(PDFバージョン:kyouryuutatinoirutokoro_zusikei)
日本は、野田首相によれば(11/12日経新聞朝刊)、TPPに「交渉参加に向けて関係各国と協議に入る」そうである。
反対派によれば、「事前協議に入る」だけで「交渉参加を表明したのではない」のだそうだ。寝言か? 他国は、日本の交渉参加意志の表明である、と受けとめている。
交渉締結まで三年はかかるそうで、その間に総選挙もあれば首相交代もありうる。とりあえず未来に厄介事も借金もぶん投げておくのが、日本の政治担当者の基本姿勢なので、TPPも最後までやり抜く決意があるのかどうか疑問である。
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TPPについて、TwitterやFBをみるかぎりでは、個人はこの問題について極端に無口だ。
わたしも日本がTPPに参加した場合、自分や家族の環境がどうかわるのかよくわからない。消費者や勤務者は利益を受けるらしいが、なんだか薄ぼんやりしている。不利益を受ける人々ははっきりみえるが。
しかし本当にみえているのか?
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ファンタジー的に解釈すれば、日本は、頑丈な規制の塀で囲われた牧草地である。
そこに昔から恐竜の群れがいて牧草を分け合っている。外のライバルはこないが、限られたエサをめぐる競争は熾烈である。
強い個体は外にでてエサを運んでくるようになった。鳥類になったのである。
しかし、塀で囲えば、お得意様も塀を建てる。そのうちお得意様は、塀のないもの同士で取引をはじめた。日本は弾かれだした。鳥たちは次々塀のない国に巣を移していった。
「門はあけない」
恐竜たちは開門をこばんでいる。長年、塀に守られてきて足腰が弱ったかれらは、外来種に太刀打ちできないと心配している。実際にそうかもしれない。
鳥類にしてみれば、門をあけてもしめても、どのみち恐竜たちを養わなければならない。過半数の鳥は、すでに逃げていった。残った鳥たちは恐竜たちに、「マッチョになって自力でエサをとればいいじゃん?」といっている。
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恐竜たちの目下の不安は、規制の塀がなくなることだが、それだけではない。
エサの作り手が減ってしまい、今かれらは、自力で生産できる量の二倍を食べている。若いペアの生産分は、所得として可視化される前に、既得権を持つ古い恐竜たちに持っていかれる。ヒナの数はますます減る。
今の日本の歳出が歳入の二倍で、自国が借金で回っていることを大方の日本人は知っている。
メディアが日本の債務問題について説明するとき、「日本の国債は国内で保有されておりますので事情が異なります」と判で押したようにいう。
日本政府の国債を買っているのは、日本の金融機関で、ようするに国民の預貯金と、生保が担保である。日本が世界有数の債務国であるのに、安穏と赤字国債を発行しつづけているのは、そういうわけだと。
なんで破綻後のことを話さないのかね?
みんな知ってるから? 本当にわかってるのか疑問である。
太平洋戦争の敗戦後、日本の戦時債は紙くずになった。預貯金も封鎖されて、わずかな生活費を残してお金はお国に没収された。そう、没収されたのである。即時に新円に切りかえられて、旧札は使えなくなった。
利子が返済できなくなれば、国民の預貯金の没収と生保の支払い停止。もう一度それが起こるんである。
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たくさん資産を持っている人や企業は当然のことながら、資産を海外に移す。国税局は追いかけているが、記事になるのは個人資産の隠匿ばかりだ。オリンパスの不自然な会計処理が見逃されたのは、なぜだろう?
