(PDFバージョン:eigoushounenn_yasugimasayosi)
パパはいつも疲れてる。ママはいつも怒ってばっかり。
だから願った。
大人になんかなりたくない。
すると叶ってしまった。
最初は気づかなかった。でも、友達の背が次々と高く伸び、声も低くなり、性格までもが変わっていった。これまでぼくと一緒によくやっていた鬼ごっこやドッチボールもくだらないと言ってやらなくなったし、ぼくにはまるで理解できない高学年の勉強を難しい、わからないと言いながらもテストではそこそこの点数を取るのである。
ぼくの体はいっこうに大きくならず、上の学年で習う少数や分数の計算をいくら教えられてもできなければ、新しい漢字やことわざもさっぱり覚えられなかった。
ぼくは心も体もまったく成長しなくなっていたのだ。
五年経っても子供のままのぼくに、親や先生などはようやくおかしいと心配して病院に連れて行った。そこでいろんな検査を受けさせられたけども、どこにも異常はなかった。でも、納得した大人は誰もおらず、原因がわからない未知の病気にかかった患者としてみんな気の毒な視線でぼくを見るようになった。
ぼく自身はなんともなかったのでそんな態度の大人たちは気持ち悪かったけど、高学年レベル以上の勉強や運動ができないことをとやかく叱られることがなくなったのはありがたかった。
ぼくは成長が止まった学年に戻され、そこで留め置かれることになった。
同級生だった友達はみんな大人になり、顔を合わせても誰かわからないほど変わってしまった。話をしても難しく、子供のぼくに合わそうとしてかけてくる言葉は白々しくてもう友達ではないことを思い知らされた。
でも、新しい友達は毎年できた。年下の子がぼくと同級生になれば、同じ目線で同じ考え方で話が通じる。だから友達になれた。
でも、その友達もこれまでの友達のようにぼくを抜き、大人になっていった。それが毎年続いた。
十年ぐらいすると、今度はぼくは雑誌や新聞に取り上げられるようになった。
成長しないぼくがよほど珍しいらしい。かつての友達が記者やタレントとしてくることもあった。海外にも報道され、ぼくは初めて外国人としゃべった。
テレビ番組にも呼ばれ、それまでテレビでしか見たことがない人たちにもたくさん出会った。みんな感心したり、可哀想と言ってみたり、中にはしきりに調べさせてくれと頼みにくる大人もいて、それは面白くもあり、疲れるものでもあった。
そんなめまぐるしい毎日は二、三年ほどで終わった。やがて飽きたのかほとんどぼくのところにこなくなった。それでも一度は有名人になってしまったので声をかけられることはときどきあったが、生活はだいたい元に戻った。
とはいえ十数年に一度ぐらいはテレビや雑誌の記者がきて、少しばかりの騒ぎになることがあった。
五十年ぐらいすると、パパもママもいなくなったぼくはある大人に引き取られた。その大人はぼくを神様だと祭り上げた。
ぼくの言葉は神様の言葉らしく、恭しく聴き、もっともだとうなずき、ありがたいありがたいと手を合わせた。変な気分だったけど、悪い気はしなかった。政治とか経済とかよくわからない質問をされたけど、適当な答えで満足してみんな帰っていった。
でも、それは十年も続かなかった。お巡りさんがたくさんきてその大人たちを連れて行ってしまったのである。ぼくは別の大人の世話になることになった。その人はぼくを神様などとは呼ばなかった。普通の生活をさせてくれた。だけど、何年かしないうちにまたテレビに呼ばれるようになり、今度はドラマで子供の役をすることもあった。ひと時有名人になり、でも、それもしばらくの間だけのことだった。
同じことばかり繰り返しているように思えた。
百年、二百年、三百年とぼくは生きた。大きな戦争で地球が滅びかけ、これまでと違う世界を作るんだといきまく生き残りの大人たちのやることは、それでもたいして変わらない。
さらに五百年が経って異星人が地球にやってきて、大人たちが地球だけでなくほかの星を行き来するようになっても同じだった。そのような関係を持てる異星人も地球の大人たちと考えることはそれほど違いはなかった。
お互い仲良くなったかと思えば戦争をしたり、または大きな災害では助け合いをし、何もないときは些細なことで罵り合う。
だけど、変わらないのはぼくも同じだった。もしかしたらぼくがいつまでも子供のままだから、本当は大きく変わっているのにそのことに気づいていないのかもしれない。でも、本当のところはどうなんだろう。
とにかくそのようにしてさらに千年、万年、億年と時が経過していった。
もう地球人と異星人の区別などとうの昔になくなっていた。ぼくの世話をしてくれる人もどこの星の大人かわからない。
ただどんな大人であれ、みんなぼくのことは大事にしてくれた。とても貴重で失ってはいけない存在らしい。前に何度か神様にされたことはあったが、それとは違うようだった。
だから大人たちが数を減らしていっても、ぼくが生活に困ることはなかった。
とはいえ今暮らしているのは、暗い太陽が昇る緑がほとんどない小さな星だった。細々とした生活はいつまで持つかわからなかった。
一緒に暮らす大人は言う。
「宇宙はもうすぐ終わるんだよ」
近いうちにこの星からも出るそうだ。あとはいつ壊れてもおかしくない宇宙ステーションで生き延びることになるという。
ぼくは外に出て、夜空を見上げた。
星がほとんど目に入らない。それだけ消えてしまったらしい。宇宙が終わりかけている証拠でもあった。
ぼくは地球にいたころの夜空を思い出そうとした。
でも、それはあまりに昔の記憶だった。そう簡単には浮かんでこない。
それでも思い出そうとした。少しずつ覚えていることから引き出していく。
そこで気がついた。
ぼくの中にもう一つの宇宙があった。これまで見てきた宇宙がぼくの中に取り込まれていたのだ。
自分がやらなければならないことを見つけたと思った。
記憶が戻り始めた。時が逆に回り出す。
終わりかけの宇宙が広がる空に、星がぽつぽつと現れてきた。
(了)
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『Delivery』