「人魚の季節」白川小六

「不老不死っていっても、今さらねえ」
 そう言いながら母が冷蔵庫から出してくれたのは、発泡トレーにのった一〇〇グラムほどの人魚の肉だった。
 買ってはみたものの、若返るわけでもなく、膝や腰の慢性の痛みが治るわけでもなく、ただ現状維持のまま寿命だけ伸ばすのが効能らしく、食べる気にならないのだそうだ。
「もうすぐ九十だもの。十分生きたし、お父さんもあっちで待ってるしね」
 じゃあ遠慮なくと、今日の日付の消費期限が記載されたそのトレーを保冷バッグに入れて実家の玄関を出る。
 四年前に父が他界して以来、一人暮らしになった母を毎週土曜に訪ねて、掃除などの雑用と世間話の相手を務めるのが習慣になっていた。
 年齢の割にしっかりしている母は、食事の支度も庭の手入れもちゃんとこなしているが、父がいた時のくせなのか、生協宅配の食料品を買いすぎてしまうらしく、食べきれない分を私によくくれる。
 実家から車で二十分ほどのところに住んでいる私と夫は、大学に行った子ども二人への仕送りで費用が嵩み、かなりシビアな倹約生活を余儀なくされている。だから、もらえるものは何でも正直ありがたく、母は食にはケチらないタイプなので、余り物もレトルトのローストビーフだの、地鶏の卵だのと、普段うちの食卓にはのぼらないようなちょっと高級な食材が多くて嬉しいのだ。
 しかし、さすがに人魚の肉はどうしようかと思案しながら軽自動車を走らせた。

「というわけで、これがその肉」
 夕飯の席で夫に人魚の肉を見せる。
「本物なのか?」
 夫は興味半分怖さ半分といった表情で、トレーにのった小さめステーキサイズの赤黒い塊を見つめた。
「さあ、でも生協宅配で買ったものらしいから、割と信用できると思う」
「説明書とかないの?」
「それが、注文した時のチラシには何か書いてあったんだけど、そのチラシは回収に出しちゃってもうないんだって。母さんが言うには、一〇〇グラムはちょうど一人分で、生で食べると姿形が変わらないまま千年は生きられるらしい」
「うーん、ネットには情報がないな。八百比丘尼(やおびくに)の伝説とか、昔話ばっかりだ」
 スマホで調べながら夫がうなる。
「八百比丘尼って、人魚の肉を食べて八百年生きた女の人だよね」
「そうそう、家族も知り合いもみんな死んじゃったから、しかたなく出家したんだって」
「かわいそう」
「だよなあ」
「冷凍しといて、子どもたちが帰省した時に食べさせようかと思ったけど、遥香と海斗のどちらにあげたらいいかわかんないし、半分こだと効果ないかもしれないし、大体やっぱり人間は、一人とか二人とかだけで不老不死になっても幸せにはなれないよね」
「うん、俺もそう思う」
「じゃあどうしよう、私はもちろん食べたくないし……」
「俺も遠慮しとく。猫たちに食わせるか?」
 何かおこぼれをもらおうとテーブルに寄ってきたモモとペペを見ながら、夫が言った。
「たしかに、猫たちがいつまでも元気でいてくれたら嬉しいかも。私たちがいなくなっても遥香か海斗がきっと世話を引き継いでくれるよね」と、もう少しで話が決まりかけたその時、「うわ」と夫が声をあげた。
「これ、虫がついてるぞ。ほらここに」
 人魚の肉の表面の夫が指し示す場所には、確かに長さ一センチほどの白い線が見える。
「え、これ虫なの? あ、アニサキスっていうやつ?」
「だと思う。これ加熱しないと食べられないぞ。生で食べると激しい腹痛が起きるはず」
「だって、加熱したら効果が……」
 夫はまたスマホとしばしにらめっこをして、「冷凍すればいけるらしい」と言った。
「酢や醤油、わさびなどではアニサキスは死にませんが、家庭用冷凍庫で四八時間以上冷凍すればアニサキスは死滅します。だってさ」
「了解、じゃあ冷凍するね」と冷凍庫の扉に手をかけたところで、ふと疑問がわいた。
「ねえ、このアニサキスってさ、人魚の肉を食べたんだよね?」
 私の言葉が浸透するにつれ、夫の目が大きく丸く見開かれる。
「それって、つまり……アニサキスが不老不死に?」

 結局私たちは相談の上、庭のちょうど花盛りの紫陽花の根元に人魚の肉を埋めた。
 効果はばっちりで、梅雨の頃をすぎても瑞々しい青紫の花は一向に色あせず、一年中美しい姿を保ち続けている。さらに嬉しいことに、紫陽花の周りの芝生にまで効果が及んだらしく、芝はいつもちょうどいい長さで芝刈りの必要がなくなった。
 こんなにうまくいくなら、実家の庭に人魚の肉を埋めてあげればよかったとも考えたが、ガーデニングに大してこだわりのない私たちと違って、庭が大好きな母は、四季の花のうつり変わりが楽しめないと言って嘆きそうだ。
 不老不死のアニサキスは、今もまだ同じ姿のまま、地面の下にいるはずで、気の毒な気もするけれど、他の生き物の安全のためには、千年ずっとこのまま埋まっていてくれるのが一番だと、季節の停止した庭を眺めながらいつも考える。