「革命」井上剛

(PDFバージョン:kakumei_inouetuyosi
 俺は、北海道征服を企む革命的秘密結社、〈冬の屍〉の行動隊長だ。
 我が〈冬の屍〉は、腐りきった現代社会を破壊し、新たな社会を打ち立てることを最終目標としている。その手始めに、この国において地理的に独立性が高く、かつ一個の政体を樹立できるだけの地勢的経済的規模を有する北海道を我が物としようと企図して、この北の大地を活動拠点に選んだのである。
 長年、その存在を知られないよう秘密裏に活動してきた我が〈冬の屍〉であるが、遂に本格的な北海道征服作戦を実行に移すこととなった。
 行動隊長たる俺の役目は、テロや破壊工作を行うことによって北海道社会を混乱の坩堝に陥れることだ。その隙に乗じて、我が結社が周到に準備した地下組織のネットワークを発動し、道内全域を一挙に制圧するのである。
 もし、征服作戦の嚆矢を飾る俺たちの行動が失敗すれば、世間にその存在を知られてしまった〈冬の屍〉は、この国の腐りきった政体の意を受けた道内各地の既存権力によって屠られてしまうことだろう。
 俺の隊の行動は、絶対に失敗が許されない重要なアクションなのだ。従って、行動計画は念入りに練った。
 俺は、北海道の中心都市である札幌が最も賑わう二月の「さっぽろ雪まつり」に狙いを定めた。この華やかな舞台で、テロ活動を行うことにしたのである。
 無数の札幌市民および観光客をターゲットにした無差別テロによって俺たちの力を満天下に知らしめ、革命の狼煙を上げる。北海道発展のシンボルとして営まれてきた雪まつりが、血塗られた革命の出発点となる。まさしく、我が結社の決起に相応しいテロ活動ではないか。
 札幌の市街地の中心を貫く大通公園に並んだ幾多の雪像。その中に、超強力な爆弾を設置する。しかも、化学兵器である有毒ガスも仕掛けておくのである。雪まつりで大勢の人間が殺傷されたなら、札幌、ひいては北海道の社会が恐慌状態に陥ることは明白だ。
 実行は夜がいいだろう。ライトアップされた会場。雪と氷と光の一大ページェント。笑いさざめく若者たちの姿。記念写真を撮る家族連れ。会場整備の警備員たちの顔もどこか平和に酔っている。そんな光景が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化す。我が〈冬の屍〉の手によって!
 練り上げた計画書を読み返し、俺は武者震いしながらほくそ笑んだ。
 さあ、いよいよ計画を実行に移す時がきた。
 計画は、完璧に成されなくてはならない。途中で露見して未遂に終わるようなことがあってはならない。よって、雪まつり本番になって、出来合いの雪像にこそこそと爆弾を仕掛けるような真似はできない。無論、制作中の雪像に仕掛けることも不可能だ。そんなことをしたら、その雪像を制作している連中に見咎められてしまう。
 本当なら、高さ十五メートルにも達する大雪像を爆破して、革命の狼煙をより盛大にしたいところだが、ボランティアを含めて数多くの人が携わり本格的な建設機械まで投入して制作される大雪像に細工をすることは、事実上不可能だ。
 ましてや、大雪像の制作には陸上自衛隊の北部方面隊が中心的な立場で参加している。国家権力のもっとも先鋭的な手先である自衛隊に俺たちの計画を嗅ぎ付けられる危険性は、絶対に排除せねばならない。
 となると、方法はひとつだ。我が〈冬の屍〉行動隊自らの手で、雪像を作るのである。
 雪まつりには「市民雪像」という催しがあり、一般参加の市民が自分たちの考えた雪像を作って展示することができる。これを利用するのだ。自分たちで作る雪像になら、どんな細工だってできるだろう。
 市民雪像は規格が定められていて、二メートル立方以内に収まっていなくてはならない。規模としてはいささか物足りないが、背に腹は変えられない。仕掛ける爆弾や有毒ガスの性能を高めればよいことだ。
