「パーティクルガン」大梅 健太郎


(PDFバージョン:particlegun_ooumekenntarou
 雲一つない青い空。その中心にあった小さな白い点が、ゆっくりと大きくなってくる。太陽の光を反射して輝く姿は、とても神々しかった。その日、地球の全人類が空を見上げていたと言っても過言ではないだろう。

 世界各地の天文台が、地球に向かってゆっくりと進んでくる物体をとらえたのはほんの数日前だった。直径百メートルほどのそれが完全に地球衝突コースに乗っていることが判明したとき、地球の全人類は騒然となった。
「直径百メートルって、小さいよな」
「二〇一三年にロシアに落ちた隕石が直径二十メートルだったらしいが、結構な被害だったらしいぞ」
「町が一つ消し飛ぶくらいの被害が出るらしいな」
「恐竜が絶滅したように、人類も滅亡するに違いない」
 世界中の天文学者や物理学者たちがその進路を予測し、その報告に全人類が一喜一憂する。しかし、調べれば調べるほど、その動きと形状がおかしいことがわかった。まず、宇宙空間を漂流している小天体にしては相対スピードが遅いし、地球の重力圏に引っかかっているわけでもないのに、自律的に軌道修正して真っすぐ地球に向かっているように思える。
「ひょっとして、宇宙船じゃないのか」
 誰もがそう思い始めたとき、宇宙望遠鏡がその姿を捉えることに成功した。それは、パチンコ玉のような銀の真球をしていて、誰がどうみても人工物だった。
「これは、宇宙人の来訪ということか」
「いや、無人の探査機かもしれん」
「どちらにせよ、地球人類にとって、新しい歴史の幕開けだな」
「問題は、誰がどのように対応するかだ」
 世界の有力国が集まる会議では、どこの国が対応すべきかで紛糾した。星間航行を可能とする科学技術をもった宇宙人。友好的であればよいが、もし好戦的だったとしたら。いろいろな思惑が交錯し、まとまるはずがなかった。結局、宇宙船が着陸した国がすべての対応をするということで妥結した。すべてを宇宙人の判断にゆだねる、ということだ。
 ある国は完全に灯火管制を行って身を潜めるようにし、着陸候補からはずれようとした。また別のある国は、あえて宇宙船に向けて光で信号を発し、自国の海上飛行場に誘導する合図を送った。
 そして、その時がやってきた。
 ゆっくりと大気圏に進入してきた銀の玉は、完全に制御された動きをしていた。やはり宇宙船なのだろう。そして東洋の島国の砂丘の上に、音もたてずに着陸して球体の半分を砂地に沈めた。
「ああ、我が国にきてしまったか」
「黒船来寇ですな」
「できる限りのおもてなしをしましょうか」
 その国の国民たちは、諦め半分・期待半分で、宇宙船のドアが開くのを待った。
 すっ、と光の線が表面に光る。五十センチほどの正方形を描いたかと思うと、そこに空間ができた。
「開いたぞ」
 誰とはなしに、声が上がる。そこから出てきたのは、二足歩行する小さな物体だった。背丈は三十センチくらいだろうか、頭部はヘルメットのような透明の球体に包まれ、身体は銀色をした服を着ている。地球の宇宙服に近い形状で、まるでおもちゃのようだ。
「あれが、宇宙人か」
 駆けつけた近隣の住民が、遠巻きに見守る。小さな宇宙人は、しばらく地面の砂を触ったり、空を見上げたりしていた。そしておもむろに飛び上がると、数メートルの高さまで飛び上がった。
「うわ、まるでウサギだな」
「彼らの母星と重力が違うんだろうな」
「ということは、科学力だけでなく、肉体でも負けるってことかもしれんな」
 あれこれ話をしているうちに、この国の代表団が到着した。黒の民族衣装に身を包んだ代表団は、砂丘を真っすぐ進み、宇宙人へと近づいて行った。
 それに気がついたからなのか、宇宙船から追加で数人出てくる。
