「一日限りの男」イーゴリ・アントニョフ(訳 大野典宏)

一日限りの男
Одноденка

イーゴリ・アントニュク
Iгор Антонюк

訳:大野典宏

あんた、時間さんに話しかけたことすらないんだろ!
時間さんと仲よくさえしておけば、あんたの好きな時刻にしてくれる。
―― ルイス・キャロル、『不思議の国のアリス』(河合祥一郎訳、角川文庫)

私にどれほどの時間が残されているのかはわからない。
この話はいつ終わってもおかしくない。未完の文で息絶え、言葉の途中で宙に浮いたまま終わるかもしれない。この奇妙な話を終わらせるのは君だ。そう、君だ――二度と表に出ることはないだろう狂人が記した、歪んだ文章を自分で読んでみることを選んだんだ。時計の針が動いた瞬間に私の最後になるのかもしれないのだ。
異変は一週間ほど前から始まった。
または十日……十二日かもしれない。でも、せいぜいは二十日だ。この地獄のような状況の始まりを特定するのは難しい。ウェルズの小説ではないので、いつでも自由に始まりへと戻ることなどできない。錆びついたタイムマシンを動かして、この忌々しい過去を変えることなどはできない。戻る道などはなく、だいたい最初から存在しなかったのだ。人間の選択とは、完璧で、なおかつ変えられない。深淵に投げ込まれたコインは、もう取り戻すことができない。
当初、彼らは空間の乱れに関しては知らせてくれなかった。時間の歪みについても。イオンの欠陥や突然死についても、だ。人々は、単に体が燃え尽きて死んでいった――多くの場合には数分のうちに。
第二次革命の時代の今日でさえ、依然として閉鎖された社会で生きて、相互に接続された他から切り離されている人々が存在する。全能のウェブもなく、最も原始的な接続さえもない。避妊手段もウイルス性疾患のワクチンもない。選択する権利さえもない。
彼らはこれを「自由」と呼ぶ。その一方で、我々は市民の安全を最優先する。このどちらがより愚かなのか、私にはわからない。結局のところ、一方は全体主義体制に支配され、もう一方は古めかしい宗教に支配されているのだから。残りの者? 彼らは自らを「自由」と呼ぶだけだが、現実には運命に放り出されているのだ。死の弾み車はもう止められない……。
我々は急い[a]で警鐘を鳴らさなかった。一人や二人の死など、単なる統計のわずかな数値にすぎない。自然淘汰だと、君も同意してくれるだろう。ばかげているが、飛行機事故よりインフルエンザで死ぬ人のほうが多い。自殺は労働災害による死亡より頻繁に起きている。だが、上層部の一人やその親族が死ぬやいなや、それは国家的な大事件になる。
九月十一日木曜日、首相の娘が亡くなった。
彼女は七時頃に目を覚ました。顔を洗い、真っ白な小さな歯を磨き、朝食をとった。高校へ行き、予定されていた授業や部活動に参加した。五時に運転手が彼女を迎えに来た。彼は彼女をレストランへ送ったのだが、そこに母親と兄が待っていた。テーブルは要人の常連用にすでに確保されていた。白いテーブルクロス、生花、そしてキーウのクレシャチク通りを見下ろすショーウィンドウを備えるという、そんな店だった。
慢性的に多忙な彼女の父親は、世界エネルギー会議に出席していた。彼は、潮力発電をさらに大規模に利用する可能性を実証したオーストラリア人科学者のプレゼンが終わった直後、この悲劇を知らされた。首相の専用機は現地時間の六時に離陸した。一時間後、首都の空港は小雨の中、彼を迎えた。二十分も経たないうちに、公用車が自宅の前に停車した。彼は二度と娘の顔を見ることはなかった。生きている姿も、死んだ姿も。彼女の遺体は灰へと崩れ去っていた……。
