
「アイル(上)」から続く。
まゆは、いつも使っているピンクの色ゴムをはずして三つ編みをほどいた。腰まである長い髪の毛が背中にひろがる。
まゆの髪は毎朝ママが編んでくれる。ていねいにきっちり編み込むので、夜になってほどくとパーマをかけたような細かいウェーブがついている。だが本物のパーマではないので、髪を洗うととれてしまう。まゆはそれが悲しい。だから、髪をほどいてからお風呂に入るまでの時間をできるだけひきのばし、そのあいだ童話のお姫さまになった気分でカールした髪の毛を楽しむのだった。
新しくやってきた人形の髪の毛は、マンガに出てくる女の子のような大きな縦ロールだった。つやつやと光っているのもうらやましい。ミルク色の肌も長いまつげも、娘のまゆより人形のほうが、美しいママによほど似ているような気がする。
人形の髪と自分の髪を見比べて溜息をついていると、ママが笑った。
「まゆちゃん、お人形みたいになりたい?」
まゆがうなずくと、ママはまた笑った。
「いいわ。あしたは学校もお休みだし、おしゃれしましょうか」
ママはまゆをドレッサーの前に座らせると、引き出しをあけて「アイル」のヘアオイルを取り出した。たっぷりと手にとってまゆの髪になじませる。ブラシでとかすと、あっという間に髪のつやが変わった。まるで手品みたいだ。
目を見張っているまゆの顔に、ママはお化粧を始めた。
「まゆももう七つだものね。これくらいしてもいいわよね」
ドレッサーの上に並べられていく瓶にはどれも、「アイル」のロゴが入っている。
「まゆちゃんも『アイル』の仲間になろう。それできれいになろうね」
「『アイル』をするときれいになれるの?」
「そうよ。ママもアサコに会って、仲間に入れてもらったの。だから今度はママがまゆちゃんを仲間にしてあげる。まゆちゃんは子供だから、ママよりずっと早くきれいになれるわよ」
チークを入れ口紅をさすと、鏡の中のまゆはママそっくりになった。
「ほうら、お人形よりもまゆちゃんの方がずっときれい」
まゆはすっかりうれしくなった。ママのスカーフを借り、ドレスに見立てて体にまきつける。そうすると本当に童話の挿絵のお姫さまみたいだ。
鏡に向かっていろいろとポーズをつけて遊ぶまゆを、ママは満足そうに見ていた。こちら側ってほんとうにすてき、そうつぶやいたママの声はまゆには聞こえなかった。
まゆはマンションのエントランスから出て、道の向こうにるいちゃんを探した。
るいちゃんはようやく水ぼうそうが治り、今日ひさしぶりに学校へ来た。これでもう一人で帰らなくていいし、一人で遊ばなくていい。それがうれしくて、まゆはるいちゃんにママの人形の話をし、見にくるように誘ったのだった。
やがて角を曲がって、るいちゃんがやってきた。
「るいちゃん……」
手を振って駆け出そうとして、まゆはるいちゃんが一人ではないことに気がついた。ポテトチップの袋をかかえた、背の高い女の子がいっしょだ。うきうきしていたまゆの気持ちが急にしぼんだ。女の子は、まゆたちと同じクラスのあきみちゃんだったのだ。
あきみちゃんは、二年生にも三年生にもまちがえられる大きな子だがわがままで、思いどおりにならないことがあるとすぐに友達を叩いた。そんなことがたびたびあるので、るいちゃんもまゆも、あきみちゃんとは遊びたくないと思っていたのだ。
(るいちゃんてば、どうしてあきみちゃんなんか連れてきたんだろう。あきみちゃんのこと嫌いだって言ってたのに)
まゆのそんな考えを読み取ったように、るいちゃんはまゆに近づき、すまなさそうに耳打ちした。
「ごめんね、まゆちゃん。人形の話あきみちゃんに聞かれちゃったの。それで、どうしてもいっしょに来たいって。ごめんね。すぐ帰るから」
それを聞くと、まゆはるいちゃんがかわいそうになった。るいちゃんも断りきれなくて、しぶしぶ連れてきたのだろう。人形の話は、教室なんかでではなく、帰り道二人きりになってからすればよかった。
まゆはしかたなく二人を家に入れた。あきみちゃんの言うことをきいて怒らせないようにして、できるだけ早く帰ってもらおう。その後で、るいちゃん一人にまた来てもらえばいい。
