「電子書籍・雑感」片理誠

(PDFバージョン:dennsishosekizakkann_hennrimakoto
 小学館eBooksに『九十九神曼陀羅』、『夢幻∞シリーズ』という電子書籍の企画があり、私もそこに参加させていただいております。
 そこで、これまでに電子書籍を体験してみて個人的に感じたこと思ったことなどを、関わっている者の端くれとして(汗)、ここに綴ってみようかと思います。
 一口に電子書籍による出版と言ってもその形態は色々で、例えば「AmazonのKDP(Kindle ダイレクト・パブリッシング)」のようなセルフ出版もあれば、出版社から紙の本と同時に出すようなケースもあります。
 私がこれまでに体験したのは「出版社から、電子書籍を出版する」というパターンです。
(補足しますと、小学館eBooksでは、例えば平谷美樹さんの『修法師百夜まじない帖』のように、評判等によっては後で紙の本として出版されることもあります)

 1990年代末あたりから出版不況という言葉が使われるようになり、思えば結構な年月が経ちましたが、未だになかなか景気の良い話というのは聞こえてこないですよね(汗)。
 ですが、記事(例えば、こちら)によると、そんな苦しい出版界の状況の中にあっても、電子書籍は前年と比べても、何と、プラス25%もの成長を遂げているのです! たとえその八割がコミックなのだとしても、これは特筆に値する現象かと。1997年をピークに年々規模を縮小させつつある出版業界の中において、縮小するどころか成長を遂げている元気な分野がある、ということです。

 ただし、出版市場全体から見ればその規模はまだまだ限定的なものであることも事実です。実際に関わってみて感じることは、「紙の牙城、強し」ということ(汗)。
 もちろん中には紙の本と電子の本の両方を試してみて、その結果「やっぱり紙の方が」となった方もいらっしゃるでしょうが、「現状、紙で何にも問題ない。紙の本に十分満足しているので、電子書籍など試すまでもない」という方も案外多いのではないでしょうか。
 電子書籍はまだあまり認知が進んでいないような印象があります。情報が上手く広まっていない、と感じます。
 例えば私が受けたことのある質問に次の二つがあります。

  ◆質問その1◆
   「電子書籍を読むためには、専用端末が必要なんでしょ?」

  ◆質問その2◆
   「電子書籍を購入するためには、クレジットカードが必要なんでしょ?」

 これ、どちらも違います。専用端末がなくても、電子書籍は読めます。クレジットカードがなくても、電子書籍は買えます。

 以下は「Amazon.co.jp」の例です。

 Amazonにも「Kindle」という電子書籍のための端末が各種あります。で、もちろん、この電子書籍端末でも電子書籍は読めます。
 ですが、電子書籍端末がなくても、電子書籍は読めます。
 なぜならAmazonには「Kindle読書アプリ」という、パソコンにも、タブレットPCにも、スマートフォンにもインストール可能なアプリがあり、これを使えば電子書籍を読むことができるからです。つまり、Windows 、Mac、iPhone、iPad、Androidといった端末があれば、電子書籍は読めるのです。しかもこの「Kindle読書アプリ」、無料です。0円なのです。(Amazon.co.jpの「Kindle無料アプリ」のページからダウンロードできます)
 今、この文章を目にされているということは、何らかの端末をお持ちということ。ならば後はAmazonのアカウントと、この「Kindle読書アプリ」さえあれば、電子書籍は読めるようになります。専用端末は色々と便利ですが、決して必須というわけではありません。

