(PDFバージョン:waragamekennkyuutaikai_kuraharadai)
《ウォーゲーム研究大会・参加談―イギリスで戦略をプレイするということ》
蔵原大(東京電機大学非常勤講師)
■1.始めに
2015年09月08日~10日、ロンドン大学キングス・カレッジにおいて非常にSF的なイベントが催されたこと、ご存知でしょうか。ゲーム的手法をもとに武力紛争のメカニズムを解明する学問領域「紛争検証学」(Wargaming)の研究大会です。正式名称は“Connections UK 2015”( http://professionalwargaming.co.uk/2015.html )。
本大会の主催者はフィリップ・セイビン教授(Philip Sabin)。参加したのはゲーム研究書『無血戦争(The Art of Wargaming)』( www.amazon.co.jp/dp/toc/4894250136 )の著者ピータ・P・パーラ(Peter P. Perla)をはじめとするアメリカ、イギリス、フランス、そして中立国スウェーデンから来た約100人の軍人、官僚、大学教員たち。なお大会中で偶然にも、いま話題の「集団的自衛権」にちなんだウォーゲームが行なわれたことは、注目に値するのではないでしょうか。
本記事の筆者である蔵原大(Dai Kurahara)はセイビン教授に招待され、日本人で唯一参加しました。この貴重な大会“Connections UK 2015”の概要を、セイビン教授の許可を得てここにご紹介します。
願わくは「紛争検証学」の専門的所見が、政治や戦争に真面目なご関心を持たれるSFファンのお役に立ちますように。
《Fig 01. 大会開始前の最終準備中》
《Fig 02. 大会におけるウォーゲームの定義(ピータ・P・パーラを参考にして)》
〔ウォーゲームとは本質は対決的であり、実動部隊を伴わずにかつルール・データ・諸手続きを用いることで、武力紛争の諸活動を表現したものである。この表現の中で諸現象の時系列が形成され、この時系列およびゲーム中の諸決断はそうした諸現象の流れのなかでゲームのプレイヤーによって規定される。(2008年のピータ・パーラの定義に基づく)〕
《Fig 03. ピータ・P・パーラ(右、Peter P. Perla)との記念撮影(左筆者)》
■2.学術ウォーゲーム(では「集団的自衛権」をプレイしてみよう)
今回の“Connections UK 2015”は、2013年から毎年行なわれているウォーゲーミング研究大会の一環でして、プログラムは公式サイトからダウンロード可能です( http://professionalwargaming.co.uk/ConnectionsUK2015Programme.pdf )。
しかしプログラム中の諸講演は国防に関わる「紛争検証学」の専門的内容ですので、ここでは言及を省かせていただきます。代わりに普通の読者に少し馴染みありそうな催しを一つ取り上げましょう。それはちょっとしたゲームの話です。
《Fig 04. 学術検証用ウォーゲーム『ニュー・ドーバー・パトロール』の準備中》
9月8日午後、大会運営側から約100名の参加者一同に指示が下りました。
指示の内容は以下のとおり。
● 大会参加者は全員は、いまから我々運営側の用意したウォーゲーム『ニュー・ドーバー・パトロール』に参加してもらう。諸君らは上記【状況】にある架空の陣営「シルバニア連合」「宗教的過激派武装勢力」「フレドニア軍」のいずれかを選択し、その指揮下に入るのだ。そして各人はみずから選んだ立場にもとづいて部隊を率い、各司令官(大会側が事前準備済)の指揮下で作戦目標(マップ中央の民間インフラ確保)をめざしてプレイする。諸君らは国防関係者、戦略研究者たちであり、この程度のウォーゲームはプレイできて当然のプロフェッショナルである。
● このゲームではプレイ時間として1時間の枠が設けられている。1時間を過ぎた時点でゲームは終了し、状況はデブリーフィング(After Action Report)に移行する。デブリでは各勢力すなわち「シルバニア」「武装勢力」「フレドニア」の司令官一同からゲームプレイ時の初期戦略および自己評価を語ってもらう。それを講評し、もって将来の政策立案に寄与する教訓を獲得するのだ。
● このウォーゲームの目的は、連合作戦におけるコミュニケーションの重要性を検証することにある。諸君らは独力で指揮官と連携し、受け持ちの部隊の行動方針を決定して、各自の作戦目標を達成しなければならない。
● では諸君、陣営を選びたまえ。状況開始!