 五対五で、お互い向かい合って横に並ぶ。口火を切ったのは、地球側の代表団団長だった。
「ようこそ地球へ。ようこそ我が国へ」
 すると、真ん中の宇宙人が一歩前に出た。
「チチチ、ジジッ、ジュッジュッ、ジジ」
 ヘルメットの喉元にある、スピーカーのようなものから声が出ているようだ。しかし、その内容はまったく理解ができず、甲高い動物の鳴き声のように聞こえる。
「漫画や映画だったら、当然のように通訳機で会話できるんだろうけど」
「現実はそうもいかんか」
「そこまで科学が進歩しているわけではなさそうだな。少し安心したぞ」
 仕方がないので、代表団はジェスチャーで意思を伝えようとした。なんとか友好ムードをだそうとするが、伝わっているのかどうかまったくわからない。しばらくして、初の会談は実りのないまま終了した。
 会談で取り決められたわけではなかったが、宇宙人たちはそこからそんなに遠くまで動くことはしなかった。砂丘を渡って海辺に出たり、森林まで足をのばしたりすることはあっても、市街地まで乗りこむことはない。宇宙船が再浮上して移動することもなかった。
 一方で、地球人側の代表団は積極的にコミュニケーションをとろうとし続けていたものの、あまりうまくいかなかった。
 状況が膠着する中、好奇心が抑えられなかった地域住民が近くへ行って、なんとか会話をしようと試みることもあったが、それも結果は芳しいものではなかった。
 そんな状態が一週間も続いたある日、宇宙人が突然、地球の言葉で話しかけてきた。
「こんにちは。私の名前は、ソウと言います。私の言葉は伝わっていますか」
 急展開に、地球人一同色めき立った。やっとコミュニケーションがとれるかもしれない。
「どうして急に、会話できるようになったんだ」
「今まで、言語を収集して分析し、万能翻訳機をチューニングしたんじゃないか」
「さすがの科学力だな」
 地球人は口々に言い合い、宇宙人のことをほめそやした。
 あらためて代表団がソウを訪れ、今度はちゃんとした会談が行われた。通り一遍の挨拶が交わされたのち、代表団の団長は核心をつく質問をした。
「それで、地球へ訪問されたのは、どういった目的なのでしょうか」
 全人類の視線が、痛いほど突き刺さる。
「特に理由はありません。あえて言うなれば、私たちの飽くなき探究心のなせるわざです」
「つまり、科学的な興味が原動力ということですね」
 団長が念押しをするように言うと、ソウはクスリと笑った。
「侵略が目的ではありませんので、ご安心ください。そもそも、私たちの母星はここから何百光年も離れたところにあります。そんなところから、あなた方の地球を奪い取ることに意味があるでしょうか」
 この言葉に、全人類が安堵のため息をついたのは言うまでもなかった。
 会見後、世界と宇宙人は友好的なムードに包まれた。地球の歴史や事物について情報を提供し、代わりに先進的な科学技術をいくつか供与してもらった。核エネルギーをもとに無から有機物を合成する技術は、地球の食糧問題を解決する可能性を秘めていたし、恒星間飛行を可能にする反重力物質の存在は、交通手段に革命をもたらしそうだった。
 そのような技術交流が続き、一年もたとうとしたある日のことだった。宇宙船から、宇宙服を着ていない、本来の姿をした宇宙人が降り立った。
 まるでネズミとウサギを足して二で割ったようないでたちの宇宙人は、頭部のふさふさの体毛を撫でつけていた。そして、宇宙船を保護するために配置された警備員に対し、彼は言った。
「ようやく、宇宙服を着なくてもよくなりました」
「新しい技術が開発されたのですか」
 警備員の言葉に、彼はまるで絵本の主人公のように可愛く微笑んだ。
「これからもよろしくお願いしますね」
