「江坂遊、田丸雅智とショートショートを語り合う」江坂遊

(PDFバージョン:shortshortwokatariau_esakayuu
―――ショートショートでしかできないことは何だろうと、よく考えます。

このインタビューは樹立社から刊行予定の「小さな物語のつくり方2」第二章のショートショートヴァージョンです。ロングロングヴァージョンは単行本でぜひともお楽しみください。(江坂遊)

江坂「田丸さんと出会えて本当に良かったなと思います。わたしは星さんに見つけていただきましたが、その恩返しを十分にできていませんからね。そこに継承者が現われたのですから嬉しくて仕方がない。だいたい、二代目はダメで没落させてしまい、三代目でしっかりした継承者が出て、政権は確立するものですから。(笑)チャンスですね。わたしは大阪で太平の夢を見過ぎてしまいました。現在は東京に住まわれているのですよね、・・・・・・。」

田丸「出身は愛媛県ですが、大学からは東京住まいです。拙作「海酒」(樹立社ショートショートコンテスト一等星受賞作品)に出てくる「三津」という地名は、故郷の名前から取りました。」

江坂「読んでいて情景が浮かび上がってきました。一読して、かの地に酔いました。実際の場所だったから、余計にせまってくるものがあったわけですね。愛媛のイメージというのはわたしにとってはポンジュースでしたが(笑)、この作品で塗り替わりました。愛媛という土地が自分に与えてくれたものって何かほかにもありますか?」

田丸「あのポンジュースを塗り替えるとは、大変な光栄です(笑)。
 東京に出てきて改めて思いましたが、愛媛はすごくのんびりした土地です。特に松山市は田舎とも都会とも言えない、とても不思議な町なのですが、帰省して一人ぼんやり町を歩くと、なんだかほっとしますね。ただ、私の小さな頃にあった、たくさんのものたち、麦畑や田んぼや原っぱや池や小道などの多くは、ここ十年ほどで急速になくなってしまいました。それらは今でも私のなかに強烈に刻み込まれていて、すごく大きなものを与えてくれたと思います。今後、ぜひ物語のなかでよみがえらせていければと思っています。
 あとは、文学との接点でしょうか。たとえば私の母校は夏目漱石「坊ちゃん」の舞台となったところで、文学に興味をもつひとつのきっかけとなりました。ほかにも、正岡子規は私の高校の先輩でもあるのですが、愛媛県では小学校の夏休みの宿題で、俳句づくりを課せられます。当時は面倒でしかなかったのですが、のちのち俳句に興味をもつきっかけとなったと思います。俳句界は、いま若手による改革が着々と進んでいるようですね。ショートショートもそれに続かなければなりません。」

江坂「田丸さんは愛媛が身体に入っているのですね。「桜」もそうでしたが、読者は田丸作品の中にナチュラルティストを強く感じます。日本の風土に根差した幻想性と言えばわかってもらえるかな。甘いノスタルジーだけではなく、自然のおおらかさを味方につけているところが田丸さんの強みです。生成りっていうのかなぁ。そういうのはそれこそ、自然とにじみだしてくるもので、実はかなりうらやましいものです。」

田丸「もしもにじみ出ているものがあるとすれば、それはひとえに、両親のおかげです。小さい頃から、いろいろなところに連れていってもらいました。身近なところでは、海、川、池、原っぱ、山。県外へも、西日本はほとんど連れていってもらいました。その財産で書いているようなものです。感謝しかないですね。大学に入ってショートショートを書くようになって、その価値に気づかされました。と同時に、財産を食いつぶすだけでは先が長くない。そう思い、それからは両親にしてもらってきたことを今度はセルフプロデュースすべく、国内外の旅行、美術鑑賞、料理など、いろいろなことに意識的に取り組んできました。果実酒を作った経験は、まさに「海酒」に結実したわけで、やっててよかったなぁと。」

江坂「田丸さんは今まで何作くらい書いておられますか。書いていて傾向は変わってきましたか。」

田丸「作品数は、今のところは170編くらいです。初期の、読むに堪えないものたちも合わせるとですが。作風は、江坂作品に出会ってからがらりと変わりました。自分が書きたいもの、目指すべきものが定まったという感じでした。もっとも、模写の域を出るにはかなり時間がかかりましたが。」

江坂「170編ですが、順調ですね。これからも変わりつづけてください。それが読者サービスでもある。話に出てきましたが、模写は悪いわけではないでしょうね。気にいった作品は書きうつしてみることが大事でしょう。書かなければ、身体に入ってこない。でも身体に入れたら今度は自分で何か足さないと出してはいけないでしょうね。田丸さんのアウトプットにはサムシングニューがあります。そうそう、この辺りで、切り込んだ質問になりますが、自分を語るというのをやってみましょう。」

