(PDFバージョン:kirawaremonono_takahasikiriya)
あるところに、きらわれもののコオロギがいました。
いつも気難しい顔をして、だれかれかまわず、どなりちらすのです。もちろん、家族も友達もいませんでした。
若いキリギリスが、知らずにコオロギに声をかけました。
「はじめまして、コオロギさん。いっしょに合唱しましょうよ」
コオロギはキリギリスをにらみつけました。
「バカにしているのか! わしの羽がやぶれているのが見えるだろう!」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
最後まで聞かずにコオロギはキリギリスにとびかかりました。
「お前の羽も同じようにしてやる!」
かわいそうなキリギリスは、羽をやぶられてしまいました。
コオロギは大声でわらいました。
「いいきみだ! やぶれ羽のキリギリスめ! 悲しんで苦しんで泣くがいい」
旅のスズムシが声をかけてきたこともありました。
「コオロギさん、よい月夜ですね」
コオロギは、スズムシをにらみつけました。スズムシは、大きくてりっぱな羽に、じょうぶそうな足をして、長くてしなやかなしょっかくを優雅にゆらしています。ふるまいも礼儀正しく落ちついています。そのすべてが、コオロギの気にさわりました。
「あざわらっているんだろう! どうせわしは、羽もぼろぼろだし、足も一本足りない、がたがたの年寄りさ。お前さんから見たら、わしなんてクズみたいなもんだろう!」
「そんなこと」
スズムシが最後まで言うのをまたずに、コオロギはとびかかりました。
「お前の足ももぎとってやる!」
かわいそうなスズムシは、さめざめと泣きながら行ってしまいました。
スズムシの後ろすがたを見ながら、コオロギは満足でした。
「いいきみだ! 足なしのスズムシめ! うらんでねたんで泣くがいい」
きらわれもののコオロギは、羽はやぶれているし、足も一本取れてしまっていました。むかし、鳥につつかれてなくしたのでした。命だけは助かりましたが、大きな傷をおいました。
いじわるするようになったのはそれからです。
ひどいいじわるをするコオロギには誰も声をかけなくなりました。
ひとりでいるとつまらないので、わざわざ誰かのところに行っていじわるします。するとよけいにきらわれて、とおざけられるようになりました。
コオロギはもう何日も誰とも話していませんでした。
一匹のシャクトリムシが目に入りました。羽も足もないイモムシでは、いじめがいがなくてつまりません。
「ふん! シャクトリムシか」
シャクトリムシが丸い頭を持ちあげました。
「あなたがきらわれもののコオロギさんですね。おうわさは聞いています」
知っているなら遠慮もいりません。コオロギは容赦なくシャクトリムシをこきおろしました。
「クズ虫め! 木のえだをはうことしかできない、のうなしめ! お前に羽や足があるなら、むしりとってやったものを! そもそもお前は何も持っていないんだからな!」
シャクトリムシは、丸い頭をかたむけてじっと聞いています。泣きもせず、にげだしもしないシャクトリムシの鈍感さに、コオロギはますます腹が立ちました。
「いいか! おぼえておけ! お前はこれからきたならしいガになるんだろう! ぶよぶよと太った腹で、うすよごれた色の羽で夜空をみっともなくとびまわるんだろう。そしたらわしが、お前の羽をやぶいてやる! 足をもぎとってやる! せいぜい泣きわめくがいい! ああ、楽しみだ!」
コオロギは、シャクトリムシがじっと見ているのに気づきました。
「ああ、コオロギさんは、足と羽をけがしているのですね」
コオロギは、やぶれた羽ともげた足を、かくしました。
「見るんじゃない! わしをバカにしおって!」
「バカにしていません。でも、誰かの羽や足を取っても、コオロギさんの羽と足がはえてくるわけではないでしょうに」
コオロギは、怒りのあまり足をふみならしました。
「わしと同じめにあわせてやるんだ! わしの苦しみを味あわせてやるんだ! わしと同じく天をうらみ、世界をのろえばいい!」
体をふるわせるコオロギを、シャクトリムシは、じっと見つめていました。
「それでコオロギさんは楽になるのですか?」
コオロギは、一瞬、ぐっとつまりました。シャクトリムシは、まじめな顔で、おもしろがっているふうではありません。でもそれが何だと言うのでしょう。
「そうだ! わしは、一人でも多くのものを、わしと同じように苦しませたいのだ。世界中のみんなが不幸になったら、わしは本当にすくわれるのだ!」
シャクトリムシは、体をまげて考えこんでいるようでした。
しばらくして顔をあげました。何か晴れ晴れとした顔でした。
「そうですか。それならよかった」
コオロギは、ぎりぎりと歯をならしました。
「お、お、お前は」
あまりの怒りで口もきけずにいるコオロギに、シャクトリムシは、静かに頭を下げました。
「ありがとうございます。わたしがガになったら来てください」
「ゆるさんぞ、絶対にゆるさん!」
コオロギはすてゼリフをはいて、その場をはなれました。
それからの数日を、ぐらぐらとにえるような怒りをかかえてすごしました。
どうやって、シャクトリムシにいじわるしてやろうかとそれだけを考えていました。
まず羽をむしって、それから足をもいで、それから口にどろをつめて、それでもまだたりません。シャクトリムシが泣いてあやまって、許しをこうまでいじわるしてやろうと、あれこれ頭をしぼって考えてすごしました。
やがてシャクトリムシはさなぎになって、しばらくして、フユシャクというガになりました。
待ちに待っていた時がきたのです。
コオロギは、鼻息あらく、フユシャクのもとにかけつけました。
コオロギは、フユシャクに話しかけようとして、気づきました。
フユシャクには羽がありませんでした。
「おい! どうしたんだ? わしにやられる前に誰かにやられたのか?」
フユシャクは答えませんでした。
実は、メスのフユシャクは、最初から羽をもっていないのでした。おとなのガになったら、木の枝をもぞもぞとはって動くことしかできないのです。
コオロギはフユシャクをどなりつけました。
「なんてことだ! おい! 返事をしろ!」
コオロギは、なおもさけびました。
フユシャクが、ゆっくりとはって、近づいてきました。
丸い小さい頭に、シャクトリムシのときと同じ小さな優しい目が笑っています。……笑っているように見えただけかもしれません。フユシャクには口がなかったからです。
コオロギは、言葉をなくして、たちすくみました。
フユシャクというガには、最初から口がありません。食べ物のすくない冬に大人になるガです。短い大人の期間は、何も食べずにすごすのです。
フユシャクが、もぞりとうごきました。
コオロギは、とびのくように下がりました。
「わしは……、わしは」
いたたまれなくなって、肩を落とし、うなだれるコオロギを、フユシャクの丸い小さな目が、ただじっと見つめていました。
了
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