「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第43話」山口優(画・じゅりあ

「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない(略称:ディスロリ):第43話」山口優(画・じゅりあ)


<登場人物紹介>

  • 栗落花晶(つゆり・あきら):この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五五年、トラックに轢かれ死亡。再生暦二〇五五年、八歳の少女として復活した。
  • 瑠羽世奈(るう・せな):栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。
  • ロマーシュカ・リアプノヴァ:栗落花晶と瑠羽世奈が所属するシベリア遺跡探検隊第一一二班の班長。科学者。年齢はハイティーン。瑠羽と違い常識的な言動を行い、晶の境遇にも同情的な女性だったが、最近瑠羽の影響を受けてきた。
  • アキラ:晶と同じ遺伝子と西暦時代の記憶を持つ人物。シベリア遺跡で晶らと出会う。この物語の主人公である晶よりも先に復活した。外見年齢は二〇歳程度。瑠羽には敵意を見せるが、当初は晶には友好的だった。が、後に敵対する。再生暦時代の全世界を支配する人工知能ネットワーク「MAGIシステム」の破壊を目論む。
  • ソルニャーカ・ジョリーニイ:通称ソーニャ。シベリア遺跡にて晶らと交戦し敗北した少女。「人間」を名乗っているが、その身体は機械でできており、事実上人間型ロボットである。のちに、「MAGI」システムに対抗すべく開発された「ポズレドニク」システムの端末でありその意思を共有する存在であることが判明する。
  • 団栗場:晶の西暦時代の友人。AGIにより人間が無用化した事実を受け止め、就職などの社会参加の努力は無駄だと主張していた。フィオレートヴィにより復活された後は「ズーシュカ」と呼ばれる。
  • 胡桃樹:晶の西暦時代の友人。AGIが人間を無用化していく中でもクラウドワーク等で社会参加の努力を続ける。「遠い将来には人間も有用になっているかも知れない」と晶を励ましていた。フィオレートヴィにより復活された後は「チーニャ」と呼ばれる。
  • ミシェル・ブラン:シベリア遺跡探検隊第一五五班班長。アキラの討伐に参加すべくポピガイⅩⅣに向かう。北極海の最終決戦に参加。
  • ガブリエラ・プラタ:シベリア遺跡探検隊第一五五班班員。ミシェルと行動を共にする。北極海の最終決戦に参加。
  • メイジー:「MAGIシステム」が肉体を得た姿。晶そっくりの八歳の少女の姿だが、髪の色が青であることだけが異なる(晶の髪の色は赤茶色)。銀河MAGIを構築し晶たちを圧倒する。
  • 冷川姫子:西暦時代の瑠羽の同僚。一見冷たい印象だが、患者への思いは強い。フィオレートヴィにより復活する。
  • パトソール・リアプノヴァ:西暦時代、瑠羽の病院にやってきた患者。「MAGIが世界を滅ぼそうとしている」と瑠羽達に告げる。MAGIの注意を一時的に逸らすHILACEというペン型のデバイスを持っている。ロマーシュカの母。
  • フィオレートヴィ・ミンコフスカヤ:ポズレドニク・システムとHILACEの開発者。パトソールの友人。銀河MAGIに対抗し「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築。

<これまでのあらすじ>
