「Buy‐Buy!」木立嶺

(PDFバージョン:buy-buy_kodatiryou
「またまたやっちまったーっ! これで今年に入って三人目!」
 そう喚くと、大宮千里は泡の残る大ジョッキを、テーブルにドンと叩きつけた。
 ここは駅前の小さな居酒屋、対面に座る水原瑞乃は、ウーロン茶のコップを両手で支えていたが、周囲の視線を気にしてか、おずおずと笑みを形作った。
「千里が何をやっちゃったのか、このお店に誘われた時点で想像は付いているんだけど、一応訊いとくね。どうしたの?」
「昨日ね、琴美がお目当てのバッグを買いに行くから付き合ってって言うから、わざわざ講義ブチって付き添ってあげたのよ。友達だし、時間もかからないと思ってさ」
 何時ものことだが、大宮は酔いの回りが光速だ。顔は早くもりんご、目の焦点も狂い始めている。
「それなのに、いざ現物を手にしたら、チェーンの色が私に合わない予感がしてきただの何だの言い出して、それから一時間以上もぐずってんのよ。こっちもイライラしてんの我慢して、『よく似合うよ』なんて愛想笑いしてあげたら、『え~そんな事言われても困る~、どうしよう~、やっぱりやめようかな~』なんて言うもんだから、思わず『買えよ』」
「ああやっぱり……台詞まで前の時と同じかあ……」
「後はもう勢いでガンガン突っ込んで、ふと我に返ったら、琴美はすでに友達じゃなくなってたって訳。さすが、万シュウトイレに落として流した女は一味違うわ、ちくしょー」
「ええと、万シュウって、お舟の万馬券の事で正解――だったっけ」
 水原は曖昧に相槌を打った。大宮が競艇で三単連を見事に当てて、トイレで券面を確認しようとした時の顛末は、少なくとも三度以上聞かされている。――つまり、正確な回数は覚えていない。あと、三単連の意味は最初から分かっていない。それで十分会話が回ることは、高校からの付き合いでよく弁えている。
 大宮は店員を捕まえて大ジョッキを注文すると、届いた品を一気にあおった。そして真っ赤なげっぷとともに吠えた。
「こんな性格に誰がしたんじゃーっ!」
「こんなっていうけど、ご両親が育んでくれた、大切な宝物じゃないかなあ」
「うう、こんな宝物、遺伝子よりいらねー」
 水原のフォローも空しく、大宮は急激に泣きモードに入った。テーブルに突っ伏し、しばらく誰にも分からない言葉でぐずぐず呟いていたが、いきなり静かになった。
「千里……寝たの?」
 水原が恐る恐る、人差し指でその頭を突こうとした瞬間、大宮はがばと顔を上げた。
「決めた、やったる」
「え何を?」
「性格整形でかわいく! プチコースなら安い!」
「あー……え――」
 水原は友達の座った顔をまじまじと見つめ、今の言葉が本気だと悟ると、あわてて両手を振った。
「ででも、あれって信号ピンを片方の鼻の穴に差し込むんでしょ。下手なサロンにかかると、鼻腔が化膿して大変だって、テレビで」
「化膿くらい何さ、あたしゃ両方の穴にタバスコ突っ込んでカンカンに腫らしたわよ!」
「そりゃあの時は、酔った勢いはすごいって素直に感心したけど、だけどだよ」
 水原はごくりと唾を飲み込むと、
「やっぱり千里は、千里の性格あっての千里じゃない。それは、毎回友達を作ってはなくすのが嫌だっていう気持ちは分かるけど、だからって、性格整形でかわいくなって友達繋ぎとめようなんて、それはちょっと、賛成しかねるなー」
 一応穏便に釘を刺したつもりだったが、刺された方は単に痛かったらしい。
「何よ、そうやって、私を永遠の笑い者にしておこうって魂胆なの?」
「そんな事ないって、私は千里のそんな所が好きなんだし」
「じゃあ賛成すべきじゃないのさ。ていうかここは、よしきた一緒に受けようって返すのが友達ってものじゃないの?」
「そ、そうかなあ……」
 水原は困り切った表情で、割り箸でフライドポテトをつつくが、大宮は容赦ない。
「どうなのよ瑞乃っ、はいかノーで答えなさい!」
「この状況で名前呼ばないでよ……」
「それとも何、私が友達なくすかどうかで、誰かと賭けしてんの?」
「あうう……分かったよ……」
 酔女の無体な追い討ちに、水原は長い溜息をついた。
「それじゃ、私も一緒に受ける。少しは千里みたく豪傑になりたいって思わなくもないし」
 瞬間、大宮の機嫌は一気に高気圧に変わった。
「ああその言葉を待っていたっ、やっぱり、持つべきは友達よっ!」
「でも言っとくけど、整形で友達関係を維持するのは無意味だってことを、証明するためだからね。一ヶ月で元に戻すから」
「いいのいいの、動機は何だっていいの。じゃあ飲み終わったら駅ナカのサロンに行こう、今『友割』キャンペーンやってるから、二人で受けたらプチコース半額よ半額」
「うーん、本当にプチコースにするの? あれって細やかな性格設定はできないっていうし、効き目だってあんまり――」
「いいんだって、安くかわいくなれれば、それで十分。という訳で、手術の練習として」
「ちょ、ちょっと」
 水原はあわてて大宮の手を止めた。
「大丈夫、タバスコ鼻血は懲りてるからもうやらない」
「で、でも」
 大宮はへらへら笑いながらフライドポテトを二本掴むと、おもむろに鼻の穴に突っ込んだ。
「必殺、ポテト鼻毛ー」
「だからあの、その部分はきれいにしておこうよ……私はいい! 私はぶっつけ本番でいいから!」

