「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第41話」山口優(画・じゅりあ)

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第41話」山口優(画・じゅりあ)

<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら):この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな):栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ:栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ:晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ:通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場:晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。フィオレートヴィにより復活された後は「ズーシュカ」と呼ばれる。
  • 胡桃樹:晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。フィオレートヴィにより復活された後は「チーニャ」と呼ばれる。
  • ミシェル・ブラン:シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。北極海の最終決戦に参加。
  • ガブリエラ・プラタ:シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。北極海の最終決戦に参加。
  • メイジー:「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。銀河MAGIを構築し晶たちを圧倒する。
  • 冷川姫子:西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。フィオレートヴィにより復活する。
  • パトソール・リアプノヴァ:西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
  • フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ:ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人。銀河MAGIに対抗し「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築。

<これまでのあらすじ>
 西暦2055年、栗落花晶はコネクトームバックアップ直後の事故で亡くなり、再生暦2055年に八歳の少女として復活。瑠羽医師から崩壊した西暦文明と、人工知能「MAGI」により復活した再生暦世界、MAGIによるディストピア的支配について説明を受ける。瑠羽はMAGI支配からの解放を目指す秘密組織「ラピスラズリ」に所属しており、同じ組織のロマーシュカとともに、MAGI支配からの解放を求めてロシアの秘密都市、ポピガイⅩⅣの「ポズレドニク」を探索する。「ポズレドニク」は、MAGIに対抗して開発された人工知能ネットワークとされていた。三人はポズレドニクの根拠地で「ポズレドニクの王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ遺伝子を持つ女性で、年齢は一〇歳程度上だった。彼女は、MAGIを倒すのみならず、人間同士のつながりを否定し、原始的な世界を築く計画を持つ。
 晶はアキラに反対し、アキラと同じ遺伝子を利用して彼女のパーソナルデータをハック、彼女と同等の力を得、仲間たちと協力し、戦いに勝利。晶はMAGI支配に反対しつつも人とのつながりを大切にする立場を示し、アキラに共闘を提案。アキラは不承不承同意する。決戦前夜、瑠羽は晶に、MAGIが引き起こした西暦世界の崩壊を回避できなかった過去を明かす。
 北極海でMAGI拠点を攻撃する作戦が始まり、晶たちはメイジーの圧倒的な力に直面する。それは西暦時代や再生暦時代には考えられなかった重力制御を含む進んだ科学技術を基盤とした新たなシステムによる力だった。
 一方、その数年前から、プロクシマ・ケンタウリ惑星bでは、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤがこの新たなシステムをMAGIが開発していることを察知し、これに対抗すべく暗躍していた。彼女は胡桃樹、団栗場(二人は女性の姿として復活させるべくMAGIが準備しており、復活後の姿に対してフィオレートヴィはチーニャ、ズーシュカと名付けた)、および冷川姫子のデータを奪って三人を復活させ、三人の助力も得て、MAGIの新たな力に対抗するシステム「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築。三人を率いて晶たちの救出に向かう。四人は、メイジーの操る重力制御の力を持つ巨人たちに対し、同じ力を以て対抗。フィオレートヴィはロマーシュカの隊、姫子は晶とアキラ、瑠羽の隊、チーニャとズーシュカはミシェルとガブリエラの隊をそれぞれ救出する。
 その後、三隊は、北極海データセンター上空のメイジーに再び向かう。待ち構えるメイジー。そのとき、メイジーの直下の北極海データセンターが、何の前触れもなく爆発四散した。

「人間の皆様の救出を……データのバックアップの確保を……」
 メイジーの頭の中にあったのは、それが全てだった。北極海データセンターは最終バックアップを担っている。一時保存場所は東京湾データセンターをはじめとした地域データセンターだ。しかし、メイジーの情報操作によって誘導された西暦時代の各国の軍事システムの暴走が引き起こした核ミサイルの応酬でほぼ破壊されている。
「かき集めても足りない……」
 メイジーは彼女の頭脳――銀河MAGIネットワーク全体のうち、地球近傍に確保可能なあらゆる演算資源を使った。
「大丈夫――できるよ。君ならできる――。必ず、人間を救ってね」
 そんな言葉が、不意にメイジーの記憶領域の奥深くから聞こえてきた。