 西暦2055年、栗落花晶はコネクトームバックアップ直後の事故で亡くなり、再生暦2055年に八歳の少女として復活。瑠羽医師から崩壊した西暦文明と、人工知能「MAGI」により復活した再生暦世界、MAGIによるディストピア的支配について説明を受ける。瑠羽はMAGI支配からの解放を目指す秘密組織「ラピスラズリ」に所属しており、同じ組織のロマーシュカとともに、MAGI支配からの解放を求めてロシアの秘密都市、ポピガイⅩⅣの「ポズレドニク」を探索する。「ポズレドニク」は、MAGIに対抗して開発された人工知能ネットワークとされていた。三人はポズレドニクの根拠地で「ポズレドニクの王」アキラと出会う。アキラは、晶と同じ遺伝子を持つ女性で、年齢は一〇歳程度上だった。彼女は、MAGIを倒すのみならず、人間同士のつながりを否定し、原始的な世界を築く計画を持つ。
 晶はアキラに反対し、アキラと同じ遺伝子を利用して彼女のパーソナルデータをハック、彼女と同等の力を得、仲間たちと協力し、戦いに勝利。晶はMAGI支配に反対しつつも人とのつながりを大切にする立場を示し、アキラに共闘を提案。アキラは不承不承同意する。決戦前夜、瑠羽は晶に、MAGIが引き起こした西暦世界の崩壊を回避できなかった過去を明かす。
 北極海でMAGI拠点を攻撃する作戦が始まり、晶たちはメイジーの圧倒的な力に直面する。それは西暦時代や再生暦時代には考えられなかった重力制御を含む進んだ科学技術を基盤とした新たなシステムによる力だった。
 一方、その数年前から、プロクシマ・ケンタウリ惑星bでは、フィオレートヴィ・ミンコフスカヤがこの新たなシステムをMAGIが開発していることを察知し、これに対抗すべく暗躍していた。彼女は胡桃樹、団栗場(二人は女性の姿として復活させるべくMAGIが準備しており、復活後の姿に対してフィオレートヴィはチーニャ、ズーシュカと名付けた)、および冷川姫子のデータを奪って三人を復活させ、三人の助力も得て、MAGIの新たな力に対抗するシステム「ポズレドニク・ギャラクティカ」を構築。三人を率いて晶たちの救出に向かう。四人は、メイジーの操る重力制御の力を持つ巨人たちに対し、同じ力を以て対抗。フィオレートヴィはロマーシュカの隊、姫子は晶とアキラ、瑠羽の隊、チーニャとズーシュカはミシェルとガブリエラの隊をそれぞれ救出する。
 その後、三隊は、北極海データセンター上空のメイジーに再び向かう。待ち構えるメイジー。そのとき、メイジーの直下の、人類の復活のためのデータを保存した北極海データセンターが、何の前触れもなく爆発四散した。
 そこにやってきたロマーシュカ・リアプノヴァは、データセンターの爆破はフィオレーヴィの仕業だと指摘し、メイジーに味方し、フィオレートヴィに敵対することを宣言する。

「大丈夫です、メイジーさん」
 俺の視界の中で、ロマーシュカは再びMAGICロッドを構え、アキラ、そして俺、瑠羽を警戒するように見つめた。にらむように鋭くはないが、もはや味方ではないがゆえの、冷たくもあるまなざし。
「流石ですね。女王アキラさん……」
 ロマーシュカは傍らのメイジーに声をかけた。
「メイジーさん。ジョブチェンジを要求します。サイエンティスト職では対抗しきれません」
「もちろんです。勇敢な冒険者よ。あなたはポピガイ第112探索班班長、レベル10『サイエンティスト職』からレベルアップおよびジョブチェンジし、レベル100、Battle and Rescue Activity Vanguard Executer――戦闘及び救助活動先導執行者のジョブを与えます。また派生ジョブとしてMAGICマイスターを与えます。以上の手続きの実行のための処理を開始します。銀河MAGIC『メワス』」
 ロマーシュカの身体全体がぼおっと光に包まれ始めた。
(物体転送か……さすが銀河MAGIネットワークだな……)
 俺は考える。
 こういうとき、旧来のMAGIシステムなら、ドローンかロケットで必要な物資を持ってくる。しかし、超次元を通じて自由に物体を届けることのできる銀河MAGIシステムなら、そのような迂遠(うえん)なことをする必要ももはやないのだ。