(なお今回の『ニュー・ドーバー・パトロール』はおそらく2015年現在進行中の対ISIL作戦(counter-insurgency operation)を想定したのでしょうが、そうした政治的題材を堂々取り上げるのがプロ向けウォーゲームの特徴です。)
《Fig 05. ゲーム開始!》
騒然とする会議場。各陣営は戦略をめぐっって喧々諤々白熱バトル。
ところで筆者の役割は「フレドニア軍」第三旅団(Third Battle Group)の参謀。
戦車を備えた重装備、いかにも精鋭部隊です!
(ちなみに我が旅団長は仕切りがうまい。改めてうかがったら、なんとイギリス陸軍の医療大佐(現役)。本物の高級軍人だから指揮がうまかったはず!)
《Fig 06. 部隊の初期配置》
(状況開始時のセットアップ。マップ上に配置されている緑の部隊が「武装勢力」。マップ右側に並んでいるのが進攻のため待機する「シルバニア」「フレドニア」の連合軍)
《Fig 07. フレドニア軍の強襲上陸》
ゲーム開始時にはマップ「ニュー・ドーバー地区」の大半が過激派武装勢力に占拠されています。現地政府であるシルバニアの部隊はマップの北側にへばりつき中。
なおゲームにおける作戦目標は「ニュー・ドーバー地区」にあるインフラ設備(港、空港、病院、発電所など)および敵部隊です。いいかえれば土地の確保あるいは敵戦力の撃滅によって勝敗が決着します。
そこで我がフレドニア軍の作戦はこうです。
我が軍は陸・海・空ともに近代化された強力な部隊ですので、まず空海部隊の援護をうけて陸軍がマップ南に強襲上陸、それからマップ中央のインフラ施設目指して進攻、もし武装勢力が抵抗すれば突破する。正々堂々の強襲作戦となります。
ちなみにマップ中央には病院、発電所、それに我が友邦シルバニアの大統領官邸があります。ただし大統領官邸は敵のゲリラ部隊に迫られて大ピンチ! 待ってろ、シルバニア人。すぐ助けにいくからな!
ところが戦況はそう上手くいきません。
なるほど我がフレドニア軍は海岸に上陸、敵を排除しながら内陸に進撃できた(ちなみに先鋒は我が第3旅団ナリ。ヤッター!)のですが、意外と敵がしぶとい。武装勢力はマップ各地に分散しつつ病院や発電所など意図的に破壊してゆき、その瓦礫に潜伏して遅滞戦術(土地と引き換えに時間をかせぐ戦法)に出たのです。
ここから事態はやっかい。
武装勢力の排除には空・地一体による連合攻撃が欠かせないのですが、その敵がインフラ施設に居座っています。したがって我が軍が攻撃をしかけると、必然的に病院や発電所などの施設が破壊されてしまうのです。包囲や迂回によって武装勢力を出し抜こうとすると、敵はキッチリ防衛線を張って別のインフラ施設に後退していきます。
そうなると空爆と戦車部隊の正面攻撃で何とか突破しよう……と努力するのですが、なにしろインフラ施設が敵の陣地と化しているので、すると勝敗のカギを握る病院、空港、発電所などを叩き潰さねばなりません。我がフレドニア軍は、自分で自分の作戦目標(インフラ)を破壊するか、さもなくば敵を放置するか、という厄介なジレンマに陥りつつあったのでした。
現実の近代戦、たとえばイラク戦争におけるアメリカ軍も、我がフレドニア軍の場合と同じようなジレンマを体験しました。ところで民間施設への攻撃で発生する非戦闘員の死傷は、専門的には「付随損害」(collateral damage)と呼ばれます。なんと我がフレドニア軍の精鋭は「付随損害」を省みず、つまり救援対象であるはずの現地人を殺害し、病院や発電所など貴重なインフラを粉砕し、まさに血まみれの勝利を目指さねばなりません。
勝利を目指して敗北に陥る。なんたる矛盾であることよ、これが現代戦か。
《Fig 08. シルバニアのグリーン大統領、演説中!》
そうこうのうちに、我が友邦のシルバニアのグリーン大統領は二度も暗殺部隊に襲われ(ましたが脱出して名演説「私は生きている。シルバニアの民主主義も生きている!」で場を湧かせ)、しかし大統領官邸はテロによって破壊されたりと大ハプニング。
