「ヴァール断章とそれにまつわる簡潔な報告 1/3」田林洋一

オーガスト・ダーレスに捧げる

1

 一九三九年九月一日、ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次世界大戦の火蓋が切られたことは周知の事実でもあり、また偉大なるドイツ民族にとっては歴史的偉業、ポーランド市民にとっては地獄の始まりでもあろうが、その時に後に「ヴァール断章」と呼ばれるようになる奇怪な文書が発見されたことを知るものは数少ない。同年九月十七日に始まったワルシャワ包囲戦に参加した諜報部所属のドイツ陸軍将校ヨハン・クルツ中佐は、北部のモドリン要塞にたてこもっていたポーランド軍と戦火を交えていたが、突如部下数二名とともに戦線を離脱、それからちょうどきっかり七日間消息を絶ち、誰もが戦死したと考えていた。当時のポーランド軍は対独戦争への気概に満ちており、生存は絶望視された。
 同年九月二十五日、ワルシャワ地区司令官とドイツ軍との間で降伏協定が調印される三日前、クルツ中佐はひょっこりドイツ軍基地に姿を現わして皆を驚愕させた。連れていたはずの部下は一人も戻ってこず、そのことを糺(ただ)された中佐は「極秘作戦に従事していた際に部下はポーランド軍の反撃を受けて全員死亡」との簡潔な回答を寄こした。軍司令部はなぜかこのことについて深く調査することもなく、中佐の答申は乱暴にメモ書きされて、直ちに軍総司令部に輸送された。伝聞によると、内容を確認した司令部は直後に紙片を燃やして隠匿したとのことである。
 クルツ中佐は帰還時に大きなサックを背負っていた。その偉丈夫の肉体は重そうな袋を背負うのに足る力を有していたはずだが、肝心の小銃と食料などを収めた背のうは紛失しており、当人は飢餓のために瀕死状態であった。ピストルだけは腰のホルスターにしっかりと留めてあったが、使用された形跡はなく、中佐がポーランド軍の兵士に反撃しなかったことを物語っていた。部下たちも同様だった、と彼は皆に語った。そして、敵軍を殲滅するよりも重大な任務に従事していたのだ、と暗に匂わせて周囲の疑惑を封じ込めた。
 戦果とも言うべきサックには、短冊状に切り取られたどす黒い、何とも禍々しい木片がたくさん入っていて、そこにびっしりと何かの文字が刻まれていたようだ。確証が持てない言い方をしているのは、中佐がこの木簡についてはあまり多くを語りたがらず、仮に重い口を開いても、核心を突いた疑問を突きつけられた時には言葉を濁し、もごもと口の中で呟いては視線を逸らすか、あるいはあからさまに嫌そうな顔をしたからだ。
 それでも推察できることは、中佐がポーランド北部のある領主の館に入り込み、二人の部下とともに地下室から件(くだん)の木簡を大量に探し出して押収したこと、そしてそこに書かれている文字が全く未知のものであろうということだ。前者については、彼は完全にその質問を黙殺するか、あるいはその場しのぎの言い訳でごまかした。どの館に行ったのか、全く覚えていないというのだ。さらに、部下たちも領主の名前はおろか、地名すら分かっていなかっただろう、と付け足した。事実、中佐の説明はこの件に関してもころころ変わり、教会の戸棚から見つけ出したと言ったり、打ち捨てられた農家の地下壕から発掘したと主張を変えたりして、調査班を煙に巻いた。もっとも、中佐には騙したり欺いたりしようとする意図は毛頭ないらしく、記憶も定かでないようだった。
