「ペイ・フォワードに隠されたキリストのメタファー」西垣学

『ペイ・フォワード』に隠されたキリストのメタファー

この小論の目的は映画『ペイ・フォワード 可能の王国』(ミミ・レダー監督、2000年米公開)がメタファーという形でキリストを描いた映画であることを立証することです(注)。メタファーは、その定義によって直接の証拠を示すことはできません。説得力のある状況証拠を積み重ねること、が目的達成の手段となります。

(注)服部弘一郎『銀幕の中のキリスト教』は『ペイ・フォワード』を「イエスのいないキリスト伝」のひとつとして紹介しています(36頁)。しかしそこで示される根拠は「母がシングルマザーである」という甚だ頼りないものだけです。

Ⅰ意図された瑕疵1(必要のない出会い頭事故)

『ペイ・フォワード』は二つのタイムラインを緻密に組み合わせ、練り上げられたシナリオの上に構築されています。しかしこの映画にはプロットにおいて無駄なシークエンスがひとつだけ存在します。つまりそのシークエンスが映画全体に対して何の意味も付加しないということです。それはジャーナリストのクリス[ジェイ・モーア](注1)とトレヴァー[ハーレイ・ジョエル・オスメント]が初めて出会う場面です。

「ペイ・フォワード」の起源を調査し世の中に伝えることが自分の使命であると自覚したクリスは弁護士にもらったジャガーを駆ってLAからラスヴェガスに乗り込みます。ラスヴェガス郊外にさしかかったとき、正面を注視していなかったクリスは自転車に乗った下校途中のトレヴァーと接触事故を起こしそうになります。二人は言葉を交わすこともなくそのまま離れて行きます。【1.35】(注2)

この無駄なエピソードが挿入されている理由は、クリスが発する間投詞に隠されています。クラクションを鳴らしながら急ブレーキをかけて事故を寸前で回避したクリスは思わず叫びます。

Chris:Jesus.

登場人物の口を借りてトレヴァーを‘Jesus’と名指しすることがこのエピソードの役割になっているのです。

このようなある意味強引な「イエス・キリスト指名」の先行例として、『ダーティ・ハリー』(1971)があります。テレビアンテナ、ヨットのマストなど十字架に埋め尽くされたサンフランシスコの街で、一見キリストの対極に位置するかのように「ダーティ」と呼ばれるハリー・キャラハン刑事[クリント・イーストウッド]は、実はキリスト的人物であり連続殺人犯スコルピオ[アンディ・ロビンソン]を追っています。スコルピオは反キリストを象徴する人物で、それは彼がJESUS SAVESと大書されたネオンサインを破壊することによって示されます【0.41】。ハリーは巨大な十字架モニュメントの下でスコルピオに殴り倒され昏倒します【0.59】(注3)。復活したハリーはスクールバスを乗っ取ったスコルピオと対峙するために先回りしますが、立体交差となっている線路上に仁王立ちしするハリーを見つけたスコルピオは思わず‘Jesus’と呻きます【1.35】。

ここでは線路の下を通る道路にいるスコルピオが、線路上のハリーを見上げるという位置の上下関係が明示されます。ハリーがキリスト的な人物であるなら、より天に近い位置に存在する必要があるからです。トレヴァーとクリスが接触しそうになる場面でも、坂を下ってくるトレヴァーに対して坂を登りつつあるクリスはより低い場所に置かれ、その位置関係を視覚的に保持するために、接触事故未遂後に坂を下り続けているはずのトレヴァーの後姿がスクリーン上に映し出されることはありません。

(注1)以下[]内は演じている俳優名です。役名、俳優名の日本語表記は基本的にallcinemaに準拠していますが、表記の統一性を保つために多少の改訂を施したものもあります。
(注2)以下【】内は映画開始からの経過時間を表しています(1.35=1時間35分)。
(注3) キリスト的人物の失神については後述します。

Ⅱ ユダヤとの関わり

トレヴァーの親友はアダム[マーク・ドネイト]です。映画の中では唯一の友人として描かれます。「アダム」はもちろんユダヤ人の始祖の名前です。アダムはユダヤ人の身体的な特徴であるカーリーヘアを持っています。いわゆるJewfro(ユダヤ+アフロ)です。シモネット先生の初授業において他の児童たちは概ねバストショットで提示されますが、アダムは特段の発言がないにもかかわらずクロースアップで映され【8.31】カーリーヘアが嫌でも目に入るように工夫されています。

