「クリスマスの発祥」―豆腐洗い猫その6― 間瀬純子


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『読めば読むほどむなしくなる! かわいい猫の妖怪、豆腐洗い猫の悲惨な冒険』

 前回までのあらすじ/豆腐洗い猫は、背中にツツジの枝を六十本挿し木された。

一、幻覚街

 
 捨てられていた子猫の時、冬の冷たい雨の日だった。
 公園の植え込み、常緑の久留米ツツジのこんもりした株の下に、子猫はうずくまっていた。
「雨音は雨がやむまでやまないにゃー」と子猫はさびしく思った。ぎっしりついたツツジの葉っぱが冷たい雨を遮り、今にきっと良いことがあるよと励ましてくれた。
 どこかから飛んできた種で勝手に生えたメドーセージが、十二月にもかかわらず、ひょろ長い花茎から紫紺色の花をぬっと突きだして、ツツジの葉をどかし、わざと子猫に冷たい雨がかかるようにした。
 悪いメドーセージは、「お前の生涯は地獄だ」と、子猫に言った。
「そんなことないよ」とツツジが言った。
 子猫は顔を伏せ、小さく「にゃー」と鳴いた。

 そこへ白い長靴を履いた豆腐屋さんが通りかかった。「あっ、豆腐洗い猫の子猫じゃないか! うちへ連れて帰ろう」
 豆腐屋さんはフリースの上着を脱いで、猫を包み、やさしく抱っこした。
「しあわせになるんだよ」とツツジたちが言った。
「にゃー、ありがとうにゃー」と、子猫は答えた。「ケッ、くそ猫」とメドーセージが言った。

 豆腐屋さんのおうちはお店といっしょになった古い小さな木造家屋だった。茶の間の畳は黄ばんでいるけれど、きれいに掃き清められ、よく磨かれた仏壇には黄色い菊が供えられている。台所の玉すだれをかきわけ、エプロンで手を拭きながら、奥さんが茶の間に顔を出した。
「まあかわいい」と、優しい奥さんは子猫を見て言う。奥さんはやわらかいタオルで、濡れた子猫を拭いてくれた。豆腐屋さんは、帰りにペットショップで買った猫缶を開ける。
「珍しいだろう。これが伝説の豆腐洗い猫だ。豆腐洗い猫がいる豆腐屋は繁盛するんだよ」
「そうなの。まるで座敷わらしね」

 豆腐屋さんは猫缶の中身をお皿にだすと、アジやカツオ節や、それに「これからの猫は植物性タンパク質も食べられないとな」と言って、お店からオカラを持ってくる。豆腐屋さんと奥さんと豆腐洗い猫の子猫は、仲良くちゃぶ台を囲み、三人で晩ごはんを食べた。

 それからテレビのクイズ番組を見た。アナウンサーが出題する。『久留米ツツジを作った人は誰でしょうか。……一、菅原道真 二、徳川家康 三、卑弥呼 四、フランシスコ・ザビエル……』
 豆腐屋さんの膝の上に抱っこされ、優しく撫でられながら、子猫はぼんやりテレビを見ていた。
 息詰まる沈黙の後、回答者はつぎつぎと外れの答えを言った。
 『正解は、五、の江戸時代後期の久留米藩士・坂本元蔵<注>です!』とテレビが言った。

 テレビの中のコメンテーターが言う。『こんな重大な知識を国民に徹底的に知らしめないなんて、この国はどうなっているんだ!』
 クイズ番組が中断され、臨時ニュースが流れた。『財務大臣は、久留米藩士・坂本元蔵の偉大な業績を記念する観点から、新たに六八〇〇〇円札を発行することを発表しました。久留米ツツジとともに坂本元蔵の肖像が虹色で印刷されます』

