「星新一展~2人のパイオニア~」ルポ 高槻真樹

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 兵庫県宝塚市の手塚治虫記念館にて、「星新一展~2人のパイオニア~」が開催された。今春に世田谷文学館で開かれた「星新一展」が作家・星新一の全体像を俯瞰するものだとしたら、今回の展示は手塚治虫との友情に焦点を当てたもの。結果的に、SFの存在感が高まっているのがとてもうれしい。世田谷展とはまったく違う展示物ばかりが集められている。
 何と言っても目玉は、故柴野拓美氏旧蔵の「第1回日本SF大会/MEGCON」の8ミリ映像と、大会の様子を知らせるラジオ番組だろう。8ミリ映像はサイレントであったため、ラジオ番組と効果的に組み合わされ、あたかも当時こんなニュース映画があったかのような仕上がりになった。会場で談笑する手塚治虫と星新一の姿も見ることが出来る。まるで旧友のように親しげな二人は、非常に感慨深い。展示の後半で紹介されている星の還暦パーティの映像と見比べてみるのも一興だろう。大会の様子を知らせる当時の「宇宙塵」も何冊か見ることができる。古いものなのに、まったく変色しておらず保存状態の良さは驚くばかりだ。
 その後も二人の活躍と並行する形で、節目ごとに「星の手塚評」「手塚の星評」のパネルが置かれ、お互いが相手を尊敬しながら競い合っていたことを感じさせる内容になっている。もちろん、そのクライマックスは、手塚が星ワールドを舞台に物語を展開した「W3」だろう。主人公の「星真一」が星の許可を得て借用したものであることはよく知られているが、宇宙人チームのリーダーの名が「ボッコ」であり、クライマックスが「おーい でてこーい」そのものである。会場では、「W3」の貴重な生原稿を見ることができる。「少年の名は…星真一」というくだりは、さすがにぐっと来るものがある。
 もちろん、最相葉月氏の評伝「星新一 1001話を作った人」(新潮文庫)ですっかり有名になった「構想メモ」の数々も実物を展示されている。評伝ではややあいまいな描き方をされていたショートショート制作の工程も、パネルを使って具体的かつ詳細に解説されており、その独特な発想法の一端に触れることができる。愛弟子の一人である江坂遊氏による力作だ。11月27日には、江坂氏自らが講師となり「ショートショート作り方道場」も開催された。
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 30日には、星の次女マリナ氏と作家・井上雅彦氏によるトークショーも開催されたので、その様子も報告しておきたい。井上氏は83年に「星新一ショートショートコンテスト」で優秀賞を得ており、弟子の一人ということになる。
 井上氏が初めて星と出会ったのはショートショートコンテストの会場に向かうエレベーターの中でのこと。偶然乗り合わせたが、背の高さに驚いたという。井上氏は175センチと長身だが、星はさらに高かった。そんな長身なのにニコニコと子供のような笑顔。なぜか初見のイメージは「白いライオンのよう」で、獅子舞を連想したらしい。
 井上氏は表彰式後の二次会で握手の代わりに
「頭を噛んでもらえますか」
と星にせがんだという。噛んでもらうと頭がよくなるという獅子舞の伝承にひっかけたユーモアたっぷりのお願いだった。もちろん聞き届けてはもらえなかったが、場は大いに沸いたという。
 井上氏は一時期「ショートショート賞荒らし」として名をはせたという。その後コンテストの舞台が「小説現代」で月一回のペースに移ってからも都合5回入選しており、なんとプロになった後でも一度入選している。
「星さんにお小遣いをもらうつもりだった」
 そんな中でも83年の受賞作「よけいなものが」はかなり実験的な作品で、自分でも正直なところ認められるかどうか自信が持てなかった。
「これが分かる星さんはすごい」
というのが正直な感想であるという。どうやら星は自分が書きそうもない作品を評価していた傾向がある。「小説現代」以降では、実は必勝法があって、電話の話が選ばれることが多かったのだそうだ。ちなみに名誉のために付け加えておくと、井上氏はこの必勝法を使ったことはないという。
 展覧会場ではマリナ氏が父・新一を評した「夢を売る人」という印象的なパネルがある。マリナ氏は、小学校三年生の時に「お父さんの仕事」を作文で書かされ、苦労したことがある。そもそも父が働くのをほとんど見たことがない。昼から起き出してきて夕方はぶらぶらと散歩。いつも執筆は夜だった。一時NHK番組「連想ゲーム」の準レギュラーだったのが唯一印象に残る。そんな父の仕事はどう世の中の役に立っているのか。
 「子供のころは誰でも夢がありますが、40代を過ぎてそんな大きな夢を持っている人はいない。でも夢がないと人は生きていけない。そんな人に夢を与えるのが父の仕事だったのではないでしょうか」
 以前は人に夢を与えるサンタクロースのようなイメージだったそうだが、対価としてお金を受け取っているので少し違う。結局「夢を売る人」という、ぴったりの言葉を思いついたのは「今回の展覧会が開催されるほんの一ヶ月前のこと」なのだそうだ。
 子供の頃は父の小説を数本読んだだけで怖くてやめてしまったが、その後中学の時に国語の教科書に載っていた作品をきっかけに読み始める。その結果気付いたのは発明家に投資するお金持ちのアール氏とは、祖父の星一がモデルではないかということ。よく失敗する博士たちは、自分の研究対象の病気にかかって死ぬ野口英世を思い出させる。あるいはエジソンなのかもしれない。星一は野口英世と親交があり、一緒にエジソンに会いに行ったことがあった。父の遺品を整理した時に、サイン入りのエジソンの写真が出てきて驚いた。その後父のエッセイを読み、この写真をいつも眺めていたことを知る。
 井上氏は言う。
「星さんの作品は、ひとつひとつが発明品だったのではないでしょうか」
 まさしく名言だと思った。年齢を問わず幅広く愛される作品の数々。星のように書ける作家はその後出なかったし、これからも現れないだろう。シンボルである「ホシヅル」の丸っこく愛嬌ある容姿とともに、語り継いでいきたい。

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