そしてがむしゃらに強襲をくり返すフレドニア軍はなんと陸・空の連携の悪さから先鋒部隊が誤爆を受けたりと大混乱(ちなみに爆撃の被害者は我が第3旅団。空軍どこ狙ってるんだ、コラ!)。
白熱した1時間のプレイが幕を閉じたとき、マップ「ニュー・ドーバー地区」の全域は瓦礫だらけ、フレドニアの精鋭部隊は傷だらけ。勝利条件的には我が軍優勢と判定されました(インフラを多く制圧した)が、敵武装勢力はほぼ無傷でマップ各地に潜伏しています。仮にゲームがこのまま続行された場合、我が陣営の損害は甚大なものになったのではと考えられます。いささか釈然としない「ピュロスの勝利」でした。
■3.デブリーフィング(After Action Report):消耗戦略と後方支援活動のドロ沼
今回の学術ウォーゲーム『ニュー・ドーバー・パトロール』の面白さは、職業軍人・大学教員による講評と状況分析の時間枠(After Action Report)が設けられている点。
事前周知のとおり、シルバニア大統領、過激派武装勢力、そして我がフレドニア軍司令官の三名が壇上に出て、今回の戦いをそれぞれ分析。
このうちシルバニアは(兵力の脆弱さから)フレドニアの増援を待って反撃する計画だったこと、我がフレドニア軍司令官はマップ中央への電撃戦を企図していたことが明らかになります。しかし最も興味深かったのは過激派武装勢力リーダーの戦略。
●武装勢力指導者― 我々過激派は、武力戦ではかなわないと当初から想定していた。そこで暗殺やインフラ破壊といったテロ活動を主体として政治的ポイントを狙うと同時に、テロが成果を挙げるまでの時間稼ぎとして最低限の武力抵抗を行なう戦略だった。シルバニア大統領を二度襲って失敗したのが惜しまれる。もし暗殺が成功すれば敵の連合陣営は混乱し、勝利は我が物だったろう。残念なことである。
《Fig 09. 戦い終わって状況分析中》
この武装勢力の方針は、専門的には「消耗戦略」(Strategy of Attrition)すなわち決戦を回避してダラダラと時間を稼ぎ、敵のあきらめを狙う持久戦方式に分類されます。
この戦略を拝聴してつくづく痛感したのは後方支援のコスト高。
1990年代のアメリカ軍で考案された戦争概念に「三ブロックの戦争(the Three Block War)」といわれる考え方があります。現代の戦争、とくに今回のゲームのような市街戦では、銃弾が飛びかう激戦、そのすぐ隣りのビルや広場において難民相手の医療活動、炊き出しなどの後方支援活動が行なわれる。そんな最前線、後方地区、戦争と平和維持活動の入り混じった状態こそ現代戦なのだという概念です。
2015年10月3日のアフガニスタンで「国境なき医師団」がアメリカ軍のドローン兵器に誤爆されたことは「三ブロックの戦争(the Three Block War)」の現実味をいっそう増すものでありました( http://www.msf.or.jp/news/detail/voice_2513.html )。
今回のウォーゲームでは直接戦闘のみ扱われましたが、これがリアルの戦争なら、マップとなった「ニュー・ドーバー地区」は電力も医療サービスも、いいえ、おそらくガスや水道さえ友軍の空爆、ゲリラの消耗戦略によって破壊され、多くの難民や餓死者が発生するでしょう。散発的な戦闘がつづく最中でインフラを再建しつつ幾万の人々を家に戻すまで、いったい何百億円、何千億円費やすのでしょうか。それを誰が支払うのでしょう。
戦争するなら、マスコミ受けする派手な戦闘だけやってサッサと引き上げ、あとの地味でカネのかかる後方支援ほかの雑事はどこかの国に押し付けるのが得策ですな。
さらに面白かったのは批評のやり方。
日本なら普通「よかった点」「悪かった点」を列挙していくのでしょう。
でも「紛争検証学」(Wargaming)では違います。「ダメ出し」に意義はありません。
では何が評価ポイントかと言いますと、それは以下の3点。
●1)「どこが良かった点か?」(What was good?)
●2)「どこがもっと良くなりえた点か?」(What could have been good?)