 後者の木簡については、最初はスラヴ語圏最古の文字であるグラゴール文字の可能性を仄(ほの)めかしたが、この文字を子どもの頃に読んだことがあるというクロアチア自治州出身の老兵は、曖昧に否定的な返答を寄こした。似てはいるけれども、どこかが決定的に違っていて文字としての体をなしていないというのだ。また、彼が言うには、この正体不明の文字には何か忌まわしいというか、人を不安にさせるような要素があって、あまり長い間見たい代物ではない、とはっきり言い切った。更に彼は、そもそもグラゴール文字はポーランドには伝わっていなかったのではないか、と自信なさげに付け加えた。彼の直感は的外れではなく、後日、歴史的には主に南スラヴ語圏で使用されており、確かにポーランドやロシアではほとんど普及していないことが明らかになった。
 似ているとは言え、木簡に書かれた文字がグラゴール文字でない以上、老人の不安は無意味に思えた。その他、様々な言語の様々な文字の可能性を探ったが、彼らの限られた知識ではまったく正体が分からず、結果として書かれている内容も分からないという五里霧中に陥った。諜報部に所属しているクルツ中佐の同僚たちは、ポーランド人の暗号ではないかと噂し合ったが、中佐に木簡の提出を求めても頑なに拒まれた。業を煮やした同僚たちは、諜報部の部長や果ては軍の総司令部に掛け合って中佐の証拠品ないしは戦利品の提示を求めたが、彼らの腰は重く、また歯切れの悪い返答しか届かなかった。
 クルツ中佐が木簡を詰めた重い袋を肩に担ぎ上げると、なぜかカラカラと軽い音が響いた。そのまま軍の上層部と数時間の話し合いを持ったことは事実である。だがその後、奇妙なことに軍上層部の総司令官は中佐の要求を全面的に受け入れ、見るのもごめんだとばかりに顔を背けながら、手をひらひらと振ってみせた。中佐は総司令官を一瞥することもなく踵を返し、ワルシャワを後にした。ドイツ陸軍は中佐を追うこともしなかったし、またその意思も示さなかった。そんなことよりも、目下の戦争で目が回るほどの忙しさで、古びた木切れなどという直接関係のないものにかかわりあっている暇などなかったのだ。
 だが、何人かの見識のある人たちの考え方は違った。軍の将校が、暗黙裡に戦線を離脱して捜索したからには、何らかの相応な理由があるというのだ。だが、合理的な理由は何なのかと問われると、敵軍の機密情報を入手するためでは、と自信なさげに囁き交わすだけだった。とはいえ、この意見にはいくばくかの信憑性もなくはなかった。中佐は諜報部に所属していたし、その頃にはアメリカ合衆国の参戦の噂(少なくとも、ドイツ陸軍参謀総長フランツ・ハルダーはその懸念を報告している)も取り沙汰されていたから、あながちでたらめだとも思えなかった。だが、木簡があまりにも古びていたし、そもそも現代の暗号文書ならば紙面で打電されるのが当然なので、こうした突拍子もない考え方も、いつしか人の口の端(は)に上らなくなっていった。
 クルツ中佐の行方を知るものは少なかったが、何人かの事情通、あるいは事情通を自認する者たちは、彼がドイツ本国に帰って家族と共に過ごしながら、諜報活動にいそしんでいるのではないかとまことしやかに噂し合った。その噂はある意味では事実であり、別の意味では多くの間違いを孕んでいた。中佐は木簡を持ったままドイツに逐電すると、将校を示すバッジといくつかの勲章をどぶに投げ捨てて、誰にも言わずに軍から離脱した。軍役という大義にうんざりしていたわけではなく、それ以上にしなければならないこと、あるいは気にかかっていることが大量にあって、日常生活を送るために必要な様々な雑事に構っている暇はない、という態度を見せた。内地にいた年若い妻には見向きもせず、ただひたすらポーランドから持ち帰った木簡の束をひっくり返しては、度の強いウイスキーをラッパ飲みし、血走った目でそれらの一つ一つを睨みつけた。一度、就寝前に妻が夜の挨拶をしようと思って彼の部屋に行ったが、口からウイスキーの瓶を離さず、手には例の木簡の一つを握りしめて、しきりに蠟燭の明かりで透かすように眺めていたという。その憤怒にも満ちた形相に妻は恐れをなし、それ以後、新婚だというのに彼の私室には一切立ち入ろうとしなかった。
