「歓迎の作法」大梅 健太郎


(PDFバージョン:kanngeinosahou_ooumekenntarou
 ある山奥の電波天文台で、今まで観測されたことのない電波が受信された。
「ついに宇宙人からの電波を受信したかもしれません」
 観測技師は、興奮気味に天文台長へと報告した。技師が手にしたデータには、射手座の方向に周期的に電波を発する物体が存在することが、はっきりと示されている。
 台長はそのデータに誤りがないことを確認し、ため息をついた。
「まずは、関係機関に報告だ。君は、このデータが自然現象とは関係のない人工的なものであることを証明するために、観測を続けるように」
 台長の顔が浮かないことに気がついた技師は、恐る恐る尋ねた。
「台長は、嬉しくないのですか」
「そりゃ嬉しいさ。だが、このデータは地球外の知的生命の存在を示しているだけではない」
「ええ。電波の発信源は高速で移動しているので、宇宙船の可能性があります」
「宇宙船を持つような知的生命だぞ。そんな高度な科学力をもった生物が、地球に来たらどうなる」
 台長は、頭をがりがりと掻いた。
「考えすぎですよ。僕は素直に楽しみですけどね」
 純真な目をして笑う技師に、台長はうなずいた。
「そうだな。私も君を見習うとしよう」
 天文台長からの連絡が世界各地の電波天文台や研究機関に届くと、あらゆる観測機器が射手座の方角に向けられた。そして、同様の観測結果が得られた。
「これは、本物だな。君の天文台は、地球外生命体を初めて観測した栄誉を手にしたな。おめでとう」
 国際宇宙生物学会の代表が、台長にねぎらいの言葉をかけた。
「これからどうなりますか」
「物体は、一定の周期で電波を発しながら高速で移動している。進行方向を予測して、こちらから電波で呼びかけてみようと思う」
「呼び寄せる、ということですか」
 不安そうに言う台長に、代表はさも当然といった口調で答えた。
「そりゃそうだろう。ぜひ、こちらに来てほしいものだ」
 呼びかけの電波が発せられて数週間後、物体の進路が地球に向いたことが確認された。また、電波が近づくにつれて変化していることから、どうやら交信を試みていることも判明した。
 それに応えるべく、世界中の研究者だけでなく軍の暗号解読班やスーパーコンピューターが動員された。そのかいあって、伝えようとしている概要をつかむことができた。
「さまざまな文章を、たくさん送れと言っているようですね」
 観測を続けている技師は、台長に言った。
「データベースにでもするんだろうな」
「データベース?」
「翻訳装置に必要な、辞書をつくるために必要なんじゃないか」
「こちらも簡単な辞書をつくろうとしているそうですが」
「まぁ、足元にも及ばんさ」
 台長の予想通り、半月もたたないうちに、宇宙人からの電波は地球の言葉で送られてくるようになった。そして、あと一週間ほどで地球に到着する見込みであることが告げられた。
 世界中の人々の関心は、当然のことながらその目的に注がれる。
「侵略が目的だろう。宇宙戦争の始まりだ」
「いや、惑星間の貿易じゃないか。宇宙大航海時代の幕開けだ」
「わざわざそんなことはしないさ。ただの観光旅行もありうる。宇宙パックツアーの夜明けは近いぞ」
 宇宙船からは、着陸できそうな場所を指定するように要請がなされた。また、地球に対して敵意がないことも伝えられた。
 各国の政府は、今までにない事態への対応に追われた。
「敵意がないということを、信じていいのか」
「こちらから先制攻撃すべきではないか」
「だが、恒星間飛行を行うような科学力をもつ以上、武器も相当なものを積んでいるんじゃないか」
 結論の出ない議論は堂々巡りし、最終的には科学者達に任せることに落ち着いた。