「こうもあちこちで個人情報の漏洩がニュースになると、大手企業のセキュリティと言えども不安になっちゃうでしょ。だからAmazonでは専ら代金引換で買ってるんだ。クレジットカードの情報は極力、登録したくないんだよ」という方、多いのではないでしょうか。
「でもさ、ダウンロードすることで入手する電子書籍は、代金引換でというわけにはいかないでしょ? 引き換えようにも、ブツがないわけなんだから」
 ごもっともです。確かに電子書籍は代金引換では購入できません。
 ですが、クレジットカードを登録しなくても、電子書籍を購入する方法はあります。
 セブンイレブンやローソンなどのコンビニのラックに今、色々なプリペイドカードがぶら下がっていますが、あの中に「Amazonギフト券」というのがあるのをご存じでしょうか?
 実はこのギフト券でAmazonの様々な商品が買えるのです。しかも、この方法なら代引手数料がかかりません。
 そしてもちろん、電子書籍もこの「Amazonギフト券」で購入が可能なのです! 「Amazonギフト券」自体は全国のコンビニ等で普通に現金で買えますので、これを利用すればクレジットカードの登録をしなくても、電子書籍を買えます! (ギフト券の使い方はパッケージの裏に書いてあります)
(ただし「Amazonギフト券」には有効期限がありますので、ご注意を)

「Kindle読書アプリ」と「Amazonギフト券」。この二つの組み合わせはなかなかに強力です。悪魔的な便利さ、と言っても良いのではないかと。
 Kindleストアにはそもそも無料本や無料コミックが一万冊以上も登録されていますし、有料のタイトルも、とにかく電子書籍は紙の本よりも格段に安かったりしますんで、本当によりどりみどりです。しかもAmazonにログインしたら、後は一回クリックするだけで、どれでも入手できてしまえるんです。あまりの簡単さに最初は随分とビックリしました。正直、恐いくらいだな、と(汗)。
 感覚としては、「Amazonの中に、もう一つ別の、書籍だけでできたインターネットがある」という感じ。
 しかもここの書籍は、破れたり汚れたりかすれたり黄ばんだりしないんです。本棚がぱっつんぱっつんになって置き場所に困ってしまうようなことにもなりません。見やすいように文字の大きさも自分の好みに合わせて自由に変更できます。便利な検索機能だって使えちゃうんですよ。なぜって? それはもちろん、ここにある本が全て純粋なデジタルデータだからですよ! 活版印刷以来の大・革・命! 電子書籍の世界はまさしく本のワンダーランド! 読書のユートピア! 楽園です、天国です! 思わず「え、これちょっと話がうますぎるんじゃない?」と思ったほどです。
 もちろん紙の本には紙の本の良さがあって、「やはり読書は紙に限る」という方も多いです。ですがその一方で「一回、電子書籍に触れてしまったら、もう紙には戻れないよ」という意見も多々あるんです。やっぱり電子書籍にも電子書籍ならではの良さや強みがあるのです。

 ですが、これほどの利点があっても、前述のとおり、電子書籍のシェアは出版界全体から見ればまだまだ限られた範囲にすぎません。
 電子書籍はパソコンやスマホのような、何らかの情報処理端末がないと読めませんので、入門の際にはどうしてもハードルが一段階、高くなってしまいます。
 まだ始まったばかりの新しい分野でもありますので、慣れの面でも紙の本に一日の長があります。紙で読む方が読みやすい、ページをめくる手触りがいい、書店で本棚の間をそぞろ歩きしているだけでもワクワクする、等々。こういった意見は依然として根強い。「慣れ親しんだものが一番♪」という圧倒的な安心感に対抗するのは、やはり並大抵のことではないのです。

 それと個人的な肌感覚としては、この電子書籍というジャンルは今、色々と混乱してしまっているように思えます。
 とにかく一気に花開いてしまったジャンルなので、情報が一遍にどっと押し寄せてしまって、収集がつかなくなってしまっている印象です。
 今まであった本が次々に電子化される一方で、新しい本も続々と紙だけでなく電子書籍としても発売されています。電子書籍専門の出版社もできましたし、それどころかセルフ出版で誰でもが自分で作った電子書籍を売り出せます。凄い世界です。あまりに一度に自由になってしまったので、市場の成熟が追いついていない感じですね。