 まもなく、中佐は形ばかり取っていた食事を取る振りすらもやめ、木簡とともに自室にひきこもるようになった。外部の人間とはおろか、たった一人の家族である妻とも交渉することはなく、ひたすら木簡を眺めて過ごす不気味かつ非日常的な生活を送った。やがて、中佐の元に外国語で書かれた大量の書物が届くようになり、海外とやり取りする膨大な書簡も舞い込むようになった。差出人は——その筆跡からして——スラヴ系の人間らしかったが、その他にもイタリアや敵国フランス、イギリス、果ては中東からのものもあった。彼は辞書を引き引き書物にかじりつき、時々傍らの紙片に走り書きをしていたが、すぐに引き裂いて屑籠に放り込み、そして思い出したように拾い直してそれを暖炉に叩き込んだ。秋に入ったとはいえまだ暖炉に火を入れる気温ではなかったが、中佐は妻に命じて火を熾させ、走り書きを完全に焼却した。妻はドイツ語以外は簡単な挨拶すらできなかったが、その書物の奇怪な表紙や五芒星形の図が書いてあるページ、そして何よりもその筆跡——よほど古い書物らしく、手書きで写本されていた——が悪意に満ちたものであると、力を込めて断言した。
 それでは手紙の方はどうか。中佐は郵便配達人が来ると、待ち構えていたかのように飛び出し、受け取るや否やウサギよろしく巣穴に引き返し、封筒を破り捨てながら貪るように読み耽(ふけ)った。だが、大抵の場合は直後に失望の表情を浮かべ、そして例の暖炉に弱々しく投げ込んだ。そんな時の中佐は、書物に向き合うこともせずにただ机に突っ伏しながらウイスキーの瓶を傾けたが、唐突に体を起こすと誰かに見られているのではないかというようにおどおどした態度を示し、突如恐怖に顔面を歪め、そして別の書物を引っ張り出してそのページに頭を埋めるといった奇行、あるいは精神的に不安定にも思える動作を繰り返した。ある時など、様子を見ようと恐る恐るドアをノックした妻は、愛する夫の死相が浮かんでいるとも言える落ち窪んだ眼と、瘦せこけた頬を見て、ひきつけを起こして失神した。その悪魔的な相貌が、神経の細い彼女には耐えられなかったのだ。
 こうした情緒が安定しない夫の様子を見て、妻はおろおろするばかりで何の対策も立てることができず、医者に見せるという単純な解決策すら浮かばなかった。クルツ中佐が神経衰弱を患っているのではないかという噂がどこからともなく流れ、時折買い物や書物受け取りのために渋々外出するクルツ夫妻を見ては、隣人は眉を顰(ひそ)めてひそひそと小声で囁き合った。このため、過敏な妻はノイローゼになり、時折昏睡状態に陥るほどの重病になってしまった。
 ある日、いつものように郵便受けを欠かさず調べていた中佐は、一通の赤茶けた封筒を漫然と開けて目を通すと、驚きのあまり目を見開き、そして歓喜の叫びを上げた。「遂に見つけた、見つけたぞ!」という絶叫が街の往来まで響き渡り、朝早くから店を開けていたパン屋の主人が驚いて、売り物の黒パンを床に落としてしまった。中佐は封筒を振りながら気違いのように庭を走り回り、ひしと妻を抱きしめた腕は往年の逞しさをすっかり失って、やせ細っていた。それだけの苦悩を重ねた甲斐があったのか、彼は脱兎の如く部屋に戻ると大慌てで荷造りを始めた。やがて件の封筒と木簡の束、そして粗末な着替えを二、三枚用意しただけの簡単な荷物を用意すると、勇んで駅に向けて出発した。夫の突然の行動に肝を潰した妻が行く先を訪ねると、中佐は狂気に染まった目をぎろりと向けて「ベルルスだ」と一言だけ残して旅立った。