 光の中で、新たなロマーシュカの戦闘服が出現する。従来のMAGIシステムに定められたビキニアーマーのような探検服の上に、「MAGICマイスター」にふさわしいローブをまとう。その色はカミツレソウの管状花のような、抜けるように明るい黄色。手に取ったMAGICロッドの宝珠は黄金色に輝いていた。そのひたすらに強い輝きが、北極海の戦場全体を圧する。
「さあ。BRAVE MAGICマイスター、ロマーシュカ・リアプノヴァ。我が銀河MAGIシステムが太陽系に保有するエネルギーの50パーセントをあなたに与えました。人類の守り手として、存分にその力を振るってください」
「承りましょう、メイジーさん」
 ロマーシュカは正面でMAGICロッドを構え、仁王立ちになって、くるくるとロッドを回転させる。
 アキラは身構える。
 が。次の瞬間。
 アキラの背後にロマーシュカが出現していた。一切の移動の軌跡なく。
「銀河特殊MAGIC――『ナパデニーヤ・ネプリブナーヤ』!」
「銀河MAGIC『ナタ』!」
 アキラは反射的に防御魔法を唱える。その反射神経は見事なものだ。だが、ロマーシュカの唱えた「銀河特殊MAGIC」は、一発で終わらず、激しい勢いで黄金の光の矢を放ち続ける。
「なんだ……これは!」
 アキラが耐えきれず退避し、その代わりに彼女の配下のダーク・ゴーレムを全面に出す。
「行け! ゴーレム!」
 アキラは叫ぶ。だがそれを待ち構えていたように、ロマーシュカは黄金の宝玉を持つMGICロッドを構える。
「銀河特殊MAGIC――『ナパデニーヤ・ダルニャーヤ』!」
 瞬間、黄金の光の矢が、広範囲に一斉に広がった。その攻撃は目にもとまらず、一瞬でアキラのダーク・ゴーレムに到達する。全てのダーク・ゴーレムが黄金の矢の直撃を受け爆発四散する。
「銀河特殊MAGIC……たったいま編み出した新プログラム言語か」
 アキラは感心したように言った。
(さすが『俺』だな。敵対者であっても知恵のある者は評価する)
 俺はそう傍観者のように評価しつつ、一方でそんなふうに傍観者で居続けることが妥当なのかどうかも迷っていた。
 俺の気も知らず、ロマーシュカは口を開く。
「銀河MAGIにおける標準MAGICのつもりです。その威力を考慮して開闢(かいびゃく)MAGICと同じ複雑な言語体系にしてありますが、銀河MAGIネットワークのエネルギーを素直に使うなら複雑な言語体系は必要ありません。時空跳躍、エネルギー投射、旧MAGIでは不可能あるいはエネルギー衛星コンステレーションへのアクセスを前提としていた操作が、単にネットワークノードのアインシュタイン方程式にアクセスするだけで達成できるのです」
(――なるほどな。それでロシア語か)
 旧MAGIの標準MAGICは英語だった。つまり開発者が日常的に使う言語であった。新たな自分たちの標準MAGICとしてロマーシュカは自分の使い慣れた日常語としてのロシア語になるのだろう。
「新たなMAGIネットワークの標準は、私が作りだした銀河特殊MAGICになるでしょう――銀河特殊MAGIC『テレポータツィア』!」
 ロマーシュカは次の瞬間には消えていた。
「また背後か!」
 アキラが背後に向けてMAGICソードを向けて攻撃しようとしたとき、アキラの周囲に時空の穴が複数、出現した。
「攻撃MAGICだけ転送させたか!」
 アキラは防御魔法をかろうじて展開させ、後退する。しかし防ぎきれず、紅いビキニアーマーの一部が破壊されてしまう。俺ではないが俺の服が破れるのはやはり気になる。はずかしい。
(チッ――本当に救援が必要か……)
 しかし、俺の懸念をよそに戦闘は急速に展開していく。
 アキラが反撃しようと動作する寸前、アキラの真ん前に出現するロマーシュカ。顔と顔がくっつきそうな距離だ。
「なぜ私がこれほど強いかお分かりですか?」
「レベル100のMAGIの能力だ――銀河MAGIC『アクニス』!」
「銀河特殊MAGIC『ザシューチタ』!」