ママは買い物に出かけていた。るいちゃんはおとなしい子だから、短い時間ならまゆと二人きりにしても心配ないと思っているのだろう。
人形を一目見るなり、るいちゃんもあきみちゃんも声を上げた。駆け寄ってさわろうとする。
「だめ、さわったら」
るいちゃんは、まゆが止めるのを聞いてくれた。しかしあきみちゃんは無視し、平気な顔で人形を抱き上げた。
「きゃあ、かわいい。まゆちゃんてズルイ。こんなかわいい人形ひとりじめしてるなんて」
あきみちゃんは人形の髪の毛や青いドレスをいじり回す。
「ねえ、この人形あたしたちみんなの人形にしようよ。三人いっしょのときでないとこの人形と遊んじゃいけないの。いいわね。決ぃめたっと」
まゆとるいちゃんは弱りきって顔を見合わせた。あきみちゃんにそうそうつきまとわれるなんてたまらない。
そのときまゆは、床に放り出されているポテトチップに気がついた。よく見ると袋は開いていて、中身が半分くらいに減っている。あきみちゃんはポテトチップを食べた手で人形を抱き上げたのだ。ぜったいに汚さないと、ママと約束したのに。
「だめ!」まゆは叫んだ。「ぜったいだめ! さわんないで」
まゆが飛びかかって人形を取り返そうとすると、あきみちゃんも負けずにまゆを突き飛ばした。まゆは簡単に転がされ、テーブルで背中を打った。痛くて涙が出そうになったが、必死でこらえて起き上がり、もう一度飛びついた。二人は自分のほうに人形をひっぱりながら、とっくみあった。
「まゆ!」
突然割って入った叫び声に、まゆもあきみちゃんも動きを止めた。二人の手の間から、人形が音を立てて落ちた。
ママが立っていた。足下に買い物袋が倒れ、買ってきたばかりの卵が袋から飛び出している。ママはゆっくりと歩み寄り、人形を拾い上げた。
「るいちゃん、あきみちゃん、今日は帰ってくれる」
ママの声は機械のように静かで冷たかった。
二人が帰ってしまうと、ママは人形を抱いてまゆの前に立った。まゆは床に座り込んで、粉々に踏みつぶされて散らばっているポテトチップを見下ろしていた。
「まゆちゃん。お人形が来た日にママと指切りしたわね。なんてお約束した?」
「……お人形を大事にする」
「これがまゆの〝大事〟なの」
ママは人形をまゆの目の前に突き出した。人形はポテトチップのくずまみれで、髪の毛がひとつかみ抜けてたれさがっていた。首がおかしな方向に曲がっている。青い目がうらめしそうにまゆを睨んでいた。
「だって、あきみちゃんが……」
言い終わらないうちに、まゆの頬が鳴った。遅れて痛みがやってきて、まゆはママに叩かれたのだと知った。
「あきみちゃんのことは聞いてません。まゆは、ママとの約束をやぶってお人形をこんなにしたのよ」
まゆは、ママとの約束どおり人形を守るつもりだったのだと言おうとした。だがママと目が合ったとたんに、なにも言えなくなった。ママの目は、人形のガラス玉の目よりも冷たかった。まゆの言い訳なんか何ひとつ聞きたくないと言っていた。
まゆは見捨てられたような気持ちになり、手放しで泣き出した。ママはそんなまゆを慰めるどころか、いっそう冷たい声で追い立てた。
「片づけるの手伝ってくれないんなら自分のお部屋へ行ってなさい。邪魔よ」
それきり振り返りもせずに、ママは人形についたポテトチップのかけらを一つ一つ指でとりのぞき始めた。まゆは部屋にとじこもり頭まで布団をかぶって、疲れて眠ってしまうまで泣き続けた。
まゆが目をさましたのは朝だった。いつもなら、まゆが起きる時間にはとうに出かけてしまっているパパが、その日はまだ寝室にいた。キッチンからは、ママが朝ごはんをつくっている音が聞こえている。
まゆはそうっとパパの寝室に入っていった。
「よう、まゆ。早起きだな」
パパは眠たそうな顔をしていたが、にっこりと笑いかけてくれた。パパなら、まゆの言葉に耳を傾けてくれそうな気がした。
「あのね、パパ。まゆ昨日ね、ママに叱られたの」
「ああ、そうだってな。人形のことだろう」
「パパ知ってるの?」
