(PDFバージョン:aigannyouseikauaii_kurobamasato)
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≪愛玩妖精カウ・アイー≫
〈概要〉
アーク・アイランズで発見された動物。
多彩な毛色、瞳の色を持つ。
小型なものは、身長一メートル。
大型では、一・三メートル規格となっている。
オプションとして、オスタイプの下半身、メスタイプの胸の大きさは、買い手の希望サイズに変更可能(ただし別料金)。
〈史実〉
六州からなる世界大島ワールド・アイランドの東端海上に、弧状列島アーク・アイランズがある。
四つの大島と細かな諸島からなるアーク・アイランズには、過去、ヤパンという、我らヒト、ハイ=ヒューマンに大変よく似た〈野生動物〉が住んでいた。
ソレを発見したことが始まりだった。
野生動物にしては我らヒト、ハイ=ヒューマンによくなつき、しかも愛らしくも短い我らヒト、ハイ=ヒューマンの幼少期に似た外見をかなり長いあいだ保っていられる生きものであることが判明すると、その素質からさっそく、愛玩用動物カウ・アイーとして管理、養育されるようになった。(現在では養殖種のみが残り、野生種は絶滅している)
今現在のアーク・アイランズでは、愛玩用という目的に沿って、遺伝子レベルから徹底管理されたカウ・アイーが、カウ・アイー用人工子宮器カウ・アイー・ウテルスによって生産されている。
計画生産された〇から三歳児までの愛玩妖精つまりペット・フェアリーを生育、教育、出荷する機関としてFBS、フェアリー・ブリーダー・センターがある。
ペット・フェアリーの寿命は十五歳までと製造時に一律規定され、ヒトビトの要望もあり、三歳個体から出荷している。
生産されたものの中には、我らヒト、ハイ=ヒューマンに外観が似ているとはいえ、結局は野生動物であるから、我らヒト、ハイ=ヒューマンに慣れないものもいる。それどころかむしろ凶暴性さえ発揮するといった性格のよくないもの、つまり精神というか内面的不良品も発生する。
それにペット・フェアリーとしての製品規格に合わない重大な致命的外観キズ、〈目が小さい〉〈身長が大きすぎる〉〈直径三ミリ以上ある若干の皮膚シミ〉などの不良品も出てくる。
またときおり発見される、管理外となる計画外性交によって発生する野蛮種〈ワイルド〉は、愛玩用という生産目的にかなわない雑味あるものである。目・瞳・髪・体格が規格予定外のものとなってしまうこのワイルドは、イヌで例えるなら、チワワが欲しいのに、ブルドッグの血を混ぜてしまったようなもので、正しき規格製品とはならない。商品としては 処分せざるをえない。
内面不良・外面不可・望まれない雑種。
どれらも発見され次第、廃棄されることになっている。
廃棄方法は次のようになる。
まずは欠陥品数十体を個室に入れる。
すると個室の一方の壁がじりじりと動き出し、欠陥ありのカウ・アイーをもう一方の壁際へと追い込む。
壁際に追い込まれた欠陥品カウ・アイーは、壁に押されるまま、それまで動いていなかった奥の壁が動いたことによって新たに現れた部屋の中に移動させられ、さらに横方向にも押し出されていく。
そして最後に行き着いた部屋でガスを吸わされて、苦しむことなく永遠に眠らされる。
〈不痛死〉は我ら、ヒト=ハイ・ヒューマンからの、せめてもの慈悲だ。
その他少数いる、若干の外科的治療で治せる外形的不良品は廃棄しない。
生かし、成長させ、〇から三歳児のペット・フェアリーの子守としてFBSに残す。
たとえ知能は我らヒト、ハイ=ヒューマンの五歳児レベルでも、最低限のお兄さんお姉さん役は可能だ。
遺伝子レベルから規格調整されたうえで出荷ベースに乗ったペット・フェアリーは、顔形、体形、そしてわずかな差異ではあるが、たしかに存在する性格の違いから、個々に区別、管理される。
まず一歳の時点で、より子供っぽいロリー型、どこか大人びたシスブラ型と大きく二分される。