『地球が静止する日』(2008)の準主役となる少年[ジェイデン・スミス]には英語的な響きを持つ「ジェイムズ」ではなくよりユダヤ色の強い「ジェイコブ」(Jacob=ヤコブ)という名前が与えられています(注)。クラトゥ[キアヌ・リーブス]はジェイコブ少年と母[ジェニファー・コネリー]に愛の可能性を見出し、自分の身体を犠牲にして人類絶滅プロジェクトを阻止します。クラトゥがマイクロロボットの嵐に立ち向かう自己犠牲は、結果的には人類を救済することになりましたが、目の前にいるジェイコブと母を救うことが根本的な動機となっていると映像で表現されています。後述しますが、ここでの三人という登場人物数には意味があります。

トレヴァーが最後に殺されるのは、上級生二人に苛められていたアダムを救おうとしたからです。トレヴァーとクラトゥの行動は、ユダヤの民を救うために命をなげうったキリストの行動と重なります。

(注)リメイク元『地球の静止する日』(1951)にはジェイコブは登場しません。ジェイコブに相当する少年には「ボビー」(=ロバート)という古期高地ドイツ語を由来とする英語的な名前が与えられています。『地球が静止する日』ではクラトゥが死者を復活させる奇跡も追加されていて、クラトゥ=キリストのメタファーがより強化されています。

Ⅲ 意図された瑕疵2(脇腹の傷)

IMDbでは『ペイ・フォワード』は総合評価点7.2点を得ています(2025年8月29日時点)。中の上程度の点数です。しかし評価の分布を見てみると最低評価の1点を付けている人が少なからずいて、その割合は全体の1.5%に達します。1点を付けた人のレビューには具体的に映画の欠点を指摘しているものもあります。

Very slow and corny, and I also think it contradicts itself at the end. The ending doesn’t fit within the story. It is way too in the extreme, which makes the corny, sentimental and ridiculous movie, even more stupid.

〔和訳〕とてもテンポが遅く、陳腐である。最後には自家撞着に陥っていると思う。結末は物語の流れに反している。あまりにも極端で、陳腐で感傷的で不合理な映画が、さらに馬鹿馬鹿しくなっている。

この批評は、実はこの映画の核心を突いています。

上級生二人に苛められていた親友アダムを救い出そうとしたトレヴァーは、上級生二人に敢然と立ち向かいます。しかし上級生は隠し持っていたナイフでトレヴァーの脇腹を刺し【1.52】、トレヴァーは死亡してしまいます(注1)。

このシークエンスにおける登場人物の行動に、合理的な説明を与えることはできません。上級生二人はトレヴァーに対して人数において優り、体格において優り、技において優っていて、トレヴァーとの諍いに勝利するためにナイフを使う理由はありません。地面に押し倒して何回か殴りつければ、充分以上に目的を達することができます。しかも目の前に教師と母親という目撃者がいる状況でナイフを使って殺人を犯せば、少なくとも退学処分と更生施設送りは免れず、犯罪者として一生を送ることになります。

上級生二人の行動は、リアリズムのレベルでは破綻しているのです。IMDbのレビューアーが言う「馬鹿げたエンディング」は正当な批判になっています。しかしトレヴァー=キリストというメタファーが成立しているとすれば、少年たちの行為は逆に必然ですらあるのです。トレヴァーは自己犠牲の精神を発動してアダム(に代表されるユダヤの民)を救わねばならず、それに伴って死ななければなりません。トレヴァーの致命傷となるのは脇腹の刺し傷でなければなりません(注2)。ジェイムズ・ジョイスは『ユリシーズ』(1922)という嘘の物語(=フィクション)に推進力を与えるために「神話」(注3)を援用しました。『ペイ・フォワード』もまた、トレヴァーの死という「馬鹿げたエンディング」に説得力を持たせるために、キリストの「神話」を背後に隠し持っているのです。

(注1)トレヴァーの死亡が確認されるのは病院ということになっていますが、刺された直後、横たわるトレヴァーの身体を真上から捉えさらに回転するというカメラワークは、トレヴァーが既に死んでいることを視覚的に表しています。