●3)「将来のゲームに使えそうなアイデア」(Ideas for future games)
むやみに他人にケチをつけるのでなく、もっと良いアイデアを出し合ってゲームで実証していく。これこそ学術的ウォーゲーミングの醍醐味といえるでしょう。
■4.セイビン教授とのQ&A
大会のあと、本記事筆者を招待してくれたセイビン教授と面談しました( http://www.kcl.ac.uk/sspp/departments/warstudies/people/professors/sabin/index.aspx )。教授が空軍の歴史を研究していることもあり、話は戦略研究にも派生しました。セイビン教授の許可をえて、その対話の概要をここに掲載します。
●蔵原―本大会は「紛争検証学(Wargaming)」を主題にとりあげています。この名称に含まれる「戦争(War)」の文字は別の何かに変えれば部外の心象が良くなるのではないでしょうか? たとえば日本では「戦争(War)」という用語には社会的にいい印象がありません。むしろ教授ご自身が以前の研究書『戦争をシミュレートする』(Simulating War)で提示された「紛争シミュレーション(Conflict Simulation)」という新語に変えてみるのではいかがでしょう( http://www.amazon.co.jp/dp/1472533917 )。
●セイビン―言いたいことはわかる。我々のイギリスでも事情は同じだ。「戦争(War)」を研究したいと申請して研究助成金がおりる見込みは少ない。だから「紛争シミュレーション(Conflict Simulation)」という造語を使った。とはいえ「紛争検証学(Wargaming)」とは本質的に戦争を理解するための研究手法だ。本質を見失ってはいけない。だから「戦争(War)」の用語を含めるのは大事なことなんだ。
●蔵原―そういうことならさらにうかがいますが、セイビン教授はいったい何が専門分野なのでしょう? 以前は空軍力(Airpower)が研究の対象でしたが、いまは「紛争検証学」にご専門を転化したということですか?
●セイビン―たしかに前の研究分野は空軍で、最初に出した著書も空軍をとりあげていた。ただ次第に「紛争検証学(Wargaming)」を専門とするようになって、今はそちらが主流だよ。2005年に来日講演したときは、あえて空軍の話に限定したけどね( http://www.nids.go.jp/event/forum/ )。今ではご存知のように「紛争検証学」関係の研究書を複数出していて、いずれこの分野をヨーロッパだけでなく世界中に広めたい。日本でどう受容されるのか、とても気にしているよ。
●蔵原―それは再来日をお考えということですか?
●セイビン―条件が二つ揃えば、ぜひ日本で講演したい。一つは資金、もう一つは時期だ。なにしろ研究費が潤沢といいがたいので、すまないけれど、渡航費を負担いただけると有りがたい。来日可能なのは4月、7月、8月に限られる。たしか4月はサクラの季節だっけ? 逆に9月~3月は大学の講義で手一杯なんだよ。
●蔵原―ぜひ再来日いただけると幸いです! ところで「世界中に広めたい。」とのお話ですが、これまで教授の著書で扱われたのはいずれもヨーロッパの戦争をモデルにしていますよね。東洋の戦争、たとえば日本や中国の戦争をゲーム化してみれば、アジアでも受容される見込みが高まるのでは?
●セイビン―うーん、東洋史は専門じゃない。知り合いに中国史専攻がいるので相談しているが、今はつくる予定ないな。むしろ私の関心は古代戦と現代戦との違いをゲームで表現することだ。古代の戦いは一般のイメージと異なり、基本は心理戦だ。部隊は兵員の5%も死傷すれば敗走してしまった。だから古代戦は機動や策略によって相手を心理的に圧迫し、血を流さないで勝つ、それが基本スタイルだった。逆に近代になると銃器が流血を激化させる。この二つの戦争は異なるもので、そこが大事なことだと考えている。
●蔵原―お話をうかがっていると兵法書『孫子』を思い出しますね。あるいは教授のお国の戦略思想家リデル・ハートが提唱した「間接アプローチ」(Indirect Approach)概念とか……。
●セイビン―そうそう、古代戦には『孫子』それにリデル・ハートがぴったりだ。戦略を考える上で心理戦の要素は忘れてはならないことだね。
●蔵原―なるほど、かつてリデル・ハートは戦略思想家のクラウゼヴィッツを批判していましたが、教授はするとリデル・ハート派ということですか?
●セイビン―いやいや、そうじゃない。戦略の基礎理論はクラウゼヴィッツで、戦略の実施がリデル・ハート。そういう風に分けて考えるのが戦略研究の王道だよ。
(完)
蔵原大翻訳作品
『歴史と戦略の本質 上―歴史の英知に学ぶ軍事文化』
『歴史と戦略の本質 下ー歴史の英知に学ぶ軍事文化』