二歳の時点でさらに、萌えコース、ツンデレコース、オネエサマコース、オニイサマコース、令嬢コース、令息コース、清純コース、妖艶コース、戦闘美形コース、同性愛コースなど、ペット・フェアリー個々の適性を考慮したうえで選別される。
そのあと、コース別の履修を受けさせる。
履修内容、勉強方法は、管轄であるシチズン省ペット・フェアリー部が監修するアニメーション3D立体動画を見て、 それぞれのコースで必要とされる喋りや動きかたを覚え、実行練習する授業ばかりだ。
授業である演習では、様々な姿を見ることができる。
我らヒト、ハイ=ヒューマンが通常出す声から一オクターブも二オクターブも高い音を、小さく、か細い喉からせいいっぱい張り上げ、ピンクとホワイトのフリル付きミニスカートを着て、足まで届くふわふわの金髪巻き毛を宙に華麗に舞わせ、〈魔法の杖〉を振り回している二歳のメスがいる。
高い襟の付いた黒いロングコートを着て、やけに落ち着いたフラットな声で〈呪文〉を唱える、無表情な美形幼顔プラチナロングへアーの、出荷間近でほぼ完成品である三歳オスもいる。
黒髪/黒瞳である〈クラシック〉も含めたこれらペット・フェアリーの顔はみな、教材としているアニメーションに出てくる登場人物を、現実世界で違和感ないレベルにまで我らヒト、ハイ=ヒューマンに近づけた風貌風体である。
出荷時に着させる服装も、アニメに準じた、ロリータ風かエロティック様、それか逆に首元から足元までをすっぽり隠した修道士服のように、やけに抑制されたものが採用されている。
出荷され、買われた先では、その飼い主の好きな服を与えられ、着飾ってもいる。
大きなリボンにふわふわフリルの付いたピンクドレス――すべすべの肌を隠す面積が少ない水着に下着――古代と近代の狭間、中世に建築された古びた城の中で働くのがぴったりの、黒い、執事やメイド服――華奢な体のラインをはっきりと見せる、戦闘服には似つかわしくない太腿も露わなアブソルト・エリアすなわち絶対領域ありきの、やけに肌の露出の多い、原色ばかり使った派手なバトル・スーツ――など、さまざまな装いをしたカウ・アイーが、我らヒト、ハイ=ヒューマンに飼われ、愛されている。
――積極的には認められていない。
だが黙認されているため、
事実上セックス可能。
清潔に管理された精子と卵子、人工子宮器から生まれ出る我らヒト、ハイ=ヒューマン同士の交配などは過去の遺物、おぞましいもの。
だが、オス体であるヤマト、メス体であるサクラとのオス/メス、または飼う側の好みで変わるオス/オス、メス/メス間、さらには一対一でなく、オス体メス体複数で行われることもあるカウ・アイー同士の性行為見物は、ワールド・アイランドにおける娯楽の一つだ。
「ソレ」を試したいと思うのは。
好奇心は。
我らヒト、ハイ=ヒューマンの心が持つ業。
押さえつけるのはよくない。
ゆえの黙認だ。
ともあれ、見る者飼う者が思わず口もとをほころばせずにはいられない愛らしい愛玩妖精、ペット・フェアリー、カウ・アイーは、我らヒト社会、ハイ=ヒューマン社会、ワールド・アイランド社会の中の、癒し的存在となっている。
〈伝承〉
古代、アーク・アイランズに、〈ヒト亜種〉、ヤパンという種族が住んでいた。
チンパンジーよりは、
我らヒト、ハイ=ヒューマン寄り。
我らヒト、ハイ=ヒューマンよりは、
チンパンジー寄り。
――という種族だ。
ヤパンはなかなか優秀な者たちだった。
槍の穂先といった石の加工から、模様ありなしの土器加工――不安定な狩猟生活から安定した農耕生活――単独で弱い個から複数の強い集まり――小さな集団から大きな組織――無数の小国――そして統一統治された島国建国まで辿り着いた生きものたちだ。
しかしそのあとは、口にしてはならない3文字で称される○○○が丁寧に創られた我らヒト、ハイ=ヒューマンの栄光ある発展とは異なる方向に進んでしまった。
一度島国全体を統一統治する政府的なものが登場すると、ヤパン国は、少数の特権階級が多数の民を支配する社会となってしまった。
その時点でヤパンの社会進化も止まってしまう。