 地球側の代表団が見守る中、真っ白な機体をした宇宙船が空から舞い降りてきた。ゆで卵のような形状で、かなり大きい。テニスコート二面分はゆうにあった。
「噴射口もないし翼もないですね。それなのに、なぜあんなに安定して飛行してるんでしょうか」
 代表団の一員となった技師は、宇宙船を見上げながら台長に言った。
「反重力装置の類かもな。すごい技術だ」台長は、天を仰ぐ。「目的が侵略だったら、すべておしまいだ」
「まだそんなこと言ってるんですか」技師は台長の背中をばしんと叩いた。「そのつもりだったら、とっくに攻撃されてますよ」
 高さ五メートルくらいで静止した宇宙船の側面に、乗組員らしき映像が映し出された。外見は地球人によく似ていたが、宇宙服から出ている顔や手は、真っ白な毛で覆われている。
「真っ白い毛の、サルみたいだ」
「地球外でも、知的生命体は似た形状なんだな」
「白いのは、年寄りの白髪みたいなもんなのか」
 代表団のメンバーから、いろいろな感想が漏れ聞こえる。もっと想像を絶する形状も想定していただけに、一様に安堵の空気がただよった。
「地球のみなさん、はじめまして。私たちは××星から参りました。大気中の成分の調査が完了するまでしばらくお待ちください」
 流暢な地球の言葉だ。しかし、星の名前だけが聞き取れない。
「失礼ながら」代表団長が申し出た。「星の名前が聞き取れませんでした。もう一度お願いできますでしょうか」
「これは申し訳ない。××です。××星」繰り返し言ってから、彼はコホンと咳払いした。「ひょっとすると、そちらでは聞き取れない発音の言葉なのかもしれませんね」
「それでは、こちらで名前をつけてよろしいでしょうか」
「どうぞ、呼びやすい名前にしてください」
 代表団の中で話し合われる。射手座の方角から来たので、技師と台長はイテ星人と呼んでいた。彼らは第一発見者であるので、それがそのまま採用された。
「今後、イテ星と呼ばせていただいてよろしいでしょうか」
「それはどういった意味でしょうか」
「我々があなた達を初めて認識した方角にある、星の並びの名称です」
 イテ星人はその命名方式に満足したようだった。
「大気中の成分の調査が完了しました。我が星よりも酸素濃度が少なくて窒素が多すぎますが、生命維持には問題なさそうです」
 画面の表示が消えると同時に、宇宙船の側面が開いた。するすると地面に延びてきたタラップに乗り、イテ星人が十名降りてくる。ダボっとしたダウンジャケットのような服に身を包み、顔の下半分は何か機械で覆われていた。
「あれは、生命維持装置ですかね」
 技師が指さすと、台長は顎を触りながら答えた。
「もしものときは、あれを狙えばいいのかもしれんな」
「物騒なこと言わないでくださいよ。国際問題になりますよ」
 台長の不安をよそに、代表団とイテ星人達の挨拶は無事に交わされ、地球にやってきた理由が告げられた。
「私どもは、知的生命体がこの宇宙にどれだけ存在するかについて調査する、イテ星の国際公務員です」
「それでは、貿易や開発が目的ではないのですか」
「ただ、調査することが目的です」
「地球以外にも、知的生命体が存在する星はありますか」
「それなりにありますよ。調査結果は機密事項なので、お教えできませんが」
 イテ星の代表は、目を細めた。
「それで、あの」
「ああ、大丈夫ですよ。侵略の意図はありませんし、ましてや植民地になんて、馬鹿げたことをするつもりもありません」
「そうですか」
 団長は、胸をなでおろした。
「それで、宇宙船を着陸させたこの土地を、しばらく借用させていただきたいのですが」イテ星人は、何やら電子ペーパーのようなものを取り出した。「ここの地代は幾らくらいになりますでしょうか」
「いや、そんな。ご自由にお使いください」
「そういうわけにはまいりません。我々は公務員ですので、利益供与は困ります」
 しばらく押し問答が続いたすえ、団長の方が折れた。