田丸「まともに文学を読みはじめたのは、大学生になってからです。それまでは、ほとんど星新一作品で育ちました。江坂さんの「花火」に出会ったのは、大学生のときでした。衝撃でした。ショートショートでできることは、星さんがすべてやり切ったのだとなんとなく思い込んでいたのですが、江坂作品で、ショートショートの無限の可能性を知りました。実は、私のデビュー作「桜」は、自分自身の体験をもとに「花火」を再現しようと思って書いたものです。二十歳の春でした。
 ちなみに私は、大学院までずっと理系の道を歩んできました。工学部で、環境エネルギー問題や、材料の研究をしていました。よく、「理系なのに文学?」と聞かれるんですが、数学、物理学、化学などには人生訓といいますか、物事の根本原理が凝縮されていますし、研究で培った考え方は、今でも物語をつくる上で大いに役立っています。」

江坂「ええ、ショートショートは数学ですから。田丸さんに適した文学ジャンルです。「桜」を書いたのは二十歳でしたか、書き始めの頃にいいものが出ると調子があがるでしょ。「桜」はデビュー作であり、代表作だと言い続けられるでしょう。読んでおられない方は異形コレクション特別編「物語のルミナリエ」を今すぐ買いに走ってもらいましょう。いいものを発表すると、当然のことですが、次のハードルが高くなる。田丸さんはその高いハードル、つまり樹立社ショートショートコンテストのことですが、それを難なくクリアされた。それはなかなか希有な例だと思います。まぁ、普通はコンテストで受賞してから、メジャーな本に新作を掲載となるのが常で、この逆パターンも稀有なことですが。少し話を戻しますが、作品はおおらかさの中に細やかな心を持ち合わせているのがうかがい知れます。文章には自分が出てくるものですが、ご自身はどんなやつだと自己評価されていますか。なんだか、採用面接みたいになってきましたが。」

田丸「ハードルがどんどん高くなり、そろそろ弱ってきています。
 自己評価ですか……採用面接なら、あることないこと、良いことばかり気兼ねなくほいほい言えるのですが(笑)。神経はず太いほうではないですね。よく言えば細やか、悪く言えば貧弱。小さなことをいつまでも気にして、日々、一喜一憂に明け暮れています。そのくせ、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、はっきり言うところがあります。被害にあわれた方も、多いのでは。さいきん、ようやく黙ることを覚えはじめました(苦笑)。
 あとは、むかしから、まじめとか、論理的とか、そういう風に見られることが多いようです。本当は、たえまなくあふれてくる支離滅裂な言葉たちを、理性で抑えつけているだけなのですが。そんなだから、作品を読んでくださった方からは、イメージと全然ちがった、なんて言われることもよくあります。」

江坂「そうか、わたしだけでもなかったんだ。また、ハードルが高い質問で失礼しますが、これは聞きたかったので。ショートショートについて思うことを聞かせてください。」

田丸「私は、読む分には長編も、純文学も大好きですが、その中で、ショートショートの役割は何だろう、ショートショートでしかできないことは何だろうと、よく考えます。たとえば、長編でできることをショートショートで無理にやっても、物語の魅力は半減してしまうと思っています。また、ショートショートは落ちやアイデアの奇抜さばかりが先行してしまう節がありますが、もちろんそれは担保しつつも、単なる読み捨てではない、何度も読み返したくなるような世界観ある物語を書いていかなければならないと思っています。
 アイデアは、私の場合、エクセルなどを使って単語を組み合わせて一からひねりだす方法か、ストックしているアイデアの種を広げるやり方でつくっています(広げるときに単語の組み合わせを使うこともあります)。アイデアの種は、生活のあらゆる場面から見つけだし、思いついたらすぐに携帯にメモをします。ごくまれに即戦力アイデアも思いつきますが、大抵の場合は、アイデアの種から苦心して物語を練り上げていきます。私は、アイデアを広げ、途中のエピソード(プロット)を考え、サゲまで固めてから執筆にかかることがほとんどで、見切り発車で書きはじめ、何度後悔したことか……。」

江坂「同じことをやっておられますね。さてさて、さきほど出た言葉ですが、世界観ある物語というのが大事なキーワードだと思います。作家は創造神ですから、新世界をボコボコ生み落していかなければならない。今、田丸さんを筆頭にした七人で本づくりをしていますが、彼らをチーム北斗七星と名付けました。その次はチーム南十字星とでも名付けようかと。(笑)わたしはショートショートという大宇宙を星でいっぱいにしてみたいと企んでいます。まずは、一番星の田丸さんから輝いてもらわなければ。これからの活躍を期待しています。」

江坂遊プロフィール
田丸雅智プロフィール

 
江坂遊既刊
『小さな物語のつくり方』
田丸雅智既刊
『物語のルミナリエ
異形コレクション〈48〉』