(PDFバージョン:keikakusatto_harunaisamu)
うさぎは純白な毛並みで、つぶらな瞳がとてもチャーミングであった。
両親は娘にペットを通して命の大切さを学んで欲しいと思いうさぎを買い与えた。
娘はたいそう喜んだ。うさぎを抱きかかえて、頬ずりする。娘が最近気に入っている愛情表現であった。うさぎが来てから、家庭がパッと明るくなったように感じる。両親はうさぎを飼って正解だったと思っていた。
不意に母親が、娘にこんな事を言った。
「うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだよ」
「大丈夫。ワタシずっと一緒にいるから」
マジか……。
うさぎは娘の腕に抱かれたままの恰好で、目を丸くして驚いた。そんな事は聞いたことがない。あんなに世話を焼いてくれたペットショップのスタッフは、そんな事は一言も言っていなかった。生んでくれた母親からも聞いたことがない。うさぎは自分の命の脆さにショックを受けた。
数日後。うさぎは、いつもと違う家族の様子に不安を覚えた。母親は早起きをして身支度をしている。微かに聞こえるハミングが陽気であることを物語っていた。父親は庭先で愛車のファミリーカーを洗車しているようである。特にテンションが高いのは娘で、意味もなく部屋を走りまわっている。気になるのは、テーブルの上の旅行雑誌だ。
いつもなら、とっくにケージから出してもらっている時間だというのに、そんな気配はない。昨晩からずっとこの狭いケージに閉じ込められたままだ。
ふと足を止めた娘が、ゲージの前にやってきた。うさぎは、人懐こい笑顔を向ける。しかし、うさぎの期待は呆気なく散った。
「バイバイ」
娘が無邪気に言った。
うさぎはついに、ゲージにひとり取り残された。カーテンが日の光を遮り部屋は真っ暗だった。微かに聞こえる隣のマンションの改装工事の音が、孤独を増す。
うさぎは思った。もしかして、これが寂しいという気持ちではないか。ということは、ワタシはもうすぐ死ぬのか。いや、待てよ。飼い主の彼らは、うさぎが寂しいと死ぬ事を知っていた。それにも関わらずワタシをひとり取り残した。これは計画殺兎。ワタシを殺そうと企んでいるのだ。
あんなに可愛がってくれたのに。もう用済みってわけか。何て酷い奴らだ。うさぎは、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。そして、寂しさを憎しみという感情に変えて時間を過ごすことにした。こんなところで死んでたまるか。
次の日。21時を回った頃、飼い主が帰って来た。明かりがつき、部屋に温もりが戻って来た。いつもと変わらない空間が家族を迎える。ただ一か所、ケージの中を除けば。
ケージでは、うさぎが純白な毛を逆立たせ、爪を伸ばして戦闘態勢をとっていた。これで目玉をくり貫いてやる。うさぎは瞳を赤く光らせ、虎視眈眈と狙っていた。人間とは本当に恐ろしい生き物だ。帰ってきた彼らは、うさぎが生きていることに驚いているに違いない。しかしそんな素振りは微塵も見せず、いつもと変わりない様子を装っている。なんてしたたかな奴らだ。
娘がゲージに近づいて来る。ここで仕留めておかないと、後でどんな目に合わされるか分からない。娘がうさぎを抱きかかえ頬ずりをする。
殺られる前に殺ってやる。彼は娘の喉笛に、鋭く伸びた門歯を突き立てた。
終