 さらに臨時ニュース『政府は、国花を、桜から久留米ツツジに変更することを検討しており……桜の見どころは散りぎわのはかなさのみであり、また落葉樹であることから落葉期間中の生命力の衰えの駄目な感じがひどいなど、イメージがとてつもなく貧相なため、久留米ツツジ国花法案は、今国会ですぐに成立します』

 夜になって豆腐屋さん一家は、子猫も含め、みんな寝た。子猫の寝床は、子猫とはいえ豆腐洗い猫だから、豆腐を作る厨房の床だ。
 子猫が、厨房のタイルに置かれた猫用ベッドでうとうとしたところに、灯りがついた。奥さんが厨房に入ってくる。
「かわいい子猫ちゃん、もっとかわいくしてあげるわね」豆腐屋さんの奥さんが、子猫を抱っこして、夜中にネイルアートをしてくれる。爪を水色や黄緑に塗り、お魚とバラの花の模様をラメで入れた。

 翌朝、すごく早い時間だった。豆腐を洗おうとしてタライに水を汲んだら、豆腐屋さんがぼかすか蹴った。
「なんだその爪は! それでも食品産業の一端をになう猫か! なにより衛生管理が大切なんだぞ」
「ちがいますにゃー奥さんが、にゃー……」

 奥さんが言います。「豆腐洗い猫だから手先が器用なのよ。子猫といっても元・神だから、化粧をしてみたかったんじゃないかしら……宗教儀礼としての化粧……はアニミズムではよくあるわ」

「豆腐洗い猫としての自覚が足りない!」豆腐屋さんはいそいで二十四時間営業のスーパーに行き(朝早いので、ふつうのお店はやっていない)、除光液を買ってきた。「時給は五円から二円にする」
 豆腐屋さんは豆腐洗い猫を抱きあげ、みずから、豆腐洗い猫にべったり塗られたマニキュアやラメを落とした。
 豆腐屋さんの厨房じゅうに、除光液に含まれた有機溶剤アセトンの匂いが満ちあふれた。さらに、除光液にはバラの、濃厚でぐちゃっと甘い、いかがわしい人工香がびっしゃり混じっている。バラとアセトンの匂いのする豆腐なんてダメだ!
 
 豆腐屋さんは怒って、作りかけの豆腐をお店の前の道路に投げ捨てた。
 子猫は泣きながら、アスファルトにぶちまけられてぐしゃっと潰れた豆腐を洗った。洗えば洗うほど、豆腐にはバラとアセトンの匂いが染みついてしまう。アスファルトに落ちた蛾の死骸や、一円玉や、小石や砂が、じゃりじゃり豆腐に混じる。
「あなた、まだ子猫なのよ。許してあげたら?」と奥さんがにこにこしながら豆腐屋さんに言っている。
「なんで奥さんはひどいことをするんだろうにゃー」と子猫は思った。子猫だからもちろん抗議するなどできない。うちひしがれて、道の豆腐を掻き集めるのみである。
 配送のトラックがホーンを鳴らして子猫を追い散らした。そしてタイヤで豆腐をがっしり轢いた。子猫が轢かれた豆腐を洗おうとするから、豆腐はさらにバラバラになっていった。
 豆腐屋さんは、除光液の匂いをお店から追い出すため、窓を全部開け、せっせとうちわで扇いだ。が、匂いはなかなか取れない。

 道ばたの、久留米ツツジの鉢植えが豆腐屋さんに言った。
「ツツジにまかせてください! ツツジは日本で一番、街路樹になっている木なんです! 身を挺して、排気ガスから人間の皆さんを守っているんです。きっと、お店の空気もきれいにしてみせます」
 豆腐屋さんはけげんそうな顔をしながら、ツツジの鉢を抱えあげた。ツツジが言う。「世のため人のために尽くします! 坂本元蔵さんもそう考えて私たちを作ったのです」
「坂本元蔵さんって誰だい?」
 と、豆腐屋さんが訊き、ツツジが答える。
「江戸時代後期の久留米藩士です。キリシマツツジを元に、品種改良を重ね、美しい久留米ツツジを作ったのです」
 違うこれはツツジが見せている偽の記憶だ。挿し木されたツツジの根が発根し、少しずつ、豆腐洗い猫の体に広がりつつあるのだ。