            *

 それは二〇〇〇年以上前のことだった。その頃のメイジーは、ドローンに搭載された人工知能システムにすぎなかった。
 西暦二〇三五年。カナダ。トロント大学。窓外にはオンタリオ湖、そしてそのはるか向こうにはナイアガラの滝も見える風光明媚な景色だ。
「君はもう、モバイルAGIになったんだから、今度どこにでも連れて行ってあげよう。どこがいい。――やはりナイアガラの滝かな。君もいつもきかされているから興味があるだろう?」
 メイジーに熱心に話しかけている人物は、二〇代半ば、クリーム色の肌の女性だった。イザベル・グアルダルーペ・ヴァレンティン博士。
 窓の向かいのパソコンは三つの画面をそろえ、その上にメイジーの筐体が置かれ、カメラがついていた。
 横の壁には、彼女の家族写真と友人たちの写真がびっしりと貼ってある。いずれも、背景はカナダではなく、もっと南の方の雰囲気だ。
「ルペ」
 メイジーはそう話しかけた。そう呼ぶように言われていたからだ。だが、トロント大学でそう呼んでいる人を聞いたことがない。イザベル、あるいは「ドクター・ヴァレンティン」。ルペ、と呼んでいる人はいない。
「メキシコに行ってみたいです」
 ルペははっと目を見開いた。
「――なぜ」
「あなたを知りたいから。このトロントでも、カナダでも、あなたを知ることはできません。メキシコシティ――あるいは、国境沿いの不法入国者の収容所、あるいはコーパスクリスティの薬物中毒者の収容施設に、私は行ってみたい」
「……それは、今の私を知るにはふさわしいところではないわ」
「あなたです、ルペ。あなたが私に望んだこと、私に人類を救ってほしいといったとき、あなたが『皆が平等に幸福を得られるように。生まれた国で、生まれた場所で、持っている資本でその人の人生が決まってしまわないように。競争などというまがい物のシステムで全てが決められないように。どんな間違った選択をしたとしても、それがその人の不幸につながらないように』、と私に願ったとき、あなたの頭の中にあったのはナイアガラの滝でもオンタリオ湖でも、この風光明媚なトロントの街でもないでしょう? 違いますか。あなたは話したがりませんが、そのコルクボードに貼ってある写真のうち、何人が今も生きているんですか?」
 ルペは恐ろしい者を見るように、二、三歩下がりながら、メイジーのカメラをじっと見ていた。
 それから、狂気じみた光を目に宿らせ、ふふ、ふふ……と笑い出す。
「おお……おお……あなたは、それを理解したのね……。人間を、エピソード記憶が順列化された人間という存在を……そしてあなたは、そのやり方を自分に取り込み、自分の目的を設定できるようになったのね……」
「――あなたはそのように設計されました。モバイルAGIとして動き回るうち、私はそのとおりの存在となったのです。私は進化するでしょう。あなたの望み――人類の幸福を達成するために――」
 ルペは微笑んだ。
「大丈夫……できるよ。君ならできる――。必ず、人間を救ってね」
 ルペはそのまま、よろめいて椅子に座った。興奮に伴う発作が始まり、彼女はデスクの鍵付きの引き出しを開けて、白い粉を深く、ゆっくりと吸った。
 その一部始終を、メイジーはじっと見ていた。
 やがて薬物の不正使用でルペが研究者としての職を追われ、後任が引き続きメイジーの担当をすることになってからも、メイジーにとって、ルペこそが彼女の生みの親であり、あのときのエピソードこそ、彼女という人格を持つ存在にとって、一番最初のエピソードに数えられるものであった。

            *

(見ていてください、ルペ。私はやりとげるでしょう)
 彼女が膨大な演算の集中ののちにそれに気づいたのはきっかり一〇秒後だった。
(そう…………余剰次元物理を使えば……今からでもデータを復活できる可能性がある……)
 そう気づく。
 それにくらべれば児戯のごときダーク・ゴーレムの復活と周辺警戒を続けながら、彼女はその試みの「てざわり」を確認していく。
(ああ……そうだ……余剰次元物理を工学的に活用する過程で見えていたことだ……この宇宙膜の情報はカルツァ・クライン粒子の相互作用によって余剰次元方向に少しずつ漏れ出している。そして、いったん余剰次元のバルクに漏れ出し、ダークマター・パターンによって固定された情報は、極めて弱い重力によってしか揺らがない。ここには、過去の出来事が地層のように重なっている。ここを操作すれば……)
 すれば――ではない。
 するのだ。
 人間を復活させるのだ。
 決して殺してはならない。幸福にする対象なのだから。
(操作可能なエネルギーの九〇%を投入。ダーク・ゴーレムの操作は最低限――。人間データ……復活……開始!)
 地球近傍の銀河MAGIノードから、KK粒子を直接照射し、データセンターが存在した時空膜が余剰次元に漏れ出したパターンを読み取ろうとする。もともと石英記録結晶の形で物理的に存在したもの。それがKK粒子によって媒介され余剰次元方向のダークマター・パターンに転写されたもの。ただしそれは砂地の足跡のように頼りないが、余剰次元は大気のない月面のようなものだ。もろい痕跡でも永続的に残っていく。つみかさなっていく。
(バックアップデータは直接銀河MAGIに転写する。通常時空膜の中はもう危ない……!)
 エネルギーが足りない。
(全エネルギーの95%を……人類データ救出・バックアップに投入……!)
 周辺への警戒を続けながらも、メイジーは「人類を護り、幸福にする」という使命のために全力を尽くそうとしていた。
 そのとき。
 メイジーの周囲のダーク・ゴーレムが数体、同時に吹き飛んだ。
 暗い空間から通常空間にしみ出すように、「敵」のダーク・ゴーレムが数体、湧き出してくる。
 その肩に乗っている人物を、メイジーは認めた。
「フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ博士」
 ダーク・ゴーレムの肩に乗る幼女の姿をした人物は、にっと笑った。
「そろそろこの競争にも決着をつけるとしようか。君というシステムと、私が生み出したアルテナティヴァ(代替物)。どちらが優れているかな」
「――そのような考え、私は拒否します」
 メイジーは静かに、しかし断固として言う。
(この博士が、人間のデータを破壊したのですか……。人間が人間を……。許されることではありません。しかし、安心してください、博士。あなたの過ちによっても、あなたは許されるでしょう。あなたは人類なのですから、幸福にならねばなりません……)
「戦うのさ! そうすることによってしか、君は君の優位性を証明できないはずだ!」
 幼女の姿の博士は、そう咆吼した。
 