 その年の晩秋、俺は革命への決意を胸に秘めて、我が勇敢な行動隊の同志数名を伴い、市民雪像制作の申し込みへ出かけた。
 雪まつり会場のあちらこちらに、俺たちの手による雪像――言うなれば〈革命の雪像〉を立て、会場がもっとも賑わっているタイミングを見計らって、同時多発的に爆発させる。想像するだけで全身の血液が沸騰しそうなほど興奮してしまう。
 しかし俺の計画は、雪まつり実行委員会によっていきなり変更を迫られることになった。同志全員にそれぞれ申し込みをさせようと思っていたのに、一つのグループが制作できる雪像は一基だけだというのだ。俺は抗議したが、複数の申し込みがバレた場合は全ての申し込みが無効になると係員に説明されては仕方がない。事を荒立てて我が〈冬の屍〉の存在が露見しては元も子もないではないか。
 グループ名を変えて申し込みをすればよいのかもしれないが、我が誇り高き〈冬の屍〉の名を偽ることはできない。俺は引き下がった。
 なに、たとえ雪像一基でも、十分な破壊力を込められればいいのだ。我が結社の科学研究部の技術力をもってすれば容易いことだ。
 しかし、次なる問題が持ち上がった。市民雪像で企業・政治・宗教などの宣伝をすることは認められていないと言うのである。俺たちは雪像そのもので〈冬の屍〉の宣伝活動を行うつもりはないが、宣伝と見做されるような雪像のテーマ・デザイン・グループ名などは許可されないらしい。
〈冬の屍〉という名称は、如何にも思想的活動団体を思わせる。それを見咎められて計画が露見しては困る。俺は泣く泣く〈気まぐれスノーマン〉というグループ名をその場ででっち上げ、申請用紙を書き換えた。
 実行委員会の係員は言った。
「それでは、代表者の方は再来週の公開抽選会に必ずお越しください」
 市民雪像の制作申し込みはたいそう人気があり、毎年四、五倍程度の競争率になるのだという。俺は嘆息した。
 迎えた抽選会の日、革命への決意を胸に秘めて抽選会場へ出かけた俺を待っていたのは、敢えなく落選という運命だった。
 俺たちの北海道征服作戦はいきなりの頓挫を強いられた。しかし、こんなことで崇高な革命を諦めるわけにはいかない。
 俺たちは翌年も市民雪像参加申し込みに挑戦した。さらにその翌年も。
 四年目、ついに俺たちは当選した。抽選会の受付で手渡された番号札を、自分の手で抽選箱に入れ、その抽選箱から俺の番号札が取り出されて読み上げられた時は、喜びの涙がこぼれそうになった。いよいよ、革命の狼煙を上げる時が来たのである!
 無論、そんな興奮は心の中に押し隠し、俺たちは粛々と計画を進行させた。
 抽選会の後、まずは雪像のテーマや設計図を提出せねばならかなかった。また、完成した雪像の前に立てる看板のコメントも提出を求められた。
 無論、ここで〈冬の屍〉の名称やその革命理念を書き連ねるわけにはいかない。俺たちは、〈気まぐれスノーマン〉というカムフラージュのグループ名で押し通すことにした。また、雪像のテーマやデザインは、皮肉を込めて世界平和をモチーフに選んだ。笑顔をあしらった地球儀を大勢の人間や動物たちが囲んで手を取り合う、というデザインだ。この雪像が大爆発を起こして多くの市民を殺傷するのは、さぞかし痛快だろう。
 だが、ここでまた横槍が入った。革命への決意を盛り込んだ俺たちの雪像設計図は、いきなりダメ出しを食らったのである。
「このデザインでは、細かい部分がすぐに融雪して崩れてしまいますよ」
 実行委員会の勧めに従い、俺たちはデザインを変更した。非常に忸怩たる思いではあったが、親身になって助言する係員を邪険に扱って、万が一にも当局から目をつけられて計画が露見するようなことがあってはならない。
 一月半ば、市民雪像参加グループに対する技術講習会が開催された。粘土を用いて雪像制作の練習を行うのである。俺たち〈気まぐれスノーマン〉を装った〈冬の屍〉は素人ぞろいだったが、実行委員会の技術指導員による指導を受けて、なんとか技術を習得することができた。