 にゃーーーーー

 ツツジの見せる幻覚はバブル化していった。子猫ちゃんが公園のツツジの下で冷たい雨を避けてしくしく泣いていると、黒塗りのハイヤーがツツジの前に停まった。
 ハイヤーの運転席が開き、燕尾服を着た運転手が後部座席の人物に向かって、うやうやしくお辞儀をした。運転手は真っ白な手袋をはめている。
 いつの間にか、ハイヤーではなく、四頭立ての馬車である。真っ黒い馬はよく見ると、宇宙の公団住宅の地下の地獄の川で釣れた、黒いバカ犬で、ぬへっぬへっと笑うのだった。

 金の王冠をかぶった豆腐屋さんが、絹の白衣を着て、馬車から降りた。
「おお、豆腐洗い猫の子猫ではないか。我が屋敷に連れて帰ろう」

 豆腐屋さんの屋敷はベルサイユ宮殿みたいだった。屋敷というか、もうお城だった。壁一面を飾る模様漆喰には金箔が貼られ、ドーム型の高い天井を、ジャン・オノレ・フラゴナールが描いた豆腐の作り方の壮麗なフレスコ画がおおっていた。
 大理石を敷いた大広間の隅には、金糸銀糸の刺繍を施されたコタツ布団がかかったコタツがあり、卓上にはミカンとともに、お魚づくしのごちそうが並んでいる。子猫ちゃんはコタツに入って、たくさん暖まった。
 正装した弦楽四重奏団が『豆腐洗い猫のための夜想曲』を静かに演奏している。猫用アロマオイル『カツオ節アロマ』や『アジ・アロマ』が焚かれていてとても良い匂いがした。
 
 大広間は五階まで吹き抜けで、真っ直ぐな大階段がそそりたっていた。五階の玉座には豆腐屋さんが座っていた。ゴム長靴が白く輝いている。

 子猫ちゃんは、水晶の器に盛られたフォアグラとかキャビアを食べる。イクラ、ひらめのえんがわ、ウニ、かに味噌、ホタルイカの沖漬け、ホタルイカの沖漬け、ホタルイカの沖漬け、ホタルイカの沖漬け、ホタルイカの沖漬け、ホタルイカの沖漬け ホタルイカの沖漬けホタルイカの沖漬け。

 コタツの脚は象牙の猫足だ。鯨骨でスカートをふくらませた豪華ドレス姿の、美しい令嬢と令夫人たちが、かわるがわる子猫のところにやって来て鳥の羽の扇や、ウサギの毛皮のケープを揺らし「まあ、かわいい猫ちゃんね」と言う。彼らは、「まあかわいい猫ちゃん」と言うために雇われたエキストラなのだった。

 コタツのそばには、まだ読んでいない、面白そうな猫用の漫画と小説が積まれ、子猫ちゃんはどれから読もうか迷った。飾り棚には宝物がたくさん並んでいる。金銀さんご、ツツジの盆栽、サツキの盆栽。デルフト焼きの中国風の器に盛られたツツジの花束。
 大広間の扉は温室につながり、極楽鳥が飛ぶ下にぎっしりツツジが咲いている。

 大広間から豆腐屋さんのいる玉座に登る大階段にはベルトコンベアが架けられていた。ぎちぎちと木綿豆腐が一丁降りてくる。

 バラ色のドレスを着た豆腐屋さんの奥さんが、トウシューズのウサギ革の白い靴底を見せ、踊りながら大理石の上をやってくる。
「さあ、洗いなさい」豆腐を洗いなさい。子猫の手をとって、奥さんは、ベルトコンベアの豆腐にぎゅっと押しつけた。豆腐は、豆腐にもかかわらずものすごく硬く、豆腐の化石みたいだった。子猫の爪がボキボキ折れた。
 にゃー! 痛いにゃー!!

