「キノコさま」高橋桐矢(画・河田ゆうこ)


(PDFバージョン:kinokosama_takahasikiriya

 何日も続いていた秋の雨が、久しぶりにやみました。
 薄暗くしめった森の道を歩いていた小さなイタチは、ぎょっとして立ち止まりました。
 道の横、くさった木の根元で何かが光っています。
 それは、ぼうっと光を放つ奇妙なキノコでした。
 雨がふっている間に生えたのでしょう。見たことのない種類です。おそるおそる匂いをかいでみました。残念ながら、おいしそうな匂いではありませんでした。
 イタチは、上から横から、じっくりとキノコをながめました。うすいひらひらとしたかさに、ほんのりとした銀色の光。見れば見るほど、不思議なキノコです。
 そうっとキノコに手を伸ばした瞬間、「こらっ!」っという声に飛び上がりました。
 振り向くと、キツネが歯をむきだしています。
「キノコさまに、手を出すんじゃない!」
「キ、キノコさま?」
 怖さも忘れて聞き返したイタチを、キツネは体でおしのけました。
「どいた、どいた! ほら、じゃまだよ」
 キツネは光るキノコの前の草を平らにならしはじめました。くさった葉や折れた小枝を丁寧にとりのぞいて、きれいにととのえました。それからキノコの手前に、山ブドウのふさを並べていきます。
「キツネさん、何をしてるんですか?」
 イタチはとうとうがまんできなくなって聞きました。
 すると、キツネはつんとすました顔で振り向きました。
「キノコさまへの、おそなえものだ。ああ、ありがたや」
 言うなり、キノコにむかって深々と頭を下げます。
 イタチはますますわけがわからなくなりました。
「キノコさま? いったいこのキノコが何だっていうんです?」
 するとキツネはいきなり、くわっと口を開きました。真っ赤な舌に、白く鋭い歯がぎらりと光ります。
「ありがたいキノコさまに、なんてことを! おい、ひどい目にあいたくなかったら、キノコさまにおそなえものを持ってこい」
「ひどい目って?」
 キツネは金色の目を細め、ぐいっと顔を近づけました。
「キノコさまのたたりだよ」
 イタチはぶるっと体を震わせました。キノコより、キツネのほうが怖かったのですが、だまってうなずきました。
 それからあちこち探し回って一匹のコオロギをつかまえて、キノコさまのもとに戻りました。見るとキノコさまの前のおそなえものが増えています。どんぐりと、ひからびたミミズもあります。
 キツネは、イタチがくわえた小さなコオロギを見て、鼻にしわをよせました。
「しけたそなえものだな」
 イタチは小さなコオロギをそっとキノコさまの前におきました。その横で草むらにさっとかくれたのは、モグラのようです。ひからびたミミズを持ってきたのはモグラにちがいありません。
 キノコさまは、さっきとかわらずあやしげな光を放っています。
 イタチは、さっきキツネがしていたのをまねて、キノコさまにむかって頭をさげました。
(キノコさま、たたらないでください。モグラのひからびたミミズなんかより、コオロギのほうがずっとおいしいはずです。どうぞお願いします……)心でいのった後ろで、ドラ声が響きました。
「何やってるんだ!」
 おそるおそるふりむくと、立派な角を持った、大きなシカが見おろしていました。イタチは、あわてて飛びのきました。
 シカの前に、キツネがたちはだかります。
「見て分かるだろう。キノコさまだ。キノコさまに失礼なことをしたら、たたられて、ひどい目にあうぞ!」
 シカは、フンっと鼻をならしました。
「キノコさまだと? そんなもん、知るか!」
 枝分かれした角をキツネにむかってふりかざしました。キツネは歯をむきながらも横によけました。シカは勝ちほこった顔で、おそなえものの山ぶどうを、右足で踏みつぶし、どんぐりをけちらしました。
「やめろ!」
 キツネが叫びました。シカはやめません。
「そんなことをしたら、大変なことになるぞ!」
 顔をひきつらせながらも、シカの角が怖いのか、キツネは動こうとしません。
 シカはおおあばれして満足したのか、すっきりした顔で帰っていきました。
 草むらからそろりと、ウサギとネズミが出てきました。おそなえものを持ってくるように言われたものの、どうしようか迷って様子を見ていたのでしょう。
 ぽつんと残されたキノコと、ばらばらにちらばったおそなえもの。しらけた空気がただよいます。キツネの足元に転がったコオロギをちらちらと見ながら、イタチはその場を離れました。