 それとこのジャンルならではの固有の問題も、そこには絡んでいるように思えます。

 まず、残念ながら電子書籍は“「献本」ができない”です(汗)。何しろ物質としての「本」がありませんので。送りようがないんです。データをCD―ROMなどで郵送したり、電子メールで送ったりと、今はまだ色々と試行錯誤の段階にあるようです。
 献本ができないので書評家の方々の目に留まりにくく、それで出版シーンの中では思ったようには目立てていない、という部分はあると思います。

 更に、作る側の立場にいて感じることは、電子書籍は思っていた以上に紙の本とは色々違う、ということです。まだまだ全然、ポテンシャルを引き出せていない、と感じます。
 出版社にはこれまでに培われてきた経験や実績が、ノウハウとして蓄積されています。で、これを是非、電子の方にも活かしたいわけなのですが、ここに大きな壁が……。身も蓋もない言い方になってしまって恐縮なのですが、ぶっちゃけ、予算がないんです(汗)。なぜなら電子書籍には、「初版」というものがない、からです。
 大雑把に言ってしまうと、出版社は通常「この作家で、この作品なら、このくらいは売れるはず」という見込みで最初の刷り部数を決定します。この刷り部数こそが「初版」。この初版によって、その作品から見込むことのできる利益の額もだいたい決まります(もちろん後で増刷がかかれば、その分の利益も出ますが)。この“見込みの利益”が決まると、その作品に使える予算も決まる、という仕組みです。要するに「未来の利益を前借りして、予算を組む」というイメージ。
(補足しますと、現実にはもう少し複雑なようです。編集部ごとに年間の予算というものがありますので、実際にはこの額にも大きく左右されるとか。つまり作品が書き上がる前に、すでに予算の大枠は決まっているわけですね)
 出版社にはこれまでに蓄積してきた豊富なデータがありますので、この“見込み”も、時に多少の計算違いはあるにしても、そう大きく外れることはまれです。
 ですが、電子書籍はそもそも印刷をしませんので、刷り部数なんてないんです。電子書籍はクリックされた数が売れた数。初版は、ない。そのために見込みの利益を確定できず、予算を算出できない、というわけなんです。紙媒体でのやり方を、そのまま電子媒体に適用するのは無理なんですね。
 しかも、元気一杯とは言え、まだまだ発展途上のジャンルです。残念ながら、大きな柱と言えるまでには、今のところはまだなっておりません。
 予算の計算をしづらい上に、実績という面でもまだ弱い。出版社から見た時、電子書籍には未知数の部分が多い。そこにドーンと予算を張り込むような大博打は、今はまだリスクが高すぎるのかもしれません。
 現場の編集さんは様々なノウハウをお持ちなわけですが、そのようなわけで、予算という鎖に縛られてしまうと、彼らもなかなか真価を発揮できないのです。
 電子書籍は、例えば挿絵を動画にしたり、BGMを鳴らしたりというような、紙の本ではできないこともやれるはずなのですが、そこには「予算さえあれば」という縛りが存在します。
 で、この「見えない鎖」というのが他にも結構多い感じがしています。イラスト一つとっても、相当に苦労されている様子。やっぱり実際のところというのは、やってみないと分からないものなんですよ。逆に言うと、こういった苦労の一つ一つが、実践的なノウハウとして蓄積されてゆくのだろうと思います。今はまだ手探りの段階なわけですね。

 ですが、最初に書きましたように、状況は少しずつですが、着実に変わってきています。電子書籍の世界は成長を遂げている。どんどん大きくなってきているんです。
 今の混乱は黎明期ならではのもの。
 いずれは周知も進み、情報の整理もされるでしょう。電子媒体ならではの方法論も、いつかは確立するはずです。
 このまま行けば、もしかしたらそのうち、何もかもがひっくり返るような、大きなパラダイム・シフトのようなことが起きるかもしれません。この混沌の中から何が生まれるのか、実はちょっと楽しみなのです。

片理誠プロフィール


片理誠既刊
『ミスティックフロー・オンライン
第1話 冒険探偵(3)』