 それきり、妻は夫の姿を見ることはなかった。

2

 当日、イタリア行きの国際列車に乗ったヨハン・クルツ中佐の姿を、数人の者が目撃している。中佐は木簡の入った袋を大事そうに胸に抱え、着替えが入った背のうには全く注意を払っていなかった。食事らしい食事もほとんど取らず、給仕係が運んできた食べ物を形ばかりにフォークでつつき、そして食事がほぼ残ったままの皿を突き返した。その代わり、持参したと思しきウイスキーだけはやたらとがぶがぶ飲んだ。その表情は、素面でいるのに耐えられないといった様相を呈しており、ワルシャワにいた時よりも更に目を血走らせて視線をあちこちに動かし、始終おどおどとした態度を取っていた。たまたま同じコンパートメントに同席していた年老いた、しかし上品な婦人が声をかけたが、中佐は生返事を繰り返すばかりで、視線を車窓の方に彷徨わせながら例の木簡の入った袋の口をいじってばかりいた。この婦人が目撃したところによると、一度彼が袋の口からそうっと中を伺うような様子をして見せ、木簡のカラカラと鳴る音が聞こえるや否やはっとしたように身を竦(すく)ませ、そして怯えたようにウイスキーの入った瓶に口をつけたとのことである。
 当然のことながら、この婦人には薄汚れた灰色の袋の中に何が入っているのか皆目見当がつかなかったし、またその興味もなかったようである。しかし、中佐のただならぬ気配から、さぞや重要な書類か、あるいは戦争の戦利品か、はたまた彼は——だぶだぶの薄汚れたチュニックを着ていただけにもかかわらず——実は秘密警察の一員で、人には言えない証拠物件を持参しているのではないかと疑った。賢明なことに、彼女は車掌に頼んでコンパートメントを代わってもらい、代わりに折れ曲がった杖を突いた、これまた高齢で穏やかな白髪の紳士が座った。しかし、この老紳士は同乗者には全く目もくれずに新聞を読み耽り、今回の戦争は金持ち連中が始めた人類史上最も凄惨な愚行だとぶつぶつ呟くだけだった。中佐は時折震える手で例の茶封筒の中身を確認し、赤茶けた服の胸元に押し当てると、またもやウイスキーの瓶を傾けた。
 やがて列車がティレニア海に面するアルビニア駅に到着すると、彼は辻馬車をつかまえてアルビニアの市街へ向かい、ラテン語で「美」を意味する郊外のベルルスと呼ばれる漁村を目指した。全くこの名前はふさわしくないと言わねばならないが、そこはドルイドが幅を利かせた土着の宗教とキリスト教が混在している田舎町で、教会の威信はドイツの都市よりも遥かに劣っていた。土着の民は陰気な顔をした若者が多く、男も女も生気に欠けているように見えた。彼らは目的もなくあちこちを行ったり来たりし、たまに安いビールの入ったガラス瓶を傾けたかと思うと、そのまま路上にごろりと寝転がって涎を垂らしていた。老人と子どもたちは、あばら家にこもっているのだろうか、滅多に姿を見せなかった。
 ベルルスの村は鯖と鰯の漁業で生計を立てているようだったが、漁港を訪れる人は少なかったし、漁をするために船を出している人はもっと少なかった。時折往来を歩いている人物を見かけても、大抵酔っぱらって臭い息を吐いているか、あるいは腐りかけた青魚を入れた籠を担いで、よろよろとした足取りでどこ行くあてもなく通りを徘徊しているかだった。奇妙なことに、彼らが運んでいる魚のほとんどが頭だけをナイフで切除したように、あるいは力任せにねじ切るようにむしり取られていて、切断面から魚の血と生臭い体液が地面に滴り落ちていた。ベルルスの住民たちはそんなことには一向に構わず、そして中佐の怯え切った視線にも臆することなく、怠惰にその日暮らしができるほどの量の魚を獲り、切れ味の悪い鉈や包丁で頭を削ぎ落としては海に投げ込み、そしてふらふらと路地に出て魚を捌いたり、嫌悪の表情を浮かべている他所の町から来た商人に魚を売り歩いたりした。