もちろん、君はこの件をニュースで読んだはずだ。あれが、後戻りできない分岐点だった。
時間を操ること――それが、我々の会社「クロノス」が過去二十年間行ってきたことだ。それは数百万の投資を擁し、ゴーストタウンに隠された研究所を持つ秘密の国際企業だった。閉鎖された「ワームウッド地域」は科学研究に理想的な場所だった。そこに研究センターを構えたのは我々だけではなかった。遺伝学や生物実験、最新の代替エネルギー源といったプロジェクトにより強い関心を持つ者たちもいた。当然、兵器にも関わっていた。
観光客を追い払うのは難しく[b]なかった。二〇〇〇年代以降、当局は観光の新たな金脈——チェルノービリ立入禁止区域へのツアー——で利益を得ようとしていた。つまり、終わりのない「楽しみ」の年となった二〇二〇年四月の火災の後、そこに残されていたものすべてを。彼らは交通手段を手配し、ガイドを雇った。半壊した建造物のほぼすべてに看板を掲げ、あの忌々しいQRコードを印刷した。リヴィウの観光標識にはライオンが、チェルノービリにはハリネズミが描かれていたが、ここではチュパカブラを貼り付けた。なんとも笑えるし罪なことだ。
我々の活動を隠すため、人工的な高放射線量の地域を作った。そこに致命的なものは何一つなかったが、観光客のガイガーカウンターは激しく鳴り響いた。そのようなわけで彼らは怖くてそれ以上進むことができなかった。立ち入り禁止の看板も、二十四時間警備も、有刺鉄線も必要なかった。人間は、あらゆる生物と同様、音響信号に最も強く反応する。パブロフの犬が良い例だ。
我々はすべてに「極秘」という封印をした。まるで我々の活動が、九十年代のアメリカ製TVドラマの脚本のようにだ。秘密の実験室。ゴーストタウン。これまで知られていなかった時空の実験。現実的には、すべては金の話に落ち着く。まず特許を取得し、それから世界に公開する。そうしなければ、その狂気じみた天才的なアイデアは盗まれ、最高値を提示した者に売り飛ばされてしまう。海の向こうの中国やアメリカの友人たちにだ。私には違いがわからな[c]い。新しいおもちゃを自慢したいという意味では全員が同じなのだ。人間は決して変わらない。完全な滅亡の瀬戸際にあっても、利益を得ようとする者たちは現れるのだ。
だが待て、そう急ぐな。私にはあと数分ある。少なくとも、そう願っている。だから、最初に戻ろう。いや、死が始まった時ではなく、私の始まりへと……。
実のところ、すべては白黒の挿絵が載った子供向けハードカバーの百科事典に書かれていた一つの説から始まった。七歳の誕生日に誰かがプレゼントしてくれたのだ。この年頃の男の子のほとんどは自転車やローラーブレードをもらうものだ。私はそんなものを夢見るしかなかった。私は五歳で早くも読み方を覚えた。しかし、今日に至るまで歩くことは学べなかった。そう、ご推察の通り、私は車椅子に座ってこの文章を書いている。それが私の唯一の友となった。それは私に忍耐を教えた。
当時、私はある奇妙な説を読み、その数年間、それが頭から離れなかった。想像してみてほしい。母親でさえ見分けがつかないほど瓜二つの双子の兄弟がいたとする。片方を宇宙へ送り出し、もう片方を地球に残しておけば、二十年後には、彼らは全く別人のようになっているだろう。仮に片方をミハイルとしよう。彼はここで充実した人生を送るだろう。残業に明け暮れ、酒を飲み続け、煙草を吸いまくり(一日に二箱以上)、そして、神よ、どうかそうならないことを願うが、三度目の結婚をするかもしれない。もう一人の兄弟のミコルは、静かに宇宙を漂い、星を眺め、プラスチックのチューブから出る不味い食べ物を齧りながら過ごすだろう。その間、下半身不随の人と同じように、彼の筋肉の一部は萎縮していくだろう。
