
シミルボン再録
1982年の予言
「プロメテウスの乙女」
赤川次郎著
KADOKAWA
評:大野典宏
時は未来(現在でも変わらない)。場所は日本。強権を手にしたカリスマ的な総理大臣が武器開発と武器輸出を解禁した。日本はまさに「死の商人」の国になったのだ。
もちろん、反対する勢力はある。しかし、強化・強権化された警察、自衛隊ではなくなった軍隊、そして秘密警察によってその勢力は緩やかに弾圧されていた。報道機関は沈黙し、世論は関わりになりたくないという消極的な理由によって見て見ぬふりを始めた。
連行された市民は自白剤や麻薬などによって人格が破壊されるまでに追い込まれ、危険分子として名前の挙がった市民は指名手配されていた。もちろん、関わり合いになりたくないため、密告が横行し、警察は理由をつけて平気で発砲するようになった。
そこでレジスタンス組織が最終的な手段としてテロによる首相暗殺を計画した。ネタバレになるので書かないが、暗殺者として志願した三人の女性の残りの人生が描かれていく。無事では済まないので、暗殺者は死ぬために生き残らなければならないという理不尽な生活なのである。
それと同時に、二十歳以下の女性たちによる公然の親衛隊が組織される。威圧的な制服で身を身にまとい、公然と銃を携帯し、一方的な理屈で市民への暴行、器物の破損行為を行う。つまり、暴力に酔った状態になってしまうのである。
さまざまな思惑が交錯するなか、日本の核武装協議のためにアメリカの副大統領が来日する。暗殺するにはその瞬間しかない。
そして……。
作者の柔らかい文体で書かれているので、生々しくはないが、独裁や全体主義に対する嫌悪感が全面的にぶつけられている。
1982年とは、ロッキード事件が発覚し、自民党の中で有事立法が議論され始めていた時代である。それに何も言わず、自民党を勝たせ続けていた日本国民への警鐘でもある。
座して読むべし。
蛇足:さて、2026年の今になって日本は赤川次郎氏が思い浮かべた最悪の事態になっていることを自覚するべき。
(初出:シミルボン「大野典宏」ページ2021年3月13日)