(注2)ヨハネによる福音書には「兵士たちの一人がその槍でわき腹を突いた」と書かれています(19章34節)

映画に描かれたキリスト的人物が脇腹に傷を受ける例は『ペイ・フォワード』以外にも数多くあります。例えば以下の諸作品を挙げることができます。

『大平原』1939
『ウォーターワールド』1995
『フェイス/オフ』1997
『スパイダーマン2』2004
『スピリット・ボクシング』2005
『アポカリプト』2006
『16ブロック』2006
『ナイト&デイ』2010
『ソルト』2010
『カウボーイ&エイリアン』2011
『テッド』2012
『ワールド・ウォーZ』2013
『とらわれて夏』2013
『トランセンデンス』2014
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』2015
『グラウンドブレイク 都市壊滅』2016
『ブレードランナー2049』2017
『猿の惑星:聖戦記』2017
『クワイエット・プレイス』2018
『移動都市』2018
『アリータ:バトル・エンジェル』2019
『ブラック アンド ブルー』2019
『クリスマス・ウォーズ』2020
『オールド・ガード』2020
『バイオレント・ナイト』2022
『シルバートン・シージ』2022
『タイラー・レイク -命の奪還-2』2023
『ブリックレイヤー』2023
『ロードハウス/孤独の街』2024
『アイス・ロード:リベンジ』2025

(注3)T.S.エリオットによる

Ⅳ イニシャル

メタファーという形でキリストが描かれている映画では、キリストを表す人物にJ.C.というイニシャルを持つ名前が与えられることが多々あります。Jesus Chrisと同じイニシャルは、主人公がキリストのメタファーであるということに気づいた、あるいは気づきかけた人に差し伸べられるヒントです。例えば以下のような映画をあげることができます。

『汚れた顔の天使』1938→Jerry Connolly [パット・オブライエン]
『12モンキーズ』1995→James Cale [ブルース・ウィリス]
『グリーンマイル』1999→John Coffy [マイケル・クラーク・ダンカン]
『スロウ・ウェスト』2015→Jay Cavendish [コディ・スミットマクフィ]

『ペイ・フォワード』の場合、主人公の名前はトレヴァー・マッキニー(Trevor McKinney)です。Jesus Christとは縁もゆかりもない名前で、イニシャルもJCからかけ離れているように見えます。

シモネット先生との最初の授業で、「なぜ君たちは世界について考えないのだ?」と先生に問われたトレヴァーは次のように答えます。

Eugen Simonet:All right, so we’re not global thinkers yet, but why aren’t we?
Trevor:Because we’re eleven.

トレヴァーの答はコンテクストから「ぼくたちは11歳だから」という意味にまずは解されますが、‘eleven’に続くべき‘years old’が省略されているために「ぼくたちは総勢11名だから」あるいは「ぼくたち(の本質)は11だから」と理解する余地も残されています。シモネット先生、映画の視聴者ともにトレヴァーたちが中学校(middle school)1年生であることはその前の会話で提示されており、トレヴァーと同級生たちが11歳であることは誰にとっても既知の情報です。ここでの自然な答え方は‘Because we’re just kids.’も可能です。しかしjust kidsではなくあえてelevenと答えさせたのは「ぼくたち(の本質)は11だから」というコノテーションを響かせようとしたからかもしれません。

このささやかなヒントを手がかりに、11という数に何らかの意味が意図されているのかを考えてみると、次のようなことがわかります。

TrevorのT→アルファベットをTから逆に数えると11番目はJ
McKinneyのM→アルファベットをMから逆に数えると11番目はC

Trevor McKinneyという名前は、実はJesus Christのイニシャルを11文字後方でなぞっているのです。

Ⅴ キリスト教と3

キリスト教において最も頻出する数は3です(注1)。

トレヴァーは社会科授業で求められるプロジェクトとして、3回の善行前払い(pay it forward)を発案します。

映画ではまずLA在住の弁護士ソーセン[ゲイリー・ワーンツ]が概要を説明するという手順を踏みます。ジャガーの新車(注2)をタダで貰ったクリスが弁護士をしつこく追いかけ、根負けした弁護士は病院での出来事を語ります。