                   *

 大学生の利用客を見込んでのことだろう、橋上駅舎のコンコースに、その性格整形サロンはあった。最近怒涛の勢いで展開しているチェーン店の一つで、開業間もないせいか、「頼もう!」と叫んでガラス扉を叩く女子大生の酔客も、お断りしない度量があったのが、その店の不運であった。
「私はプリティ志望の女の子である! 一手お手合わせ願いたい!」
「あの、要するに、性格整形の手術をお願いします。……プチコースお二人様で」
 性格整形手術――それは、虫ピン型の性格信号発信機を鼻腔の奥に差し込み、先端からお望みの性格信号を神経に流して脳を――。
「説明ビデオは無用、早く私をぷりちーにすんの!」
「あの、説明はちゃんと聞こうよ……」
 オペの手順は簡単至極で、鼻腔内奥に局部麻酔を掛けた後、それぞれの性格オーダーに応じて、大宮はプリティ・ピンを、水原はクール・ピンを埋め込んで終いである。
「何か全然手ごたえ感じない、この装置腐ってる!」
「あの、信号に脳が反応し出すのに十二時間かかるって、さっき説明で」
「そうだっけ? そいじゃ、明日はさっそく買い物行って、PrettyCheckよっ!」
「そしてその後、アフターファイブの予感……あうう」
 こうしてサロンをとことん引っかき回した二人は、翌日の昼には、とあるデパートのレディース階を引っかき回していた。
「こういうとこのブランドって、高い割にはグッとくるものがないのよねー」
 店員の前でも、大宮は平気で不平を垂れまくる。何せプリティ信号を大脳豪傑野がガンガン弾くので、水原は場の空気のフォローに必死だった。
「でもほら、縫製はいいんだし、洗うと全然違うんだから、ね?」
「それは認めるけどさー」
 そんなやり取りを一時間ほど続けたあげく、大宮はやっと、Tシャツを二枚まで絞り込んだ。そして「どっちがいいかなー」と呟きつつ、メトロノームのように交互に見比べていたが、
「よし、決ーめたっ」
 にっこり微笑み、水原を振り返った。
「ここはやめて、次行こうよ」
「買えよ」

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