じつは、こうした会計処理によって、多くの企業が黒字分を国外に移しているからだ。それらのほとんどは完全に合法的で、説明のできる投資や買収案件である。赤字隠しや債務隠しではないきちんとした資産の移動であるなら、それを止める方法はない。
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恐竜たちは必死である。
だがよくみれば、恐竜たちよりもっと必死になっているグループがある。
規制がなくなれば、塀が消える。この塀もじつは人でできているのだ。
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死活問題の人々は、マスメディアによく登場する。だいたいは農家の人たちである。
その昔、わたしも規制をなくすな、という署名活動をしたことがある。
というのも、実家が酒類をおもに扱う商店だったからだ。
大店法で零細商店に客がこなくなり、酒・たばこの免許制が改正された。免許制が実質なくなる直前、家庭の事情で店を閉めた。廃業のために、市の酒類組合まで廃業届を持っていった。理事長は市の税務署から天下ってきた人で、週一日、それも午後しか出勤してなかった。電話をかけて予約して、一週間後その時間にあわせて廃業届けをだしにいった。
週半日の労働でフルに給与がもらえて退職金がでるのだ。こんな仕事があるのかと驚愕した。理事長がじつに有能な人だったのも感動した。免許制度を守るために、当時、日本中の酒販店は、お金をだしあって、地域ごとに組合を作った。税務署を退職した人にポストを提供するためだ。そうすれば既得権は守られる、と全国のお酒屋さんは無邪気に信じていた。
反対活動むなしく酒類販売の免許制度が変わったとき、地域ごとの酒類組合が一斉に解散になったが、当然だろう。
そういうシステムを、網の目のように業種ごと地域ごとにかけてある。日本の電力が割高なのは当たり前で、みかけの二、三倍の維持費がかかってるのである。
今の厚生年金は、大手企業や業種別の年金組合が細かく作られていて、どこも人件費が出費の半分以上を占めている。年金としてではなく、年金組合職員の給与として年金の半分が使われているのだ。当然立ちゆかなくなる。ところが、簡単には解散できないのだ。解散するときは、累積赤字を、参加している会社が頭割りで負担しなければならない。そんなことになったら、メンバーの企業はバタバタ倒産する。解散するにできず、仕方なく維持されている年金組合も多い。
こういう規制が高度に進化した国が、今のギリシャである。
ギリシャは既得権保護がいき届きすぎて、新規参入やベンチャーがほとんど生まれない。
新規参入をつぶした結果、食える仕事が公務員だけになって、みなが殺到した。
ギリシャで認可や免許で守られている仕事にありつくには、平均年収分ぐらいの賄賂が要求される。苦労して手にいれた既得権をなしにされるのが困るから、国民は騒いでいるのである。
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酒類の免許制の既得権はなくなった。タバコもコンビニに解放された。
マンション一階に店を構えているタバコ屋さんは、タスポの導入でタバコの売上は二割になったといっていた。反対署名を集めたが効果はなかったそうだ。タバコ屋さんは、「お上が決めたことだから仕方ないですもんね」とあきらめ顔だ。
日本の庶民は、既得権を外されたときは騒ぐが、すぐあきらめる。既得権はお上がかけたハシゴだから、お上が外すのなら仕方ないと思ってる。
酒類免許というのは、戦後の混乱期、小売業の徴税を円滑にするために、お役所が業界にくれた飴だった。タバコは戦争未亡人の救済策である。タバコ屋がおばあちゃんばっかりだったのは、そういう理由だ。どちらも役目は果たしおえた。
無理を承知で全国の酒販店が反対したのは、生活がかかっていたからだ。
「農家のため」に農協は反対して、「患者さんのため」に医療関係者はTPP交渉に反対だという。当事者たちはどうなの、という疑問がおのずとわく。当の農家や、患者さん(自分も含め)がたは本心から全員反対しているのだろうか?
もしこれが農協自身、医療関係者自身の既得権を守るために、断固反対ということなら、邪推の余地はない。わたしも断然共感できる。
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それにしても、医療業界が「医療の自由競争」を敵視する理由はなんだろう?