「そこまで言うのなら、わかりました。一般的な金額を、日割りで請求させていただきます」
「ご理解いただき、ありがとうございます。それでは、借用代の先払いとしてこれをお渡しいたします」
 イテ星人は、小さな銀色の小箱を団長に渡した。
「失礼ながら地球のみなさんは、お互いの言語をまだ統一できておられませんよね」
 代表団のメンバーは、みな恥ずかしそうに下を向いた。
「これは万能翻訳器です。発言者の音声と脳波を同時受信し、電波に変換して、その場にいる人々の脳に直接伝えます」
「これは素晴らしい」
「喜んでいただけて幸いです」
 その日の夜は、代表団主催で歓迎パーティーが開催された。イテ星人は何やら大きな白い箱を用意し、パーティーの食事を順に入れていっては、よりわけをした。
「これは、我々が食べても大丈夫なものかどうかをチェックする機械です。気を悪くなさらないでください」
「それは当然のことですな。存分にやってください」
 イテ星人は酒も飲むが、節度を守るタイプだった。酔っぱらった代表団にも、紳士的に対応する。
 パーティーが終わると、イテ星人の代表が団長にまた電子ペーパーを取り出して見せた。
「ここのお会計は、折半でお願いします」
「いえいえ、これは歓迎会ですのでお気になさらず」
「そんなわけにはまいりません。我々の給料や食費は、イテ星の善良な民の税金でまかなわれています。我々は公務員ですので、利益供与は困ります」
 再び押し問答が繰り返されたが、最終的には団長がまた折れざるを得なかった。
「それではしかたありません。請求させていただきます」
「ご理解いただけて幸いです。代金はこちらの中から選んでください」
 立体映像で示されたのは、見たこともない透明感をもった素材でつくられた美術品や、万能翻訳器の設計図、銀色に輝く花をつけた植物など、科学者達にとって喉から手が出そうになるくらいのものばかりだった。
「ちなみに、イテ星と地球の物価のレートは、だいたいの推定値になります。アバウトで申し訳ございませんが、ご容赦ください」
 ご容赦も何も、代表団に文句があろうはずはなかった。この夜の話はすぐに全世界をかけめぐった。そして、いろいろな国家や団体がイテ星人を招いてパーティーを開催しては、イテ星の貴重な品々を手に入れた。その合間を縫うようにし、イテ星人は地球の高い山の上から深い海の底まで、さまざまなところを巡った。
 イテ星人が地球をくまなく調査し終えたのは、着陸から半年後のことだった。
「いよいよイテ星人が帰還しますね」
 イテ星人からもらった超高性能電波望遠鏡のセッティングをしながら、技師は台長に言った。
「このまま何事も無く、去ってくれればよいが」
「侵略どころか、いろいろな恩恵を与えてくれたじゃないですか」
「確かにな。地球文明の発展速度は、イテ星人によって早められたのかもしれん」
 台長は、イテ星人からもらった宇宙地図のホログラムデータを開いた。そこには、地球とイテ星の位置が示されている。距離にして二百光年はあるらしい。
「明晩のイテ星人主催のお別れセレモニー、台長も行きますよね」
「そりゃ、最初にコンタクトした行きがかり上、最後も見届ける必要があるだろう」
「楽しみですね」
「不安しかない」
 イテ星人主催のセレモニーは、宇宙船の中で開催された。世界各国の代表者に加え、各地で親交をもった学者や地元民も呼ばれた壮大なものとなった。そこで出される料理は想像を絶する美味さで、奏でられる音楽もこの世のものとは思えないものだった。
「みんなよく、こんな得体の知れないものを食えるな」
 台長は、ピンク色をしたリゾットのようなものを箸でこねながら言った。
「確かに、これに毒を盛ったら地球の支配層は一網打尽ですね」
 イカとタコをかけ合わせたような生物の丸焼きをかじりながら、技師は笑った。
