
シミルボン再録
作られた概念に振り回されるとき
「巨乳の誕生 大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか」
安田理央著
太田出版
評:大野典宏
いきなりで失礼だが、「巨乳」や「爆乳」といった言葉、最近では普通になってしまったのだが、これはいったいいつからできた表現なのだろうか?
それを日本の戦後史と併せて検証したのが本書である。
もともと、江戸時代の春画で女性の乳房が強調されて描かれることはなかった。特に性的な話題ではなかったためである。
それは明治になって開国されてもしばらくは続き、フランスで西洋絵画を学んだ黒田清輝が描いた裸婦像では、バストは大丈夫とされたものの、下半身はマズいということで絵に腰巻きのような布をかぶせて展示したのだという。
では、女性のバストはいつから猥褻なものになり、バストの大きさにこだわるようになったのだろう?
その過程は本書を読んでいただくとして、ズバリと結論から書いてしまうと「ある特定のフェチシズム」を抱いた方々の特殊な趣味だったのだという。
アメリカで始まった大きなバストに性的魅力を感じる特殊な愛好家向けのポルノフィルムを撮影し続ける映画監督がいた。その監督作品に引き寄せられ、日本のマニアが飛びつき、雑誌まで発行された。だが、その数はわずが一誌であり、あくまでの特殊な嗜好の範囲でしかなかったのだ。
そして日本では、女性がメディアで活躍するポジションとして「アイドル」が生まれたのだが、「あくまでも清純で普通の女の子」であることが求められていたため、大きなバストは売り物にはならなかったのだ。
今では大きな子もいたよなぁと思い出すのだが、当時は「普通っぽい」、そして「可愛い子」でなければならないので、バストサイズは「逆サバ読み」で数値が小さくされていたのだという。
80年代くらいまでは、それが普通だったのだ。ロマンポルノであっても、いわゆる自動販売機本、そしてビニール本、裏本であっても、「素人臭さ」が好まれていたためそれほどバストの大きさは重要視されず、「普通っぽい可愛い子」が標準だったのだ。
その頃にはストリップ、風俗、日劇のヌードダンサーなど、プロとして裸を見せる女性たちも存在したのだが、そうしたプロの起用は値段もかかるうえに素人臭さはないので敬遠されたのだ。
そこに突如としてアグネス・ラムのポスターが衝撃を与えたのだが、ハワイ在住で日本語も話せない、そして日本で活動する気もなかったアグネス・ラムは一瞬のブームで終わってしまった。
しかし、「グラビア・アイドル」として写真をメインに活動するタレントの誕生は1970年代中盤に起きていたのである。
そして、時代はアダルト・ビデオの出現とともに徐々に変わっていく。
アダルト・ビデオの市場を根付かせた村西とおる監督は、あまりバストの大きさにはこだわりが無かったのだという。しかし、その中でバストの大きさで性的興奮を感じる監督が大きなバストの女優を起用した。そこで徐々に変わっていくのである。
もともと大きなバストを示す言葉は無かったのだが、大橋巨泉が「ボイン」という言葉を作り出したことで広まったのだという。しかし、その頃は大きなバストを指すだけの言葉では無く、喧嘩の時のパンチなどにも使われていたのだという。
そして松坂季実子の登場で大きく変わったのだという。当時は100センチ超のサイズだと称されていたのだが、実際には90センチくらいだったらしい。
ここからインフレが始まったわけである。時には「乳房肥大症」ではないかとしか思われない子が出演していたらしい。本格的に「巨乳」という言葉が定着したのはここかららしい。元々は、日本の場合、大きすぎるバストはコンプレックスの種であり、隠す子もいたという。
だが、時を同じくして水着や着エロ、男性誌などで大きなバストを売りにする「グラビア・アイドル」が誕生し始めた。
と、こういう次第らしい。その後の「巨乳」や「爆乳」といった言葉が定着したが、今であっても、あくまでも特殊な事例であり、グラビアで活躍する女の子たちも普通の体型になっている。
どちらにしろ、幼く子供っぽい顔つきの清純なイメージの女の子がメインであることには変わりない。
昔も今でも大きすぎるバストの女の子は、やはり「普通じゃない」(平均的ではない、日常的ではない)存在なのである。今では栄養状態が良くなり、女性の平均バストサイズはDカップらしいのだが、それ以上の子はやはり少ない。
大きすぎるバストは女性にとって時にはコンプレックスになりかねないし、奇異の目で見られるのはわかっている。だから、大きなバスト専用の衣料品を販売している会社もあるわけである。
巨大なバストばかりに性的な目を向け、いらぬ騒ぎが起こる昨今だが、ちょっとその点を考えてみて欲しい。
これは本気で書いておきたい。
みんな、正気なの?
いつの時代にも「われわれ」が結束するためには、敵対する「あいつら」が必要なのだ。
現在、日本もアメリカも揃って家父長制度の復活に向けて動いているように見える。
では、果たして現在まで詰み重ねられてきた議論(自由論、不平等解消論、正義論)とは何だったのかが問われることになる。しかし、権力を簡単に手に入れたい連中にそんな教養など求める方が間違っている。
ここで一つの法に関する言葉がある。少し考えて欲しい。
法は人を守るためのもので責めるものではない
――「バトルスター・ギャラクティカ」
この場合、守られるべきものは人権であり、法を盾に人を責めることは間違っているのである。
ここで、日本憲法研究では知らない人はいないと思われる芦部信善先生の「憲法」(岩波書店)から引用してみよう。
表現の自由の規制立法は、①検閲・事前抑制、②漠然不明瞭または角に広汎な規制、③表現内容規制、という四つの態様に大別される。
(略)
表現の内容規制とは、ある表現をそれが伝達するメッセージを理由に制限する規制を言う。性表現・名誉毀損表現の規制もこれに属するが、これはアメリカでは通常、営利的言論や憎悪的表現とともに、低い価値の表現と考えられ、政治的表現と区別される。
では、昨今、世間を騒がせている「表現の自由」とは何か?
一般的な常識に照らし合わせて公共の場所に掲示されるべきでは無いと判断される絵を巡る騒動だろう。
とあるポスターを巡って、女性たちは声を上げた。その矛先は、そのポスターを掲示した側に対してのみであった。
しかし、このポスターを擁護する人たちは、文句を付ける女性たちを「表現の自由」を封殺する行為であると女性たちを非難した。
ここであることに気がつかないだろうか?
女性たちが非難したのは不愉快なポスターを掲示した側である。
そして男性が非難したのは、最初に声を上げた女性たちである。
ではさて、法を持ち出して人を責めているのは誰なのか?
答は明らかである。
ここで法の目的を勘違いしているのは女性を責めている側である。不快な表現から女性を守るべきなのが本来の筋なのではないだろうか?
全ての人間には人権が与えたれ、幸福に暮らすことが憲法には書かれている。
そういう誤読が起こりつつあるとき、異議を唱えないと大変なことになる。
そんな寓話として、本書に向き合って欲しい。
(初出:シミルボン「大野典宏」ページ2020年3月14日)