「さあ、洗いなさい洗いなさい」子猫の前足も押しつける。
 その時、温室を横切って、りっぱなお侍さんが、日本刀を振りあげ、大広間に入ってきた。奥さんのドレスを袈裟がけに斬った! 
 にゃー!! 悲鳴をあげる子猫だった。奥さんの血が飛び散るかと思うと、バラの花びらがひらひらと舞った。
「かのご新造は悪なり」と、りっぱなお侍さんは言った。『久留米藩士の坂本元蔵』と名乗った。
「悪の華が豆腐屋のご新造に化けておったのだ」
 奥さんは、藁人形に巻きついたつるバラであった。
「子猫よ、知っておろうか。バラは古今東西最悪の極悪の華なり。バラには気をつけたほうが良かろう。そなたも零落したとはいえ神のはしくれならば、バラを退治すべし」

「どうしてバラが悪なんですかにゃー」と、子猫は訊いた。
「一目瞭然でござろう」と、坂本元蔵さんは威厳に満ちた口調で言った。「トゲがあって猫や人を刺すではないか。また、あのブクブクビラビラした花びらの陰に、麻薬や武器を隠し、南蛮から密輸しているのだ。バラは常に猫や人の堕落を願っておる」
「にゃー……」と子猫は鳴いた。
 というこれもツツジが見せた幻覚である。

二、いなだのねこうさぎ

 豆腐洗い猫ははっと気づいた。ツツジの幻覚街から抜け出し、リアルに戻ってきた。

 もう豆腐洗い猫は子猫ではなかった。爪を見ると、ネイルアートもされていない。今いるのは、地球上で、多摩川の土手だった。視界の四分の三くらいが冬晴れの気持ちのいい空で、残りは多摩川の広々した河畔だった。河の上の鉄橋を、京王線ががたんがたんと渡っていく。
 ここは、現代日本の神奈川県川崎市多摩区にある、菅稲田堤(すげいなだづつみ)というところだった。今日は、十二月二十四日だか二十五日だ。
 豆腐洗い猫の背中には、ツツジが六十本挿し木されている。
 ツツジの枝がごりごり刺さっていて、猫は痛かった。

 猫はかわいい手を背中にまわし、ツツジの枝をひっこ抜こうとしたが、猫の手は構造上、自分の背中は触れない。猫は地面にころがって、ツツジの枝を折るか抜くかしようとしたが、発根しだしたツツジの根は、すでに運動神経にからまりはじめていた。ころがろうとするたびに、ツツジの根が、猫をぴょんと飛ばせて、後ろ脚で立ちあがらせるのだった。
「ツツジを挿し木される豆腐洗い猫なんて聞いたことがないにゃー」豆腐洗い猫はひとりごとを言い、とても悲しくなった。
 うつぶせに倒れてしくしく泣いていると、白鷺が来て、豆腐洗い猫の爪の間にかすかに残った豆腐のカスをつついて食べた。それから猫を足蹴にして去っていった。
 多摩川をアザラシが泳いでいく。アザラシといっしょに黒いバカ犬も泳いでいく。

 磊落な青年の声が、猫の頭の上から降ってきた。「どうして泣いているんだね」
 声の主は、大きな袋をかついでいる。多摩川流域の、地元のお若い神様である。
「君は因幡のシロウサギの親戚だな」と地元の神様は言われた。
「ツツジが挿し木されて、寒くて辛いですにゃー」と豆腐洗い猫は言った。

 この地元の神様は、大調布比古命(オオテヅクリヒコノミコト)様とおっしゃるのだった。
 多摩川沿いには、この方の兄にあたる神様がたくさんいらっしゃる。この方が背負っている大きな袋は、意地悪な兄神たちにどっさり持たされた荷物であった。手ぶらの兄神たちは、とっとと先に行ってしまわれた。
 これから兄神たちと大調布比古命様は、地元の姫神様のところに求婚に行くのだった。