 台長の心配をよそに、セレモニーはつつがなく進行した。そして最後にイテ星人の代表が挨拶し、宇宙船に拍手が鳴り響く。
「それでは、セレモニーの会費を」
 イテ星人が、地球側の代表に言った。
「会費とは」
 地球代表の眉がぴくりと動く。
「このセレモニーの参会費です」
 イテ星人の代表が、電子ペーパーを取り出して見せた。
「ここのお会計は、折半でお願いします」
「そんな馬鹿な。これは招待していただいたセレモニーなのだから、普通は無料と考えるでしょう」
「そんなわけにはまいりません。会場である宇宙船や提供した食事は、イテ星の善良な民の税金でまかなわれたものです。それを無償提供するわけにはいきません」
 地球側代表の顔は青ざめ、脂汗がにじんでいる。そばにいた、世界有数の大国の大統領が代わりに答えた。
「今までいただいたものをお返しします。それに、払えるだけのものをお渡しするというのではどうでしょう」
「全然足りませんね。そもそも物価が違いすぎますよ」
 イテ星人の代表はくるりと背を向け、宇宙船の天井に映る地球の映像を見上げた。
「地球ひとつ、でトントンですかね。少し足りない分は、月を半分もらえればなんとか」
 宇宙船の中は、水を打ったように静まりかえった。先ほどまで談笑していた他のイテ星人も、無言だった。
 電子ペーパーの内容を技師がチラリと見て、台長に伝えた。
「いや、まさに天文学的数字が示されてますよ」
「冗談じゃない」
 台長は技師を引っ張ってイテ星人の代表の前に出て、直角に頭をさげた。
「先輩、ごちそうさまです」
 ぐいっと、技師の頭も押し下げる。
「先輩?」
 イテ星人が不思議そうに尋ねる。
「はい。イテ星は誕生してから百億年の歴史をもつそうではないですか」
「正確には百二億年ですが」
 コホン、とイテ星人は咳払いをした。
「失礼しました。そんな大先輩であるイテ星の皆様から食事をごちそうになり、我々後輩である地球人は胸がいっぱいです」
「先輩と後輩。それがなにか」
「地球には後輩が先輩から食事をごちそうしていただくというしきたりがあります。それを守らないわけにはいきません」
「それは地球の文化でしょう」
「我々は自分たちが主催のパーティーで、貴方たちイテ星の公務員文化を尊重し、支払いを折半といたしました」
「文化」
「そうです。それでは、貴方たちが主催のパーティーでは我々の先輩後輩文化を尊重すべきではないですか」
「尊重」
「そうです」
 台長のいわんとするところを察し、地球側の参加者全員が腰を折った。
「先輩、ごちそうさまです」
 イテ星人の代表は顔をしかめた。
「わかりました。我々イテ星人が先輩で、皆さん地球人が後輩。それでよいですね」
「はい」
 地球代表が力強く答えたのを見て、イテ星人は肩をすくめた。
「それでは、今後は後輩らしく振る舞うようにお願いしますよ」
 なんとかセレモニーは無事に終えることができた。地球側の参加者全員が見送る中、宇宙船はゆっくりと飛び立つ。
「いや、危ないところだった」
「最初からこういった手口で、地球を奪い取るつもりだったんじゃないか」
「とりあえず、これで安心だろ」
 皆、極度の緊張から解放されたせいか、口々に安堵の言葉を発した。
「台長の機転がなければ、おしまいでしたね」
 技師が言うと、台長はため息をついた。
「安心はできんぞ。地球人は公式に、イテ星人の後輩になったんだ。先輩の命令に従って、他の星の侵略の先棒を担ぐはめになるかもしらん」
「そのときはそのときですよ。下克上って言葉も、うちにはありますしね」
「天文台長の座は譲らんぞ」
「そういう話でしたっけ?」
 技師は小さな点にしか見えなくなった宇宙船に、自前の双眼鏡を向けた。

(了)

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