外国人看護師を、日本が「受けいれた」ときの騒動が参考になるかもしれない。
日本の医療現場は過酷で、海外に応援を頼むほど切迫している。にもかかわらず、日本の規制はゆるまなかった。受けいれる現場の日本医労連も反対した。
(日本医労連の声明http://www.irouren.or.jp/jp/old/seisaku/seisaku71.pdf)。
アゴラの井上 晃宏さんによれば、一人の外国人看護師の雇用に2億2500万かかっているそうである。
(http://agora-web.jp/archives/1345735.html)
規制が取りのぞかれた場合、患者に格差が生じるなら、診る側も同様だろう。世界中から医療機器、製薬会社、医療技術者がやってくる。
専門資格を持ち、言葉の壁で守られている医療現場は、日本でもっとも失業から遠い業種にみえる(労働環境もハードを極めるが)。それでもいろいろ心配している。
医療問題の根本にあるのは、金欠である。
医療は、制限をつけなければ際限なくコストを増やせる分野だ。国民皆保険なので、ほぼ全額税金で賄われている。医療費を増やせばほかにしわ寄せがいく。祖父母両親子どもひとりのやっと食べている五人家族に病人がでれば、中三の一人娘の進学がたちまち問題になるようなものだ。
「わたし高校進学をやめるから、その分、おばあちゃんの介護費とおとうさんの治療費に回して」
今の日本の歳出はこの家の家計に似た構造になっている。
国や自治体の財政がパンクすれば、ジャブジャブ出ていた公的医療費の蛇口は閉じる。
人手不足で、現場は疲弊する(日本は今ここ)。医療機関の順番待ちが長くなれば、自由診療の病院にしぶしぶ切りかえる患者もでてくる(イギリスはここ)。公的医療が制限されているため、民間の医療保険に入ることになる(アメリカはこの先の行き止まり)。医療格差は行政の財政破綻によって引きおこされるのである。ハゲタカがくるのは、歳出超過で日本の公的医療が死に体になっているからだ。
財源の総量は減っているが、蛇口は年々増える。結果的にひとりあたりの割り当ては減って、今や孫世代の分まで汲み上げている。
蛇口と配水管自体も、どっさり財源を吸いこんでいるのだが、そこは国民にはみせない。直接関わってくる部分が、たまにみえるだけだ。
一番わかりやすいのは、医療費や介護関係の申請をだしたときだろう。機械的にハンコを押す前に、綴りを一枚ずつめくることをおすすめしたい。
申請書の写しには、関与している独立行政法人の名前が書いてある。一見、役所の部門のような無害そうな名前がついている。天下り団体である。申請すればもらえる補助の一部が手数料としてここに流れている。この利権構造の精緻さにはほとほと感心する。
外国人看護師ひとりに2億2500万かけたのは、海外に丸投げしても官には利益がないからだ。規制をゆるめるには、すでにある規制がらみの独法を廃止しなければならない。何人かの身内が職を失うことになる。しかしこの案件は、首相が受けいれを明言したわけだから、予算がつく。官僚が予算を決めて、官僚がそのお金を使って、今の規制に触れない受けいれの組織を作ればポストが増える。かくしてコストは青天井にふくらんでゆく。こうした規制を利用したポストの増殖が、「塀」の原動力である。
酒販組合が負けたのは当然だった。小売業は税金を払うだけで、税金が流れこむシステムがないのだ。巨額の税金が流れこんで項目が細分化されてはじめて揺らぎのない利権構造が定着する。税金の受けとり超過団体のほうが、圧力団体としては強いのである。
TPP交渉参加に、真に反対しているのは、規制廃止が直撃するグループ。つまり「塀」の人々だろうと思っている。
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塀の中の恐竜たちは、ずいぶん弱ってしまった。
高齢化して、消費力が落ちて、インフラは老朽化した。
塀からみれば、これは好都合である。弱った恐竜を守るため、という名目で、塀を維持できる。
「行政改革、公務員改革」
このスローガンをかかげた政権は、どれもこれもやり遂げる前に方針転換したり、首相がノイローゼで逃走したりして壊滅した。有罪になった元首相もいる。
改革するといった瞬間、みえないところから石が飛んでくる。
石を投げる人ってのは、ネットで騒いでいる庶民のことではない。首相のクビを変えたり、目障りなIT企業の社長を有罪にできる人たちのことである。塀の中に囲われた恐竜が草食竜なら、塀は肉食恐竜である。
だから、TPP参加というのは、隠れ行政改革なのだとわたしは思っている。
そうでなかったら、国会があんなに紛糾するわけがない。
今、塀は、草食恐竜の頭や手足を動員して死にものぐるいの圧力をかけている。参加して交渉ではなく、参加拒否なのはそのためだ。なにがなんでも交渉に参加したくないのである。政権が変われば、次の政権が、チャブ台ひっくり返し技をだすかもしれない。
失礼だが、今の首相は改革とは縁遠そうな人にみえる。玉虫色の発言からも、本心はTPPに参加したくないのが丸わかりだ。それでも参加を決めたのは、拒否すれば日本の外交は終わって、国内ではデフォルトが現実になるとわかっているからだ。
