「日乗グルメ編」吉川良太郎

(PDFバージョン:nitijyougurume_yosikawaryoutarou
 えー。今回は過去にミクシィ(公開はマイミク限定)で書いた日記から抜粋でございます。
 急な来客に冷蔵庫にあるもので一品こしらえるのが主婦の腕の見せ所。心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書き散らした日記を寄せ集めてゼリー寄せなどにすると夏向きのオードブルに最適ですよ。どうやって!
 白状すればコラムの御依頼をいただいてなんも書くことがないんだが、ありものでお茶を濁そうという。料理に例えて書きだしたので、じゃあ食べ物関係の話でまとめてみよう。あと順序は適当なので季節感バラバラです。バラバラのバラはバラエティのバラだ。
「普段どんなものを食べているか言ってみたまえ。きみがどんな人間か当てて見せよう」(サヴァラン)
 ぼくは普段こんなことばかり考えてます。

【好き嫌い】
「食べ物の好き嫌いがない」
 というのがなんだか人生損してるような気がしてならない。
 本当にないから想像するしかないのだけど、好き嫌いある人の方が「好きな食べ物」への愛が深いような、それにくらべると自分の人生はなんだか薄味なような、そんな気がしてならないのだ。
 愛や憎しみの深さが作品にも影響を与えるとすれば、たとえば
「ピーマンに対する嫌悪」
 という呪詛だけで短編一本書いてしまう中井英夫とか
「酒はうまい/ところで人生とは儚いものだなあ/それはそれとして酒はうまい」
 というテーマだけで数百の詩を書いてアラビアの詩聖になった詩人とか(名前忘れた)ああいう天才たちの境地に至ることはぼくにはできないのではないかと愚考したりするわけです。名前忘れたけど。ところでイスラム世界で酒を讃える詩聖ってアナーキーでいいなあ。閑話休題。

 しかし「わざとなにかを嫌いになる」というのも難しいわけで。
 どうしたもんかねとももさん(ヨメ)にたずねてみた。
「得意のほら話で記憶を改竄して食べ物のトラウマを作ればいい」
 そ、そうか! その手があったか!
 というわけで考えてみた。

「親がチョウザメに食われたのでキャビアが憎い」
「親がクマに食われたのでクマの掌が憎い」
「親がエイハブ船長なのでクジラが憎い」
「親がウシとヒツジとヤギとブタとニワトリとタマゴに食われたのでウシにヒツジを詰めてヤギを詰めてブタを詰めてニワトリを詰めてタマゴを詰めてマトリョーシカ状になったものを三昼夜かけてあぶり焼きにしタマゴだけ食べて後は捨てるエチオピアの宮廷料理が憎い」

 もともと食べなそうなものばかり選んでいるところがチキンですね。
 だいたい「タマゴに食われた」ってなんだ。

 やはりごはんはおいしい。

【カニ】
「なぜカニはおいしいのか?」
 という疑問を子供のころからカニを食べる度に考えるのだけど、なにしろカニ食べてるから無口になってしまい誰にも質問できずにいたのだが、一人で沈思黙考した末に
「なまけてたから」
 という結論にたどりついた。

 激しい生存競争と進化の果てに、生まれつき強固な鎧と巨大なハサミという凶器を持つナチュラル・ボーン・ソルジャーと化したカニは
「カニはなんで強いと思う? 生まれつき強いからさ」
 とか一時は『花の慶次』ばりに海底にのさばっておりましたが、己の力に驕るあまり長い年月をダラダラと過ごしてしまった結果、気がつけば鎧の中の肉体はぷりぷりと肥え太り、やわらかくてジューシーなお肉になっていたのでした。
 そこを海上という異世界からきた予想外の侵略者に目をつけられ、次々とアブダクションされてはおいしくいただかれるようになったのでした。驕れるカニも久しからず。
 とかいうとなんか教訓話みたいですが『バッド・テイスト』(ピーター・ジャクソン監督の自主制作映画)にでてくる
「宇宙ファーストフード店で使うため宇宙人にさらわれる地球人」
 みたいなものですな。

 と一人納得していたのだけども
「フランス人は昔、牛肉を食べなかった」
「なぜなら、おいしくないから」
 という話を本で読んで驚いた。
 昔のフランス人にとって牛は一に「農業の労働力」、二に「牛乳製造機」であり、なにより
「食べてみたこともあるけど、おいしくなかった」
 ので、殺して食うなど狂気の沙汰だったそうである。
 実際、貴族の宴会などの記録を見てもメインディッシュはたいがいブタかトリなのだそうだ。
 では後に味覚が変化したのかというとそうではなくて、「おいしい牛」というのは主にイギリスで、せっせと肉牛の品種改良が行われた結果できたものなのだそうな。
 似たような話で
「ニュートンのりんごは、まずい」
 というトリビアがあるけども、これも野生種のりんごはおいしくないという話だった。
 そうか、品種改良しなければおいしくならないのか。
 まあ「食べたらまずい」方が生存には有利だろうしな。
 しかし、じゃあなんで海産物は「天然もの」がおいしいのだろう。

 というわけで今後は
「カニはアトランチスの海底人が品種改良した家畜だった」
 という新説を唱えることにします。
 スベスベマンジュウガニはバイオハザードでした。

【タルタルソース】
 タルタルソースを作るのがめんどくさいので
「キッチンが暑くなるゆでたまごと他にあんまり使い道のないピクルスを省いて刻んださらしタマネギとマヨネーズと塩・胡椒と隠し味に少量の砂糖。冷蔵庫で寝かしておいたらやや硬くなったので牛乳でちょっと伸ばしてみる」
 とかやってアジのフライに添えてみたら
「昔、学食で食べたアジフライ定食にソックリな味」
 になって四万十川の鮎を食べた京極さん気分。
 色々と記憶が蘇る。