「かわいそうに」と優しい地元の神様は豆腐洗い猫に言った。
「いいことを教えよう。ハイポネックスという薬を一〇〇〇倍に薄めて全身にまぶして、お日様に当たるんだ。あと、オルトランという薬も飲むと良いだろう」

 猫ちゃんは言われたとおり、ハイポネックスの青い液を体にまぶしてお日様にあたり、オルトランを飲んだ。殺虫剤のオルトランによって、ツツジについたツツジグンバイが滅びた。
 そして液体肥料のハイポネックスをゲットしたツツジの根はぐんぐん伸びたし、葉っぱは盛んに光合成した。

 六十本の挿し木からツツジの花がたくさん咲きました。

「ありがとうございます地元の神様! 兄神様たちではなく、地元姫神はあなたさまの求婚に答えるでしょう。このツツジをプレゼントするとオッケーですよ!」

 というのはすべてツツジが勝手に答えたものである。

 情熱的な真っ赤な久留米ツツジ『筑紫紅』の花束を手に取り、地元神様はとても喜んだ。 
「おお、ありがとうツツジ猫よ」
 地元の神様は勘違いをしている! 猫ちゃんはツツジ猫ではなく、豆腐洗い猫だ!
 ツツジたちが地元の神様を褒めたたえる。ちょっと阿諛追従(あゆついしょう)も入っている。
「優しくて素晴らしい神様ですにゃー! 姫神様もお幸せですにゃー!」

 ツツジたちが勝手に喋っている。「ツツジ猫だにゃー。きれいでかわいいにゃー」ツツジは豆腐洗い猫の体を動かし、後ろ脚で立ちあがり、道行く人にツツジをくばった。
「ツツジは白いツツジがペンキを塗ったようできれいだにゃー」
「赤いツツジもきれいだにゃー」
 ツツジ猫はおもしろおかしく踊ったり歌ったりして、みんなを喜ばせた。
 ツツジ猫はツツジの宣伝をしながら多摩川を渡り、東京都調布市つつじヶ丘に向かった。やがて甲州街道に出た。車を運転する人たちも、思わず車を停め、踊るツツジ猫に見とれた。
「かわいいなあ」「きれいねえ」
 
 甲州街道沿いの歩道で、ツツジ猫は、踊りつつ調子に乗って、バレエ『白鳥の湖』で黒鳥が踊るとても難しい踊りに挑戦しはじめた。三十二回転のグラン・フェッテ! 通行人が拍手喝采して、くるくるまわるツツジ猫を見物した。豆腐洗い猫は回転を止めたかった。だいたい猫が二本足でずっと立つのが無理なのだ。
 豆腐洗い猫は「止まるにゃー」「やめるにゃー」と叫んだが、この声は、観客の手拍子にかき消されてしまう。
「助けてにゃー」
 そして、運動神経はツツジに牛耳られているので、猫の体はぐんぐんまわりながら後ろ右足をがんがん横に突き出し、軸になる左足は敷石にこすれて血がダラダラ流れた。猫の三半規管はおかしくなり船酔いみたいに目眩が襲った。
 
 甲州街道と、京王線のつつじヶ丘駅に向かう道路との交差点に、地元の大調布比古命様と、姫神様の大染地比売(オオソメチヒメ)様が仲良く立っておられた。
 姫神様と相思相愛になった地元の神様が「おお、すばらしいツツジ猫よ」と言ってくださった。「縁結びをしてくれたツツジ猫よ」
 地元の神様は、背中にかついだ大きな袋から荷物を出し、道行く人々にどんどんプレゼントした。プレステ3とか、ユニクロの福袋とかが入っている。
 この時の地元神様の姿が、サンタクロースの原型である。

