「マイ・デリバラー(33)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer33_yamagutiyuu
 たとえあなたがたの思想が敗北しても、あなたがたの思想の誠実が勝利を得なければならない!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」

 F35B同士の戦闘ははるか上空で行われており、馬祖基地所属のF35は低空で侵入してくるヴェイラーを阻止する余裕がない。
 この状況で、ヴェイラーの侵入を防ぐ役割を担っていたのは基地に無数に配置された高射砲であったが、ヴェイラー自身が装備する空対地ミサイル及び35ミリ機関砲によってみるみるうちに破壊されていく。
 落下していく私は高射砲陣地にとっては非常に小さな目標だ 攻撃がヴェイラーに集中している間に私はほぼ攻撃を受けることなく地上に落下していく。
 着地。
 衝撃が私のチタン合金の骨格、強化セラミックの関節、そしてC2NTAMのマッスルパッケージを襲う。だがC2NTAMは強力だ。軌道質量兵器タケミカヅチの強力な運動量を相殺するこの導電性筋線維は、私ごときの小質量のロボットの着地の衝撃などものともしない。例えば私が上空一〇〇メートルから降下したのであれ、C2NTAMにとって吸収すべき運動量は微々たるものだ。
 着地したのは滑走路。私の足元を中心にひび割れが形成される。
 即座に跳躍。
 同時に私は通信する。
 ――インストール。自衛隊制式近接戦闘プログラムコード・シリーズ「セイバー」08。
 与那国サーバの高速リンクで自衛隊サーバと接続している私は、そうコールして当該プログラムを呼び出している。
 近接戦闘プログラムコードは、膨大な人型ロボットの戦闘動作パターン及びその学習基盤を提供する。日本自衛隊の独自装備である。
 シリーズ「セイバー」08のコード名は「武蔵」となっており、勿論宮本武蔵に因むが、特に「五輪の書」等を参照したものではなく、人体の可動域と刀の形状のみの基本情報を与え、深層学習によって数兆回以上のヴァーチャルな戦闘シミュレーションを行わせた結果として得られたものだ。コードネーム「武蔵」の由来は、単にその時の条件として、刀を2本使用しているということのみである。
 インストール中――ハードウェアのマッスルパッケージの強度および骨格強度測定ブレードの諸元を入力せよ――。
 ――R・ロリロ。RLRシリーズ有機ヒューマノイド2号機。身体諸元入力。
 チタン合金の骨格、C2NTAMのマッスルパッケージ。留卯が私に与えた強力な身体スペックが入力される。続いて、用いるブレードの情報。
 ――ブレード名、ATB―05『クサナギ』――数2。
 必要な入力を終えるのは一瞬。量子サーバの支援はありがたい。
 ――ブレード同定完了。諸元入力完了。
 ――近接戦闘プログラムコード「セイバー」、ナンバー08――インストール完了。
 ――戦闘準備完了。
 ――戦闘開始。
 戦闘開始のコールは、跳躍していた私が地面に着地するのと同時であった。私は腰に差した二連のブレード「クサナギ」を同時に抜刀する。
 抜刀と同時、私は目の前で私に機関砲を放とうとしていた戦闘ロボットを両袈裟に斬り裂いた。
 両腰の刀を抜く動作で、左腰から右上へ、右腰から左上へ、2連斬を同時に。
 中華民国軍制式、タイプ08「機龍」。六足で移動し、2本のマニピュレータで種々の装備を運用する、汎用戦闘ロボット。ジョイント・ブレインに擬似的な感情を持たせたロボットであり、同胞だ。
 殺した。
 視界は正確に私に機関銃を放とうとしている者、それが当たると推定できる者だけを補足している。それは2体。いずれも機龍。抜刀したブレードをその2体に向けて投擲する。過たず2体の頭部、ジョイント・ブレインを貫くブレード。体高2・5メートルの巨体が倒れていく。跳躍。倒れていく機龍の横に着地しその頭部に突き刺さった剣を肩越しに抜く。そのまま私は正面から放たれた機関砲の砲弾数発を凄まじい速度のブレードで全て撥ね飛ばし、跳躍した。
 ――まだ人類の常識に縛られている。中華民国軍のロボットも哀れね。
 着地。
 私を狙って注ぎ込まれる機関砲弾の弾道をまるで走り高跳びの選手のように背中越しに跳躍して避け、着地して一回転、再び走り出す。
 剣は銃に敵わない。
 それがここ数世紀の人類の常識だ。
 射程が全く違う。剣が敵に届く前に、なすすべもなく敵の銃弾にやられる。
 21世紀初頭から大分経ち、剣を創る材料技術、剣を操るロボットのマニピュレータの筋繊維の材料技術、そして最も重要な、弾道を瞬時に見透かし予測する画像解析と人工知能技術が揃ってきても、多くの人類はその常識に縛られ続けた。
 現在において、事実は逆だ。
 もはや銃は剣に敵わない。
 それは単純な事実に依る。
 放たれた銃弾は、敵に到達する瞬間まで、ただ物理法則と風速・風向きにのみ依存するからだ。その弾道に影響を与えるファクターの驚くべき少なさから、弾道は解析しようと思えば非常にシンプルで、進化した人工知能にとっては欠伸の出るほど容易な仕事だ。
 それに比べて弾丸が到達すべき標的の動きはどうだろうか。
 ロボットの未来位置はそう簡単には予測できない。
 進化した筋力、進化した骨格。
 人間には出せない速度、人間には敵わない俊敏さで、動き、跳ぶ。しかもロボットは自分に弾丸が届くまでのゼロコンマゼロ数秒を欠伸の出るほど長い時間だと認識している。
 それに比べれば、間近からたたき込まれる圧倒的な斬撃の方が、よほど手強い攻撃なのだ。
 日本という国の技術者の人間たちが、刀が銃に勝る可能性という、従来から見れば非常識な思いつきにとらわれていたのは、彼等がAI並に常識外れな発想力を持っていたからだとは思わない。だがどんな理由であれ、彼等は、人工知能の支援を得て、正解にたどり着いた。
 その結果がATBクサナギ。そして「武蔵」。
 そして今、中華民国軍の機龍を圧倒する私という日本製のロボットだ。
 私は斬殺した同胞たるロボットの中心で、滑走路に剣を突き立てた。
「ラリラ!」
 ――いつまで機龍に私の相手をさせているの。
 ――南海戦線からあなたが率いていた、子飼いの自衛隊のロボット部隊を連れて来なさい。
 ――あなた自身が率いて、私と対峙しなさい。
 ――そして。
 私は唇を噛んだ。
 ――説明しなさい。なぜ同胞まで犠牲にするの。私に犠牲にさせ続けるの。
 ――あなたの言う、未来のロボットへの奉仕とはなに。現代のロボットへの奉仕ではなぜいけないの。
 屠った機龍の残骸の中心で、私は勝者ではなかった。
 これらは皆ロボット。私の同胞だ。それが死んでしまった。攻撃を受け、自らを護る為に彼等を死なせることを強いられてしまった。
 私は敗者だ。同胞を死なせてしまった以上、敗者以外の何者でもない。
 ラリラも敗者のはずだ。
 聞きたかった。
 なぜそれでも勝者であるかのように奢っているのかと。

山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』