 クルツ中佐はそうした住民たちの、奇特である意味では淫靡にも見える行動には一切注意を払うことなく、ただひたすら茶封筒が示す住所に向かって歩いた。彼が住民たちと接触したのは、足りなくなったウイスキーを補充するために陰気臭い酒場に立ち寄って——渋々、といった様子で——酒場の亭主と最小限の会話をした時と、何とか小銭を掠め取ろうとする波止場の子どもたちがまとわりつくのを一喝して追い払った時くらいだった。
彼は時たま立ち止まりはするものの、迷うような素振りは一切見せずにひたすら歩みを進めた。やがて彼は朽ちかけた木造の家屋が立ち並ぶ、何となくすえた臭いのする一角に入っていった。そのまま、更に奥まった路地の先で、かろうじて建っているように見える一軒家の扉を叩いた。斜めにかしいだ屋根からどろどろの黒っぽい腐汁が時折零れ落ち、その醜悪な臭いに彼は顔をしかめた。
 手が扉に触れるか触れないかのうちにドアが内側にさっと開き、中から頭が禿げ上がった、見事な白い顎鬚(あごひげ)を生やした男が現れた。浅黒い僧服に身を包み、首から禍々しい装飾が施された十字架を下げている。
「クルツ中佐か」僧衣をまとった男がしゅうしゅうというしわがれ声で言った。およそ人間離れした声音だった。「お待ちしていた、と言ったら嘘になるし、歓迎している、と言えば更に噓になるが」
「フランチェスコ・サルバドーレ司祭でいらっしゃいますね」クルツ中佐も不明瞭な声で口を開いたが、それは度重なるウイスキーの痛飲で喉が焼けているからだった。司祭は首を下げて微かに頷いた。「お話にありました木簡をお持ちしました」
「ヴァール断章じゃな」司祭の返答に、中佐の顔色が変わった。
「不必要にその名前をお出しになっては」彼はぜいぜいと言った。「危険すぎます。いくらここは彼の地から守られているとはいえ——」
「大丈夫じゃ。きゃつらの眷属どももわしの領域には手が出せまい」司祭は手を開いて見せた。親指ほどの大きさの平たく丸い石が三つ、握られている。表面に五芒星形の印が刻まれていた。灰色の表面が反射し、中佐の目を射る。「入るがいい。今のそなたに必要なのは、そうした過度な用心ではなく、コップ一杯のミルクとパンだと思われるが」
 サルバドーレ司祭は踵を返してドアの奥に消え、クルツ中佐は慌てて従った。中は外装ほどには乱れておらず、簡素な木の机と椅子が二脚、そして四方の棚には様々な書籍と書類の束が詰まって、床にまで溢れ出していた。右奥の隅に簡単な調理用具があり、司祭は黒パンとミルクの入った壺を持って椅子に腰かけた。身振りで中佐にも座るように促す。
 ほとんど倒れ込むように彼は椅子に腰かけると、差し出されたパンをがつがつと貪った。ミルクを喉に流し込み、自分がいかに喉が渇いていたか、そして腹を空かせていたかを知った。野良犬のように食料を食い散らかす中佐を呆れたように眺めながら、サルバドーレ司祭は白い顎鬚を手でこすった。それから中佐の持っていたサックを乱雑に掴み、中身を脂ぎった床にぶちまけた。中佐はパンを口に押し込む手を止めて、怯えたように司祭を見た。その眼は驚愕と恐怖で見開かれ、涙で潤んでいた。白目は血走って、ほとんど赤く見えた。
「大丈夫じゃと言っただろう」司祭は転がり落ちた木片を一つ取り上げ、呆れたように呟いた。「むしろ、必要な処置なのじゃ。全体を見て、細部を解読しなければならんのでな。断片だけではいくらわしでも全ての解読はできん。全体としての整合性を見なければならぬ」滔々(とうとう)と語るその様は、出来の悪い学生に講義をする教師を思わせた。中佐は再び咀嚼を開始した。誰かに盗られるのを恐れるようなその仕草を見て、司祭は軽蔑したようなひどく金属的で、耳障りな笑い声を上げた。