 講習会場には、過去に何度も参加している経験者も数多く来ていて、自分たちの設計図を立体化して細かな修正を検討するなどの作業の傍ら、俺たちのような初心者にもいろいろと助言をしてくれた。
 これで、革命の狼煙である無差別テロへの準備はすっかり整った。
 迎えて二月、いよいよ雪像制作だ。制作期間は、雪まつり初日に先立つ五日間と定められている。
 そして、ここでもまた俺たち〈気まぐれスノーマン〉の目論見は粉砕された。指定の展示場所には、三メートル四方の雪の台座の上に二メートル立方の雪塊が既に設置されており、俺たちはそれを削る作業しか許されていなかったのだ。
 雪まつりの雪像に使用される雪は札幌近郊から運ばれてくるが、その量は五トントラック延べ六千台分以上だという。それらは一月上旬から約半月をかけて会場に運び込まれ、陸上自衛隊と実行委員会によって、あらかじめ規格どおりの雪塊の形状で二百か所以上に及ぶそれぞれの展示場所に準備されてしまっていたのである。講習会の後、俺たちが結社のアジトにこもって粘土を相手に雪像制作の練習を続けている間に、会場ではとっくにお膳立てが出来上がっていたというわけだ。
 抽選会での当選番号がスプレー書きされた雪塊を見上げて、俺たちは途方に暮れた。手で触れてみたが、しっかりと固められている。道具を使って削っていくことは可能だが、今から内部に爆弾やガスボンベを封じ入れることは到底不可能だ。
 俺は悩んだ。しかし、せっかくの革命の機会を無為に見過ごすことはできない。今回、決行を見送れば、次はいつまた当選できるか分からないのである。
 結局、爆弾とガスボンベは、決行直前に持ち込んで雪像の背後に隠し、遠隔操作で爆破することに計画変更した。雪像やその周囲への工作物等の設置は認められていないが、短時間なら発見されることはあるまい。北海道発展の象徴である雪まつりの雪像の内部から革命の狼煙を上げる、という様式美は満たされないが、これもやむを得まい。
 革命の決行は、雪まつり最終日の日曜日と決めた。雪まつりが終わる時、新たな世界が始まる、という寸法だ。
 痛いほど晴れ渡った青空の下、ぴんと張り詰めた冷気に身を引き締めながら、俺たちは雪像制作に取りかかった。
 立方体の雪塊に、設計図に基づいた下書きを施し、まずは荒削りを施す。徐々に細かな部分を削っていき、突起状の部分はシャーベット状の化粧雪を貼り付けて細工していく。
 実行委員会はスコップや脚立などの用具を貸し出してくれるだけでなく、制作中のアドバイスもしてくれた。近隣の制作グループも、不慣れな俺たちの作業を見ると手伝ってくれたりもした。中でも親切だったのは陸上自衛隊の隊員たちで、彼らの助力がなければ俺たちの雪像は完成を見なかったに違いない。
 こうして、我が〈気まぐれスノーマン〉の雪像、題して「平和への祈り」は完成した。
 いよいよ雪まつり本番が始まった。
 今回の雪まつりは、天候にも恵まれて例年になく大勢の観光客が訪れた。
 俺たち〈気まぐれスノーマン〉の「平和への祈り」は意外な好評を博し、足を止めて見入る人や雪像の前で記念撮影をする人が日を追うごとに増えていった。
「なんかすんごくカワイイ地球儀の雪像があるって聞いて、見に来たんですぅ」
 などとはしゃいで見物に来た女子高校生の一団もあった。
 近隣の雪像の制作グループとはすっかり顔なじみになり、過去に暖冬で雪が少なかった時の苦労話などを聞かされながら、日々傷んでくる雪像の修復を手伝ってもらったりした。
 そして雪まつり最終日の夜――
「平和への祈り」は、爆破されることなく閉会を迎えることとなった。

 革命は起こらなかったのか、って?
 いいや、革命は起こったんだ。俺たちの心の中でな。

井上剛プロフィール


井上剛既刊
『死なないで』