「世紀の再会」が実現した時、ミハイルは、様々な病気を抱え、禿げかけた六十歳のじいさんのような姿で、肥満の第二段階に入っているだろう。一方、宇宙飛行士のミコルは――もちろん地球でのリハビリを経て――三十五歳の男性のように見え、愛嬌のある顔立ちで、かなり良好な健康状態と大きな可能性を秘めているだろう。そしてこれは生活習慣とは何の関係もない。決定的な要因は「時間」だ。
宇宙では、時間は地球と同じように流れない。上空では、まるで時間が歩みを緩め、ゆっくりと、急ぐことなく滞留しているかのようだ。なんて素晴らしいことだろう。家族全員を連れて宇宙に移住し、ずっと長く生きるのだ。まず、致命的な病気の治療薬を発見するだけの地球での時間が決して足りない科学者たちを、宇宙船いっぱいに乗せて送り出そう。一生かけても読み終えられないと常に愚痴をこぼす本好きも送り出そう。
きっと君は言うだろう。「そんなの狂ってる!」と。だが、七歳の頃の私はそうは思わなかった。私は「その時が来る」と空想し、自分が時間の支配者になると信じていた。退屈で灰色の日々を早送りし、最高の勝利の瞬間を、ほぼ無限に引き延ばせるようになるのだ。あなたは私が正気ではないと思うだろう。しかし実際には、他に選択肢などなかったのだ。車椅子の子供にとって、寒い冬の日は、そりで駆け回る子供たちよりもずっと長く感じられるのなのだ。
最初の十五年間、私はこの考えに囚われていた。関連する情報の断片を片っ端から集めた。科学的な仮説、様々な理論、そして時間異常やタイムスリップ、ワームホールに関する疑似科学的な論考などだ。山のような本や、積み上げられた定期刊行物を読み返した。新聞や雑誌の切り抜きで本棚がゆがみそうだった。コンピューターのディスクには何十億もの文字が詰め込まれていたが、その中で最も重要なのは「時間」だった。
その後の十五年、私は自ら進んで隔離された生活を送った。研究センターという「独房」の中で、狂ったように働き、疲れ果てるまで自分を追い込んだ。時には、汗だくで目覚め、熱があり、体が痛むこともあった。頭がくらくらし、空腹で胃が痛むこともあった。だが、それらは、私が得られる見返りに比べれば些細なことに過ぎなかった。時間。それが私の唯一にして、最も神聖な目標だった。
人間は社会的な生き物だ。だからこそ、最悪の悪党でさえ、時には誰かと話したくなるものだ。心を開き、肩を借りて泣きたいと思うこともある。私? そんなことは決してない。一瞬たりともない。私は外界とのあらゆる接触を避けた。私は一つの幻想にとらわれてしまったのだ。
クロノスがどうやって私のことを知ったのかはわからないが、遅かれ早かれそうなる運命だったのだ。
彼らは私に最先端の設備と完全な自由を与えてくれた。それは楽しかったが、一瞬たりとも気を緩めることはなかった。どんなに突飛なアイデアにも金を払うお偉いさんは、常に好い結果を期待している。君がどれほど天才かなど、誰も気にしていない。人々が求めているのは、仕事の成果だけであり、それ以外は何もない。感情も、親しみを込めた背中を叩くような行為も不要だ。今日、君はスターだ――輝いて、幸せでいなさい。なぜなら、明日には誰も君のことを覚えていないからだ。世界は回り続ける。時間と同じように。