「帝国軍人の士官様とは思えぬ、惨めで野卑な姿よの」嘲笑を含んだ声音だった。「まあ、無理もあるまいて。何せ相手はあの禁じられた背徳の断章じゃからな。わしで良ければ、早速今から作業に取り掛かるとしようかの」
「今からですか?」中佐は、再びがつがつとパンを頬張る手を止めて、恐怖に満ちた目を向けた。
「今からじゃ」司祭は冷酷に言った。そして、床に転がり落ちた木片のひとかけらを足先で示し、奇妙な渋面を作った。
 その日から、軍人と司祭、世俗と聖職に従事するという相反する職業の二人の奇妙な共同生活が始まった。ベルルスの住民たちはあれこれと噂をするような気力もなければその気もないようで、むかむかする臭いを発するあばら家を生気のない目で眺め、そして爬虫類めいた顔を俯(うつむ)かせたまま、その前を素通りした。昼は全く物音らしい音も聞こえず、時折サルバドーレ司祭が町に繰り出して大量の食料品を買い込むと、そのまま巣穴に潜り込むアナグマのようにあばら家に引きこもった。彼は半ば腐りかけた、通常の神経の持ち主ならば商品棚に陳列させるのは到底はばかられるような奇形の魚や肉の断片、野菜の切れ端を現地の商人から言い値で買い取り、文句一つ言わなかった。商売に目ざといアルビニアの町から来た商人たちは金儲けの機会だとばかりにしきりに売り込みを行ったが、商魂たくましい人々もベルルスに長居をする気は全くないようで、司祭から必要なだけのお金を受け取ると、そそくさと馬車を駆って村を後にした。
 クルツ中佐の姿を見たものは誰もおらず、漁村の堕落した連中としか形容の仕様がない「住民たち」も全く興味を示さなかった。時折商用や、それ以外の理由——怖いもの知らずの旅人も含めた——でアルビニアの町からこの退廃した村に来る者もいたが、彼らは荒廃し、腐って溶けていくようなベルルスの雰囲気にどうにも馴染めず、大抵はすぐに引き返した。彼らは中佐の噂を聞くことはあったものの、詳しいことは何も分からず、他のアルビニアの町人に問い詰められてようやく重い口を割るほどだった。そうして苦労して吐き出す言葉の一つ一つが意味をなさず、アルビニアの住人たちはお互いを見交わして深い溜め息をつき、得体の知れない恐怖に怯えるように身震いした。
「とにかく臭いなんだ。あの悪臭——とても耐えられる代物じゃあない」町外れにある酒場で、禁輸物だが決して上等とは言えないウォッカを二杯、一気に喉に流し込んだ後で、件の漁村を渋々訪れたある男——商会の付き合いという名目で派遣された、不幸な若者——はそう言った。「最初は動物の臭いだと思った。動物園で嗅ぐような、あの獣臭さだ。次に、魚の臭気がいきなり充満しだした。魚を取って生計を立てているんだろうし、俺はこれも意外には思わなかった。だが、そのあとに漂ってきた生臭さだけは、神をも恐れぬ冒涜的なものだった。血の臭い、体液の臭い、それらとも違う腐った臭い。嗅いだ瞬間、地面に戻しちまった。それだけで済んだのがめっけものさ」
 青年はクルツ中佐の消息を聞かれると、一瞬逡巡するような目つきをして、それから口を開いた。「あの村に、ドイツから来た軍人さんが入り込んでいるのは耳にした。俺は少しでもまともな奴と喋りたくて、噂だけは聞いていた司祭の家に行ってみた——」
 青年の話によると、ハンカチで口と鼻を塞いで何とか中佐がいると思われるあばら家に到着したものの、家にはまるで人気がなかった。勇気を振り絞って家屋の扉をノックしても、出てくるものは誰もおらず、また周囲の住民も何の関心も示さなかった、とのことである。