 ララと名乗った彼は、地球側の代表に対し、宇宙船の外に住居を建築する許可を求めた。話し合いの結果、宇宙船の周囲の土地を提供し、その対価としていくつかの通信技術を独占的に得ることが契約された。
 ララ達は砂丘に穴を掘り、砂をコンクリートのように固めて住居を築きはじめた。
「アナウサギみたいだな。メルヘンチックだ」
「地球から宇宙に送りこんだ実験動物の末裔なんじゃないか」
 最初のうちは、微笑ましく眺めていた地球人側だったが、いつまでも住居の範囲が広がり続けることに不信感を抱きはじめた。どう見ても、宇宙船の大きさよりもはるかに巨大だ。
「もう十分すぎるほど、住居を確保されたのではないですか」
 不安になった地球側代表は、土地の契約をしたララとの会談を求めた。
「ララですか? ララは私の曾祖父ですが、ずいぶん前に亡くなりましたよ」
「亡くなった? ララ氏とは先月話をしたばかりですよ。病気か何かですか」
「寿命ですよ」
「では、一番最初に会談を行ったソウ氏と話をさせてください」
「ソウ? ご冗談を。歴史上の人物と話なんてできませんよ」
「どういうことだ」
 地球側代表団は、顔を見合わせる。その姿を不思議そうに眺めていたララの曾孫は、しばらくして合点がいったようにうなずいた。
「ああ、今までお伝えできていませんでしたか。私たちは、寿命が信じられないくらい長い地球の皆さんとは違う時の流れを生きているんです。そちらでいうところの一日が、私たちにとっての二年にあたると考えてもらえればよろしいかと」
 その言葉に、「あ」と団長が小さく声をあげた。手に持ったペンが滑り落ち、コンクリートと化した砂がカツンと音をたてた。
「あなた方は今、何人いるのですか」
「ざっと三千人はいますね」
 地球側代表団に、どよめきが起こる。あの宇宙船に、それだけの人数が乗れるとは思えない。
「まさか、繁殖しているのか」
 その言葉に、ララの曾孫は可愛く微笑んだ。
「私たちは多産なんです。ついでに言うと遺伝的突然変異もかなり頻繁に起こりますので、どんどん進化していきます」
「宇宙航行中は、どうしていたんだ。あふれるじゃないか」
「収容できる人数に調整しながら航行していたと伝承されています。まぁ、増え過ぎたら間引いていたんでしょうね」
 地球側の代表団は、一斉にため息をついて会談を切り上げた。本部への道すがら、団員達はボソボソと話をする。
「急に地球語を理解することができるようになったのも、宇宙服が不要になったのも、遺伝的突然変異による環境適応のせいなんですかね」
「これからどう進化していくかと考えると、末恐ろしいな」
「今のところ、直接的な害はないですけどね」
 一番のネックになりそうな食糧問題は、本人たちのもつ有機物合成技術によりクリアされている。それ以外の大きな問題は、収容する土地だろう。領土問題に発展しかねない。
「宇宙戦争、するか?」
「あんなメルヘンな生き物と戦いたくない」
「だよなぁ」
 それでも仕方ないので、使用できる土地を制限することにした。反発が起こるかと想定していたが、そのようなことは起こらずに、宇宙人たちは地球人類の生活に溶けこんでいった。いつのまにか、世界中のいろんなところで、普通にみられる存在となっていったのだ。
 年月が過ぎるにつれ、宇宙人たちの進化はとどまるところをしらず、大型化、寿命の長期化、そして地球人との交配まで可能となっていった。

「結局これは、宇宙人による侵略だったんじゃないのかな」
 宇宙船到着百周年の記念行事を眺めながら、少年は言った。
「侵略、というよりもうまく寄生してそのまま共生しちゃった感じよね」
 少女は、少年のフサフサした毛並みをひとなでしてから、そっとキスをした。

(了)

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