私は金になど全く興味はなかった。名声や評判も。地位や肩書きを巡る終わりのない競争も。それらはすべて些細なことで、やがて忘却の彼方へと飲み込まれてしまう。この興味深い事実に気づいたことはあるだろうか?今日、普通の人の大半が「シーザー」と言う時、ローマの支配者よりもサラダのことを指すことが多い。そして、ナポレオンケーキの一切れは、いわゆる「長い十九世紀」の偉大な指揮官よりも重要視されているのだ。
やがて、この世界のあらゆるものは色褪せていく。記憶は、古びた硬貨のように薄れていく。だが、私の使命だけは――決して色褪せない。私を一度も離れなかった唯一の目標は、時間を捉えることだった。そしてある日、ついに私は成功した……。
装置は急激な変動、異常を検知した。
時計の針が跳ねるのに気づいた。スクリーン上の赤い数字が狂ったように揺れ動いた。一瞬にして、すべてのセンサーが反応した。ビープ音が鳴った。被験者は広い部屋に座ったまま、食事をがっついているようだったが、そのバイタルサインは劇的に変化していた。体重は数キロ増えた。顔はふっくらとし、お腹はまるで早産でも起こったかのように、著しく丸みを帯びていた。まばたきする暇さえなかった。信じられないだろうが、まさにその通り――すべては一瞬のうちに起きたのだ。
「ジャンプだ!」私は口にした。自分の目をすぐには信じられなかった。
「なんてこった……ついに! ついに! ジャンプだ!」
私はセンサーのダッシュボードへと駆け寄った。データをもう一度確認した。
装置は同じ結果を示していた。類似した結果だ。いや、間違いなどあり得ない。とはいえ、これほど長い間休みなく稼働し続けてきたシステムなら、故障している可能性もあった。
「ジャンプだ」と、私はもう一度言った。だが今度は、この勝利の瞬間を逃がしてしまうのが怖くて、ささやき声だった。手が震えた。額に汗がにじんだ。背筋を冷たい戦慄が走った。一瞬、椅子から飛び起きて、全速力で外へ駆け出し、ついにやり遂げたことを全世界に告げたい衝動に駆られた。本当にやり遂げたんだ!すべてがうまくいった!私は不可能を、計り知れないことを成し遂げたのだ。言葉にできないことを。だが、それはほんの一瞬のことだった。
それから視線を動かない膝へと落とすと、すべてが元の状態に戻った。ほとんどすべてが……。研究は新たな段階、より困難な段階へと進んだ。時計は狂ったように刻みを早めたが、私はもはや急ぐことはなかった。目標はほぼ達成されていた。
その年のうちに、結果は裏付けられた。二年以内に、ヒトでの試験で異常は認められなかった。ミスも、失敗も、後退もなかった。現在のワクチンのような副作用もなかった。実際、ワクチンだって人を殺すことがある。だが、私は人々に第二の人生を与えたのだ。二千年代初頭のアンドルー・ニコル監督の映画「TIME/タイム 」のように。
私は誇りで胸がいっぱいだった。頭がくらくらした。「成功によるめまい」は恐ろしく奇妙なものだったが、私のこの画期的な成果を表現するには、それが最もふさわしい言葉だった。もちろん、事態を悪化させ始めたのは、その規模の拡大だった。犠牲者の総数を記録することなど、誰にもできないだろう。統計は常に嘘をつく。
三年以内に、クロノスは生産を開始した。時計の生産だ。そう、あの時計である。
彼らは限定シリーズから始めた――二十~三十個程度にすぎない。
それで、どうやって動くんですか?」と、最初の顧客たちは不安げに私に尋ねた。
「簡単ですよ」と私は微笑んで答えた。「あまりにも簡単すぎて、最初は『変化』を起こしたことに気づかないでしょう」
「もうしわけない」と、向かいの男は困惑して瞬きをした。私は即座に思った。この馬鹿が、どうして一国の指導者なんだろうか? しかも超大国だ。「具体的に、何を?」