 その次の日。どうにも気になってキノコさまを見に行ったイタチは、またあのシカに出会いました。
 大きな角が見えたのですぐ分かったのですが、昨日とはまるで違って首を下げ、しおたれた顔で、なんと、足を引きずっていました。
「どうしたんですか?」
 思わず声をかけてしまいました。
 ふりむいたシカは、ばつの悪そうな顔をしていました。
「ころんだだけだ」
 一本の足はまるで動かないようです。おそなえものを踏みつけていた……。
「右足のケガ……」口にしながらイタチは、ぞっと背筋が逆立ちました。
 するとまるで見ていたかのように、キツネがあらわれました。
「ほら、言っただろう? たたりがあるって」
 シカはだまっています。言い返す元気もないようです。
 キツネは、シカのまわりをぐるっとまわりました。
「思い知ったろう。キノコさまをばかにするとどうなるか」
 シカは、角をうなだれて、神妙な顔で、キノコさまに近づきます。
 ばらばらになったおそなえものはきれいにかたづけられていて、キノコさまは、ぽうっと光を放ちながら、昨日より大きくなっていました。
 シカは、頭を下げてあやまりました。
「キノコさま。すみませんでした。今からキノコさまに、おそなえものを持ってきます」
「たくさん持って来るんだぞ」
 キツネが口をはさみました。シカがたずねました。
「たくさん持ってくればゆるしてもらえますね」
 キツネは、「うむ」とうなずきました。
 あちこちでささやき声が聞こえました。イタチがあたりを見回すと、昨日のウサギとネズミがいました。木の上にリスがいます。ヤマバトがいます。
 みんな、息をひそめて、シカとキツネのやりとりを聞いていたのでした。
 ヤマバトがぱっと飛び立ちました。リスもあわてて木の枝を走っていきました。
 イタチも、かけだしました。コオロギだけでは足りません。もっとたくさんおそなえものをしなくては。でも何を?
 イタチはふと立ち止まり、あたりを見まわしました。キノコさまに何をおそなえしたらいいか、キツネなら知っているはずです。
 イタチはみんなに見つからないようにそっと、キノコさまのもとに戻ることにしました。
「またおそなえものは、山分けだな。わっはっは」
 突然聞こえてきたシカの笑い声に、イタチはびくりとして体をかくしました。キノコさまの前には、キツネとシカがいました。
 シカは耳をぱたぱたと動かしながら、キノコさまに角を向けました。
「こいつのおかげだな」
 キツネが鼻にしわをよせます。
「おいおい、角をひっかけるなよ。ここらじゃ見かけない珍しいキノコなんだからな」
「わかってるさ」
 なぜかシカは四本足をふみしめて立っています。
 キツネの金色の目がきらりと光りました。
「シカさんよ。あんたをさそって正解だった。おれひとりだったら、馬鹿なモグラくらいしかひっかからなかっただろう。あんたを見て、うたぐりぶかいヤマバトも血相変えて飛んでったぜ」
 木のかげから見ていたイタチは、口をあんぐりと開けました。
 キツネとシカは最初からぐるだったのです。
 キツネは、キノコの前にしゃがみました。
「そろそろみんながもどってくるぞ。さてと、お祈りのまねごとでもするか」
 それらしくキノコに向かって頭をさげています。シカはその後ろで、さっきからやたらと耳をぱたぱたうごかしています。
「なあ、耳がかゆくないか?」
 キツネは聞こえないのか、キノコに頭をさげながら、なにやらぶつぶつつぶやいています。
「キノコさまはすばらしい、ありがたいキノコさま、ありがたや、ありがたや……」
 キツネが頭を上げた瞬間に、両方の耳から、何か、小さな丸い……銀色のキノコのようなものがちらりと見えました。
「キノコさま……キノコさま……」
 キツネはなにかとりつかれたような様子でいつまでもぶつぶつとなえています。
「キノコさま…」
 つぶやいたシカの耳からも、銀色の丸い何かがちょこんと出ています。
 おそなえものを待つキノコさまは、神々しい光をたたえて、さっきよりまた一段と大きくなっているようです。
 イタチは、ごくりと息をのみこみ、そーっと、後ずさりしました。

(了)

高橋桐矢プロフィール
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高橋桐矢既刊
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