Thorsen: My daughter has asthma…
Sidney: Why are you giving me all this shit? Haven’t you got some oxygen or something you can give her?
Thorsen: I thanked him and there were some very specific orifices in which I was told to shove my thanks. He told me, “Just pay it forward.” Three big favors for three other people. That’s it. 【0.29】イタリクス引用者
弁護士の娘は偶々居合わせたシドニー[デヴィッド・ラムゼイ]に救われますが、仮出所中のシドニーは病院内で発砲してしまったため仮釈放を取り消されて刑務所に戻されます。
このエピソードは謎の解決であると同時に謎の提示でもあります。ジャガーを貰った理由は‘Just pay it forward.’と理解できても、‘Just pay it forward.’とは何か?という新たな謎が生まれるからです。この新たな謎がジャーナリスト、クリスをラスヴェガスに旅立たせることになります。
次いで映画は4ヶ月前のタイムラインに移り、発案者のトレヴァー自身が授業中に‘Just pay it forward.’について説明している様子も描かれます。この場にクリスはいません。
Trevor: That’s me. And, that’s three people. And I’m going to help them…. So I’ll do it for them. And they do it for three other people.【0.33】イタリクス引用者

いずれの叙述においてもthreeという数字が繰り返されています。単に世の中を変えるプロジェクトであるなら、それはone, more than one, two, two or more等々でも良いはずです。

またトレヴァーの家族構成は実母アーリーン[ヘレン・ハント]、血の繋がらない父ユージーンとトレヴァーの三人で、イエス・キリストのいわゆる聖家族と同じ家族構成になっています(注3)。

(注1)Chatgptによれば、聖書には以下のような「3」が登場します。

● イエスの復活: イエスは十字架刑の後、3日目に復活した(マタイ16:21、マルコ9:31、ルカ24:7)。
● ペテロのイエス否定: イエスが予言したように、ペテロは鶏が鳴く前にイエスを3度否定した(マタイ26:34、マルコ14:72、ルカ22:61)。
● ヨナの魚の腹の中: ヨナは大きな魚の腹の中で3日3晩を過ごし、陸に吐き出された(ヨナ1:17)。イエスはこれを自分の復活の予兆として言及した(マタイ12:40)。
● 三位一体
● イエスの変容: イエスはペテロ、ヤコブ、ヨハネを高い山に連れて行き、そこで変容し、モーセとエリヤがイエスと話しているのを見た(マタイ17:1-3、マルコ9:2-4、ルカ9:28-30)。
● 三人の族長: 旧約聖書は、イスラエルの三人の族長、アブラハム、イサク、ヤコブについて言及することが多い。
● イエスの三つの誘惑: イエスは荒野で40日間断食している間、悪魔から三つの異なる誘惑を受けた(マタイ4:1-11、ルカ4:1-13)。
● パウロの棘の除去の祈り: 使徒パウロは、「肉体の棘」を取り除くように神に三度祈った(2コリント12:8)。
● 東方の三博士の贈り物: 東方の博士たちは、生まれたばかりのイエスに三つの贈り物、金、乳香、没薬を贈った(マタイ2:11)。
● イエスの三人の最も親しい弟子: ペテロ、ヤコブ、ヨハネは、変容やゲッセマネの園など、重要な瞬間にイエスに同行するように選ばれることが多かった(マタイ26:36-37)。
● 神のサミュエルへの三度の呼びかけ: 神は少年サミュエルを呼んだとき、サミュエルが神の声だと気づくまで三度呼んだ(1サムエル3:1-10)。
● エジプトの三日間の暗闇: エジプトの災いの間、3日間完全に暗闇が続いた(出エジプト10:21-23)。

(注2)Jaguar?S-Type 2000年モデル。発売されたばかりの新型車です。

(注3)福音書にはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダというイエスの弟子たちに言及した箇所もありますが(「マタイ」13:55)、「聖家族」は表象においては伝統的に三人の家族として描かれます。『素晴らしき哉、人生』(1946)でも、主役となる家族は父母と二人姉妹の四人家族なのですが、最後には唐突に妹が画面から排除され三人家族として描かれます。