「変化です」と、私はやや冷ややかに繰り返した。「もっと簡単に言えば、時間の飛躍です」
「冗談でしょう?」と、大統領は疑わしげに私を見た。「冗談ですよね?」 すると、赤らんだ彼の表情が和らぎ、喉からかすれた音が漏れた。男は腹を抱えて笑いをこらえようとしたが、私には吐きそうに見えた。その状態は約二十秒続いた。
「俺が冗談好きに見えるか? 大統領の誰かみたいに見えるか?」。彼が笑い止み、ようやく冗談ではないと理解したところで、私は続けた。「我々の装置は『カイロス』と呼ばれ、人の時間的境界を変えることができます。時間を操作し、物事の現実の状態を変えます。つまり、今や自分の時間を制御できます――文字通りにです」
「まあ、まあ……」。彼は私の言っていることが全く理解できていないようだった。「『文字通り』ってどういう意味だ?」
「教えてくれ、お願いだ」
私は彼にわかりやすく説明しなければならなかった。「飛行機に六時間から八時間も座り続けるのが嫌ではありませんか?」
「うーん、うん……背中が痛くなる」
「カイロスを使えば、あなたのフライトは一分で終わります」
「どうやって? そんなことあり得ない!」。彼は私が正気を失っていると思ったのだろう。「不可能だ!」
「では、一番好きなことは何ですか?」私は歯を食いしばって言った。「失礼を承知で聞きますが、大統領、あなたの趣味は何ですか?」
「なぜそれを知る必要があるのか……」
「もちろん、マスコミに漏らすためではありません」と私は彼を安心させた。「これはすべて、私たちのビジネスのためです」
彼はあまり深く考えずに答えた。「信じてもらえないかもしれないが」。彼は私の目を見つめた。「犬を散歩に連れて行くことだ。一人で」
「信じます」と私は言った。「孤独には高い代償がともないます」
結局、彼はそのデバイスを購入した。人を説得するのは私の得意分野ではなかったが、紙に書き出された結果が効果を発揮したのだ。約束通り、彼は飛行機が離陸する前に電話をかけてきた。
「出発するぞ!」
「良い旅を」と私は答えた。「二分後……いや、三分半後に話しましょう」
その六時間の間に、私はエーリッヒ・フロムの本をパラパラとめくり、コーヒーを数杯飲み、少し仮眠をとった。電話は三、二、一……と、もうすぐかかってくるはずだった。
呼び出し音が九回鳴った。そして音は止んだ。
また電話がかかってきた。もちろん、私はすぐには出なかった。待たせておこう。落ち着くまで。
「もしもし」と、私はすんなりと応えた。「フライトはどうでした?」
最初は、受話器の向こうから荒い息遣いだけが聞こえた。大きな咳払い。嚥下障害の初期症状のような、ゴクゴクと息を吸い込む音。
「このデバイスを他に誰に見せた?」と、彼は小声で尋ねた。
「あなただけです」と私は嘘をついた。カイロスがすでに、世界で最も裕福な十人ほどの人々に披露されていることは承知していた。「だが、噂はすぐに広まることはわかっていますよね」
「あと五台欲しい。いいか?」
「そう急がないでください」。私は心の中でニヤリと笑った。「もっとも、今ならその速さでも可能かもしれません。三週間であなたのものになります」
「ありがとう。頼むよ」と彼は答え、そして愛国心たっぷりに付け加えた。「国全体が君を頼りにしているんだ!」
私は黙り込んだ。その言葉に吐き気がした。体が震えた。そんな馬鹿げた言葉を口にするのは、葬式くらいだ。
国だ、と彼は言う。この「国」とはいったい何だ? 私と何の関係があるというのか?