「ゆうべママに聞いたよ。悪い子だったな、まゆ」
「違うの。あれね、あきみちゃんが……」
「まゆ」パパはまゆの言葉を途中でさえぎった。「どうして友達のせいにするんだ。素直にごめんなさいって言えないのか?」
「でも、まゆ……」
「ママに謝りなさい。パパが一緒にいってやるから。な?」
まゆは黙ってうつむいた。ママはパパに、まゆのことをどんなふうに話したのだろう。
「さあ、まゆ。いつまでも拗ねてるんじゃない。パパは今晩出張でいないんだよ。朝のうちにごめんなさい言っちゃおう」
まゆは自分の部屋にもどって服を着替えると、そのまま朝ごはんも食べずに家を出た。
「まゆちゃん」
学校を出たところで呼び止められた。ふりかえると、猿渡ゆう子が立っていた。
思わず体を固くしたまゆを見て、ゆう子は笑った。
「今日は逃げないで。何もしないから。おばさんのお話だけ聞いて」
ゆう子の笑顔はなんとなく寂しそうに見えた。それは今日のまゆの気分のせいかもしれない。
あきみちゃんは、昨日の人形をめぐるけんかのことを、あちこちで言いふらしていた。まゆがどれだけ意地悪で乱暴かさんざんにあげつらい、まゆとつきあったらクラスの仲間はずれにするとまで宣言していた。あきみちゃんの言うことが本当かどうかよりも、みんなあきみちゃんが怖くて言うとおりになっていた。るいちゃんでさえ、今日はまゆに近寄ってもくれなかったのだ。
まゆが歩く速さをゆるめると、ゆう子は追いついてきて、ならんで歩き出した。
「今日は一人なの? いつも一緒の子は?」
るいちゃんの顔が目の前に浮かび、涙がこみあげてくる。まゆはゆう子に泣き顔を見られないように、何度もまばたきをした。ゆう子は、まゆのそんな様子を見てすぐに、学校で何かあったようだと気づいたらしい。それ以上るいちゃんのことを聞いてはこなかった。
「ねえ、まゆちゃん。おばさんね、お友達をなくしたの」
まゆはゆう子の顔を見上げた。
「おばさんのお友達っていうのは、まゆちゃんのママよ。高校生のときからずうっとお友達だったの。なのに、まゆちゃんのママは変わっちゃったの。どうして?」
答えられるはずもなく、まゆは黙っていた。ゆう子も、まゆの答えを待つふうでもなくそのまま続けた。
「一番の親友だったのに、行き先も言わないでひっこしていっちゃうなんてひどいじゃない? みどりが丘にいるって調べるのにずいぶん時間がかかった。みんなあの人のせいよ。あのアサコって人とつきあうようになってから、まゆちゃんのママはおばさんに会いたがらなくなった」
ゆう子の話を聞きながら、まゆはいつの間にか自分とゆう子を重ねていた。
「ねえ、まゆちゃん。おばさん、まゆちゃんともっとゆっくりお話がしたいな。おばさんのお家へ来ない?」
(知らない人についていっちゃだめよ)
ママにいつも言われている言葉が頭に浮かんだが、まゆは頭を振って忘れることにした。自分がいなくなっても、ママは心配なんかしてくれないに決まっている。それに今日はアサコが家に来ているはずだ。
猿渡ゆう子の家は、まゆがみどりが丘に越してくる前に住んでいた町にある小さなアパートだった。部屋の中はがらんとしていて、誰もいなかった。玄関にもゆう子のサンダルが一つあるきりだ。
まゆがなにも聞かないうちに、ゆう子は、おばさんはりこんしちゃったから一人なのよと言った。
「まゆちゃん、ジュース飲む?」
ゆう子は大きなコップにオレンジジュースを注ぎ、ビスケットと一緒に出してくれた。まゆはしばらくためらった後、両方に手を出した。いつもなら家に帰っておやつを食べているはずの時間だ。おなかが空いていた。
まゆがビスケットをほおばっている間に、ゆう子はスマホを取り出してフォトアルバムを開いた。何枚かの写真を抜き出しまゆの前に示す。
「まゆちゃんとママの写真よ。おばさんが撮ったの」
まゆは口の中のビスケットをジュースで飲み下してから、写真をのぞきこんだ。