反対派がやっきになって世論を盛りあげようとしているが、世論調査では意外に賛成派が多い。NHKの世論調査をみても、賛成派34%、反対派21%と賛成派がリードしている。都市部のほうが賛成派が多く、農村のほうが反対派が多いことは予想できる。毎日新聞が、山梨県でとったアンケートがある。
(毎日新聞『山梨県TPPアンケート』http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20111109ddlk19020113000c.html)
特筆すべきは、農家の反対が65・2%で、全員が反対ではない、という点だ。農協は92%が反対。農家より農協が不利益を被ると捉えている人が圧倒的に多いのだ。
おおかたの人も、反対派がどんな人々かぼんやり気づいている。
「わからない」と答えているのは、既得権が自分の利益にうっすら関わっていると考えている人々だ。わたしも不利益をこうむるかもしれない。しかし参加しないことの不利益は、明らかになりつつある。
仲間外れ、である。
世界は、いくつかの自由貿易協定でブロック化されつつある。日本も、各国と通商条約を結んだ。だが、それでは不十分なのだ。東アジア包括的経済連携協定EPAの目玉のひとつが、外国人看護師だったといえば、経済連携協定がいかに国内団体に配慮したものだったかわかるだろう……。
TPPに参加できず、貿易自由化のグループから外れたままだと、日本は早晩世界の経済圏からはぶかれる。大きな企業はすべて貿易協定グループ内の国に移転して、国内には規制の塀しか残らない。恐竜が死んでも塀は生きつづける。そうなったら、日本のトキが死んだときみたいに、新しい恐竜を中国からもらってくるのか?(たぶんそうなる) むろん、塀には地方にお金を回すという大事な役割もある。しかし刈り込みなしでは、支払う側はこれ以上の負担には耐えられないのだ。
対外的には、孤立した日本は、中国の軍事力と経済力に圧倒されて、「きみ、ルールを守れよ」ともいえずに押し切られそうな情勢である。
アメリカか、中国か。どっちのジャイアンがましか?
どっちのジャイアンにしても、ジャイアンズに対抗するには、ルールを守る子たちで結束するしかない。
11月13日の日経新聞朝刊によれば、日本は中国の貿易交渉の主導権を回避するため、アメリカの提唱した団体戦に潜りこもうとしている、そういうことらしい。(11/13日時点でアメリカ以外の国は日本の参加を正式に承認した。アメリカの場合、議会の承認を得る必要があるため、日本のTPP交渉参加は正式に決まったわけではない)。
アメリカは日本のTPP交渉参加にはみるからに気乗り薄である。APEC首脳会議での日本の扱いをみても、それはありありと感じる。アメリカにとって今ごろ日本と交渉してもウマ味はないのだ。だが日本にとってはどの分野も死活問題である。
どこを守って、どの分野を開放するのか? 農産物か工業品か? 保護品目数は限られている。どの品目を保護するかで、産業間の利害が衝突する。
資源防衛の団体戦でビリになるなら、農水省の存在意味はない。農水省だけなく、虎の子のゆうちょを守る総務省、厚労省、経産省も正念場である。TPP交渉は、国内では、霞ヶ関の省間の権益争いなんである。一番負けた省は、実質庁に格下げ。そのくらいのダメージをくらうだろう。
塀にはぜひルール作りに参加してもらい、国民を守るためのルールを作ってほしいと思う。塀自身を守るために一丸となってのチャブ台ひっくり返しじゃなく。
塀がなくなれば、それを保持してきた人々は、塀からでてくるだろう。
とびきり有能な人々が、塀に囚われて塀を守る仕事に汲々としているのだ。もったいない話ではないか。
日本政府がデフォルトを起こすまで、あと何年?
震災復興の法律が足りない、システムが足りない、インフラは老朽化している。迫りくる日本の危機を回避すべく、有能な官を総動員して、国益に叶う仕事をしていただきたい、と誠心思うのだが。
この願いも結局ファンタジーに終わるのか? (2011年11月17日執筆)
【参考にした本やサイト】
『天下りの研究』(中野雅至)明石書店
『日本中枢の崩壊』(古賀茂明)講談社 (古賀さんも現役時代は、結構黒いことをしていたようです)
2011/11/12と2011/11/13日付けの日経新聞朝刊。(朝刊をみて書きました。浅いです)
『世論調査』NHK(2011/11/11)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/101408.html
『TPP問題に思うこと』津上 俊哉 (アゴラ)
http://agora-web.jp/archives/1395814.html
『山梨県TPPアンケート』(毎日新聞社)
http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20111109ddlk19020113000c.html
『外国人看護師:なぜ実習が先で国家試験が後なのか』井上 晃宏(アゴラ)
http://agora-web.jp/archives/1345735.html
日本医労連の声明
http://www.irouren.or.jp/jp/old/seisaku/seisaku71.pdf
朝日新聞ネットニュース 『3年目、13人が合格』
http://www.asahi.com/national/update/0325/TKY201103250413.html
図子慧既刊
『晩夏』