンなんです。

高井信プロフィール


高井信既刊
『ショートショートの世界』