(PDFバージョン:xenoarcheologist2_yamagutiyuu)
互いに向き合った一瞬の後。
侵入者が銃口をアシュルに突きつけるのが速かった。
刹那、アシュル・レヴィナスは、意を決した。唯一の武器であるレーザーパルサーを侵入者に向けて投げつけ、両手を、相手の銃撃を防ぐように構える。普通に考えれば完全に狂ったような行動。全くアシュルを利さず、彼の生存の確率を崖底に蹴り落とすような。
事実、僅かに動作が遅れたものの、投げつけられたパルサーにも全く怯まず、侵入者は光条を放つ。
アシュルは目を見開く。
光速でアシュルの胸と侵入者の銃口を結ぶ見えたコヒーレント光の線――。
しかし、目的地まで到達する直前、アシュルの構えた両手の手前で停止し、小さなエネルギーの塊になって、眩い光とともに四散した。
アシュルはぜえぜえと息を漏らしながら、侵入者を観察する。肉体は激しい疲労に見舞われていたが、精神は落ち着いていた。
びっくりするほど似ている。
彼の実感だった。
エステル・レンピカ。稀代のダンサー――芸術の女神と歌われたその美貌、まさにそのままだ。
だが、その美貌は今、眼前で起こった不可思議な事態を怪しみ、アシュルをきつく睨んでいる。
「――どうした? もう撃たないのか?」
不敵な声音を装ったが、成功しているかどうか。だが、彼の声音というより、彼が為した行為そのものが、侵入者をして次の行動の選択を躊躇わせているようだ。
「何をしたの?」
静かに尋ねた。パルサーを下ろして。アシュルも構えた両腕を下ろす。
「それを聞くのはやめておけ。知ろうとすれば金星のエアロスタットに巣くっていたマッドサイエンティストどもに命を狙われることになる」
せいぜい、余裕の表情を作って言う。外見が二〇代で助かった。これで年齢どおりの一〇歳なら、こんな声音と態度をしても、生意気な子供が身の丈に合わずに気を張っているだけに見えてしまう。完全に舐められていただろう。
「――エステル・レンピカの完全なる自殺を台無しにしようとした、愚者と同じようにな」
一連の事態で脳内にわき上がっていた推測を、確信に満ちた口調で相手にぶつけてみる。
「私の目的もお見通しか」
相手はブラスターを腰のホルスターにしまった。
「メレケト、エクストロピアに出したSOSを取り消せ」
人工知能に命じる。
「よろしいのですか?」
「事態は収拾したさ。僕はバカじゃないし、このレディもそうだ」
ふう、と肩の力を抜く。
「そうだろ?」
「――そんな『力』があるわりに、なぜSOSを?」
「君という存在が、異星文明とどこまで関わりがあるか、分からなかったものでね」
「なるほど。でももう話さないで。ご忠告通り、あなたの言う『マッドサイエンティストども』の秘密に近づくのはやめておく」
侵入者はアシュルのソファに座った。
「君が信じやすい人で助かったよ」
アシュルはゆっくりとパルサーを拾いながら、微笑んだ。
「実はただの手品なんだ」
瞬間、侵入者は再びパルサーを構えようとする。だが、アシュルがその銃口を彼女のこめかみに突きつける方が速かった。
「戦闘で重要なのは場のペースを支配することだよ。さっきは君のペースだった。だから僕はちゃちな手品でそれを乱し、僕のペースにした。次から気をつけることだね」
「ご忠告、どうも」
悔しげに、侵入者は呟く。両手を挙げながら。ゆっくりと、アシュルは侵入者の手からパルサーを取り上げる。
「メレケト、この物騒なレディに、他に武装は?」
「ないようです」
「それは結構」
アシュルは向かいのソファに座る。
実際のところ、嘘だった。
『力』が嘘なのではない。
手品、という方が嘘だ。
アシュル・レヴィナスは「マッドサイエンティストども」によって、事実、ザ・フォール前ならば、確実にオカルトと看做されていたような力を与えられていた。彼という、この宇宙に存在する生物学的な肉体には、常につかず離れず余次元で寄り添う、シュヴァルツシルト半径の内側にすっぽりと収まった質量による局所重力場という同伴者がいる。これは余次元方向に延びる特殊な生化学分子、『β―チオチモリン』を内包する人工神経ウィルスに意図的に感染されられた結果だ。そのせいでアシュルは度々ひどい頭痛や精神症に悩まされる。
だが一方で、これによりもたらされる力も絶大だ。この局所重力場の同伴者が存在する微宇宙の膜は、アシュルのいる宇宙膜と極めて高い周波数で干渉し、アシュルの脳髄のシナプスで弾ける電子たちが、次元を超えてこの危険な同伴者と干渉することを許す。そして、アシュルの意のままに、彼のいる側の宇宙膜に干渉し、常人にはオカルトにしか見えない力を発揮する。アシュルの場合、それは主にサイコキネシスだが、精神干渉もやろうと思えば出来る――。
と、語ることを彼はしない。
侵入者の身を案じたわけではない。
アシュルにとって、そんな彼の実体はおぞましいの一言だ。自分の命が脅かされない限り、そんな力と自分に何らかの関わりがあるなんて、思い出したくもなかった。
彼は落ち着いてきた精神を自覚しつつ、侵入者から取り上げたパルサーを弄んだ。余裕の笑みを作り、強ばった顔の相手を眺める。
先程のハッタリで得られた果実を収穫する準備は既にできていた。
「さてと、何から話そうか。君はさっき、僕の興味をとてもひく情報をくれた。僕の質問にひっかかる形でね。……エステル・レンピカを消すのが君の使命――と」
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山口優既刊
『アンノウン・アルヴ
―禁断の妖精たち―』