別れの挨拶の代わりに、私は彼に尋ねた。「あなたの犬の名前、まだ教えてくていませんでしたね」
「アドルフだ」と大統領は答えた。「彼はドイツ人だからな」
一番滑稽だったのは、それが完全に真実だったことだ。
その後、彼は実際に、通常の時間の基準で言えば丸一週間、犬の散歩に費やした。あの忌々しい犬のために、人生の丸一週間を浪費したのだ。一週間も! あるいは、彼はついに自分の望む生き方ができたのだろうか? 自分の欲望と二人きりの、典型的な男だ。
何しろ、カイロスの助けがあれば、自分の時間を操作できるのだから。
渋滞にうんざりしたら――早送り。仕事が終わるまであと六時間――ルーレットを回す。次のシリーズが配信されるのを待つ――ボタンを押すだけ。一方で、昼食後に秘書がアジアの政治家のズボンのボタンを一つ外した時、デバイスは「変化」を検知した。
なぜ「ボタンを外した」ことがわかったのか? カイロスは半径三メートル以内の周囲のすべてを追跡し、画像として記録するのだ。これが、ユーザーたちが自らに下した最終的な審判だ。そして我々は、音声広告にこだわるアップルほど小賢しくはない。やるなら、切り札だけで勝負する。
千台のデバイスが好調に売れ、量産が始まった。会社の株価は天井知らずで、創業者は大金持ちになった。年末には、彼ら自身の言葉を借りれば、私はノーベル賞やその他数々の賞に値する存在だった。だが、その後、すべてが地獄と化した。その後、「時間的混乱」が生じたのだ……。
私は第四世界のどこかの無名紙で、ある「センセーショナルな記事」を偶然目にした。そこには、三五歳の男性がたった一日で老け込み、その後数分のうちに体が萎縮し、そして崩壊した様子が書かれていた。
最初は、彼が寿命を縮めたかったのだと思ったのだそうだ。カイロスを限界まで弄り回し、あらゆる設定を最大値まで引き上げたのだと。センセーショナルな見出しは「時間は人を殺す」だった。我々のネットワークは拡大し、「時間を制御する格納庫」を建設した。数十、数百と。だが、数週間も「ボタン」を開放し続けるほど狂った者たちがいた。そして彼らは、なぜか自分の時間を消費する代わりに、他人の時間を奪っていたのだ。他人の人生の分、日、年を盗んだのだ。なぜそうなったのか、今でも理解できないが、我々はとんでもない失敗を犯してしまった。
次々と、新たな死に関する通知が殺到した。「人体発火症候群」。たった一日のうちに、数十人から数百人の人間が灰と化すこともあった。世界規模での大量死を隠すすべはなかった。今や死は誰にで[d]も迫っていた。時間は警告もなく人を殺した。刻一刻と、人を殺していった。そして首相の娘が目の前で朽ち果てた時――私はこれが終わりだと悟った……。
オフィスの外から狂気の叫び声が聞こえる。溶けたプラスチックと燃えるタイヤの臭いがする。世界が死んでいくのが見える……なぁ、私は人々のことなんてどうでもいい。死ねばいい! 一人残らず。愛する人の目の前で、数分以内に灰になってしまえばいい。くたばれ。自業自得だ。
この状況で、一番気の毒に思うのは自分自身だ。今日、ようやくはっきりと物事が見えるようになった。カイロスを使わなかった。一度も。使う必要がなかったのだ。馬鹿だ! 何千人もの人々も一度も使わなかったが、それでも死んだ。カイロスは、その針を回さなかった者たちをも殺した――彼らの寿命から数分間を奪い、それを他の誰かに移したのだ。
朝、自分の時間データを見て、目を疑った。あり得ない、不公平だ。信じられないことに、数字は急落していた。そして、カイロス――私自身の創造物であり救いでもある――を起動した時、それは不具合を起こした。動かなかった。奪われたものが、必ずしも返ってくるわけではないのだ。そして、この「キラー」の創造に捧げた私の人生全体が、一瞬にして爆発し、地獄の口へと転がり落ちていった。
体がくすぶっているのを感じる。内側から燃えている。やがて時が過ぎ、私に残されるのは黒い灰の山だけになるだろう。魂もなく、名もなく。誰にも記憶されないまま。
私たちは、他者が私たちを記憶している限り生きている。たとえ一日だけでも。私もまた、一日限りの男なのだ。

■著者紹介
イーゴリ・アントニュクは、ウクライナのイヴァーノ=フランキーウシク出身の作家、歴史家、講師。ウクライナの雑誌にホラーや超常現象を題材にした短編小説を発表し、デビュー作は短編集『松のささやき』(2018年)。最新作『誰もがコインを投げる』(ジョルジ出版、2024年)は、運命的な偶然と不可解な出来事を描いた話を集めた作品集である。
今回掲載する本作は、短編集『誰もがコインを投げる』にウクライナ語で収録され、他に十カ国以上で翻訳されている。

画像 「誰もがコインを投げる」表紙(イリナ・サモリフスカ画)


画像 作者近影