写真に写っている部屋は、以前のまゆの家だった。幼稚園の制服を着たまゆがママと二人でソファに座っている。二人の間にはまゆよりも大きな西洋人形がいた。昨日こわしてしまった人形とよく似ているが、違うものだった。写真の人形は髪が金色で目は紫、ドレスはスカーフのようにふわふわで、色も赤だ。透明のビニール袋に頭まですっぽりくるまれている。
「このお人形……」
「ああ、これね」ゆう子はいまいましそうに言った。
「アサコが持ってきたのよ。『アイル』を新しく始めた人の中から抽選で当たったんだとか言ってね。まゆちゃんのママは人形やぬいぐるみが大好きだったから、それは喜んでたわ。こういう人形って、アンティークでなくても十万円くらいは軽くするでしょう。だからほら、汚さないようにビニール袋までかけて」
変なの、とまゆは思った。前の人形は、まゆが汚してだめにしたから捨てられたはずだ。ビニール袋がかけてあれば汚れるわけない。汚れていなかった人形を、なぜママは捨てたのだろう。
「ねえ、まゆちゃん」ゆう子が言った。「まゆちゃんのママは、いったいどうしちゃったの。どうしておばさんを遠ざけようとするの。わかる?」
まゆにわかる訳がない。
「まゆちゃんのおうちがひっこす少し前にね、おばさん電話をもらったの。おばさんはそのとき出られなくて、留守番電話だったんだけど……。気配もして確かにつながってるのに、三十秒間なにも言わないのよ。まゆちゃんのママだって、勘でわかった。だって、わたしのこの電話番号はまゆちゃんのママにしか教えてなかったんだもの。なのに後で聞いてもそんなこと知らないって。その後行き先も言わないでひっこしていっちゃったの。変でしょう? 何かあったの?」
ゆう子の言っていることは、半分以上わからなかった。それでもゆう子はアサコにやきもちを焼いているのではなく、本当にママを心配しているのだと、それだけはわかった。
だが、まゆに答えられることは何もなかった。ゆう子本人も、そのことはよくわかっているのだろう。それ以上まゆを問い詰めようとはせず、ママが最近どんな様子かだけ話してくれと言った。
まゆが新しい人形のことを言うと、再びゆう子の目の色が変わった。
「まゆちゃん、しばらくここにいてくれる? 夕方までにかならず帰ってくるから。おばさん、まゆちゃんのママに会ってきたいの」
そう言い残すと、まゆを置いて一人で出ていった。まゆはおとなしくゆう子の帰りを待つことにした。まゆにとって、ゆう子はもう怖い人ではなくなっていた。
新神戸駅で十八時台最後ののぞみにぎりぎり飛び込むことができ、パパはほっと息をついた。仕事が予定より早く片づいた。これで今日中に家に帰れる。
駅の窓口で交換したばかりの指定席券を取り出し、パパは座席を確認した。十六号車九番C席。席にたどりついて体をうずめると、新幹線はすぐにホームをすべりだした。
夕食に買った新神戸駅名物のすきやき弁当を食べビールを飲むと、急に眠たくなってきた。半分眠りながら、あらかじめ水に溶かしておいたソルベントを飲みくだす。
(こいつを飲んでいると、本当に疲れを感じない。それにとても気分がいい。嫌なことも心配ごとも、くよくよ考え込まずに忘れてしまえる)
初めて「アイル」の話を聞いたときは、あやしげなマルチ商法だと思った。そんなものに手を出す妻が信じられなかった。だが今は、そう悪くもなかったと思っている。ソルベントはすばらしい。コーヒーもエナジードリンクも比ではない。もうソルベントなしでは一日だっていられない。
そう言えば、とパパは思う。「アイル」を始める前に比べて妻もずいぶん変わった。少なくとも容姿に関しては人目を引くようなタイプではなかったのに、見違えるように魅力的になった。性格もすっかり変わった。外見がきれいになるだけで、女はあんなにも変わるものなのか……。
窓の上に取りつけられた座席ナンバーのプレートをぼんやりと眺めながら、パパは眠りに落ちていく。window窓側‐center中央‐aisle通路側。
ふと、ソルベントのパッケージに記されたロゴが目に浮かぶ。あれも〝Aisle〟だったな。
そうか。アイルとは通路という意味なのか。どこへ行く通路だろう。それともこっちへ来る通路?