六州からなる世界大島とは物理的に離れた、海の中にぽつんとある独立島国国家であるがために、他の地域と地続きの交友や争いがないゆえに、一度強力な支配構造が確立すると、ソレはゆるぎないものとなったのだ。
しかし変化のないところに進歩はない。
一時は世界大島すべてを合わせた経済力をも越えた力を持った極東の島国小国ヤパンだったが、○○○の子である我らヒト、ハイ=ヒューマンより優秀であり続けられるはずがなかった。
頂点に居座る心地よさに怠け心をもってしまったヤパンと、〈今は負けていても最後には勝つ〉という向上心に満ち溢れる我らヒト、ハイ=ヒューマンとでは――というよりも、○○○に粗雑に作られた生きものと、○○○の似姿として念入りに創られた我らヒト、ハイ=ヒューマンとでは、もともと勝負になるはずもなかった。
ヤパンに負けている今は、○○○が我らヒト、ハイ=ヒューマンに与えた試練、さあ、みなでこの試練を乗り越えよう、と発奮した我らヒト、ハイ=ヒューマンの切磋琢磨により、世界大島と島国との経済力バランスが変わる。
世界大島にマネーが集まるようになった。
マネーが集まるところには、マネーを求める我らヒト、ハイ=ヒューマンが集まる。ヤパンからも、ヒト亜種ヤパンにしては優秀な頭脳を持つものたちが、世界大島に渡るようになってきた。
それまで――人件費を切り詰めるだけ切り詰めた結果得られた安価な製品の大量生産――世界初の携帯音楽再生器開発――技術先進国としての青いLED開発――といった、一歩一歩着実に歩んできたヤパンの技術立国としての立場が、優秀なヒト亜種の流出で崩壊していく。
小さい島国ゆえ、技術立国から後退してしまえば、あとはなにもなかった。
技術力がなくなった、しかも元々資源のない島国小国に、経済的成功の道は残されていなかった。
〈優秀なヤパン〉が去ってしまったあと、小さな弧状列島に残されたのは、繁栄の名残り、食うのに困る大量の、非・優秀なヒト亜種ばかりとなってしまった。
ヤパン政府はヤパンが生き残る道を考えた。
手元にあるのは、土地面積に比して多すぎるヒト亜種という資源のみ。
数の多さは、使いようによって、武器になる。
過去にその武器を使って躍進した。
世界大島で使う製品の大量生産を受け持つ〈世界の工場〉作戦だ。
ところが一度贅沢を知った民たちが、今さらまた、低賃金が前提だからこそ成り立つ〈世界工場政策〉を甘受することはなかった。
もう一度ヤパン政府は考えた。
やはり手元にあるのは、大量のヒト亜種のみ。農業でも、工業でも、技術開発でも活かせない、非・優秀な、数だけ多いヒト亜種のみ。
飢えたヒト亜種のみ。
国どうこうより民族としての滅亡危機にまで陥った中、ついにヤパン政府は、ヒト亜種そのものを資源とした生き残り策を考えついた。
それが、〈カウ・アイー計画〉だ。
ヤパン民族の没落・凋落どころか消滅を怖れたヤパン政府は、究極の延命策を発動した。
計画内容は次のようなものだ。
ヤパン政府の意が届く、ヤパン国内に住む全ヤパン民族に対して、オス/メス問わず低身長化/幼児化/中性化の遺伝子操作を繰り返し続け、見た目、外見を大きく変えてしまう生体改造を開始したのだ。
ヒト亜種であるヤパン民族を生き残らせるためにペット化し、世界大島に住む我らヒト、ハイ=ヒューマンに飼わせようという究極のサバイバル策だ。
このままなにもしなければいずれ民族消滅に至ることが決定的となっていたヤパンの必死、なりふりかまわぬ策は見事に当たり、ヤパン転じたカウ・アイーは、類まれなる愛玩動物として全世界に行き渡ることとなった。
その代わり全国民をカウ・アイー化したヤパン国、ヤパン人は、事実上世界から消滅した。
ヤパンが生き残るには資源のない土地に居残るのではなく、裕福な世界に散らばるしかなかった。元ヤパンはカウ・アイーとなって世界にディアスポラ、離散して生き残る道を選択するしかなかった。
――付記すると、先に述べた、世界大島に渡った〈優秀なヤパン〉、そのほとんどは、その地でそのヤパン一代限りの生をまっとうしていた。
その地でのヤパン同士での交配、および出産もあったが、ヤパンに代々受け継がれた、原因不明の、長期的におよぶ体力の衰弱化、加えてこちらも継続的な精神疲労によって、みな死滅してしまった。
