(PDFバージョン:tanemakuhito_tatiharatouya)
ある日、学校からの帰り道、不思議な人に出会った。その女性は真っ黒な服につばの大きな帽子、サングラス、マスクをして、手袋もしていた。
なにをしてるの?
と尋ねたぼくに、おねえさんは掠れた声で答えてくれた。
種を蒔いてるの。こうやって世界中を旅しているのよ。
おねえさんの足元の土は湿っていて、掘り返して埋めなおした跡があった。
素敵だね! なんのタネ?
おねえさんの瞳がサングラスの下で微笑んだのを感じた。
いろんな種よ。坊やも、一緒に蒔いてみる?
うん! やってみたい!
おねえさんはぼくにイチジクという果物をくれた。
まずはこれを食べてみて。
初めての食べ物。不思議な食感。どきどきしながら飲み込んだ。
そう。それじゃあ、種を蒔きに行きましょうね。
そしてぼくたちは旅立った。
今、ぼくはとてもワクワクしている。
ぼくのお腹の中の種が芽を出すんだって。どうやって? どんな風に?
おねえさんの手が冷たくて、なんだかぼくは少し、悲しくなった。
(この記事から浮かんだ話)
立原透耶既刊
『ささやき (立原透耶著作集 5)』