一瞬、首筋が寒気立った。こっちへ来る――どこから? 何が? どうやって?
だがすぐに、ふわふわとしたソルベントの眠りがパパの意識を呑み込んでいった。目覚めたときにはきっと、何を考えていたのかすべて忘れているだろう。
夕方には戻ると言ったゆう子は、九時近くまで戻ってこなかった。不安と空腹をかかえて待ちくたびれていたまゆは、廊下を近づいてくる足音を聞きつけて、玄関に飛んでいった。
ドアを開けると、立っていたのはママだった。
「まゆちゃん」
ママは、笑いながら泣いているような顔をしていた。
「ごめんね、まゆちゃん。ママが悪かったわ。あんな人形なんかどうでもいいの。ママはまゆちゃんだけが大事なのよ」
ママはひざまずいてまゆを抱きしめた。
ママの後ろにゆう子が立っていた。出ていったときのジーンズではなくママの青いワンピースを着ていた。髪の毛はほどいて肩にたらし、ママと同じ甘い花の香りを漂わせていた。
「よかったわね、まゆちゃん」
ゆう子はふわっとはなやかに笑った。お化粧のせいか、ゆう子をうんと年上に見せていた目尻のしわやシミがきれいに隠れている。そうやって見るとゆう子はきれいだった。ママととても雰囲気が似ていて、まるでママがもう一人いるようだった。
「さあ。おうちに帰ろう、まゆちゃん」
ママはまゆを外へ連れ出すと、ゆう子をふりかえった。
「ゆう子、あしたもう一度うちへ来て。急だったからターミナルにかなりアフターケアが必要だわ。アサコにも手伝ってもらうから」
「ええ、お願い。じゃあ明日ね」
まゆには訳がわからなかった。まゆとママのことも、ゆう子とママとアサコのことも、急に何もかもうまくいってしまったらしい。いったいゆう子はママと、それにアサコとも、何を話したのだろう。
家に帰ると、こわれた人形がゴミ袋に詰め込まれて床に放り出してあった。
「ママ、お人形捨てちゃうの?」
「うん。首がとれかかってるし。それにその人形のせいで、ママはまゆちゃんとけんかしちゃったんだから」
「でも、ママ……」
「ごめんね、まゆちゃん。人形はあした焼いてしまいましょう」
ママはまゆの髪を優しくなでた。
夜が明ければ燃やされてしまう人形が、助けてと言いたげなまなざしをまゆに投げていた。まゆはそれに気がつかなかった。ゴミ袋が何かにこすれて音をたてたように聞こえたが、それも気のせいだろうと思った。
夜中、まゆはふと目をさました。ママがコンタクトでだれかと話をしている。
「ええ。危ないところでしたけれど、騒がれる前に片づけました。あの体もかなり手入れが必要ですけれど、ターミナルとして十分使用できますわ。……それで、実はターミナルに一体余分ができましたの。今回のかたに使う予定だったもので、準備は進んでます。ですから、もうおひとかたお越しになれますわ」
〈了〉
この作品はフィクションであり、実在の企業とは関係ありません。