この〈優秀なヤパン〉の末路は、ちまたに流れている都市伝説、我らヒト=ハイ・ヒューマンから受けた迫害や差別、によるものではない。
この謎は、今もって原因不明だ。
――ここで一言。
我らヒト=ハイ・ヒューマンの異性と結婚し、交配し、子をなし、子孫を残した――というもう一つの愚かな風説がある。
だが、世界大島に住む者の中に〈ロー・ヒューマン)の血が混ざった〈雑種〉は存在しない。
存在しようがない。
種が、違うからだ。
ともあれカウ・アイー政策が成功したのには、ヒト亜種であるヤパンたちの種的特徴、生まれついての小柄な体格がさいわいしていた。
我らヒト、ハイ=ヒューマンよりももともと十か二十パーセントぶん身長も体重も体格も低く、小さかったので、改造 がスムーズに進んだのだ。
飼われるための戦略〈カワイイ〉を強調するために施された生体改造は、小型化以外にもある。
ヤパン生来のものである重く見える黒髪に手が加えられた。
軽く見える金髪や、天然では、我らヒト、ハイ=ヒューマンや、ヤパンのようなヒト亜種にもありえない、発色のいいパープルやイエロー、ショッキング・ピンク、セルリアン・ブルーなどの髪色への変更だ。
髪型も、やはり天然ではありえないものが多い。
雷に打たれたようなギザギザ立ち。どんな強風にもけっして崩れることのない、盛り上がった頭頂部。
逆に、そよ風に吹かれたとき、まさに妖精を思わせる軽やかさを見る者に与えるよう計算され尽くした長さと量と質を持つ髪――髪型。
黒い瞳から、我らヒト、ハイ=ヒューマンと似たブルーかグリーン、それかグレーの瞳への変更もされた。しかも定番といえる顎先の尖った逆三角形をした小顔、その面積三分の一を占めようかという大きな目ともなった。
比して鼻は小さめ。
唇はいつも潤みをおびた光沢を放っている。
体格は幼児体型からスレンダーもしくはふくよかな少年少女サイズまで。
上記のように、カワイイ存在、愛玩動物としての生き残りかたを選択し、実行し、生き残った元ヤパン。
それがKaw-aii――愛玩妖精カウ・アイー。
以上がアーク・アイランズを発祥の地とするヤパン/カウ・アイー伝説だ。
〈追補〉
その繁殖力の高さゆえに安定供給可能なカウ・アイーの売り値は、今現在で二十ユンドルンと非常に安価なので、ワールド・アイランド住人の中には一人で数体飼っている者もいる。
統計では一人平均一匹以上所持という数値も出ており、我らヒト、ハイ=ヒューマンの人口より多いほどだ。
この数の多さから、我らヒト、ハイ=ヒューマンは、カウ・アイーを、
――飼っているのではなく、飼わされている。
――いずれその数の多さに負けて襲われ、
我らヒト、ハイ=ヒューマンはみな、
駆逐されてしまう。
という〈ヤパン/カウ・アイー世界制覇陰謀論〉がいつからか囁かれている。
だが、カウ・アイーのきらきらと光る純真な目を見れば、その論旨に根拠はないことはすぐにわかる。外見どおり、中身も子どもなのだ。
カウ・アイーの出所が、伝説の国ヤパンの優秀な生きものだというのなら、可能性としてはありうるかもしれない。
だが伝説と真実を混ぜて一緒にしてはいけない。混同してはならない。
伝承はあくまで伝承。
そして史実は、過去に現実におこった正しい出来事の記述として認識しなければならない。
――4本足の動物は
我らヒト、ハイ=ヒューマンに
○○○が与えられし肉。
――我らヒト、ハイ=ヒューマンに
飼われるべく
低能かつ
かわいらしい容姿で
世に生まれ出た動物。
それがカウ・アイー。
我らヒト、ハイ=ヒューマンが崇拝する○○○のありがたき教えを記した●●に、そう書かれている。
その中身内容、一字一句を疑ってはならない。
〈○○○を、
●●を信じぬ者は、
ヒトにあらず、
ハイ=ヒューマンにあらず、
ワールド・アイランドの者にあらず〉
この言葉を忘れぬように。
教えを忘れる、守れぬ者には裁きが訪れよう。
――七歳児用動物図鑑データ
〈愛玩妖精カウ・アイー〉より引用
(了)
黒葉雅人既刊
『宇宙細胞』