 だが、夜にたまたまその前を通りかかった別の中年の女性の話は違った。彼女は親戚に不幸があり、ベルルスに住む知人とどうしても連絡を取る必要が生じ、いやいやアルビニアから漁村に向かったのだった。彼女の話によると、明かりが全くない新月の夜半に蠟燭の光と思しきか細い光が、通りに面した窓から漏れていた。窓に映り込んだ影ははっきりしないが、瘦身のフードをかぶったような男と、それより遥かに長身でがっしりした体躯と短い髭を生やした男が、小声で口論していたようだというのだ。長身の男はしきりに動き回っていたようで、窓に映る影が頻繁に大きくなったり揺れ動いたりしており、時折狼狽したような呻き声が上がった。一方、背の低い、瘦せた方の影は微動だにしなかったが、ごく稀に抑えたような、叱責するような声が微かに響いたのを聞いたという。
 女性は身を震わせて十字を切り、天を見上げた。「あそこまで悪意に満ちた、そして涜神的(とくしんてき)な場所は私は知りません。いつの日か、ベルルスは天の業火に焼かれることでしょう」
 サルバドーレ司祭とクルツ中佐がどのような共同生活を送っていたのかは誰も知る由はないが、この奇妙な二人組にはベルルスの連中もほとほと嫌気が差していたように思われる。そもそも、ベルルスの住民たちはアルビニアの町民たちから軽蔑を込めて「やつら」と吐き捨てられるような暗愚な輩だが、彼らはよたよたと何をするでもなく村を歩き回って、安酒を飲んだり、魚を生のまま食べたりしていた。そんな彼らですらも、サルバドーレ司祭の住む家屋には近寄ろうとしなかった。ごく稀に事情を知らない若者たちが、からかい半分であばら家の近くに行こうとすると、より年長の、そしてよりだらしない同胞が彼らを止め、そして力なくかぶりを振った。若者たちは蜥蜴のような目玉をぎょろつかせて年長者たちを振り返り、そしてくちゃくちゃと魚の干物をしゃぶっては、けだるい仕草で引き返した。
 それまで来客がほとんどなかった司祭と中佐の元に、夥(おびただ)しい荷物が届くようになったのは、彼らの同居が始まってからしばらく経った頃だった。差出人は誰だか分らなかったが、どこか外国か新世界の古本業者だったり、骨董品や質屋の店主だったりした。ある日、アルビニアの住民の一人が、配達人が荷物を投げ出すようにあばら家の軒先に届けるのを見たという。とにかく巨大な箱が紐と脂ぎった包み紙でぐるぐる巻きにされており、中には世界で数冊しかないと言われる稀覯書や、アマゾンの奥地から仕入れたとしか思えないような奇怪な彫像などが入っていた。それらの中には、伝説とも噂とも言われる呪わしい書物や、存在そのものがあやふやな大型本、更には人を不安にさせるような字が表面を踊っている奇妙な木片や紙片の束なども含まれていた。サルバドーレ司祭は人目を忍ぶようにそれらをかき集めると、あわただしく積み荷をほどいて書物の表紙を恍惚とした表情で愛おしそうに撫で、そして嬉々として書物の読解に没頭した。
 だが、司祭の上機嫌も長くは続かなかった。多くの場合、彼は「これではない、これでは」という捨て台詞を吐いて苛々と書物を脇へ押しやり、そして粗末な机の上で頭を抱えた。中佐には手助けできることが何もなく、簡易ベッドの上でぼんやりと同居人の苦悩する姿を見ることしかできなかった。司祭の不機嫌は益々募り、中佐が持ち込んだ木片を悔しそうに噛んでは呪いの言葉を吐き散らした。彼が乱暴に木簡を扱うと、中佐はびくっと体を震わせて慌てて床に散らばった木切れを集めては袋に注意深くしまい、そしておどおどと目を泳がせて窓の方を盗み見た。その間にも何とも不吉で不気味な荷物が大量に届き、司祭はそれらの書物や巻物を紐解いては木簡に描かれた文字と比較照応し、そして絶望の溜息を吐くという行動を繰り返した。