
高い支持率を得て当選した総理大臣は、これまでにない政策に取り組もうと、内閣改造の目玉として『ペットロス担当大臣』を設けた。そこに民間から抜擢されたのは猫であった。当然、国会で野党から激しい質問攻めにあった。
いわく、猫は大臣になれるのか。いわく、日本語で答弁できるのか。いわく、服を着ずに出席するなど国会を侮辱するものだ。
最初の質問に、猫大臣は次のように答えた。もちろん、本人は日本語はおろか人間の言葉が喋れないので、猫語通訳なる男がニャーニャーと鳴く猫大臣の猫語を、日本語に翻訳したのだ。
それによると、猫の姿は仮のもので、彼はもともと人間だった。海外青年協力隊で訪れた某国で、秘密兵器により猫の姿に変えられたのであって、戸籍もきちんとある。従って大臣就任は何ら問題ない。
マスコミがこぞって事実かどうか検証したところ、間違いなかった。天涯孤独の身であったが、経歴はきちんとしていた。
服を着ていないことについては、こう答弁した。
「私はこの毛皮が正装であると思っています。この上に服など着用すると、体温調節機能が働かなくなり、それを無理強いすることは動物虐待にあたるのではないでしょうか」
ペットロス担当大臣として、真っ当な意見を述べたわけである。
この国会中継は空前の視聴率を叩きだし、ほとんどの国民の目には、野党の追及がかわいい猫を苛めるものと映ったのだった。
国民が愛してやまない猫という動物――たとえそれが人間が変身した姿であっても――を攻撃したり身辺を探ったりすることを、世間は許さなかった。暴露記事は忌避され、批判的なSNSは炎上した。
それ以来、猫大臣と彼を擁する内閣を追及しようものなら、同様の反応が国民から湧きあがったため、だれも厳しい質問ができなくなった。
目論見どおりだわ、と総理大臣はほくそ笑んだ。
もともと猫を大臣に任命したのは、ローカル鉄道の無人駅で猫が駅長をつとめているというニュースがヒントになったのだ。つまり、単なる人気取り政策である。
過去にも、元総理大臣の娘で、毒舌で人気を博した議員を外務大臣にしたり、やはり別の元総理の息子で、イケメンでセクシーな若手議員を環境大臣にしたり――彼は現内閣でも閣僚をつとめていた――する例があったので、迷いはなかった。
猫大臣の人気はうなぎのぼりで、それにつれて下がりかけていた内閣支持率もじりじりと上昇した。
気をよくした総理大臣は、国会の合間に猫大臣をローカル鉄道の視察に赴かせた。その鉄道の無人駅には猫駅長がおり、癒しのシンボルと地方創世のシンボルが対面することで、さらなる人気上昇をはかったのだった。
さて当日、数多くのマスコミと、SPと、猫語通訳を伴って猫大臣は無人駅を訪れた。
猫駅長はうららかな春の日差しを浴びて、ホームのベンチの上で長々と寝そべっていた。そこへどやどやと騒がしい一団がやって来て、猫駅長は目を覚ました。
目の前に猫がいた。猫大臣である。二匹の――いや、二人というべきか、まあ二匹でいいとしよう――猫はしばらく向かい合って大人しく鳴きかわしていたが、とつぜん猫駅長が牙を剥いた。
猫大臣は一瞬怯んだように見えたが、すぐに同じように牙を剥いて吠えた。
「ウギャッ」
「ギャオ」
「フーッ」
二匹はどちらからともなく掴みかかった。お互い激しく鳴きながら相手を組み伏せ、噛みつこうとした。居並ぶ人々には、二匹が敵意丸出しで喧嘩をしているように見えた。
はじめのうちは互角の戦いだったが、なにかの拍子に猫大臣がくるりとうしろを向いて駆け出した。逃げたのだ。猫駅長も逃がすものかとそのあとを追った。二匹はものすごい勢いでホームを駆け抜け、線路を渡り畑を飛び越えて山の中へ姿を消した。
それ以来、猫大臣と猫駅長の行方は杳(よう)として知れなくなった。
この事件による猫大臣と猫駅長という、愛すべき二匹のロスにより、政権の支持率は急落してしまった。
当時現場に居合わせたマスコミ、政府関係者、SPおよび見物人のほとんどは、猫同士の縄張り争いの喧嘩だと考えていた。ただ一人、猫語通訳の男だけが、猫大臣と猫駅長の会話を理解していた。それはこんな内容であった。
「あんた、いままでどこに行っていたの」
「お、おれは大臣になったんだぜ」
「働きもしないでエラそうなことを言うんじゃないよ、このごく潰し。私が駅長のボランティアでもらってくる餌を、あんたは食べるだけだったじゃないか。それをなんだい、もともと人間だったのが魔法で猫にされたってか。猫のプライドのかけらもないのかい、この詐欺師」
「魔法じゃなくて秘密兵器。おれが仕組んだんじゃないよ。戸籍だってだれかのを買ったのさ。でっちあげのストーリーだけど、内閣情報調査室ってところがやってるからバレる心配はないんだとさ。おれだって好きでやってるわけじゃない。できればおまえとまた暮らしたいんだ」
「それなら一緒に逃げようか。山に潜んで、ほとぼりが冷めたころ、どこか遠くの猫好きの家にふたりして転がり込めばいいよ」
「周りをこんなに囲まれていて、うまくいくかなあ」
「喧嘩してあんたが逃げ出すふうにするのさ。私はあとを追いかける。言うとおりにしていれば、万事うまくいくんだから」
「そうだな、やっぱりおまえは頼りになるよ。よろしくたのむぜ、これからも」
「ぐずぐず言っていないで、いいかい、はじめるよ」
とまあ、こんなことだったようであるが、猫語通訳の男は自分の胸に仕舞っておくことにした。ただ、彼が本当に猫の言葉が分かるのかどうかは、だれも知らない。