「……学食でメシ食ってるとね、こう、ふとのぞいた丼の底に、さえない学生時代の自分が見える、そういうことが今でもあるんだよね」
 と酒飲んでるときうらぶれたプルーストみたいなことをポツリとつぶやいた大学のS先生お元気でしょうか。
 ぼくは毎日SF研のみんなと学食の一隅を占拠してお昼食べてだーらだーらして
「む、リョータローの味噌汁は具が少ないな。お麩を入れてやろう」
 と目を離した隙に先輩にカレー味のカールを入れられたりしていた、わりと愉快なボンクラ学生時代だったのであんまりションボリしないです。

 ちょっとジャンクフードっぽいが、ももさんは「このソースの方がおいしい」とのことだった。

【春雨】
 春雨をお湯で戻そうとして分量の目測を誤り気づけばフライパンに巨大なチャプチェの山が。
 これはもう、春雨の八甲田山やー!
 と思ったがももさんが大層気に入ってよく食べてくれるのでなんとか下山できそう。

【ダイエット】
 ももさんが突発的にダイエットを宣言。
「そうか。がんばれ」
「あなたもだよ」
 ギャル曽根のダイエット料理本を渡された。

 まあたしかに最近ウェイトが増してきて
「昔はキツネっぽかったのに、最近はなんだかタヌキムードだね」
 と、ももさんに言われてますが。いずれにせよ人を化かすという。ていうかムードってなんだムードって。
 当てつけに当分の間ももさんの会話の語尾を「ポコ」にしてました。
「ごはんができたポコ」
「よそでうっかりやるからやめなさい」
 やめました。

 で、ダイエット料理本。
 タレント本の一種だろー? と甘く見てたが、調理師免許もってるだけあって 紹介された料理はレシピ見るだけでもなかなか美味しそう。あまり手間や予算がかからないのもうれしい。リクエストを聞いて、とりあえず今晩はしらたき入りごはんと豆腐入りハンバーグ。あとは作り置きしてあるレンコンのきんぴらと冷蔵庫にある野菜を適当にアレする。

 食事はこれでいいとして、あとは運動なんだが。(ももさんはなんかやってるらしい)
 とりあえず牛乳飲んで一日百回腹筋して意味もなく鉢植えを抱いて哀しげな眼で近所をウォーキングしてみたりする「仕事がオフの日の『レオン』になったつもりダイエット」というのを考えてみたが後半は不審人物にしか見えないので腹筋だけやることにした。

【たき火部】
 都内の某公園で「たき火部」例会。
 高校の演劇部(演劇部だったんです)の仲間が主催し、なんかまあそのへんの仲間が集まる謎の社会人部活。

 たき火してイモとかいろいろ焼いて食おうという部活動だったのだが、実際は炭を燃して網で焼くバーベキュー。なのだがたき火にポエジーとノスタルジーを求める原理主義者な部長によれば
「たき火は断じてバーベキューではないので肉禁止」
 という原則がある。
 しかし
「ベーコンはなんかアウトドアっぽいのでOK。あと、うまそう」
「鮭のホイル焼きはなんかヘルシーでロハスなのでOK。あと、うまそう」
 等の交渉と譲歩の繰り返しでグズグズになっていき、もう何回目だか忘れたが今回のメニューは
「鮭のホイル焼き(ジャガイモとタマネギとシメジとホウレンソウ入り)」
「厚切りベーコンとソーセージとチーズとパンを焼いてまとめて食う」
「鉄板しいてヤキソバを炒める」
「カントリーマアムを焼いて食う」
「あたりめをあぶって食う」
「申し訳程度に焼き芋」
「酒は呑め呑め」
 と相成った。
 シナイ山からモーゼ(チャールトン・ヘストン)が降りてきたら皆殺しレベル。
 次回はいよいよ禁断の牛肉に挑戦しようかと思う。

【鮭の焼き漬け】
 秋鮭の切り身がアホみたいに安かったので「鮭の焼き漬け」をたくさんつくる。
 御存知ない方も多いだろうが、縄文時代からサケを食べまくっていたという新潟人(本当)が生み出し、弥生時代に導入された米と共に発展していった郷土料理である。
 ただ生鮭をこんがり焼いてアツアツのうちに醤油・酒・みりん・こんぶのタレに漬け込む、分量は適当というルーズさがロックンロールな料理なんだが窓開けて鮭を焼いていたらオーディエンスも集まって来たぜ。はじっこちょっとあげるからあっち行きなさい。にゃあ。三毛でした。そして冷蔵庫で1~2晩寝かせて味が染みたのを冷たいままアツアツのごはんといただくという食べ方が冷静と情熱のセクシャルバイオレット№1で火炎式土器でなに言ってるか自分でもわかんなくなってきたのでやめよう。
 まあ夫婦ともふるさとの味なのでございます。

 そんなわけで夕食は鮭の焼き漬け、小松菜のおひたし、根菜たっぷりの豚汁、冷や奴。あと、ももさんが京都物産展で買ってきた漬物(キャベツと大根の二種)大量に作りおきしてある五目おから。
 和食好きのももさんのごはんが進む。
 お酒にも合う合う。
『居酒屋よしかわ』へまた一歩近づいた。

吉川良太郎プロフィール


吉川良太郎既刊
『解剖医ハンター 3』