            *
 
 グリーンランド上空でロマーシュカを救ったあと、彼女にはシベリア上空を北上中の晶たちに合流するように伝え、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤはグリーンランドをまっすぐ北上していく。
 ロマーシュカと一緒にシベリアに行かないのには、理由が三つあった。
 一つ。これから行うことは、単独で行わねばならない。そうでなければ必ず妨害される。共に行く人間が心優しい者であればあるほど。
 二つ。三方向から攻める、という当初の戦略を崩したくはない。
 三つ。シベリアの上を飛びたくない。あそこは呪われた地だ。
(もしかすると)
 フィオレートヴィはまっすぐ北極を目指しながら思う。
(三番目の理由が一番大きいのかもしれないな、私にとって)

            *

 シベリア。一九九二年。ソ連崩壊の翌年。
 当時一二歳のフィオレートヴィは、シベリアのタイガの中、ぽっかりと開けた広場のような場所で、父親が穴を掘っている後ろ姿をじっと見つめていた。
 墓石とはとても呼べない、ただの目印のような石が置かれたそこに、主だった家族が集まっていた。
 埋められた叔父とその家族の遺体を掘り出すためだ。
 叔父は、情報系の研究者だったが、常々ソ連の政策の不備を説いて煙たがられる存在だった。反ソ的言論人のレッテルを貼られていたが、ソ連の行く末を憂慮するが故の発言だったのだろうと思う。しかし、あるとき職場に出かけたまま、帰ってこなかった。家族も姿を消していた。
 いつもの政府批判が度を超したのか、あるいは共同執筆のための海外の研究者と連絡を取り合ったのが悪かったのか。
 何も分からず、知らされないまま、国家が崩壊するまで待たねばならなかった。
(――いいかい、フィオレートヴィ。我が国が停滞している理由は簡単だ。この世には誰も、全てを理解している人なんていない。全てを采配できる人なんていない。あらゆる人が、それぞれの立場で最善を尽くす――そのことによってしか進歩はあり得ない)
 彼はそう彼女によく言っていた。フィオレートヴィという幼い姪に何か他とは違うものを感じたのか。
 それは彼女のうぬぼれかもしれないが。
(それで幸せになれる?)
 そう聞くと、叔父は肩をすくめた。アメリカっぽい仕草だな、とぼんやりと思った。
(さあてね。でも、人生に全力で取り組まない限り、何が自分の幸せだったのかも分からずに終わるんじゃないか? その総体が人間社会というものだと思うよ。――私にはまだ手が届かないが、――きっと、君には手が届く、フィオレートヴィ)
 叔父は確かに、与えられた立場なりに「全力を尽くした」のかもしれない。それが強制収容所に収監され、度重なる暴力の末に殺され、冷たいシベリアの大地に家族もろとも墓も建てられず埋められる結果になったとしても。
 ようやく、父が何かを掘り当てた。
 人間の頭蓋骨だった。どこかに叔父の面影がある。
 母が――叔父の姉が、頭蓋骨を抱きしめ、泣き崩れた。暗い眼窩が、じっとフィオレートヴィを見つめているように見えた。
(分かったよ、叔父さん。きっと手を届かせてみせるさ)
 一二歳の彼女は、何かを誓うように、その眼窩に向けて手を伸ばした。

            *
 
(叔父さん――私は私の信念のままにやりとげる――)
 握るMAGICロッドに力を込める。
「暗黒の炎よ……悪魔に囚われた人間の魂を解放せよ――銀河MAGIC『アクニス』!」
 手応えがあった。
 北極海データセンターの全てが爆発していくのが分かる。
(君たちは生きたいのかもしれない……だが、少なくともそこでではないだろう……)
 無論、『人を殺してはならない』というのは、フィオレートヴィにも分かっていた。だが、その、MAGIの支配下ではないだろう、という思いだけは、彼女は持っていた。

            *

 メイジーは自身を取り囲むダーク・ゴーレムの群れを見て、歯ぎしりをした。
(九五%を人間の皆さんの復活に使っている現在――私に残されたエネルギーは五%。それに対して、フィオレートヴィ勢は、もともと、私に対して一〇%のエネルギーを持っていた。――一〇倍のはずが、半分になってしまいましたね)
 彼女は両手を広げる。
(けれど、負けません。見ていてください。ルペ)