
足音をたてないように気をつけながら、私は地下への階段をおりていった。
「ここね」
喫茶店がある。窓のカーテンは閉まっており、店内は見えない。看板には「喫茶シュガー」と書かれている。
私はそうっと扉を開けて、入口にいる店員に合言葉をささやいた。
「メル」
店員は大きく頷いた。そして合言葉を返した。
「ヘン」
そして店の中へと入れてくれた。
現代ではメルヘンチックな服装や持ち物が禁止されている。
きっかけはメルヘン星からたくさんの使者がきたときのことだ。
使者たちは、頭の先から爪先まで、見たことがないほどのメルヘンだった。
頭に着用したヒラヒラした帽子は二メートル以上あり、履いている靴やハイヒールのかかとも一メートルぐらいはあり、さらに着ているスーツやドレスには、巨大なリボン、たくさんのフリル、百層ぐらい重ねたレースがついており、たいそう存在感があった。
生地からは嗅いだことのない魅力的な香りが漂い、それに惹きつけられるようで、カラスが集まってきた。
レッドカーペットの上を歩く使者たちの周りをカラスが飛びかうという、不思議な光景となった。
メルヘンがいきすぎて、ホラーになってしまったのだろう。
一人の幼い子が「怖い!」と大声をあげて泣きだした。
出迎えた人たちの中には親子連れも多く、近くの小学校からは「ようこそ」と書かれた垂れ幕を持って笑顔で出迎えるはずだったが、一人の泣き声をきっかけに、小さい子たちが次々と泣きだし、現場は大騒ぎとなった。
メルヘン星の使者はいたく気分を害し、話もうまくまとまらなかった。
その後、責任をめぐって世論は二分し、大騒ぎの果てになぜかメルヘンなものが禁止されてしまった。
しかし禁止されても、今まで好きだったものを急に嫌いになれるはずがない。
メルヘンチックなものの愛好家たちがこっそりと集まる場所が、あちこちにできた。この喫茶店もその一つだ。
私は角の席に座り、メニューを眺めた。
「うーん……『気まぐれフェアリーのラブリーパフェ☆』にしようかしら、それとも『野をかけるうさぎと小人のいちごタルト』にしようかしら……。あー、早くアルバイト見つけないと」
店内には更衣室が用意されており、持参したメルヘンチックな洋服に着替えた人たちがたくさんいる。外国のお菓子のようにカラフルな服を身にまとい、みんな楽しそうだ。
急に入口の扉が開いた。
「メルヘン取締官だ! 動くな! 今からメトリが捜査する」
メルヘンチックをとりしまる捜査官たちだった。店内は誰かが悲鳴をあげたのをきっかけに、大騒ぎとなった。
泣きじゃくっている女性もいる。よほど怖いのだろう。
「ほら、そのピンクのレースのついたポーチをだして」
捜査官にきつい口調で言われて、首を横にふっている女性もいる。メルヘンチックなものがつまったポーチを渡したくないようだ。
「ママ、怖いよ……」
隣の席は親子連れだった。母親も小さな女の子も、おそろいのかわいらしい白いワンピースを着ている。白いレースが何段にもついており、とても綺麗だ。母親が作ったのだろう。
「大丈夫よ。ママがついているからね」
母親は子どもをだきよせた。
「そこの親子!」
メトリがやってきた。
「これは? なにを飲んでいる?」
ビスケットつきの赤いソーダ水を指している。メニューに載っている「リスさんとチューリップのウキウキ♪ソーダ」だ。
「かわいいものが好きなのは私だけです。この子は関係ありません」
母親は必死になって子どもをかばおうとするが、メトリは聞くつもりはないようだ。
「そんなこと言っても、飲み物も二つあるし、それに、服はおそろい。まったく、あんたもいい年してみっともない。こんなヒラヒラした服なんて着て」
とてもイヤな言いかただった。バカにしきっている。
女性はうつむいてしまった。
ひどいと思った。
「ママを悪く言わないで!」
女の子がメトリにくってかかった。母親を悪く言われて怒ったのだ。
「なんだと、このガキ!」
捜査官が女の子の胸ぐらをつかんだ。
「やめてください! この子にひどいことをしないでください!」
母親が必死になって割って入る。
我慢できなくなり、私はたちあがった。
「ちょっと! さっきから聞いてたら、めちゃくちゃすぎるわ。いいかげんにしてください!」
「なんだ、あんた……」
私はまだなにも注文しておらず、メルヘンチックな服に着替えていない。地味な黒い服に地味な髪型なので、目に入らなかったのだろう。
「私はここの客です。だいたいメトリさん、くるところまちがえていますよ」
すうっと私は息を吸った。
「このお店、メルヘンチックなお店じゃありません!」
「じゃ、じゃあ、なんだ?」
「ここはシュガーな店です!」
店内は静まり返った。
「お店の名前にもなっているでしょう? ここはシュガーの愛好家が集まる喫茶店です。砂糖みたいに甘い雰囲気のものが好きな人たちなんです。あくまでも砂糖です。ほら、この親子のワンピースは白いでしょう? グラニュー糖のイメージなんです! あっちのクリーム色のスカートの人は和三盆! 向こうのピンクのドレスの人はアイシングです!」
「あんたは? 服は黒いし、地味だけど」
「ええっと……服は黒糖! 雰囲気は微糖です!」
私の言葉に反応して、お店にいる他のお客さんも口々に参加してくれた。
「そうよ、メトリさん! 私のつけているこの指輪は氷砂糖のイメージよ!」
「私のピアスは角砂糖をモチーフにしています!」
「この飲み物はガムシロップです!」
みんながいろいろなことを言う。
メトリたちはしばらくポカンとしていたが、やがて、今日はいったんひきあげると言い、帰っていった。
店内のみんなで良かったと言いあった。
店長さんが私にお礼を言いにきてくれた。
「あなたが機転をきかせてくれて、本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、そんな。お店の名前が『シュガー』だったので。そういえば、なんで『シュガー』なのですか? メルヘンチックの甘いイメージからですか?」
店長さんは少しはにかんだ。そして言った。
「私の苗字が佐藤なんです」
胸元に挿してあるペンで、ペーパーナプキンに文字を書いた。
「そして、このお店を貸してくれている大家さんが加藤さん。お店の開店前から応援してくれている人達が、武道藤(ぶどうとう)さん、丹生藤(にゅうとう)さん、諸藤(しょとう)さん……。砂糖、果糖、ブドウ糖、乳糖、ショ糖なんです。みんな『糖』なので、だから『シュガー』になりました」
私は驚いた。
「あの、私……白賀藤(ばくがとう)、っていいます」
店長も驚いている。
「麦芽糖? すごいわ。これも何かの縁かしら。そういえば、アルバイトを募集しているのだけど、どう?」
「よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた。
完
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