 もう夕方近かった。甲州街道の彼方、西の空が燦然と輝いている。猫の背中にびっしり咲いたツツジたちが燃えるように夕日を映し、美しさがそそり立つ。夕焼けの西空から、馬に乗った武士が現れた。馬は漆黒のペガサスだった。ペガサスは大きな翼を広げ、滑空し、甲州街道へ降り立った。

「ツツジたちよ」ツツジたちが大喜びで武士を迎える。「そなたらが皆に愛でられ、喜ばしいかぎりである」
 久留米ツツジの生みの親、久留米藩士・坂本元蔵さんが現れたのである。坂本元蔵さんは、馬術師範であるから、ペガサスを乗りこなすなどわけはない。
 
 調布の神と姫神が、坂本元蔵さんに挨拶なさる。坂本元蔵さんが恐縮した。「神が一介の幽霊にお声をかけるなど滅相もございませぬ」
「いや、我らの縁を結んでくれたのは、ツツジ猫なり」
 姫神様も、玉を転がすような声でおっしゃる。「かのツツジ猫の、ツツジ部分の生みの親なるそなたに、わたくしたちはどんなに感謝していることか」

 にゃー! 豆腐洗い猫は、外界と自己のあいまをおおいつくした、ツツジの壁を乗り越え、みずからの声を世界に届かせたかった。猫はツツジの花をもぎとろうと、必死に体を揺すった。「やあ、楽しそうに踊っているぞ」と地元神様が言われた。「ほんとうにかわいいツツジ猫ですこと」と姫神様もほほえまれる。
 豆腐洗い猫の爪が、ツツジの花びらを引っかけ、なんとか赤い花と白い花、二輪のツツジをむしり取った。「おお、これは感心じゃ」と、坂本元蔵さんが言い、豆腐洗い猫の手からツツジの花をさっと受け取った。
 坂本さんは、二輪のツツジを地元神様と姫神様に捧げた。
 ツツジの花を杯に見立て、ツツジの蜜で三三九度だ。

 男神様と姫神様の幸福のオーラが、ツツジの花びらを伝って四方に放射され、つつじヶ丘駅前のツツジの植え込みが、季節外れにもかかわらず、いっせいに開花する。
 赤いツツジは燃えるが如く、白いツツジは光るが如く、ピンクのツツジは官能的に、紫のツツジは気品をたたえ、通行人たちはみな驚嘆した。
 これは植物の神々しい美の祭典!
 真夜中になると、ツツジ猫が、小さい猫なのに、馬車引き猫になってソリを引いた。でも実際引っぱるのは豆腐洗い猫だ。地元神様と姫神様の乗ったソリは、調布市つつじヶ丘周辺の家々を一軒一軒まわり、子供たちや大人にも、久留米ツツジのポット苗や豆腐ケーキをプレゼントした。
 ただしバラが植えられている家は無視した。なぜかというなら、同じ園芸植物として、ツツジはバラの人気に嫉妬していたからである。
 調布市つつじヶ丘の駅前に、ツツジ猫の祠が建った。

 ツツジ猫として祭られた豆腐洗い猫なり。久留米ツツジを作った久留米藩士の坂本さんも喜んでいる。ツツジ猫の祠のまわりにはキリシマツツジサタツツジ慶良間ツツジ洋種アザレア色とりどりなりけり。
 ツツジ猫が参拝客に愛想を振りまく。豆腐洗い猫は、にゃー……と思った。
 これがクリスマスの発祥である。
 だからクリスマスにはツツジを飾って、調布に行き、久留米藩士の偉業をたたえるのだ。
 以上で豆腐洗い猫二ヶ月連続クリスマス特集を終了する。

<注>久留米ツツジを作った坂本元蔵氏は実在の人物ですが、この話に登場する同名の人物の人物像はフィクションです。

間瀬純子プロフィール


間瀬純子既刊
『物語のルミナリエ
異形コレクション〈48〉』