Ⅵ 自己犠牲と人類の救済

福音書とパウロ書簡を手がかりにキリストの言動を辿るとき、キリストの思想の根幹にあるのは自己犠牲と、その結果もたらされる人類の救済であることがわかります。

人がその友人たちのために自分の命を棄てること、これよりも大いなる愛は誰も持つことがない。(「ヨハネ」15:13)

キリストは、聖書に従って、私たちの罪のために死んだ・・・(「コリント人への第一の手紙」15:3)

ミミ・レダー監督による『ペイ・フォワード』の前作、『ディープ・インパクト』(1998)では自己犠牲と人類の救済というモティーフが明確に描かれています。巨大彗星の地球直撃が不可避となって人類が存亡の危機に直面したとき、宇宙船に乗って飛び立ったスパージョン・タナー船長[ロバート・デュヴァル]以下六名のクルーは彗星の内部に突入し、核爆弾を起爆して彗星と共に砕け散ります。巨大隕石のもたらす災厄は回避され、人類は絶滅を免れます。宇宙船の名前が「メサイア」であることから、映画の意図としてタナー船長たちをキリストのメタファーとして描いていることは明白です。(注1)

『ペイ・フォワード』では、トレヴァーが自分の命と引き換えにアダムを救出することは前述しました。トレヴァー自身も自己犠牲について「何か大きなこと」と形容しています【0.36】。

Trevor: And I‘m going to help them. But it has to be something really big…something they can’t do by themselves.

人類の救済は、『ペイ・フォワード』では大彗星の衝突という極端な状況を借りずにより婉曲な形で表現されています。トレヴァー自身が直接救済するのは母、シモネット先生、浮浪者ジェリー[ジェームズ・カヴィーゼル](注2)の三名ですが、母は祖母を救済し、ヘロイン中毒に屈するかと思われたジェリーも流れ着いた先のオレゴンで自殺しようとしていた女性を救済します。「ムーブメント」となったペイ・フォワードが広く人類を救済するという経緯は、ローマ帝国に「ムーブメント」を巻き起こしたキリスト教のそれと同じです。

(注1)この映画ではタナー船長以下のクルーが視覚的に復活することはありません。しかし船内の会話で、高校の名前として復活することが示唆されます。
Mark Simon: We sure as hell don’t have enough propellent left in the Messiah to maneuver with. How are we supposed to get back off the surface once we’ve… once we’ve gotten down there?
Orin Monash: We don’t.
Andrea Baker: Well, look on the bright side. We’ll all have high schools named after us.

(注2)カヴィーゼルはこの後、物議を醸した『パッション』(2004)でキリストを演じることになります。

Ⅶ ビデオによる復活

キリストをメタファーとして描こうとするときに「死と復活」というモティーフはキリストを指し示す強力な指標となりますが、リアリズムをベースとした映画で死者の復活を表現することはなかなか困難です。

『マトリックス』(1999)や『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』(2025)は復活を愛の力による奇跡として描いています。リアリズムを犠牲にして主人公のキリスト性を強化していると言えます。大多数の映画は奇跡(理由を合理的には説明できない超常現象としての復活)ではなくリアリズムに傾いた、失神からの意識回復という形で「死と復活」を表現します。(注1)しかしこれはリアリズムとの妥協の産物であって、単なる失神であれば命を差し出すという自己犠牲の崇高さが弱まってしまうことは否定できません。

『ペイ・フォワード』では非常に賢く斬新な表現を創出し、この問題を回避しました。失神という安直な常套手段に頼らずリアリズムとの齟齬をうまく回避することに成功しています。それは生前に撮影されたビデオを死後に再生するという方法です(注2)。トレヴァーの死後、継父となったユージーン・シモネットと母アーリーンは自宅でトレヴァーのビデオを再生します。その直後に画面はアメリカ各地から弔問に駆けつけた夥(おびただ)しい数の賛同者たちを映し出し、トレヴァーの精神が各人の心の中に生き続けていることが示唆されます。
生前のビデオを映画内で再生するという方法は『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)でも模倣されました。宿敵サノス[ジョシュ・フローリン]との最後の戦いにおいて、アイアンマン/トニー・スターク[ロバート・ダウニー・Jr]は自分の生命と引き換えに人類の絶滅を回避します【2.34】。トニー・スタークの葬儀に集まった家族と仲間たちはアイアンマンのヘルメットから再生されるトニー・スタークのホログラム映像の周りに集まりトニーと再会します【2.36】(注3)。

