「リサイクル」山口優

(PDFバージョン:recycle_yamagutiyuu
 人がロボットと共に暮らすようになって久しい。人とロボットは、お互いにお互いを知らなければならない、と現在は言われている。ロボットが人に合わせて進化することは、プログラミングによって容易に可能だが、人がロボットの考え方を学ぶには、ロボットと暮らす経験が必要である。
 そんなわけで、私は、六歳の時から九年間、ロボットの家庭でお世話になってきた。外見上は人間と同じ、お父さんとお母さん。そして息子さん——歳が一つ上なので、私は『お兄さん』と呼んでいる。お父さんとお母さんと、お兄さんは、全く似ていないけれど、お父さんとお母さんは、お兄さんの設計に深い誇りと愛着を持っているし、お兄さんは、ご両親に設計され、製造されたことにとても感謝している。
 そんな、仲の良いご家族だった。
 そして一方で、ロボットの考え方や文化を、私は体験した。合理的で、無駄がなく、効率的な考え方。きっと、これからの人とロボットの共存社会で役に立つだろう。
「体のメンテナンスは定期的にするんだぞ」
 別れの日、お父さんが言った。
「ウォッチドッグへの定期信号も忘れずにね」
 お母さんが言う。
「またアクセスするよ。物理的にも」
 お兄さんが言った。
 私は別れを惜しみながら、三人に笑顔で別れを告げ、お世話になった家庭を後にした。直方体が組み合わされたような、金属的な光沢の家がずっと遠くに見えるまで、繰り返し、繰り返し、振り向きながら。
 ——その別れの日のことを、私はなつかしさを伴って、ふと思い出す。
 今の生活は、あの九年間とはだいぶ違う。六歳の時まで、こんな生活をしていたかと思うと、実はぞっとする。
 父は、必要も無いのにアルコールを毎日大量に摂取して帰ってくる。ただでさえ非効率的な人間の演算システムの性能がアルコール摂取によって更に悪化することに気付いているのに、それを改めようとしない。
 母は、エネルギーを、食物を通じて不必要に大量に摂取し、その後ダイエットと称して無駄な運動をしてそのエネルギーを消費することを続けている。二重の無駄だ。必要な分だけエネルギーを摂取すれば、それでいいはずなのに。
 それに、二人とも、ロボットのことを悪く言うのは我慢ならない。政府が決めたことだから私をロボットの家庭にやったのは仕方ないけれど、本当はやりたくなかっただとか、政府はロボットたちに牛耳られているだとか。
ロボットとか人間とか関係なく、お互いのことを知るのは共存のためには必要だと思うのに。
 そういえば、両親と違って、祖母だけは帰ってきた私を、六歳の頃と変わらずかわいがってくれる。祖母は、ハードウェアの老朽化がかなり進んだとはいえ、私から見ても、理性的かつ合理的な生活を送っており、尊敬に値する。必要な分のエネルギーしか摂取しないし、定期メンテナンスの為にきちんと病院にも行っているのだ。
 ただ、残念なことに、そろそろ稼働限界だという。プログラムの不具合で、体内で細胞部品が異常生産されているらしいのだ。
 その事を、両親は祖母に告げていないし、私にも口止めしている。
 全く不合理なことだ。
 いろいろ、祖母の為に提案したいことがあるのに。
 プログラムの異常で廃棄されるとはいえ、内部の部品の中にはまだ使えるものがあるかもしれない。それはリユースすればいい。祖母は自分の部品が効率的に使用されることが分かって、きっと喜ぶだろう。
 使えない部品も、燃やしてしまうのは非合理的だ。同じ素材でできているのだから、再び人に摂取され、肉体というハードウェアの一部になるようにリサイクルする形で再加工するのが妥当だろう。
 それとも、有機燃料としてロボットに摂取される方がいいだろうか。
 そういえば、政府はリユースに関しては大々的に広報しているのに、リサイクルに関しては、ロボット家庭にホームステイした世代だけに、そっと教えている。
 まあ、仕方ないだろう。父や母を見ていれば分かる。あんな非合理的な考えを持つ人たちは、訳の分からない理由でリサイクルにも反対するに違いないから。

山口優プロフィール


山口優既刊
『シンギュラリティ・コンクェスト
女神の誓約(ちかひ)』