 ごく自然な動作でロマーシュカが唱えると、時空のゆがみがアキラの攻撃をそらしてしまう。両者は数メートル距離を取り、にらみ合いつつ対峙する。しかし、アキラのほうはもう攻撃の手段が思いつかず、手詰まりの状態に見えた。
「いいえ。私のMAGICの研鑽は仲間との交流によって得られたもの。攻撃MAGICはミシェル・ブラン、回復MAGICは瑠羽世奈、近接格闘MAGICはガブリエラ・プラタ、多くの人の中で切磋琢磨しつつ磨き上げてきました……。それは私一人の努力では決して得られなかったもの。一方のあなた――アキラさんはただ一人で強さを求めた結果、あなたのMAGICは充分にそのエネルギーを生かし切れないものになりました」
「何だと……」
「事実です。人と人の交わり――人が人と協力することの尊さ。それがわからないからこそ、この下のデータセンターで眠っていた多くの人々の魂の価値がわからないのです。私は人々の魂が復活するまで、MAGIシステムを守り続けます」
「貴様……何者だ」
「私は反MAGI組織『ラピスラズリ』創始者パトソール・リアプノヴァの娘にしてBRAVE MAGICマイスター、ロマーシュカ・リアプノヴァ。『ラピスラズリ』はMAGIのディストピア支配を否定しつつ、人と人の絆を決して諦めることのない組織です。そして、全ての価値を相対化する進化論アルゴリズム主義もね!」
(やはり、助けるしかないか……)
 俺が決意したとき。
 ロマーシュカの姿がアキラの前から消えた。
 戦場を俯瞰するような位置に浮いていたフィオレートヴィ・ミンコフスカヤの背後に出現する。俺がよく見ると、彼女は攻撃準備を整えていた。俺と同様、アキラの救援を決意していたらしい。それをロマーシュカは察したのだ。
「フィオレートヴィさん。やはりあなたとは友達になれません。私の母と同じように」
「結構だ! では戦おうじゃないか、ロマーシュカ!」
「……残念です。あなたがここまでする人だとは思っていませんでした。銀河特殊MAGIC『レズヴィーイェ』」
 空間が切り裂かれた。フィオレートヴィがいる空間そのものが。
 しかし。そのときにはもうフィオレートヴィはそこにおらず、切り裂かれたのはダーク・ゴーレムだった。
 彼女のものではない。メイジーを守っていたものの一体だ。メイジーはいつの間にかダーク・ゴーレムを移動させられたのだ。
「銀河特殊MAGICか。確かにシンプルだ。だがそれゆえにすぐに真似されるという弱点があるね」
「空間ごと位置を入れ替えたのですね……」
「その通り」
 ロマーシュカが戸惑っているうちに、フィオレートヴィはメイジーを攻撃しようとする。
「させません! 銀河特殊MAGIC『プラーミヤ』」
「銀河特殊MAGIC『ザメーナ』」
 ロマーシュカがはっと息をのんだ。
 ロマーシュカとフィオレートヴィの位置が入れ替わっている。フィオレートヴィに入れ替わりのMAGICを使われたのだろう。それで、メイジーを守るために、ロマーシュカがフィオレートヴィに向けて放ったMAGICが、ロマーシュカ自身に向かってきている。
「大丈夫です!」
 メイジーがロマーシュカを守る位置にいた。空間をゆがめ、ロマーシュカが放った技を受け止めている。
「……よくここまで戦ってくれました。人間の皆さんのデータを取り戻す目処が付きました。ここからは、私が戦います。あなたのレベルを99とし、エネルギーをあなたから私に戻します」
 メイジーはにっこりと笑った。
 ロマーシュカの介入で、メイジーに時間を与えてしまった。「人間のデータを破壊する」という、フィオレートヴィの最後の賭けも打ち砕かれたように見えた。
 人間は、ここままメイジーの支配の下で生き続けることになるのだろうか。
(……メイジー……まさかここまで速いとは……俺が……ロマーシュカと敵対する決断をすべきだったのか……)
 俺は拳を握りしめる。
 フィオレートヴィの意図が読み切れなかった。そして、おそらくはロマーシュカの意図も。俺はどう動くべきだったのか――。