(注1)主人公の失神/意識回復というモティーフを持つ映画は数多くあるのでここで羅列することは避けますが、代表例として
『波止場』1954
『スパイダーマン2』2004
『スーパーマン・リターンズ』2006
の三作品を挙げておきます。

(注2)ビデオ映像によって故人の生前の姿を偲ぶというプロットを採用したのは『ペイ・フォワード』が初めてではありません。嚆矢となったのは世界規模で劇場公開された映画の中ではおそらく『デンバーに死す時』です。『ペイ・フォワード』の5年前、1995年に公開されました。主人公「聖人ジミー」Jimmy the Saint [アンディ・ガルシア]は遺言ビデオ制作を生業としているために自らの遺言ビデオも撮影します。毎日ダイナーで会う友人がジミーの死後そのビデオを見て生前の姿に思いを馳せることになります。ジミーは一面では、仲間たちの死を回避するために自分の生命をも顧みず奔走するという、崇高な精神の持ち主ではありますが、他方では恐喝の陣頭指揮、バーでのナンパ、無辜の青年の刺殺というおよそキリストらしからぬ行為にも手を染めます。聖人ジミーがキリストのメタファーとして成立している(遺言ビデオが死からの復活として機能している)と解釈するのは困難です。翌1996年公開の『ラリー・フリント』についても同じことが言えるでしょう。ラリー・フリント[ウディ・ハレルソン]は妻アリシア[コートニー・ラブ]の死後、生前のアリシアを撮影したビデオを見てアリシアとの幸福だった日々を思い、ラリーは最高裁への訴訟を決意します。ラリーに行動への意欲をもたらしたという点については生前の妻と同じであり、その意味ではアリシアは復活を遂げたと言えなくもないのですが、アリシアにキリストを想起させる要素は何もありません。

(注3)ここでも3が頻出します。サノスと最初に直接戦うのはアイアンマン、キャプテンアメリカ[クリス・エヴァンス]、ソー[クリス・ヘムズワース]の三人。援軍として最初に現れるのはブラックパンサー[チャドウィック・ボーズマン]と付き従う女性戦士二人の三人。葬儀では全ての参列者がほぼ三人ずつのグループになっています。

Ⅷ Tシャツ、メダル、脇役

キリストのメタファーを表現する補助手段として人物名のイニシャルが用いられることは前述しました。映画によっては、イニシャル以外にも小道具などを使ってキリストを指し示すことがあります。

『12モンキーズ』では主人公ジェームズ・コールはCHRISTと書かれたTシャツを着用します【1.34】。『グリーンマイル』のジョン・コフィは手の施しようがないほど悪化した末期癌患者の女性を奇跡によって完治させ、女性から聖クリストフォロスのメダルを贈られます【2.20】。クリストフォロスはギリシア語でChrist-bearerを意味する(注1)聖人で、小児を背負って川を渡る途中でその重さに往生し、小児がキリストであると気づいたという伝承が残っています(注2)。ジョン・コフィを演じたマイケル・クラーク・ダンカンは体重138㎏(注3)という巨漢なので、聖クリストフォロスの伝承に表現された「重すぎるキリスト」を体現しています。
『ペイ・フォワード』ではトレヴァーの功績を伝えるジャーナリストが「クリス」です。「クリス」がChristopherの短縮形であるなら(注4)、トレヴァーの偉大さを世界中に届けたChrist-bearer として、これ以上ふさわしい名前はありません。

(注1)『ランダムハウス英和大辞典』
(注2)ウィキペディア「クリストフォロス」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AD%E3%82%B9

(注3)allcinemaによる
(注4)Christianの短縮形の可能性もあります。しかし『ジーニアス英和大辞典』『ランダムハウス英和大辞典』ともにその可能性には言及せず「男の名;Christopher の愛称」「男子の名:Christopher の別称」と定義しています。一般的にはChristopherの短縮形として認知されているようです。

『ペイ・フォワード』は、ラスヴェガスという最も俗悪な地にすらキリストと同じ思いから人類を救済し自分の命を差し出した人物が存在する、ということを主題とした映画です。冒頭近くで母アーリーンが働くストリップバーが時間をかけて描かれ、アーリーンの巨乳に群がる酔客たちが映し出されるのは、最も俗悪な地という状況設定を明確にするためです。ジェリーがヘロイン中毒のホームレスとして、祖母グレイス[アンジー・ディキンソン]がアルコール依存のホームレスとして描かれるのも同じ理由です。

その意味でこの映画は、「ダーティ」という渾名だけではなくtrigger-happyというおよそキリストらしからぬキャラクターを持つ刑事がキリストとして描かれる『ダーティ・ハリー』のリメイクになっていると言えるかもしれません。

参考文献

映画『ペイ・フォワード』2000年公開

『新約聖書』 新約聖書翻訳委員会訳 岩波書店2023

『ペイ・フォワード[可能の王国]』 株式会社スクリーンプレイ 2001

服部弘一郎『銀幕の中のキリスト教』 キリスト新聞社 2019

以下はウェブサイトです。

https://www.imdb.com/?ref_=hm_nv_home

https://www.allcinema.net

補記 【映画『ペイ・フォワード』(原題 Pay It Forward)を観ていない方がこの小論を読む手がかりとして、略々の粗筋を記します。上記のウェブサイトを参考に作成したものです】
 ラスヴェガスに住む11歳の少年トレヴァーは社会科の教師ユージーン・シモネットから「社会を変える実践的行動」を考えるという宿題を与えられる。
 トレヴァーは「受けた善意を返す(ペイバック)のではなく、自分からまず三人に善意を施す運動『ペイ・フォワード』」を構想する。この運動が拡がれば社会を変革することになるのだと考えたのだ。トレヴァーが手始めにホームレスのジェリーを自宅に招き、一夜の宿、食事と自分の貯金を与えることから、「ペイ・フォワード」運動は動きだす。ジェリーはトレヴァーの母アーリーンに「ペイ・フォワード」について説明する。
 ストリップバーで働くアルコール依存症のシングルマザー、アーリーンとトレヴァーは飲酒と「ペイ・フォワード」をめぐる行き違いから対立し、トレヴァーは家出してしまう。教師ユージーンの助けを得てアーリーンはトレヴァーを捜し出し、和解する。ユージーンは家族愛の尊さを目撃し感銘を受ける。その後、アーリーンは、ホームレスとなっているアルコール依存症の母(トレヴァーの祖母)を探し出して和解し、立ち直るきっかけを与える。トレヴァーの家出は、虐待により心と顔面に深い傷を負うユージーンと、アルコール依存症から立ち直りかけているアーリーンとの間に交際を生むきっかけともなる。
 一方、ジャーナリストのクリスは、面識のない弁護士から、交通事故を起こしたオンボロのマスタングの代わりに真新しいジャガーSを無償で与えられる。その行為が「ペイ・フォワード」運動に由来すること知って、クリスはLAからラスヴェガスまでジャガーを駆ってその起源を尋ねる取材を始める。その過程でトレヴァーの祖母の善意の行動が自分への恩恵につながったことを知る。
 探索の結果、「ペイ・フォワード」の発案者がトレヴァーであることを突きとめたクリスは、トレヴァーにビデオ・インタヴューを行い、ドキュメンタリーを製作する。そこでトレヴァーはこのコンセプトに込めた思いを説明する一方で、人々が世界全体をより良い場所にするために、自分自身の生き方を変えることを恐れているのではないかという懸念も表明する。インタヴューに同席して、それを聞いたトレヴァーの母アーリーンと教師ユージーンはお互いが必要な存在であることを改めて知る。
 インタヴューの直後、トレヴァーは親友のアダムが上級生の不良二人組に因縁をつけられているのを見咎め、喧嘩をとめようと割って入るが、不良の一人が持っていたナイフに腹を刺され、死んでしまう。
 トレヴァーの死後テレビで放映されたドキュメンタリーを見て、アーリーンとユージーンは「ペイ・フォワード」運動が全米に広がっていることを知り、扉を開けると見渡す限りの人波がトレヴァーの弔問に訪れているのを見る。(國領記)

本編の初出は「明治大学教養論集 通巻585号 2025年12月31日刊。SFPW掲載にあたり一部手直ししたものである。